師匠の教え 【月夜譚No.278】
大蛇に見下ろされ、蛙はこんな気持ちなのだろうかと頭の隅で考える。
確かに、これは怖い。今すぐ逃げ出したいけれど、少しでも動いたら食われてしまいそうな恐怖が足を地面に縫い留める。だからといって、このままじっとしていても結果は変わらないだろう。変わらないだろうが、動けない。
ただひたすらに、青年は大蛇の目を見つめ続けた。少しでも逸らしたら終わりのような気がして、瞬きすらできない。
涙が出そうなのは眼球が乾いたせいだと妙な矜持が働いた時、脳裏に師匠の叱咤する声が過った。
正直なところ、森で迷った辺りから青年は不安でならなかった。元々気が小さい彼は、この森から一生出られないのではないかと思ったりもした。
しかし、それは絶対に嫌だ。こんなところで終わってなるものか。
『心配するな。お前には、俺の魔法の基礎を叩きこんだ』
記憶の中の師匠が赤ら顔で笑う。青年は手にしていた杖を強く握った。
師匠の許に帰らなければならない。帰って、言うのだ。
――酔っ払いの貴方が酒を所望したお陰で、弟子は大蛇に殺されかけました、と。
開いた口からは、強い思いの籠もった呪文が吐き出された。