26-2 名古屋城、再び
名古屋城、天井裏。
今日も耳太達が忍んでいた。
-ほう、今日は珍しく家康と正純が飯を共に食うか………ん?一汁一菜だと?吝嗇もここまで徹底すると感心じゃわい。飯は………なんじゃ?あれは。赤米(古代米)入りの雑穀飯じゃと!昨今では精製した白米を多くの大名や重役が食べて居る時代に………くっくっっつ。付き合わされる本多正純はつらかろう…
………
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「大御所様、我々はともかく、今や天下人の大御所様なれば、せめて白米にされては如何でしょう。」
「白米はいかぬ。医の心得がない正純だから仕方ないが、この雑穀米こそ長生きの種なのじゃ。白米は旨いかもしれぬが、偏りが大きい。雑穀米は不味いが数多の大切な滋養を含んでいるので体に良いのじゃ。」
「そういう事でしたか。」
………
………
「ふっ、不味くて箸が進まぬようじゃの。」
「い、いえ、そのようなことは…」
「まあ良い、兵糧は集まったか?いつまでも名古屋で足止めされては敵わぬ。」
「は・・・本軍の手当はここ3日ほどで終わりそうで御座います。ただ、上方商人に独自の伝手を持たぬ小大名は入手に困っているようで進発が遅れそうです。」
「仕方ないのう。まあ良い。どうせ捨て石程度にしか使えぬ連中よ。我が徳川恩顧の親藩と譜代が無事に到着すればよい………どうした、なにか言いたい事が有るのか。正純。」
「はい。実は先ほど繋ぎが入り、先鋒の井伊殿が大坂方と若江付近で遭遇戦になり、大敗したようです。」
「井伊が大敗?井伊軍自体は三千二百ほどだが、与力もつけてある。その場に五千は居ただろう?さらに近在にも数隊居る筈。五千や一万であっさり打ち破られる筈も無し。誤報ではないのか?」
「いえ、それがどうも大坂方は若江方面だけで3万は余裕で超えていたようです。」
「馬鹿な!出撃した大坂方は総勢で三万程ではなかったのか!」
「は、それが、右大臣(秀頼)直率で出撃した為、その本隊を追って他の連中も勝手に出撃したとの事。それで大軍勢に結果的になってしまったようで………。」
「………大軍の統率ができぬ右大臣の経験不足が偶々良いほうに転んだ訳か………。」
「…はあ…」
「で、一当てして勝った大坂勢はすでに撤退して勝ち逃げされたのか。」
「…いえ、その…」
「なんだ?、まだ若江に踏みとどまって乱戦でもして居るのか?」
「ふーっ。井伊勢は最初の接触で四分五裂、井伊直孝殿以下、主要な武将も行方不明、ただ軍勢の3割程度は後方の佐竹、蜂須賀の陣所まで逃げ込み保護を受けている模様です。」
「?鎧袖一触で蹴散らされた?だと??」
「は。大坂方先鋒は後藤又兵衛・真田幸村の両名。追撃も殊の外厳しく若江付近から一気に前進、第二陣の松平忠直勢及びちょうど付近に居た藤堂勢の一部も蹴散らされ、松平隊先鋒の多賀谷泰経殿は打ち取られた模様です。」
「馬鹿な!忠直は一万五千だぞ!」
「は、松平勢は先鋒が崩れた混乱を立て直す暇もなく半包囲され、京目指して潰走したとのこと………」
「………むぅ………」
「松平勢与力の小大名もそれに同調、戦わずして撤退したようです。」
「………大坂方はどこまで進んで居る。」
「は。流石に佐竹・蜂須賀勢の手前、吉田川付近で停止したとの事。」
「…そんなに押し込まれたのでは敗戦は誰の目にも明白、糊塗することはできぬな………。」
「…無念ながら………。」
「で、佐竹と蜂須賀は今戦いに入っているのか?」
「いえ、双方睨み合い状態で、只、粛々と、主に井伊勢などの敗残兵の捕虜の引き渡しを受け入れている模様です。」
「?一当ての逆撃もせずに睨み合い?だと?」
「はぁ…当初蜂須賀殿は突撃準備に入られたようですが、真田幸村より捕虜返還の申し出が佐竹殿に届き、休戦に入ったようです。今頃は恐らく、大坂方も撤退して居るやと………。」
真っ赤な顔で起ちあがった家康が手にしていた椀を投げ捨てる。
「どいつもこいつも、阿呆かっ!。撤退どころか、それでは堂々たる凱旋をしておる最中ではないかっ!」
「ひ、平に、ご容赦をっ!!」
「…そうだ、藤堂。藤堂の本隊はどうした?それと、さたに南に回り込んで居る筈の水野は!?」
「そちらはまだ連絡が有りませぬ。」
「後藤又兵衛に真田幸村も若江に居たなら南方は手薄。きっと朗報が入ろうぞ。入り次第、勝敗を纏めて公表して優劣不明を演出せい!」
「は、御意に。」
「………真田の子倅めが。捕虜返還で時間稼ぎなどと姑息な真似を………」
怒りで起ちあがった勢いのままに、ドスドスと退室する家康を茫然と見送る本多正純。冷え切った雑穀米の椀が静かに無聊をかこつっていた………




