01 3回目の転移
*石松丸
秀吉が長浜城主の頃に生まれた長男。羽柴秀勝。織田信長の四男を養子に得た羽柴秀勝(於次秀勝)とは別人。生後数年で死亡。
*豊臣鶴松
秀吉53歳の時に淀殿が産んだ長子。天下の名医を集めるも3才で急逝。
*船場
秀吉の大坂城築城の時、堺・京都・伏見などから商工業者を強制移住させて城下町の整備をした。かれらが定着した地域は船場と呼ばれるようになった。
*木村重成
秀頼と同年代で秀頼の小姓上がり。主戦派。かなりの美丈夫と伝えられる。
むぁ~眠っ。いつの間にか寝てしまったか。関ケ原の戦いも決着して、昨日は大坂城に同居している家康チクチク嬲っているうちに,俺(石田三成)は寝落ちしちゃったんだよな…。しかしあの野郎、あれだけ嬲っても耐えてやがったな。忍耐力日本一は伊達じゃないわ……って、おい、この真っ白空間は、まさかっ!
「目が醒めたかのう。関ケ原の合戦ものらくらと上手く切り抜けるとはのう。曲がりなりにも外様の味方も居る関ケ原の戦いの環境は、まだ温かったようじゃの。次は何処が良いかのう………」
「なっ、貴様歴史の爺神!なに呼び戻してんだよ、これからコッテリ家康苛めるボーナスタイムだったのにっ!」
「家康苛めるのはお主よりもオリジナルの三成のほうが適任じゃろ。」
本物の三成か………確かに彼なら事務的に虐めをシステム化しそうだな。俺より無機質に苛めるだろうから家康のダメージは大きそう………って、そこじゃねえ!
「それじゃ俺が骨折り損なんだよっ!」
「さて、次は誰が良いかのう………」
糞っ、やっぱこいつ話聞かねえ。早く条件出さねえとまた飛ばされるっ!
「ま、まて、次はいきなり戦場でない処へ、そ、そうだ、畳…は贅沢か…し、室内、そう、マトモな建物の中だ!勿論、高齢者は駄目だぞ!死にかけの病人も駄目だ!」
「毎回注文が多い奴じゃのう。安心せい、今回は立派な城の中の若者じゃ。最高の環境を用意してやるから疾く逝け!」
逝けってなんだよ、死んでこいってかっ!こいつ、端から殺す気満々………
抗議する暇も無くすぐに周囲が歪み始め、あっと云う間に意識が遠のいていくのだった。
………
………
っつ……頭痛てえ………いつも以上に雑な転送しやがったな、あの糞神。って、それより状況把握だ。糞神が言った通り確かに室内、それも畳敷だな。しかも見たことがないほどの高級品だ。なんだ?紋縁(畳の縁に縫い付けられている布の帯)付きとは、贅沢だな。部屋にもあちこちに家紋があしらわれている。この家紋、五七桐か。五七桐………豊臣家?此処の主が豊臣家の縁者って事か。豊臣の誰だろう。
とにかく部屋を出てみる。
廊下も広く贅沢な造りだ。部屋数も多く端が何処かわからない。とにかく直線で歩けば端まで行くだろう。
しかし、人に会わないな。
お、あそこなら外が見える。海?かな。海だな。高い。それも凄く高い。そうか、下働きの者の多くは下の階に詰めているのか。
高欄の擬宝珠が金箔押し………。迂闊に触れないな。
海だろうが、なんか狭いな。両サイドに陸地が連なっているし、あれは島だな。かなり大きい。足元の方には大きな川が流れている。
此れほどの巨城でこの条件に合うのは、やっぱ………大坂城、秀吉大坂城だよなあ。でも歴史の爺神との約束で若者に憑依している筈だから秀吉の縁者?病弱者は拒否したから石松丸では無い。豊臣鶴松もすでに死んでいる筈だ。豊臣秀次の可能性は…有るな。豊臣秀勝(小吉秀勝)の可能性も有るが彼は文禄の役で急死した筈だから除外できるだろう。豊臣秀保も十七才で急死しているので無い。他に高台院の縁者も考えられなくはないが、彼らは階下止まりで此処までは来れまい。
他には………いやな、薄々判っているんだよ、俺も。一番可能性が高い奴が居るだろうって。判ったよ、判った。秀頼だよな、どう考えてもさ。大坂城の最上階に近い場所で普通に好き勝手出来る人物なんて、他に考えられない。
しかし、秀頼って結構引き締まった良い体格してるじゃないか。やはり、デブのメタボ体型とかのイメージは後世の徳川太鼓持ち連中がひねりだした虚構だったんだな。そりゃそうだ、太閤が守役につけた片桐且元だって戦国生き残りだ。日々の鍛錬ぐらいはさせているだろう。淀君だって落城2回経験してるんだ。最後に物を言うのは体力だって事ぐらいは身に染みている筈だからな。
さて、俺がどうやら秀頼らしい事までは判った。次は今が何時なのかが問題になるが、この体の感じは20歳前後かな。だが、あの糞神が楽々ゆったり内政チート許す筈がないので、大坂冬の陣直前か、大坂夏の陣直前だろう。冬の陣は史実ですら大坂方が勝利している。糞神がそんな楽させてくれる訳が無いので、たぶん冬の陣以降、夏の陣手前だろうな。すると秀頼22歳と云う事になる。千姫は17歳か。今回はマトモに嫁と接する事ができるかな。その為には先ず淀君を追い出さないとなぁ。アレは害にしかならない。今回は高台院も害にしかならないから、一纏めに京都に押し込むか。まあ、とにかく先ずは時期の特定だ。
「だれか有る!」
「木村重成これにっ!」
おっと、いきなり重要人物だ。当然誰か護衛が影に付いているとは思ったが、木村重成か。確かに彼も秀頼の小姓上がりだった。
「呼び立ててすまぬ。少し城下を歩いてみたい。供をしてくれぬか?」
「はっ………されど………」
「母上を懸念して居るか。」
「い、いや………」
「誤魔化さずとも良い。今まで母上に唯唯諾諾としてきた不甲斐ない儂だ、その懸念は当然。だが鳴かず飛ばずもそろそろ潮時と思う。これ以上は手遅れになる。儂は今日から独り立ちする事に致す。」
「殿………」
「重成。儂が心底頼れるのは貴様だけだ。儂と供にこの先の死線を乗り越えてくれようや?」
「何をいまさら。この重成、非才なれど一命を賭して冥府だろうがお仕えいたしますぞ。」
鷹揚に頷き支度に掛かる。城下に出るからにはお忍びだ。先ずは衣装から変えねばならない。しかし、冥府までと来たか。重成の目にもすでに敗色濃厚、切羽詰まっているのだな。
さて、もう一人の重要人物、守役の片桐且元だが。
「時に、爺は如何しておる?」
「はて、片桐且元殿はすでに織田常真(織田信雄)殿などと共に退去されておりまするが?」
退去済か。最も早い時期としても冬の陣直前か、その少し手前確定………っと。年寄りで面倒臭そうな連中は粗方整理済なのは有り難い。その分、残された時間は乏しいが。
衣服を変えて城下まで歩む。道中、本丸内堀の横を通るが瓦礫で雑に埋められている。やはりな。冬の陣の講和も終わっている………っと。だが埋めたと言っても専門職が埋めた訳ではなく、たった二週間。それも兵士を動員してむりやり埋めた体裁だけだ。やっつけ仕事であって、本格的に土で固めた訳ではない。これなら短時間で復旧出来るかもしれぬ。それに………世間では家康の謀略で内堀まで埋められた………とよく言われているが、実際は豊臣家も合意の上で内堀は豊臣家が埋めている。当然、見せかけ上埋めた体裁にしてあるだけだ。それに外堀や総構も破壊作業が捗らなかったと記録がある。どうせ外堀も総構も豊臣家が破壊を買って出た事だろう。当時すでに、片桐且元など家康に尻尾振る連中は退去済だしな。家康にせっせと尻尾振る必要はなく、本気で埋めるはずもない。
「なっ、と、殿!」
「主馬(大野治房)様、お忍びで御座いますれば………」
「う、うむ、そうか、そうであろうな。判った。重成もお側に居るのであれば良いのだ。」
大野治房のようだ。彼も主戦派でブレがない。安心できる味方の一人だ。そうか、史実でも埋められた堀を懸命に復旧させようと努力していたと聞く。同調して働く者が居なかったために無駄になったが頑張っているのだ。
「苦労を掛けるな。だが今日からは儂も陣頭に立つ。儂に出来ることがあれば遠慮は無用ぞ。」
「と、殿………」
言葉が詰まるか。さもあろう、どうせなら冬の陣で勝利した時に覚醒していたならまだしも………と。これから面談せねばならぬ豪傑達ならもっとその思いが強かろう。前途多難だな。
「で、どうだ、堀や総構の復旧は出来そうか?」
「はっ。総構えは雑に石や土塀を崩しただけであり、石を積み木組みを戻せば粗方復旧できまする。堀は適当に瓦礫を放り込んだだけの埋め方なれば復旧可能では御座るが………」
「時と人手が不足なのであろう?」
治房が黙って頷く。
「人手は儂の名を用いて良いので浪人衆を使え。時は儂がなんとかする。何ヶ月必要だ?」
治房が驚いて顔を上げる。
「そ、それであれば………3月………いや、2月。」
2ヶ月か、遅くとも来月当たりから始まる夏の陣には間に合わぬが、不足が1ヶ月程度ならやりようもあるか。
「判った。このまま励んでくれ。治房の働きは決して無駄にはせぬ。」
やはりな。最近発掘された総構の南面の空堀は幅20m以上、深さ10m以上もある。それをたった2日で埋める作業を終えたと云うのだから、キッチリ埋められている筈がない。見た目だけ埋めた体裁があれば良い程度だろう。
「治房。これは信用できる治房なればの頼みだが、総構の復旧ついでにもう一つ作事を頼みたい。」
「はっ、なんなりと。」
「うむ、秘中の秘ゆえ、耳をかせ。」
治房の耳元で誰にも聞こえぬように一つの頼み事をする。
目を伏せ聞いていた治房の顔が見る見る驚愕の色を濃くする。
「意味は判るな?」
「はっ。されど………お味方にも悟られずに進めるとなると準備には数ヶ月は。」
「それでよい。これは止めの一撃に用いる策だ。使用するのはかなり先になるだろう。」
黙って頷く治房。
治房が完全に策を理解した事を確認して城下へ歩を進める。
味方にも秘する策と聞いたためか木村重成も何も言わない。
やはり、重成は敏い。
「城下と申されましたが、何処へ参られまするか?」
「うむ。行き先は我が豊臣の力の源泉だ。船場へゆく。」