11 服部藤内参上、そして淡輪重政
「秀頼様………秀頼様………-。」
深夜、寝床の先の闇の中から声が掛かる。
「うむ?この夜分に………!もしや服部殿か?」
「お召と聞き、参上いたしました。」
「よく来てくれた。構わぬ、此れへ。」
忍びは基本的に身分が低い。主君の寝所に姿を現す事は通常憚られる行為とされているので、口に出して呼び寄せる。
「服部藤内殿が来てくれたからには………これ!誰か有る!淡輪重政殿を呼んで参れ!くれぐれも丁重にな。」
淡輪重政は和泉の水軍衆で其の祖先は鎌倉時代まで遡ると云う。関ケ原戦役後に改易となり浪人していたが、豊臣家の縁を頼って大坂方に出仕しており、最後の勝負を賭けている。
「さて、伊賀者への勧誘は捗っておるかな?」
「はっ。秀頼様お見立ての通り、皆大きく不満を抱えて居りました。が、大坂方の行末もさほど期待できないと申しており、表立って秀頼様の元に参集させるまでには至っておりませぬ。」
「さもあろう。構わぬ。今は家康に面従腹背で良い。我らが一戦したのち我らに肩入れすするかどうか、考えてもらえば良い。当座はお主の手の者や真田の手の者の活動を見逃してくれれば一定の援助をする………そう伝えておいてくれ。」
「………それでよろしいので?」
「今はな。藤内殿の手の者が自由に動ければ、当座は十分だ。」
そこへ淡輪重政が何事かと慌ててやってくる。
「重政殿も夜分にすまぬ。こちらは服部藤内殿。かの宇喜多秀家殿が頼りし伊賀者頭だ。これからは我ら大坂方の目となり耳となってもらう事になる。」
「なんと!あの中納言様の……。」
「お二方には重要な任務を頼みたい。こればかりは余人では不可能な任務だ………。おっと、そう警戒せずとも良い。藤内殿と重政殿であれば容易い。先ずは藤内殿。肥前長崎に出向き、荒木宗太郎殿に繋を入れてほしいのだ。」
「肥前長崎の荒木宗太郎??」
「うむ。長崎の豪商の一人だが、自ら船で乗り出し安南やシャムまで交易される豪傑だ。」
「ほう?そのような男が長崎に………。」
「ああ。その荒木宗太郎に頼んでブリテン、エゲレスとも言うが………その国と接触してもらいたい。」
「ブリテン?」
「イスパニアやポルトガルは存じておろう。あるいは家康とすでに接触のあるネーデルランドも知っておるやもしれぬが、南蛮にはより有力なブリテンという国が有るのだ。」
「ほぅ?そのような国が。」
「このブリテン、すでに世界の海の覇者となりつつある。イスパニア海軍は大打撃をうけて没落しておるし、ポルトガルは元々小国でブリテンと正面から戦える国力は無い。ネーデルランドは成り立ち自体が交易立国で国も小さい。つまり、今、ブリテンの支援を取り付ける事ができれば、海上は無敵なのだ。」
「ブリテンの水軍を連れてくるには、見返りが必要ですぞ?」
「当座の見返りは金を用意しよう。南蛮では金銀の交換比率が日ノ本とは大きく異なる。日ノ本と異なり、南蛮では金が殆ど取れぬ。金は南蛮では殊に希少なのだ。銀は南蛮支配下の鉱山から大量に取れるため、南蛮の通貨は主に銀が用いられているのだ。」
「成る程、そういう事であれば、少量の金を持ち帰る事で大儲けできますな。」
「ああ。ついでにブリテンの大型船で食料、武器、弾薬も買うと申せば揉み手でやってくるだろう。」
そこまで黙って聞いていた淡輪重政が割って入る。
「秀頼様、狙いは判りますが、大丈夫で御座るや?庇を貸して母屋を取られては敵いませぬぞ。」
「心配は尤もだ。だが杞憂だ。我が日ノ本はつい数年前まで戦乱の坩堝だった。戦える人だらけで少数の南蛮人が来寇した処でなにも出来ぬ。上陸出来ねば乱取りのしようがあるまい。だからこそ、イスパニアもポルトガルも従来日ノ本とは正面から争わず、宣教師を尖兵に食い込もうとしていたのだ。」
「成る程、それもそうですな………。」
「だが、長い目で見ればいつまでも海上の武力をブリテンに頼るのは良くない。そこで淡輪重政殿、そなたの出番だ。入港するブリテンの船を学び、日ノ本で改良を加え南蛮船にも対抗しうる水軍を造れ。当座は家康を圧倒できればよいが、目標は南蛮と五分以上に渡り合う事ぞ。」
「おお、また水軍を復活できるのですな!これは気ばらねば!」
「だが焦る必要は無い。知っての通り徳川は海の事は無知だ。水軍など経験もなければ伝手も無し。当座はこの大坂周辺を小舟で荒らす事が出来ぬようにするだけで十分だ。だが、いずれは外様大名に命じて大型船を造らせ大坂を封鎖しようとするだろうから、ブリテンの船が居なくてもそれらを排除できる力が必要になる。なにもかもブリテン頼みでは足元を見られるのでな。」
淡輪重政が深く頷く。元々自分たちが海上を行き交う商船から通行料をピンハネしていた側だ。手口は熟知している。
「その船だがな。我々が新しく建造する船は輸送船と戦闘船を明確に分離せよ。つい軍船にも荷を積みたくなるだろうが、戦闘は戦闘専用、輸送は輸送専用にしたほうが、結局は効率が良くなる。」
「?些か勿体無う御座る気がしますが………秀頼様が左様に仰せであれば………。」
「実は南蛮船にも交易用と戦闘用でそこそこに違いがある。今まで我々が目にしていたのは交易船だ。」
「なっ!、あの舷側に大砲を並べた船で交易用ですと!」
「うむ。なにせ長距離航海をする南蛮船の事だ、時化で船隊から逸れた場合の為に自衛用の武装はそこそこ積んでいるという事もあるが………実は日ノ本近海までやって来る南蛮船など、せいぜい月に1隻。多くて2隻だ。強大に錯覚しがちな南蛮だが、実態として輸送船と軍船を別個に運用する力がまだ無いのだ。だが、南蛮の地近海で活動している本当の南蛮の軍船はあんなものでは無いのだ。だから重政殿は先ずは交易船を学び取りつつブリテンの軍船を密かに調査して日ノ本の事情に合わせた改良を加え、一朝一夕に他大名が追随出来ぬような、強力な戦闘艦を最終目標としてほしい。万が一、南蛮の戦闘専用艦が回航されて来ても対抗出来る、強力な戦闘艦をだ。」
「そこまで!これは水軍衆冥利に尽きますな。しかし日ノ本の事情?」
「実は、この日ノ本の近海は全世界で見ても、特に荒れる海なのだ。だから南蛮船も難破して漂着してしまう船が時々現れる。南蛮船をそのまま再現しただけでは………。」
「………我々が造った船も結構難破してしまう………。」
「そう云う事。凌波性、波を切り裂く能力の事だが………と復元性、船が傾いても転覆せずに元に戻る能力………この2つは普通の南蛮船より強化せねばならぬ。」
「成る程!やってやろうじゃありませぬか!いやしかし、流石太閤様の忘れ形見。徳川など路傍の小石程度としか見て居られぬ。南蛮と張り合うお覚悟とは………。」
「はっはっはっ。儂はまだまだ、只の頭でっかちの小童よ。手足が伴わぬのでその小石に躓きかねぬ。それを支えられるのは、お主達だけだ。頼んだぞ。」
そこからは服部藤内も交えて南蛮船の構造や砲戦やラム戦の常識、乗っ取り対策、日ノ本独自の兵器『焙烙』など、既に知っている限りの知識をぶつけ合い、船を巡る攻防を明け方まで検討するのだった。




