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27 邂逅

「師匠(渡辺糺)………このまま進んで良いのでしょうか………」

「八郎兵衛(船津八郎兵衛)。お前も見たであろう。秀頼様が起たれ、又兵衛、真田殿が先鋒ぞ。又兵衛は今ひとつ気に入らぬ奴だがその武勇は本物だ。必ずや幕府方を打ち破るに違いない。我々が秀頼様の側近くを進軍してもあまり意味は無かろう。せっかく遊軍に配置されたのだ、本軍は勝つと信じて戦果拡大に専念しようではないか。」

「それは勿論。師匠から受け継ぎしこの槍、振るうは今と思えばこそ馳せ参じましたが。本当にこんな足場の悪い大和川沿いに敵が来ましょうや?」

「秀頼様に打ち砕かれし敵勢が逃げるのは北東しかない。南は南で戦場になるのでな。それに北には榊原や小笠原といった小部隊も居ると聞く。相手が居らず無駄になる恐れはあるまいて。」

「なるほど………」

「それより、良かったのか。せっかく船津流槍術を立て、世にその槍を轟かせようという矢先に。馳せ参じてくれたは嬉しいが、貴様は貴様の道を進めば良いのだぞ。」

「なんの。我が船津流槍術は手習い槍術に非ず。実戦で通用する槍と満天下に示す良い機会でござる。」

「成程、それもそうよのう。貴様の槍はすでに儂など遥かに超えてしまった。儂は貴様ほどの槍の才は無いわ。だが今の儂には此れも有る。」


渡辺糺が腰の一尺八寸の刀を撫でる。


「おお、では其れこそが秀頼様より拝領された名刀。」

「うむ。貞宗の刀じゃ。」


渡辺糺が貞宗の刀を抜いて船津八郎兵衛に渡す。


「反り浅く、匂口(においぐち)深く……なんと美しい(にえ)……」

「うむ。それでいて尚、実用本位の強直な造りよ。幾度見ても惚れ惚れするわい。」

「此度のわれらの配置ですと、おそらくは不意の遭遇戦。遭遇即切り込みには、槍より刀のほうが向いているかもしれませぬな。」

「貴様ほどの槍の使い手であれば、問題なかろうがな。はっはっはっ。」


-渡辺様、南東から北東方面へ離脱を図る一団が………-


「ふっ、やはり来たな、行くぞ八郎兵衛、者共、我に続けぃ!」

「おぉう!」


/////////////////////////////////////////////////////////////////////////


「はぁ、はぁ………や、康実(中野康実)、大和川はまだか………」

「まだ一時(いっとき)も移動しておりませぬぞ、直孝(井伊直孝)様。」

「そうは申すが、こうも足場が悪くては………」

「徳川総先鋒たる、井伊の殿が情け無い。騎乗してばかりが戦では有りもうさん。帰城後は泥田を徒歩(かち)で渡る鍛錬も致さねばなりませぬな。殿も龍造寺隆信の二の舞は嫌で御座ろう。」


沖田畷の戦いで龍造寺隆信は島津の策に嵌り、泥田の中の乱戦で首を島津の川上忠堅(かわかみただかた)に挙げられたと云う。


「そ、そうだな。無事に帰城後は、鍛えなおすと致そう……が、今は少し休もうぞ………」

「仕方ありませぬ。皆、小休止だ。だがまだ火は使うな。まだ敵中である事を忘れる…ん?な、なんじゃ!あれはっ!」


言われて井伊直孝も彼方を見れば、水飛沫を上げて数千と思える軍団が突撃してくるではないか。


「い、いかぬ、読まれていたかっ!大坂方の伏兵ですぞっ、木俣!木俣守勝っ、動ける者を纏めて殿軍せよ、儂は直孝様を落とすっ!直孝様!走りますぞっ!」

「あ、あぁ…」

(くっ。直孝様のこの様子では、とても逃げ切れぬ。木俣守勝が支え切れるとも思えぬ…こうなれば…)

「直孝様!御免!」


やおら、中野康実が井伊直孝の装束を剥ぎ取り、自分が身に着け始める。


「何をぼんやりしてなさるっ!さっさと儂の衣装を着けなされっ!着けたら一切後ろを振り返らず、ひたすら京へ走りませい!」

「康実…お主は…」

「三方ヶ原で内府様は糞を垂れ流しながら逃げおおせられ申した。よもや、井伊の殿が同じことが出来ぬなどとは言われませぬなっ!」

「…すまぬ。康実。後は任せる…」

「おうよ…」


よろよろと走り去る直孝。大方姿が見えなくなったのを確かめ、振り返る。

そこには木俣守勝達を突破して、一人二人と増えてゆく敵の姿が映っていた………


////////////////////////////////////////////////////////////////////////


「ほう、逃げ切れぬと覚悟を決めて待っていたとは、猪武者の井伊らしい振る舞いよのう。」

「抜かせ。この井伊直孝が直々に成敗してやろうと云うのだ。どうせ名もない端武者だろうが、一応聞いておいてやる。」

「ふふ、我と一騎打ちに応じるか、井伊直孝…とやら…まあ聞くが良い。我こそは渡辺糺が配下にして船津流槍術の祖師、船津八郎兵衛じゃ。」

「船津八郎兵衛………」

「見たところ、四囲にこれといった伏兵も無し。戦場習いの我流の槍は身に着けて居るようだが乱戦でない一騎打ちでそんなものが通用すると思うてか?」

「そちらこそ、畳水練が実践で通用するものかっ!参る!」


先制を許せば万に一つの勝ち目も消えると咄嗟に看取った中野康実がいきなり突いてかかる。だが、その鋭鋒は紙一重で空しく空を切り裂き………


グジユッ………「ぐはっ…」

「船津流逆突きじゃ………。っと。もう聞こえておらぬか。」


船津八郎兵衛の槍の石突きが中野康実の鳩尾を貫き臍から肋骨の下までを無残に繰り抜き背中まで貫通、一瞬で絶命させていた。


「接近戦に持ち込めれば時間稼ぎが出来るとでも考えたのだろうが接近戦の対応も当然有ってこその槍術よ…どうせ影武者だろうが、一応首を取っておくか………」

「八郎兵衛!」

「師匠のほうも終わったようですな。」

「ああ。なんとか動ける雑兵を集めただけの殿(しんがり)じゃ。大した抵抗はなかったな。あれが井伊の精兵とは拍子抜けじゃわ。」

「敗戦とはそういうものでしょう。」

「違いない…さて、かなり時も食ってしまった。潮時かのう?八郎兵衛はどう思う?」

「はい。これだけ暴れているのに榊原や小笠原にも出くわしませぬ。幕府側も形勢不利と見て早めに再編成にかかって居るのでしょう。これ以上の深入りは危険でしょうな………」

「やはりそう思うか。まあ、井伊勢もここまで粉砕されては当分起ちあがれまい。帰るとしよう、大坂城へ。」


///////////////////////////////////////////////////////////////////


-このような状況で、渡辺様もすでに撤退に移られております。秀頼様。-

「そうか、無事戦果も挙げて深入りする事無く撤退してくるか。見事だ。」


もう少し追撃しても、たぶん大丈夫だったとは思うが不確定要素が多い戦場で勝ち逃げを選んだ判断は好ましい。渡辺糺の評価は少し上方修正してもよさそうだ。

これで若江の東方面の戦いは予定通りに運んだわけだが、残るは南方だな。明石殿、長曾我部殿、無事に帰ってくるのだぞ。

払暁(ふつぎょう)の南の空をみつつ祈るのだった。

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新年おめでとうございます。今年も一層のご活躍を期待しております。
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