23-2 名古屋城天井裏 その1
名古屋城奥御殿。
本来は京に到着している筈の家康とその側近の本多正純が向かい合っていた。
その天井裏で対峙する忍び衆が2組………
(大坂の耳太じゃ。)
(うむ。聞いて居る。)
(只聞くのみじゃ、良いな。)
(さあな、我らはなにも見ておらぬ、聞いても居らぬ。)
碁石金入りの小袋を投げ渡す。
(秀頼様から直接預かった見舞い金よ、受け取れ。)
(ほう?直接?)
(ああ、子に小袖の一つも買うてやれとの思し召しじゃ。)
碁石金の小袋を懐に仕舞った徳川忍がいずこかへ去る。
また周囲で警戒はしているだろうが、聞くだけなら許可するという事だろう。
さて………
「大御所(家康)様、大和郡山城が豊臣の急襲を受け奪われたようです。」
「窮鼠猫を噛むか………無駄な事を。」
「すでに先発の井伊をはじめ、水野、藤堂などが動いております。」
「それでよい。念のため、後続の部隊で大和方面に移動中の連中にも追随させておけ。」
「は。本隊他、主力はこのまま京へむかわせます。」
「当然じゃ。しかし捗らぬのう。」
「茶屋 四郎次郎 清次に上方での兵糧集積を命じておりますが、商人どもが付け払いを渋って居る為、難儀しておるようです。」
「3代目の茶屋 四郎次郎、先々代ほどの機転は利かぬか………」
「徳川の世が定まって後の家督で御座れば刹那刹那の決断は鈍いかと。」
「兵糧はまあ良い。追々東国からの到着もあろう。それを待ちつつ、ゆるゆると行けばよい。大坂城は動けぬのだからな。郡山城か………。ふっ。五千や一万で中途半端に籠った処で城諸共摺り潰すだけよ。秀頼が起った処で所詮は子供の火遊びじゃ。」
「………それが………」
「なんじゃ、如何した、上野(正純)。」
「大坂方は大和郡山城を焼き、即座に撤退した様子で御座います。」
「………勝ち逃げ………じゃと?」
「は、當に………」
「小賢しい真似を。だが誰だ?」
「は?」
「大坂方の指揮官よ。真正面から打ち合うだけが取り柄の浪人共に左様な小知恵を付けた奴は。」
「………確か…おお、そうそう、例の大野兄弟の弟とか。」
「………大野の弟のう。聞かぬな。」
「主戦派のようでは御座いますが、特段際立った武功は見受けませぬな。」
大野どころか、後藤又兵衛、真田幸村他、浪人武将共のやり口とも毛色が違う…。
「…秀頼の小僧か………」
「は?…。大阪城から滅多に出る事すらない世間知らずですぞ?戦などとてもとても………」
「いや、二条城で見た秀頼は切れ者には見えなかったが、それでも秀忠よりは目端が利く者と感じた。あれから4年程になる。知恵を付けているやも知れぬ。」
「…まさか…」
若手では頭一つ抜け出ていると思うていた正純もこの程度か。愚直が取り柄の秀忠に付けるには、物足らぬの……誰か他の側近を探すか………
(ふっ。これが家康か。噂ほどでもないわ………まあ良い、今の有様を大坂へ繋げ)
配下の一人を大坂に走らせ、耳太は引き続き天井裏に溶けるのだった。




