28 石川の戦い
眼前を一面の濃霧が覆う。
明石全登一万、薄田兼相二千、毛利勝永二千、大谷吉治二千、石川康勝二千、合計一万八千の大軍が石川の少し西、河岸段丘から隠れる如く鶴翼の陣を展開して潜んでいる。
「明石殿。作戦通りとは言え、遮蔽物の無い平地で敵の出現を待つというのは緊張しますな………こういう待ち伏せは過去にも多いので御座いましょうや?あまり聞かぬように思いまするが。」
「うーん……石川殿が申される通り、かなり珍しい事でござる。ここまで敵の行動を絞り込んでの策、そんな戦いなど滅多に有りませぬので。太閤様の軍師、竹中様なら成し得るかも……」
「それほどに…そう言えば小松山の事まで秀頼様はご存じでしたな。」
「はい。3年鳴かず飛ばずとは申せ、秀頼様が起たれて以降、この爺も驚かされてばかりで御座る。」
「歴戦の明石殿でもそう思われますか。」
「はい………石川殿。この戦、大化けしますぞ。」
「それは……お、明石殿、堤防の上、霧が乱れておりますぞ。どうやら来たようで御座る。陣に戻りまする。ご武運を。」
「うむ、石川殿こそ。」
(しかし、本当に敵が来るとは。しかも日時までほぼ予想通りとは…)
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(来た来た来た、本当に出て来おったわ。)
鶴翼の陣左翼、内側寄りに待機する薄田兼相は小躍りしていた。今にも飛び出したい気分ではあったが、左端の毛利勝永と右隣の石川康勝の陣に挟まれているため単独で飛び出せない。その為なんとか逸る気持ちに耐えて、突撃開始の権限を与えられている毛利勝永の動きを今か今かと睨んでいた。
(まだなのか?先に見つかっては元も子もないぞ。お、堤防から下の方へ霧が歪んで居る。降り始めたな…後ろの連中も川を越えてきたか。五丈以上(約15m)も登って降りて………わざわざ討たれに来るとは………ええい、もう、良いのではないのか?兵もいつまでも抑えきれんぞ………)
ブォ~~~ブォ~~~
「来たっ!今ぞっ!突撃~!」
五尺八寸(約1m76cm)という、長大な大太刀を肩に担ぐようにして殆ど一騎掛け状態で飛び出す薄田兼相。慌てて引き摺られるように配下の二千が続く。自然とその陣形は尖った二等辺三角形の偃月に近い陣形になっていく。左右の毛利勝永と石川康勝の部隊は当初の横陣を崩さずそのまま押しつぶしように前進していた。
「備中守(毛利勝永)様!薄田殿がっ、突出しすぎていますぞ!」
「ん?ああ、薄田兼相殿はあれで良い…吉成(毛利吉成)よく見てみろ。自然と偃月陣になって居る。」
「………確かに………」
「在れで生き残れるかどうかは知らぬが…まあ、此度は奇襲に成った。気にすることも無かろう。それより、兼相殿のお蔭で敵陣が乱れよう。味方からはぐれた敵兵を手早く始末できるように、いくつか小隊を造っておけ。」
「承知っ!」
明石殿は………とくに動かれぬ様子だな。やはり織り込み済みか。では薄田兼相殿が命を的に作り出してくれた好機だ、有難く利用させてもらうとしよう。
「薄田殿の突撃で、敵がこちらに膨れ出てくるぞっ!陣の右側に予備隊を集めておけっ!」
最左翼の毛利勝永隊がさらに左横に潜り込むように反包囲陣形を造りにかかる。わずかの時間差で薄田兼相は敵に突入していた。
「おら、おらおらっ!」
河岸段丘を降りきって、まさに一息ほっとした直後、まだまともに陣形も組めていない水野勝成右翼に衝撃が走る。槍を装備する武将が多い中、比較的珍しい兼相の大太刀装備がこの場合うまく嵌った。水車のように振り回す大太刀に周囲の雑兵は腰が砕け誰一人立ち向かえず逃げ惑うばかり。そこへ薄田兼相隊後続も突入、あっという間に水野勝成右翼は四散、部隊としては壊滅状態になっていく。
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「右翼が乱れとる、忠元(水野忠元)何事じゃ!」
「敵襲でござろう。」
「そんな事は判りきって居るわい。手当せい!」
「勝成様、落ち着きなされ。すでに後陣に伝令は出して御座る。」
今となっては実戦を知る数少ない幕府方軍勢の一つ、水野隊。さすがに対応は早かった。
「六左衛門(水野勝成)殿。待ち伏せされたようですな。」
「安房守(本多政重)殿……。」
「恐らく、あれだけとも思えませぬ。正面もすぐに来ますぞ。」
「ぬぅ………」
殆どの戦場で自らが先制攻撃を買って出てきた水野勝成。先制される不利は知り尽くしている。それだけに対応に振り回され後手後手が予想される状況に顔を歪めていた。
「とにかく、現地死守を徹底させろ。踏みとどまれさえすれば、敵の勢いも直に収まる。」
だが
「う、右翼崩壊しつつありますっ!」
「馬鹿な、早すぎる!状況を詳しく話せっ!」
「お、大太刀を振り回す騎馬武者に乱された処に敵の後続の突撃を受け、陣を造れませぬっ!」
(大太刀?薄田兼相の猪か?あの阿呆は突撃はできようが、乱れた我が兵を効率良く始末するような芸当が出来るとも思えぬ………どういうことだ?)
「六左衛門(水野勝成)殿。よく見なされ。逃げ惑う兵を狙って襲う小隊がいくつも放たれて居り申す。兵の多くが彼奴等に刈り取られて居る………」
「なっ!落ち武者狩りは聞いたことがあるが、落ち雑兵狩りを組織的にやらせているだとっ!なんという外道っ!」
「見事な武略ですな………」
「安房守(本多政重)…殿………」
「敵であろうが、見事は見事。事実われらは困らされて居り申す。見れば敵の最右翼の陣から小隊は出入りして居る様子。最右翼を任されるだけの器量が有る者が指揮しているという事で御座る。」
「あの右端の隊は手強い……か………」
「さて、如何なされまする?六左衛門(水野勝成)殿。あまり時は御座らぬぞ。」
「………致し方ない。後詰めに支援を頼むしかあるまい。本多忠政殿も松平忠明殿も共に三千ほどか。ならば、ろくな戦闘経験のない本多勢よりも歴戦の松平勢を頼むとしよう。それでよいな、安房守(本多政重)殿。」
「よい分別と思いまする。これ、下総守(松平忠明)殿に救援依頼だ。急げよ……」
水野勝成が頷く。そして…
「我が水野勢全軍に告ぐ!総退却じゃ~!殿軍も繰り引きもいらぬっ!とにかく一目散に石川を超えて対岸まで辿り着けっ!後ろからいくら切り付けられようが浅手にしかならぬっ!一切振り返る事なくひたすら走れっ!」
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「備中守(毛利勝永)様………水野勢が一目散に逃げだしました………。」
「ああ、呆れるほど見事な逃げっぷりよな。これでは追撃しても戦果はさほど上がるまい。吉成(毛利吉成)、適当に切り上げて元の待機地点まで皆を下がらせるが良かろう。」
「仰せのままに。されど薄田兼相殿は如何されましょうや……しつこく追いすがって居られますぞ。」
「放置で良かろう。水野は殿軍も置かずひたすら逃げる有様。単騎駆けだろうが討たれはするまいて。」
「はぁ、それもそうで御座いますな。」
「まあ、そう情けない顔をするでない。所詮、無謀と機敏は紙一重。我らが相当数の首を狩れたのも兼相殿の働きあればこそよ。薄田殿とてそのうち疲れ果てて帰る気になろうて。」
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「左近将監(明石全登)様、左翼が目覚ましい働きに御座ります。」
「宣行(明石宣行)、よく見ておくのだ。薄田兼相殿のあれは匹夫の勇で真似る物では無い。あのような暴勇を奮わずとも勝てる算段が整って居るのでな。」
「万が一にも討たれでもすれば元も子もなくす………と?」
「うむ。勿論、後先顧みずに暴勇を奮わねばならぬ時もある。じゃが、今では無いな。」
「なるほど………。」
「見習うべきは最左翼の毛利殿。兼相殿の切り込みを見て即座に戦果の拡大を図った柔軟な用兵。あれこそ、宣行が見習う模範ぞ。敵の右翼が崩壊した本当の原因は毛利殿に在る。兼相殿は確かにそのきっかけを造りはしたのだがの。まあよい、おいおい学ぶが良い。この戦、先は長いのでな。さて、右翼も順調に押し込んで居る。そろそろわれら本陣も前に出す。」
「はっ。では総押しの太鼓を打たせまする。」
ドン・ドン・ドドン・ドン………ドン・ドン・ドドン・ドン………
戦場に大坂方の押し太鼓が響き渡る。
すでに押しまくっていた前陣各隊は勿論、明石全登直率の後陣一万も一斉に押し出す。
抵抗しつつ、じりじり下がっていた水野勝成・堀直寄の先鋒各隊は溜まらず潰走し始めた。
「慌てることなく、落ち着いて逃げ遅れた敵を確実に刈り取れ。」
明石全登の冷静かつ無慈悲な指示が飛ぶ。すでに掃討戦に入っている毛利勝永隊は元より、薄田兼相隊以外の各隊も孤立した敵兵を掃討する小隊を編成して効率的に殲滅にかかる。
そして毛利勝永が石川の河岸段丘上に登り切った時………
「むぅ………」
「如何なされました?備中守(毛利勝永)様?」
「吉成(毛利吉成)、あれを見よ。対岸の段丘上に敵の後詰がすでに来ておる。」
「あの旗指物は………松平忠明勢ですな。」
「今はまだ少ないが、おっつけ周辺の敵がわらわらと集まって來るだろうな。」
「予定では川縁まで追撃でしたが、ちと危険ですね。」
「ここで停止がよさそうだ。止め鐘を打たせよ。」
「承知!」
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
合戦場にそぐわない、間の抜けた鐘の音がゆったりと響いてゆく。頭に血が上った将兵に冷水を浴びせるような、力が抜ける音色だ。我に返った兵達が三々五々、段丘上まで戻ってゆく………。
「備中守(毛利勝永)様、薄田兼相隊の兵達は戻りだして居りますが、兼相殿本人は川縁でまだ暴れて居りますぞ………。」
「そのようだな。まあ、大丈夫だろう。我らが段丘上で睨んでさえ居る限り、幕府方もわざわざ川を越えてまで打ち取りに来る事は無かろう。」
「やれやれ、困った者ですな………。」
「まあ、そう云うで無い。我らですら読めぬ動きを幕府方が読み切れる筈も無い。敵を惑わず為の『ぶれ』だと思って、我らが上手く利用すれば良いのだ。一昔前はあのような御仁がゴロゴロ居ったものよ。そうであればこそ、寡兵で大兵を討つという大番狂わせも起きた。毒にも薬にも成るのが『ぶれ』だ。『ぶれ』が全くない戦場など、つまわぬと思わぬか?」
「成程、『ぶれ』で御座いますか。なかなか難しゅう御座いますな。」
毛利勝永主従が段丘上で見守る中、十二分に暴れて漸く疲れを感じた薄田兼相が引き上げる事で、石川の戦いは終了したのだった。………幕府側の完敗で。
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-石川方面の戦いは斯様な塩梅で収束して御座ります、秀頼様。………-
「ほぼ予定通りだな。ご苦労。残るは八尾方面だな。宮内少輔(長宗我部盛親)殿、武運を祈るぞ………。」




