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16 右筆、大橋龍慶と二位の局

出陣準備に追われる中、服部藤内が現れた。


「家康が何か気付いた様子………。」

「何?馬鹿な!まだ何も行動して居らぬぞ?」

「………恐らく大坂城方面の『気』の変化を感づかれたかと。」


『気』か………。無いとは言い切れぬ。将棋や囲碁、麻雀などのプロは具体的材料が無くとも相手が何か狙っている場合に不意に気付く事が有ると云う。その(たぐい)か。


「で、その動きとは?」

「大橋龍慶殿が帰参する模様。」


大橋龍慶………。南禅寺の金地院崇伝に習い片桐且元の配下から三十路(みそじ)で秀頼の右筆になっていた。だが大阪冬の陣以後に片桐且元退去に伴って大坂城から去っている。史実ではその後徳川将軍家に仕官しており、かなり怪しい。


「ふむ?龍慶が帰参と云うが、片桐且元(じい)此処(おおさかじょう)に居らぬ。伝手(つて)が無かろう。」

「それが、二位の局と同行して大坂城に入る模様で。」

「二位の局?」

「淀君様のお側仕えの女房の………。」


ああ、やっと思い出した。そう言えば淀君の側近が逐一家康に情報を流していたのだったな。それが確か二位の局だった筈。

千姫付の渡辺筑後守勝の母親で淀君の側使えの一人だ。史実では大坂城落城後、大蔵卿(大野兄弟の母)や宮内卿(木村重成の母)と共に死を賜った筈が、なぜか二位の局だけが召し出され助命されても居る。完全に真っ黒だ。


「なるほどな。淀君(ははうえ)の使いの名目であれば我らも大阪城の門を閉ざすのは難しい。実態は淀君(ははうえ)などなにも(あずかり)り知らぬ茶番だろうが確かめようがない。だが二位の局だけ送り込んでも奥御殿に押し込められては何も探れぬ。そこで祐筆の龍慶に因果を含めて大阪城(ここ)に送り込んで来る訳だ。」

「………。」


服部藤内は何も応えない。ふむ。藤内も思う処はある筈だが口に出さない王道の忍びのようだ。まあ、風魔小太郎のような、軍議に列席する忍者のほうが異常ではあるが。

しかし祐筆か。祐筆であれば軍議は勿論、四六時中秀頼(おれ)に張り付いて監視もできる。奥には奥で二位の局が待ち構えている。慎重な家康らしい手口だが、一度大坂城から出た者を再び送り込むのは流石に大阪方を舐めすぎと云うものよ。つまりは、まだ家康自体、大坂の異変には気が付いていない。虫の知らせで不安になったので念のために打っただけの1手なのだろう。


大坂方(こちら)の異変に家康が不安に感じているなら放置で良いか。あの臆病な家康であれば、心に引っかかる物がある状況で急進する事は無い。大和郡山城攻撃の成功可能性は更に上がると云うものよ。藤内、当座二位の局と大橋龍慶には監視を付けるだけで良い。家康になにか文をだそうが好きにさせておけ。」

「………宜しいので?」

「うむ。出戻りを送り込むぐらいだ。大坂城に入り込んでいる間諜は殆ど無いか、少なくとも上層部に伝手が無いのだろう。伊東長実はまだ残って居るが大坂方主力が浪人衆に変わっており、七手組の多くは留守居に回る事が多い。城から出られないのでは満足に家康へ注進もできまい。ならば、家康は二位の局と大橋龍慶からの知らせのほうが新鮮な情報になるので重視するだろう。此処ぞと云う場面で大橋龍慶には反間として大いに働いてもらおう。だが、そうだな。念のためだ。二人ほど始末しておいて貰えるか?」

「的は?」

「一人は伊東長実の配下に居る筈の朝比奈正成と申す者だ。大層な名乗りだが忍びよ。此奴が伊東長実と家康の繋を実行して居るので、監視して居れば城から抜け出すだろう。戦のどさくさに紛れて、狙え。」


藤内が頷く。


「もう一人は小幡景憲。甲斐武田氏崩壊以降、ずっと徳川の禄を()んでいた者よ。関ケ原の戦い数年前に理由もなく徳川家を出奔していたが、関ケ原ではキッチリ東軍で参戦して居るし、冬の陣でも前田勢に紛れて参戦して居る。」

「小幡景憲であれば、諸将も内応を懸念されておりまする。」

「こんな経歴だから当然だな。だが、どう丸め込んだのか、大野治房が味方に引き込んでしまっている。諸将の監視の目が厳しく今までは何も行動出来なかったようだが、此度はほぼ全軍が出払うので捨て置けぬ。治房に命じて小幡景憲に徳川方を探るよう密命を出すので我が陣営を離れたら始末するが良かろう。」

「御意のままに。」

「で、どうだ、伊賀者取り込みの進捗(しんちょく)具合は。」

「はっ。すでに、伊賀や江戸で燻っていた戦国以来の古強者の大半を取り込み各地に散らしておりまする。ただ、最も家康に近い服部党と近年召し抱えられし若手共は、徳川からの僅かばかりの捨扶持に安住しておりまする。」

「其の者共の業前(わざまえ)は?」

「服部党はともかく、他は取るに足りませぬ。」

「ならば良い。されば家康の手駒は主に柳生か。」

「仰せの通り。」

「柳生の手並みは如何?」

「忍びとしては児戯なれど、面と向かって敵対するには侮り難し。柳生の廻国者(間諜)など自らの出自を隠しもせず堂々と押し入って御座る。今の傲慢な家康にはお似合いかと。」

「成る程。元々が兵法(ひょうほう)(もの)崩れだからな。間諜であっても力技であるか。」


藤内が頷く。

それで二番煎じでも大橋龍慶を送り込まねばならなかったのだな。ふふ、すでに足元が腐り始めているぞ、家康。


「柳生の規模はどうだ?柳生が諜報に手を染めて日も浅く、まださほどの大人数が活動している訳でも無かろうと思うが?」

「柳生に正真正銘の兵法者は多けれど、廻国者を兼ねる者だけであれば未熟者を含めても精々百にも満たぬ数にて。」


さすが吝嗇な家康。諜報部門は極端に縮小してしまったのだな。


「判った。ならば柳生の廻国者共に先回りして、柳生の耳目になにも入らぬように元を摘み取るが良かろう。」

「御意。」


手文庫から甲州金を掴み取り与える。家康が造らせた慶長金(慶長小判や慶長一分判)が少しずつ流通しだしているものの、甲州金は実に1696年まで流通している。サイズも実用的で庶民に紛れて使うには慶長金より使いやすい筈だ。


「甲州金とは有り難し。」

「ふふ。天正大判も有るが使い回しが悪かろう。」

「東国では慶長金は余り出回っては居らず、足が付きかねませぬ。」


畿内に比べて東国は商業経済が発達していない。一般に流通するまで相当な時間がかかる。商業経済に疎い徳川だから貨幣さえ鋳造すれば良いとでも思っていたのだろうが、まだ関東ですらその状態とはな。これなら全国の商家を味方に引き入れる事も可能かもしれぬ。いや、寧ろ進んで家康に味方する数少ない商家を干上がらせるのも有りか。商家同士の流通網からハブらせてしまえば、単独の商家など何ほどのことも出来ぬ。この時代の商家は得手な商材に結構偏りがある。其の商材をピンポイントでダンピングして流してやれば其れだけで詰むだろう。そして其れができるだけの経済力が豊臣家には有る。一戦して落ち着いたら本気で検討してみるか………。


「………秀頼様?」

「ああ、すまぬ。家康と懇意な商家を破綻に追い込む策を思いついたので、うっかり考え込んでしまっただけだ。許せ。」

「そ、其のようなことが出来ると………。」

「まあな。時期が来れば藤内に実行してもらう事になろう。楽しみにして居るが良かろう。だが先ずは目先の戦に勝ってからだ。」


ニヤッと笑って藤内が消える。商家潰しとくれば実行者に余禄が付いてくる。夜逃げする者を襲っても誰も咎めはせぬからな。落ち武者など襲ってもさほどの実入りは無いが、元大商人であれば相当な金銀を持ち出している。忍びにとってこれ以上の旨い話は無い。

さて、次は戦勝の後だな。幕府方は敗戦した処で傷つくのは先鋒部隊だけだ。後方には無傷の大部隊が残っている。これらが変にやる気を出して急進してきては面倒な事になるか………。


「誰か有る!」


すっと襖が開き壮年の武者が進み出る。


「木村宗明これに。如何なされました?秀頼様。」


木村宗明。木村重成の叔父だ。元々前田家に仕官していたが、大坂の陣にあたって堂々と前田利常に許しを請い、大坂入りしたと云う剛直な侍でもある。


「宗明殿が何故に?」

「なに、重成に頼まれましてな。安心してお側を任せられる者が居らぬと………。」

「ふふ。重成の心配性がまた出たか。まあよい、真田幸村殿に会いにゆく。共をせよ。」





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