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普通になれない私たち

温かくして、手を繋いで

作者: 九JACK

 私はいつも通り、男装して街に出ていた。藍花も一緒だ。当然だろう。藍花の服を買いに来たのだから。

 私が男装するのはいつものことである。一応、ノイン・ジャック=ブラウンであることは隠しているため、まず女であることを隠さなければならない。というか思ったんだが、私が女だということを知っているのは一体どのくらいいるのだろう?

 まあ、私の知名度のことはどうでもいい。私はこの買い物を楽しみにしていたのだ。

 私に手を引かれてとてとてとついてくる紫の髪の女の子。両手に軽く包帯を巻いているが、私は断じて暴力などをはたらいてはいない。この子の手の甲には黒い目玉があるのだ。それは異形として人から疎まれ、彼女を亜人と謗られる存在とする。

 だが、そういう異形のものを好む存在も世の中には存在する。そのうちの一人が私だ。異形を専門に取り扱う闇の奴隷商で彼女を気に入り、一目惚れで買った。奴隷という形でなら、異形を飼う者もいるから、不自然ではない。

 が、私はこの美しい奴隷に「藍花」という名前まで与えた。普通の奴隷のように扱うつもりはない。

 それならどういうつもりかというと、私は家の事情と外聞と私の趣味の兼ね合いで、非常に面倒くさい立場にある。そのため、広い屋敷に住んではいるが、使用人は一人もいない。家族とも離れて暮らしている。

 寂しいと言えば、そうなのかもしれない。ただ、それは私が選んだ孤独だから、心地よくすらあった。仕事を回してくる家族さえいなければ、最高の暮らしなのである。

 孤独な生活が好きだけれど、癒しは欲しかった。その癒しとして、私の趣味である異形のもの漁りをして、結果、この藍花を手に入れたのだ。

 藍花は不気味と言われる目があるし、緑の灯火のような目は瞳孔が開き気味で私からするとかわいいのだが、それを死人のようだと認識する者もいるようだ。逢い引きでは薄暗いところで少し瞳孔の開いた女性の方が愛らしいとか語るくせに、おかしなことを言うものである。

 まあ、私がどう思っていようと、藍花は私が買った瞬間からジャック=ブラウンの奴隷という所有物である。主人としてある程度好き勝手に扱わせてもらうのだ。

 私は一つの店に入った。完全予約制の服屋。私の行き着けである。

「ノイン様、いらっしゃいませ。ずっとご連絡がないので、ばあやは心配していたのですよ?」

「いや、仕事が忙しくてね。やっと来られたよ」

 私はそっと藍花の背中を押す。

「藍花。この方は元々は私が子どもの頃に面倒を見てくれた乳母だった方だ。今はこうして服屋を営んでいる」

 説明すると、藍花はばあやと目を合わせてから、丁寧にお辞儀をした。私は今度はばあやに説明する。

「この子は口が聞けないんだ。その分筆談ができて、字が上手い」

「ではノートをお持ちしますね」

 ばあやの対応にびっくりしている様子の藍花に、私はウインクする。

「ばあやは気端が回る人なんだ。安心して。亜人にも理解のある人だから」

 すぐにばあやがノートとペンを持ってきて、藍花をテーブルへと案内した。

「私はテルダと申します。ノイン様は昔の癖でずっとばあやと呼んでおられますが。お嬢さん、今日はあなたの服を仕立てるように仰せつかっております。あなたの名前をお伺いしても?」

 テルダが座った藍花に視線を合わせて問うと、藍花はす、と頷いて、さらさらとノートにペンを走らせた。

『はじめまして、テルダ様。私は藍花・ブラウンと申します。ご主人様に買われた奴隷で、それまで名前がなかったので、ご主人様が名前をくださいました』

「左様でございますか。藍花様。良い名前をいただきましたね。その名の示す未来が幸多からんことを。

 ノイン様からはお屋敷の召使いらしい服を既に注文されております。あとは藍花様のお好みを聞いて、外出用の服を仕立てるようにと言われております。ノイン様から説明はされていると思いますが、奴隷というものは主人の質を示すもので、決してただの慰みものではないのです。

 ですので、藍花様は何も遠慮することなく、私の質問にお答えくださいませ」

 藍花はこくりと頷く。これまで藍花が受けてきた仕打ちからすると、奴隷は主人の慰みものか、こき使うだけの存在と思っていそうだから、そこは履き違えさせないよう、事前にばあやにも頼んでいた。

 それに私は藍花の「好き」を知りたい。藍花が自分の「好き」をわからないのなら、一緒に見つけていきたいのだ。

「ではまず好きな色は何色ですか?」

 藍花とばあやがコミュニケーションを取っているのを見ながら、私はそっと店の中を回り始めた。主人がじっと見ていると緊張してしまうかもしれないからね。

 それと、ばあやにはこっそりもう一つ、贈り物を用意してもらったのだ。

 肌触りのいい素材で作った薄手の手袋。薄手だけれど、藍花の中の目は透けないものをプレゼントに、と考えたのだ。

 亜人の奴隷を連れているとバレたところで私は痛くも痒くもないのだが、藍花を悪く言われるのは気分が悪いし、一応ジャック=ブラウン家の体裁というものがある。まだジャック=ブラウンの名を捨てていない以上、いくらどうでもよくてもそういうのは気にしなければならない。

 手袋をつければ、普通に連れて歩いていても気にされないだろう。藍花を召使いとして扱うのなら、手袋をしている方が自然な場面まである。それに何より、私は形のある贈り物を藍花にしてあげたかった。

 さすがばあや、さりげなく展示されていたダークブラウンの手袋はジャック=ブラウン家を示す色である茶色を使い、注文通りの仕上がりになっている。値段もお手頃だ。これなら帰りに買ってプレゼントしても、藍花も恐縮しすぎないだろう。

 それに、手袋にはジャック=ブラウンの家紋が刺繍されている。それを身につけさせることで、藍花がジャック=ブラウン家の人間であるという証明になる。私はいずれジャック=ブラウン家から離れるし、そのときは藍花も連れて行くつもりだが、ジャック=ブラウンの名前は強いため、使えるうちは存分に使わせてもらおう。

 貴族の者はもちろんのことだが、貴族の持ち物に関しても、管理が徹底され、貴族の持ち物を盗んだ者ほ法を犯したとされ、通常の窃盗より重い罪が課されるのだ。そのとき、貴族のものであるかどうかの証明となるのが家紋である。

 藍花を道具と同列の扱いにするつもりはないが、貴族の持ち物の中には「奴隷」も含まれる。まあ、確かに奴隷を使い捨ての道具扱いして飯の一つも与えんくそ貴族は存在するが、そんな貴族ばかりではない。ジャック=ブラウン家は名が大きいと同時に高貴なる魂を受け継ぐとされる一族である。きちんと人であるならば人の扱いをするのが礼儀というもの、ということで、奴隷でも人並みの生活が送れるように衣食住を提供し、時には教養も与える。それが貴族の嗜みというものだ、としている。

 私はそもそも貴族や奴隷といった身分を隔てる言葉があること自体が問題だと思うのだけれど、言葉がなくとも亜人は差別されただろうからなあ、という歴史などのあらゆる観点から考えて、ジャック=ブラウン家の考え方がまし、という結論に至っている。

 言葉による差別がない方がつらいのかもしれない。人間は名前のついていないものを形容し、飲み込むのが難しい生き物だから。

 それから私はアクセサリーの類を物色した。さすがばあや、私の好みをわかっている品揃えだ。ばあやには私が亜人愛好家であることを明かしているわけだが、ピアスについている石の名前が「八百比丘尼の涙」だとか、ネックレスについている飾りが「鬼女の角」だとか、亜人好きの心を持っていく。だが、今回はあくまで藍花のための買い物。贈るにしたって、アクセサリーの類はまだ意味が重いだろう。

 そうして私が一人品評会をしているうちに、藍花が着替えてきた。茶色と灰色がベースという一見地味な色使いのドレスだが、所々に入れられた差し色の明るい緑が雰囲気を華やがせる。

 藍花がノートを持っていた。

『どうでしょうか?』

「とってもかわいいよ」

 する、と藍花の頬を撫でると、藍花はほっとしたように息を吐いた。緊張もしていたのだろう。

「でも、この色でよかったの?」

「藍花様は灰色と茶色が好きなのだそうで。けれど組み合わせでは充分に見映えするでしょう? 藍花様は地が美しいですから」

「うん。それは全面同意なんだけど、マーブルフラワーの柄の部分、茶色じゃなくて暗い紅色の方が全体の色味としては落ち着くんじゃないかな。緑は明るくても寒色系だからね」

『私は派手な色はあまり好きではありません』

「暗い色だから、思うほど派手に見えないよ」

「ノイン様」

 おっと、ばあやに止められてしまった。見映えと好みの塩梅は難しいね。

「暗い紅色のがあるなら、試着だけでもしてみて。大丈夫。茶色のも買うから」

 私がそう告げると、ばあやは藍花を連れて、試着室へと行った。

 戻ってきた藍花は暗い紅色のものを着ていた。不思議そうに目を丸くしている。

「ふふ、ノイン様のカラーコーディネートは相変わらずですねえ」

「全体の寒色と暖色の度合いを整えるといいんだよ。暖色に寄ると愛らしく、情熱的に見えるし、寒色に寄せれば気高い美しさが見ている側の背筋をぴんと正すようなコーディネートになる。藍花は人生が既に波瀾万丈だけど、まだ幼いからね。愛らしい印象の方が似合う。まあ、茶色も似合うんだけど」

「ええ、黄色味が抜けることで、ぐっと垢抜けて見えますね。髪留めはサービスです」

 見れば、三つ編みにされた藍花の髪をベージュのリボンが縛っていた。

「美しいお嬢さんを連れてきてくださり、ありがとうございます。この私、久方ぶりに衣装選びのし甲斐がありました」

 他にも藍花の好みに合わせて仕立てたものが数着あるという。それらは後々家に送ってもらうことにして、私は茶色の手袋を手に取る。

「これを」

「んもう、ノイン様は相変わらず財布の紐が固いですねえ。今回こそは何か一つ手に取らせようと頑張って揃えましたのに」

「自分の趣味嗜好のものは家から出たらやることに決めてるんだ。恨むんなら後継が阿呆なジャック=ブラウンを恨んどくれ」

「はいはい。ノイン様は真面目ですね」

 手袋の分の会計を済ませると、私は手袋を藍花に渡した。

「私から藍花への贈り物だよ。藍花が私のものだっていう証になる。これをしていれば、藍花自身を守ることもできるから、つけてほしい」

 藍花は目を見開いて、手袋を見たあと、そっと受け取った。

 巻いていた包帯をほどいて、手袋をはめれば測ったようにぴったりだ。藍花は嬉しそうに、手袋をした手で、自分の頬を撫でる。

 それからペンでさらさらと書いた。

『ありがとうございます、ご主人様。大切にいたします』

「うん。じゃあ、手を繋いで帰ろうか」

 私も男装のために手袋をしている。体温は触れ合わないけれど、手を繋ぐと、温かい気がして、彼女の手を温められる贈り物ができて、私はとても嬉しかった。

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