09 真田幸村………加えて大蔵卿の局?
山中鹿介:山中 幸盛。山陰尼子氏家臣として毛利元就率いる毛利勢に抗い転戦。尼子氏滅亡後、尼子勝久を旗頭に尼子家再興に尽力。敗戦後毛利氏により謀殺されたと云う。
「重成。真田幸村殿を………それと大蔵卿の局を内々に呼んできてくれぬか。誰かに見つかった場合のために、幸村殿のお父上、昌幸殿の遺品が出てきた………そう云う理由ででも口裏合わせもしておいてくれ。」
「………内々に………然と。」
大蔵卿の局?困惑を隠せぬ重成だが云われるままに呼びに行く。
半時近く待って木村重成が両名を伴いやってくる。空堀の復旧に留まらず、総構え沿いに再び真田丸、それも今回は複数を構築しているので現場に出ていたのだろう。真田の築城術は非常に繊細で細かな心配りが必要なため自身が出向いて見分する必要がある上、今後は自分以外の将に運用方法をも説明せねばならない。他人任せには出来ないのだ。
「秀頼様、何用で御座いましょう。これでもそれなりに忙しゅう御座るが。」
「呼び立ててすまぬ。此度は重成も下がってくれるか?」
じっと重成の目を見る。一瞬重成の目に心外そうな光が灯ったが、すぐに察して黙って下がってゆく。
「まずは大蔵卿殿。そなたに頼みがある。」
「国松(秀頼)様、この婆にご遠慮など要りませぬ。なんなりとご下命くださいませ。」
「うむ。ならば言おう。そなた、阿呆になってくれ。」
呼び出すだけ呼び出しておいて後回しにされた真田幸村だが、成り行きに興味が湧いたのか、当初の怒気が収まっている。結末まで見守る気になったようだ。
「………どのような阿呆でございましょう?」
「決戦の意思で固まっている大坂方にあって、いまだに幕府と講和せねばならないと、狼狽えておる阿呆………だな。」
「………成程。家康殿を罠に嵌めようと………」
「いや、違う。そもそもあの百戦錬磨の家康を、ろくな経験もないこの秀頼如きが嵌めれる筈が無かろう。」
「?では何ゆえに?」
「言うまでもないが、この大坂にはいまだに幕府の間諜が居る筈。彼らから早晩大坂が決戦で意思統一されている連絡が幕府に届くであろう。そこに混ぜる濁りを造る。その為に大蔵卿殿には阿呆になって貰いたい。」
「家康殿に仕掛けるのではなく、幕府の間諜を惑わす為………」
「大蔵卿殿の動きは奥向の総意。ならば、大蔵卿殿が講和に奔走したがっている、即ち儂(秀頼)の本心は講和………そのように間諜は考えような。表の儂(秀頼)の顔が決戦、裏の儂の顔は講和。これでは間諜には判断がつくまい。されば………」
「………成程………自分で判断しかねた間諜は相反する両方の動きをそのまま家康殿に報告するしかない…と。」
「うむ。家康殿には和戦両方の情報を突き付けて、いずれが誠かご自分で判断してもらおうと思うておる。」
「ほほほ……国松(秀頼)様、やっと太閤様が居られた頃のような、悪戯小僧の顔を思いだされましたね。その悪戯、この婆がお手伝いいたしましょう。」
「やってくれるか。」
大蔵卿の局が平伏して、程なく退去してゆく。年齢に似合わぬピンと伸びた背筋を真田幸村とともに見送る。
「やれやれ………何を見せられるかと思えば、ひどい悪さで御座る。」
「儂なりに工夫したのだがな。幸村には物足りぬだろうが。」
「いやいや、なにも狙いが無い策では、いくら家康が百戦錬磨と云えども見破り様が御座いませぬ。何の事はない、表と裏を合わせれば何も残らぬ、當に悪戯。このような馬鹿げた策など家康の埒外で御座ろう。されど無駄に家康の心に澱となって沈殿する毒。面白い物を見せていただけました。」
幸村にも受けが良かったようだ。生中の策などでは幸村を驚かせられぬ。ならばいっそ極端に馬鹿げた策が良かろうと画策してみたが、上手く行ったようだ。
「これはまだ重成しか知らぬ事だが、幸村には話しておこうと思う。」
「?それは?」
「最終的に豊臣が徳川に勝つ、勝ち方だ。」
「!」
「先日の軍議はあくまで中期的な見通しでしかないのは、判っていたのだろう?」
「はい。取り敢えずの当座の間に合わせにはなりますが………それだけでは徳川を倒す事は叶いませぬ。」
「儂もそう思っていた。そこで先日伊丹に行ってきた。」
「?伊丹…で御座いますか。」
「伊丹には鴻池新右衛門と云う面白い男が居てな。あろうことが、江戸で清酒を売り捌いて居る。」
「なっ!江戸へ売るとは………良い度胸でございますな。」
「うむ。中々に見どころがあると思うだろう。なにせ、あの、山中鹿介の忘れ形見だからな。」
「鹿之介!道理で………。」
「その鴻池新右衛門に長崎と大坂間の定期航路の常設を依頼して快諾を貰ってきた。」
「………定期航路………。」
「判るか、この意味が。」
じっと真田幸村の目をみる。ははっ、これでは先日の新右衛門と同じで儂が幸村を値踏みしているようだな。だがそろそろ儂への認識を幸村にも改めて貰わねばならぬ。
「………秀頼様は豊臣得意の商いで徳川を打ち倒す………そう云う事に御座いますか。」
「流石幸村。よくぞそこまで見通すものよな。勿論、徳川を倒すまでには幾度もの大戦があろうが、基本的にはこの大坂を然と守り切る事で、日ノ本西半分に徳川の影響力を及ばさせぬ方針となる。」
幸村が頷く。
「現実問題、兵の数からしても江戸に攻め下る事など絵空事でございますし。」
「今はな。だが、日ノ本の東西の格差が開き始めれば、何れ兵数も逆転もしよう。」
「………10年。そう10年は最低必要で御座いますぞ。」
「幸村は今49才であろう。10年後でもまだ59才、一軍の将として徳川に止めを刺すには間に合うな。」
「!」
「如何に商いで徳川の中身がボロボロに破綻して居ようとも最後の最後には武力で圧倒せねば、徳川の者共が平伏すきっかけが無い。どうしても最後の一突きが必要になるのだ。そうは思わぬか?」
「確かに。代替わりが進んでいるとは云え、愚直な石頭揃いの徳川の者共では、石をかじり雑草を食んででも、飯が食えぬので平伏すとは言えますまい。だから、最後の最後は戦になる………か。」
「その時は儂も勿論出る。出るが戦の経験が無い儂では当然、お飾りの大将に過ぎぬ。実際の軍配を取れる将帥は我が陣営でただ一人、幸村。お前だけだ。」
「い、いや、他にも数多おられますぞ。後藤殿を初め、長宗我部殿、明石殿………、皆一角の方々。」
「謙遜は良い。此処には我らしか居らぬ。確かに彼らは名将だ。だがあくまで限定された戦場での名将であって、日ノ本全体で戦の絵を描ける者となると………我が陣営では真田幸村!お前しか居らぬ………。」
「………秀頼様………。」
「やってくれような。」
「………秀頼様………。幸村は人質としてこの大坂に預けられてより、太閤様と秀頼様には破格の御温情を頂いております。もとより秀頼様の御下命があれば、いかなる理不尽な戦場であれ一矢報いる所存で御座いましたが、今日、やっと目が覚めました。秀頼様は一矢報いるだけではお許し下されぬ………と。秀頼様が最終的に徳川を打ち倒す御心であると知ったからには、この幸村。そのお役目、是非にも受けさせていただきまする。」
「うむ!頼むぞ。実は幸村に断られたならどうしようかと心配して居ったのだ、はははっ。」
「お戯れを。」
「して、遙か先の事で有る故、今から決め付ける事は出来ぬ。が、どうだ?予想で良い。儂と幸村で何処を止めの決戦場とすべきか、比べてみようではないか。それが一致して居れば必勝間違いなしじゃ。」
「これはまた、秀頼様にも左様な遊び心がおわすとは。」
「なに、ここだけの話だがな、儂は常に遊ぶ事にしておるぞ。そうでのうては詰まらぬ人生と思わぬか?」
「まあ、左様な事としておきましょう。では書物を。」
「いや、只場所を比べるのでは面白みに欠ける。日ノ本の地図を渡すので、地図に書き込もうぞ。」
手文庫から自作しておいた日ノ本全体の地図を二枚取り出した
「なんと!此れが日ノ本全体の姿で御座いますか。」
「うむ。儂の知識を全て合わせると、このような姿になる。遠隔地の島は描いておらぬがな。」
「流石、天下を統べられし豊臣家。この図だけでも千金の価値がありましょうぞ。」
「残念ながら、大きな山と川、海岸線に大道しか描けておらぬ。日ノ本は河川沼沢が多すぎる。」
「それだけ有れば十分で御座いましょう。しかし、蝦夷地がこのような形だったとは………。蠣崎氏の治める場所など、蝦夷地のほんの隅だけだったのですな………。」
「蝦夷地は少し特殊でのう………。鎌倉殿の世に元寇が有ったであろう。あの時の前後に蝦夷地の北の島、樺太と申すが、そこにも元寇が来たのだ。」
「なんと!」
「日ノ本の元寇は鎌倉武士、いや、実態は九州の在地武士だが………。彼らが撃退した。だが樺太への元寇は元側が優勢で荒らすだけ荒らして元は引き上げておる。そして荒らされた樺太から原住民が大挙して蝦夷地に逃げ込んでおり、彼らが土着して日ノ本とは異なる文化を維持して蝦夷地全体に散らばっておるのだ。」
「ほう………。それはそれで、将来の禍根になりかねませぬな。」
「確かに。じゃが我らの世代では蝦夷地までは手が回らぬのう。」
「左様ですな。では地図に書き込みましょうぞ。」
二人で背を向け合いお互いに見えぬ状態にして地図に決戦場を書き込む。
「よし、描けたぞ。では見せ合おうぞ。」
「なにやら、三国志演義の一幕のようでござりますな、ふふ。」
見せあった瞬間、二人して破顔する。
そこには大坂から伸びる太い線が東海道を通り、三河・遠江を突き抜け駿河の駿府城で止まっていたのだった。




