19 池田の一族と宇喜多秀家の招聘
「さて、次が最後で一番の問題でもあるのだが。」
「播磨備前、そして因幡淡路まで領する池田の一族ですね………。」
幸村も思案して居たか。まあ、当然か。関ヶ原の合戦後に池田輝政が52万石を領して姫路に入った(先々年輝政没。現当主は利隆。)のを皮切りに、次男忠継が備前岡山28万石、三男忠雄が淡路6万石、池田輝政の弟の池田長吉(先年長吉没。現当主は長幸。)が因幡鳥取6万石………と、合計100万石に迫る大大名に取り立てられている。
しかも、所領地が大坂に近い。交易は海運を主とするとしても、大坂と西国を遮断する池田家一族は 放置できる存在ではない。
「うむ。流石に100万石となると、一捻りという訳にも行かぬ。」
「此度の大和郡山城の戦、無事戦勝の暁であれば池田に援軍は有りませぬ。大和郡山城の戦の余勢を駆って一息になだれ込みまするか?」
「おいおい、いまさら儂を試さんでくれ。そんな博打が許される状況では無かろうに………。」
「はははっ。これは失礼をば。秀頼様であれば、即座に否定されようと思えばこそで御座います。」
「しかし、そうよのう………どうしたものか………。」
これから西国全体を交易で富ませようという時に予定外の大石が居座っている。このままでは敵対勢力の池田まで肥え太ってしまう。さらに皆代替わりしており、現当主の手腕が未知数だ。行動の予測が立たない。
「短期の戦で鎮める事が叶わぬとなれば、出来る事は一つで御座いますな。秀頼様。」
「やはり、あれしか無いか。だが、播磨・備前などの領民には苦労を強いる事になるのう。淡路は比較的短期間で落とせもしようが。」
幸村が頷く。
「それは致し方御座いますまい。戦の世なれば。領民の安寧を担保するは領主の努め。池田某が早めに退去すれば良い事で御座います。」
「早めに見切らせる………か。ならば、淡路の仕置はかなり甘い仕置にせねばならぬの。」
「中立を約束すれば因幡の池田領は存続を許すのも手でございましょう。」
「うむ。因幡程度であれば大勢に影響はない。それも考慮に値しよう。」
「そのためにも………。」
「うむ。豊臣水軍の再編が急務であるな。」
幸村が得たりと言う。
「水軍再編は意外に早く進みましょう。戦国真っ只中の時期ならいざ知らず、今は何処の水軍も壊滅状態。空白の海にいち早く舟を浮かべた物者勝ちでございます。とりあえず、中型船の50か100ほども有れば圧倒出来ましょう。」
「成る程、それもそうで有るな。その程度であれば短期間で配備できよう。淡輪殿にもその線で話しておこう。淡輪殿本人も早く海に出たいであろうしの………。しかし、ふっふっ………。」
「?如何なされました?秀頼様?」
「いやな、同じように身を粉にして働いておるのに、池田と藤堂の扱いにこうも差が有ると笑わずにはおれまい?」
「藤堂で御座るか。あれは性根が曲がりすぎておりますれば、さしもの家康も心の底では毛嫌いして居るのでしょうな。」
「うむ。あの生き様では秀忠の代になれば、あっさり秀忠を見限りそうでは有る。」
「それも有りましょうが、家康は黙って黙々と働く犬のような家臣が好みと見えまする。」
成る程、そういう見方も有るか。石川数正が出奔に至った理由も、そういった家康の性癖が関係しているやもしれぬ。
「幸村の見立てはおそらく的を得ていような。さればこそ、腹の底まで見透かされそうな幸村やお父上の昌幸殿とは相入れぬのであろうな。」
「父上はともかく、某など、まだまだ………。」
「それそれ。幸村は其処がいかぬ。冬の陣以前までならまだしも、今となっては幸村の武功は隠れもない。最早これ以上の謙譲は返って嫌味と映ろう。幸村は既に昌幸殿の知略のお溢れに縋る添え物ではない。押しも押されもせぬ名将なのだ。そこは又兵衛殿を見習うべきぞ。」
幸村が頭を掻いている。本人もそろそろ自我を出しても良いかとは思っていたのだろう。
「お言葉、痛み入りまする。」
「うむ。これからは又兵衛同様、先に立って皆を引っ張ってくれ。でだ。池田を退去させ得た折には宇喜多秀家殿を招聘したく思う。」
「!おお、それは良い。西播磨と備前なら、宇喜多の名前は今も有効。短期間で領民を落ち着かせる事が叶いましょう。」
「もちろん、その狙いも有るのだが、それだけではない。儂は領地拡大に伴って家臣に土地を分与してきた従来の大名の在り方はそろそろ変えねばならぬと思っている。」
「?」
「そもそもが、軍略、戦闘指揮、内政、商業活動、どれをとっても今では専門職であろう。もちろん、幸村のように軍略、戦闘指揮を両方こなす者も稀に居るが、本当に稀だ。ほとんどの人材は又兵衛のように一芸に秀でているだけだ。まあ、一芸有るだけでも立派なのだがな。領地経営となると、内政や商才が必要になるが、武功者のほとんどにそういった才は無い。」
「成る程………秀頼様はすべての領地は豊臣家が保持したままで、各々の得意分野の権限を個々に与えようと………。」
「うむ。だが目に見えるを何も与えないでは諸将に不安が募る。そこで数多の役職を新設しようと思う。」
「役職………。ああ、そうか、古の唐で行われていた三省六部の如きものでしょうや?」
「そうだ、それだ。兵権は地方の国境警備以外は中央に集中する。事あるごとに中央から将軍を派遣する体裁だな。軍の維持も中央の内政官僚が受け持ち、将軍は軍の練度向上にのみ意を配れば良いようにする。地方での農民兵の徴兵なら内政官僚のほうが適任だしな。」
「極めて合理的なれど、諸将の中には反発する者も………。ああ、そこで宇喜多殿の出番か。備前に返り咲くのが当然と誰しもが思う宇喜多殿が率先してその改革に賛意を示せば、不満のある者も、とりあえずは推移を見守ろう………そうなりましょうな。」
流石幸村。一を聞いて十を知るとは此の事か。
「そう云う訳だ。聞いていたな、藤内殿の手の者よ。」
-某は藤内殿の身内に非ず。百地丹波が一子、保武でござる。-
「なに?百地だと!あの伊賀の上忍百地の流れか?」
-然り。紀伊に隠棲して居りしが藤内殿の誘いに乗り、参上して御座る。以後、お見知りおきを。-
「うむ、よくぞ来てくれた。残る藤林、さらに甲賀衆も縁があり次第誘ってくれ。我が軍略には忍び衆が不可欠だ。」
-承知。-
「話を戻す。そう云う訳だ。八丈島の宇喜多殿と繋を取り招聘の準備を整えてもらいたい。やれるか?」
-関船を一艘拝領致したく。-
「良かろう、淡輪殿には話を通しておく故、折を見て出航するが良い。宇喜多殿へ渡す支度金と百地党への支度金は大野治長に話を通しておく故、持っていけ。」
-有り難し。-
「恐らく単に再起を促そうとも、宇喜多殿は首を縦に振るまい。その時はこう申すのだ。
『秀頼は泣かず飛ばずを辞めた。日ノ本100年の計を立てたが宇喜多殿の旧領がその嚆矢となる。宇喜多殿でのうては叶わぬ役回りを是非にもお願いしたく、大阪へご足労願いたい。』
と………。」
-………。宇喜多様から御下問ありし時は如何に………?-
「包み隠さず、全てを………。」
-委細承知。-
忍びの気配が消える。幸村も驚いているようだ。
「しかし百地とは驚いた。藤内殿も百地保武殿の立場を尊重して此処に回したのであろうな。」
幸村も頷き、
「それも有りましょうが、おそらくは秀頼様と引き合わせたかったのかと。」
「儂と?」
「百地党にしても最後の機会で御座います。思いは我ら大坂に集いし浪人衆と同じで御座いますよ。」
「成る程、それで直に会わせて儂を値踏みさせた訳か。」
「大坂城の外での秀頼様の評価は、世間知らずの貴公子というだけで御座いますれば。斯様な麒麟児に化けておられるとは、誰も思いますまい。」
「はっはっはっ。その評価は徳川を追い詰めるまで保留しておいてくれ。今は只の生意気な青二才よ。」
「ふふ。では麒麟児に名実ともに成って戴けますように、拙者も働くと致しましょう。」
言い捨てつつ戸隠忍びに何事か指示し退出してゆく幸村を見送るのだった。




