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14 暗越え退路確保作戦

挿絵(By みてみん)

大坂城周辺広域図



「先ずは一番可能性の高い退路となる竹内街道方面の抑えだが………。」


ぐるっと諸将を見回す。薄田兼相がなにか言いたいのかモジモジしている。


「どうした兼相。お主のような巨漢に落ち着きが無いと目立って仕方がないぞ。」

「はっ。されば激戦必至の竹内街道方面の戦に加わりたく。」

「そうか。行ってくれるか。ならば一隊二千を頼む。だがこの方面は道も良いので兼相が言う通りかなりの大軍が追いかけて来るだろう。こちらも相応の数を出さねばならぬが明石全登殿、この方面の総大将として一万を頼めるか?」


一万という数もだが、明石全登を名指しした事に驚いている。そんなに驚く事かな。関ケ原で宇喜多秀家一万七千を実質運用していた全登だ。寄せ集めでも一万程度、大野治房隊を収容次第撤退という筋書きだし十分任に耐えるはずだが。


「ご指名とあらば、この全登、全力を尽くしましょう。」

「うむ。大軍を指揮した経験がある全登が引き受けてくれれば安心だ。だが歴戦の全登とは言え、手足となって動ける補佐が兼相だけではどうにもならぬ。毛利勝永殿、大谷吉治殿、石川康勝殿、各々二千を率いて全登を補佐してやって欲しい。」


この三名には旧臣が多く従っている。寄せ集めの兵が多い大坂方の中では長宗我部盛親とこの3名が比較的しっかりした軍勢が編成できる。そしてこの3名は攻守のバランスも良い武将だ。猪突猛進しそうな薄田兼相の手綱だけ引っ張っていれば良いので明石全登も無理無く指揮できるだろう。

毛利勝永、大谷吉治、石川康勝の3名が黙って頭を下げる。

これでこの方面は一万八千になる。ほぼ史実通りの兵力だ。史実で伝えられる道明寺の戦いとそれに続く誉田の戦いでは後藤又兵衛二千八百が他と連携できず、奮戦するも各個撃破されている。まずは此れを防がねばならぬ。


「この方面の地形だが、石川の東に小松山と云う独立丘がある。ここに陣を構えて迎撃したく成るかもしれぬが行っては成らぬ。」


挿絵(By みてみん)


また細かな作戦にまで口出ししたので諸将が驚いている。薄田兼相に至っては(まさ)にその予定だったのか目が泳いでいる。

この小松山、いかにも絶妙な位置にある。竹ノ内街道と、竹ノ内街道の脇街道になる長尾街道が小松山の両サイドを通っていて小松山を抑えれば一石二鳥になる位置取りだ。ここに目を付けた後藤又兵衛の戦術眼は見事とすら言える。だが当時の大坂方の状況は山に籠って押し寄せる幕府軍と奮戦したところで最終的勝利に結びつく状況ではなかった。確かに奮戦はできるだろう。だがそれだけだ。味方他部隊との連携も不十分な上、又兵衛直率程度の兵数では万余の大軍を攻め潰す事は叶わない。いずれは数の差で摺り潰されてしまう。(川中島での上杉謙信のように、万を超える大軍丸ごと山に入れるような無茶をやれば話は別だが………噂の域だが、当時の上杉軍は糞尿の始末にも困る状況で末端兵士は悲惨な状況だったらしい………)

その点、道明寺の戦いの直後におきた天王寺口の戦いでの真田幸村のとった突撃作戦は無謀と見えても、万が一にも家康本陣を粉砕出来れば大坂の陣そのものを勝利させられるだけのインパクトがある。最終的な勝利の絵が描けている分、やはり戦略眼では幸村がはるかに勝る………っと、また考えが脇にそれていたな。


「ほう?それはまた如何なる理由でしょう?」


総大将になる明石全登が皆を代表して尋ねてくる。


「小松山は確かに平地の中にポカっと浮いている要害だが、東から攻められた場合、西の石川が邪魔で撤退に齟齬が出る。文字通りの背水の陣なのだ。撤退戦の援護が戦略目的なのに背水の陣を敷いて自ら撤退不能にしては話になるまい?」

「成る程、筋は通っていますな。されば何処に陣を敷きましょうや?」


石川康勝が尋ねてくる。内政経験も豊富な康勝なので、こういった言い方をした場合は代案があると察したのだろう。


「うむ。石川を堀に見立てて水際防御する手も無くはないが、儂はさらに西、家康方に石川を敢えて渡らせて背水の陣を敵に強いてからそれを攻め潰すのが良いと考えている。石川は古代から有る古い河川で両岸は幾重にも重なる河岸段丘を形成している。川縁まで下って登るだけでも一苦労だが、その登った先、石川の左岸は湿地帯だ。ズブズブと足を取られて速やかに陣容を整える事は勿論、腰を下ろして小休止する事すら出来ぬ。そこを襲う。」


これは史実での誉田の戦いを踏襲している。史実では緒戦で後藤又兵衛隊が壊滅した直後にも関わらず、戦況は大坂方優勢に推移している。最終的に北の若江戦線が崩れた結果、撤退に追い込まれはしたのだが。今回は小松山に兵を出さず、一万八千毀損無く一塊での迎撃でもあり史実よりさらに有利に戦えるだろう。


「おお、単に撤退を援護するだけでなく、この機に家康方を誘い込んで痛撃を加えると!無理の無い作戦でもありお見事と存じまする。この毛利勝永感服致しました。」


毛利勝永も賛意を示してくれる。大坂方諸将のうちで最も武運が有ると思われる勝永が認めてくれたので、俺も少し安心する。


「歴戦の将の勝永にそう云われると素直に嬉しい。調子に乗ってもう一つ言わせてくれ。この方面の一万八千は一塊で進軍して欲しい。」

「?大坂からこの方面へは特段の難路はありませぬ故、それは難しくないですが、何故にわざわざ一塊でと?」


大軍の運用経験豊富な明石全登には違和感があるのだろう。通常は一万八千もの軍勢となれば、数個集団に分かれて行軍するほうが普通だし行軍速度も上がるからな。


「うむ。先も言った通り石川の手前は湿地帯だ。よってよく霧が出る。濃霧の中で部隊が分進したのでは思わぬ齟齬が出やすい。よって現地に着くまで一塊で行軍して欲しいのだ。」


分進合撃が成功する為には部隊相互の緻密な連携が必須だ。其れが無ければ各個撃破の好餌でしかない。この時代の通信手段では成功は覚束ないので数で劣る大坂方が採用してはならぬ作戦なのだ。


「濃霧ですか。有りえますな。ならば、早めに出立する事で行軍の遅さを取り戻しましょう。しかし儂(明石全登)はほとほと濃霧に縁があるようじゃ、はっはっはっ。」


そう云えば、関ケ原の戦いでも濃霧の中、宇喜多隊最後尾が抜け駆けしてきた井伊直政隊と接触して戦いが始まったのだったな。移動中の最後尾を不意に襲われながら崩れなかったのだから大したものだ。


「となると、追撃は石川の川岸で切り上げですかな。其れ以上追うと立場がそっくり入れ替わってしまう。」


追撃戦を実際に担当しそうな大谷吉治が言う。


「そうだな。追撃の距離が僅かしか無いので物足りないと思うだろうが、先は長い。戦果を求めるのは勿論だが、兵を大切にしている所も敵味方双方に見せつけて欲しい。」

「そうですな、先は長くなりそうですし。」


諸将も頷いている。どうやら最後の一花と逝き急ぐ空気は完全に無くなっているようだ。


「南方はこんな処で良いかな。では北……と云うか、ほぼ大坂城の東南側だが、暗峠や、その南の間道をすり抜けてくる敵への備えだ。此方に敵が来る場合は治房の追撃と云うよりも直接大坂城を目指していると考えた方が良かろう。家康着陣前に抜け駆け同然の大功を挙げようとする者が居るとすれば、十中八九は藤堂高虎であろうな。」

「またあ奴か………。」


明石全登、長宗我部盛親など関ケ原の戦い経験組が苦虫を噛み潰した顔で愚痴る。秀吉や秀長に引き立てられた身で有りながら恥も外聞もなく徹底して家康に尾を振る生き様はこの当時ですら敵味方の諸将に結構嫌悪されているようだ。まあそりゃそうだろう。代替わりした途端に手の平を返されるのではとても重用出来ない。

では家康は?藤堂高虎は第二次朝鮮出兵後に伊予半国20万石となっている。史実の大坂の陣の前の時点では伊賀の一部、伊勢安濃郡と一志郡など合計22万石の津藩主だ。よくよく見れば関ケ原であれだけ活躍?したのに2万石しか加増されていない。黒田長政は12万石から一気に4倍、52万石になっている。吝嗇で有名な家康にしても、この扱いは只のケチでは説明出来ない。建前では家康に激賞されている藤堂高虎であるが、現実には便利使いされていただけ。実態としては家康の明確な意思によって重用拒否されているとも考えられるのだ。

だが、そう云う状況なればこそ、高虎はさらに身を粉にして働かねば現状維持もままならない危機感があるはずだし家康もそれを強要するだろう。


「我々にとっては煩わしいだけの藤堂高虎。だが、後々のためにもこの際に藤堂隊は積極的に叩いておきたい。そこで、大坂城の守備に一万二千を残し残り4万総出で痛撃を加える。そしてこの方面に儂も出陣する!」




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― 新着の感想 ―
藤堂高虎、秀長への忠勤が素晴らしかったらしいだけに、その後の変わり身が凄く目立ちますな。 一時期○長の野望でギリワン設定されてたのもむべなるかな。
黒田家に限らず外様は大領として格を与える。そして参勤や交代の折には「格に合った人数を」として散財させるのが徳川のやり方です。前田家や島津家もそうですね。 黒田家は秀吉からも遠方の大領を与えられました。…
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