02 淀屋常安
*淀屋常安
秀吉の淀川改修工事や伏見城築城を手掛けた。大阪夏の陣では徳川方に付き岡山本陣造営も行った。後に米相場を手掛けるように成るが江戸幕府により米市場を淀屋の店先から堂島へ変更された。商品先物市場の先駆とされる。
「邪魔するぞ。」
重成を伴い船場に有る淀屋の店頭を訪れる。
「これは木村様、本日は如何なる御用で御座いましょう。」
「うむ。今日は他でもない、我が殿が貴殿に面談を求められておる。」
「殿??まさか、ひでより…さま?」
「突然すまぬな。秀頼じゃ。すこし話がしたい。時を貰えるか?」
「! ど、どうぞ奥へ! これ、奥を使う、誰も通すでないぞ、茶も儂がたてるっ!」
只事でないと即座に理解し密談に切り替えたのは流石だ。よく切れる。奥に茶室があるようだ。
「有り合わせで御座いますが。」
有り合わせと言うがカステラが茶菓として出される。これだけでも淀屋の実力が伺い知れる。
「おぅ、旨い!」
現代のカステラほど甘く無いし、こってりとした食感だ。だがそれが良い。
「お気に召して戴けて何よりで御座います。」
「淀屋も長崎と縁を持つか。」
「はい。今では外国との交易は長崎が飛び抜けておりますので。手前どもは主に木材を商いますが南蛮物や明の商材もあります。」
「結構な事だ。これからも更に交易が盛んになれば良いと儂も思うが、懸念は徳川よ。」
「と、申されますと?」
「徳川は交易が不得手なだけでなく、独占を狙っている。徳川と言っても家康に限ってだが。」
「! それは………確かな印などは有りましょうか。」
「徳川が何故に我が豊臣を目の敵にしているか、其れは日ノ本の西半分に集中している交易都市を手に入れるに豊臣が邪魔だからなのだ。この大坂、そして長崎。さらには博多や堺だな。」
「それだけではまだ………」
「すでに関ケ原の戦の前年、島津と徳川の間でルソン交易を巡って衝突があった事は淀屋は知らぬのかな?」
「! 確かに。島津様が長崎で入手されたルソン壺に家康様が不興の思いをされているとかで………揉めておりましたな。」
「知っていたか。そもそもルソンや琉球との交易は島津が独自に開拓したもの。それを横から徳川が四の五の言うのは筋違いというものよ。」
「………仰せの通りで。」
「知っての通り、家康は浦賀を交易港に育てようと画策していたが、潰えている。」
「ええ。あれは駄目ですな。浦賀は複雑に潮が流れていて危なく、とても交易港にはできませぬ。どうも家康様は海の事へのご理解が乏しいようで。」
「まあな。家康が真面目に海を学んでおれば、今頃は三河はもっと開けておる。尾張から相模までで最も商いの期待が出来ないのは三河であろう。」
「はは………。言いにくい事ながら、その通りに御座います。」
「家康は商いの事が全く解っておらぬのだ。だから他者の育てた商いの芽の横取りばかり狙っておる。自分では育てられぬからな。」
「はぁ………それは残念な事で御座います。」
「かと言って代替わりした処でさらに悪くなるぞ。次代の秀忠やその取り巻きは家康以下だ。なにせ商い自体にまるで興味がない。その行き着く先は、『自分達が商いで利を得られぬくらいなら、他の連中にも商いさせねばよかろう………。』と、こうなる事請け合いよ。」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
「いいや、必ずそうなる。指を加えて西国大名が肥え太るのを見ている筈がなかろう。」
「………ううむ。無いとはいえませぬ………な………。」
実際、史実でも鎖国したしな。
「それにしても、秀頼様は何故にこのようなお話を………。徳川様に逆らえと云われるのであれば、些か………。」
「はははっ。儂はそんな無茶は言わぬ。なに、淀屋など商家には真っ当な商いをしてもらえば良いのだ。物資を調達しそれに見合った金銭を受領する。誰が相手でもな。そうであろう?」
「如何にも、その通りでございます。」
「支払いが滞るような相手には売れぬし、きっちり払う相手であれば、取引する。それが商人の心意気。」
「………秀頼様は、徳川殿の支払いが何れ滞るであろうと?」
「ふふ。それはまだ言えぬ。が、そういう場合も心得ておけ………そういう事だ。また長い目でみれば徳川が日ノ本全てを統べるようになると商家も立ち行かぬかもしれぬぞ………とな。」
「成る程………大坂で豊臣様が踏ん張っておられるうちは良いが、西国まで徳川様の支配が届くと我ら商家も息苦しくなる………勿論西国大名はもっと困る。米が満足に作れぬ島津様は勿論、大幅減封で家中を食わすのが大変な毛利様など交易出来ねば滅びかねませぬな。」
流石に良く見ている。毛利の実情まで言及したのは予想以上だ。
「肥前の鍋島も同じだな。」
「ううむ………確かに。長崎を取り上げられたなら鍋島様も一瞬で没落しましょうな………。」
「家康は日ノ本の外の世界を知らぬ。日ノ本の西や南への交易を尽く断られたため、東廻りでイスパニアとの交易を近年模索してきたようだが、ふふふ………。イスパニアなど、もう没落しておるわ。」
「え?! そうなので御座いますか?」
「此処からは儲け話よ。よく聞け。イスパニアは既にエゲレスと云う新興国に大敗して居る。程なくしてイスパニアは日ノ本周辺から駆逐される。イスパニアと談合して明やマラッカに来ておるポルトガルも今までのように自由に動けぬようになる。」
「なんとっ!」
「オランダと云う小国は日ノ本の遙か南の国に根拠地を構える事が出来たので、細々とは日ノ本まで交易に来ようが元が小国だ。大商いは期待できぬ。」
「つまり………秀頼様はこの淀屋にいち早くエゲレスと交易せよ………と?」
「いや。すまぬが淀屋だけではない。日ノ本の全ての商家にこれは知らせる。儂は日ノ本全ての商いを大きくしたいのでな。」
「………成る程、秀頼さま のお立場であれば、そうでしょうな………。」
「ここは手遅れにならなかった事で満足して貰いたい。」
「それは勿論でございます。イスパニアやポルトガルとだらだら談合など無駄と分かっただけでも、値千金で御座います。されど、そのエゲレスはどこまで来ていましょうや?」
「既に日ノ本まで来ておるぞ。平戸という田舎町だ。長崎のすぐ側に有る。実はエゲレス側から家康に接触を図ったのだが、外の世界を知らぬ家康………、その場には秀忠も居たようだが………は適当にあしらって流してしまった。エゲレス側は失望したのだろうな。もともと彼の国は大国の明国を注視しているので、それ以上家康に深く接触しようとして居らぬ。日ノ本は一旦放置されて居るのだ。だが、日ノ本との交易のほうが手堅い事を知らしめれば必ず食いついてくる。」
淀屋が頷く。
「さらに良い点はエゲレスのキリスト教は禁教された侵略を旨とするキリスト教………カトリックと云うが………あれとは異なる別派なのだ。平たく言えばあまり布教に熱心ではない。」
「おお、それは良う御座いますな。坊主が絡むと商いが拗れますでな。」
「うむ。ただ、やはり奴隷は他の南蛮諸国同様に攫っておるので、そこは最初に釘を刺せ。他国の奴隷は好きにすればよいが日ノ本では奴隷は許されぬ。其処だけ最初に徹底しておけば、全て上手く行くだろう。」
淀屋が深く頷く。
「今日はとても良いお話を聞かせて戴きました。このお礼は何れ商いで返させて戴きまする。」
「期待させて貰おう。」
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淀屋を出て帰路につく。
「どうした重成。なにか言いたそうだな。」
「いえ、お話の中身など某では半分も判りませぬが、ただ誇らしかったので御座います。」
「?」
「秀頼様が、あの淀屋を相手に商いの道で堂々たる駆け引きをなされし事。太閤様の若かりし頃もさぞやと思わせられました。」
「はっはっはっ。駆け引きか。残念だが、あれは全て事実だ。事実だからこそ、あの百戦錬磨の淀屋も心が動いた。ただそれだけの事よ。」
「!あれが全て事実………。ならば日ノ本の商家はこぞってエゲレスと交易を始めると。………エゲレスはエゲレスで何故急に日ノ本の商人がやって来たかと考えるように………まさか、秀頼様はエゲレスを大坂に引き込む御算段であのような事を!」
「何れはな。まずは種を蒔いておいた。だがエゲレスの事はまだ皆には申すな。家康に気取られる。」
目を丸くした重成がじっくりと頷くのだった。