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第23話 亡国のテロリスト ②

 時刻は深夜――いや、もう夜明け近くだろうか。

 木造りの長椅子に座り込んで、エイダンはぼんやりと考えた。

 聖ジウサ・アリーナ近くの、大型治療院。その待合室に彼はいる。


 石化呪術の新たな被害者二名と、ホウゲツは、ここで入院する事になった。

 タマライは、やはり呪術によって石化させられてしまったらしい。硬直した状態が続いており、一度は治療室に運び込まれたのだが、ドゥン族を診察した経験のある治癒術士がここにはいない。結局、ラメシュが彼女を治すと言って荷車に乗せ、宿に連れ帰った。


 ホウゲツに付き添って治療院を訪ねたエイダンは、治療院勤めのヒーラー達を手伝い、巡察隊の取り調べに証言し、今ようやく、手の空いたところだ。


「エイダン――!」


 心配そうな声をかけられ、振り向けば、シェーナとマディが立っている。報せを受けて、宿から駆けつけてくれたのだろう。


「シェーナさん、マディさん……」

「大丈夫だった? 顔色悪いわよ。ラメシュが、あんたも怪我したって」

「いんや……俺は平気」

「またそうやって無理する。駄目よ、せなさい」


 有無を言わさず、錫杖が向けられた。実を言えば、カリドゥスに蹴られた所や背中に、まだ鈍痛が残っている。エイダンは観念して、シェーナに促されるまま、長椅子に横たわった。


 天井を見つめながら、エイダンはホウゲツの容態を思い起こす。

 院の治癒術士の話では、命は助かる、との事だった。

 ただ、呪術の楔を撃ち込まれ、内側からかれた右腕の状態が良くない。……元通り動かせるまで治るかどうかは、微妙なところだと言う。

 彼は、絵筆を右手で扱っていた。つまり今後、再び絵薬仙術えくすせんじゅつが使えるまでに回復するのか、分からないという事だ。

 夢だと語っていた、コヨイの絵物語を描き上げられるかどうかも。


「……俺が、ちゃんと魔術使えとれば」


 エイダンはぽつりと呟いた。

 あの時――カリドゥスが去った直後だ。急ぎ近くの民家で水を借りて、患部だけでも、と応急処置を試みたのだが、エイダンの魔力が尽きていたために、治癒術は上手く発動しなかった。


 ――自分を庇ったせいで、ホウゲツは負傷したというのに。守る事も、治す事も出来なかった。勿論、満足に戦う事も出来ない。


 六年前の光景が、エイダンの脳裏にまざまざと蘇る。

 ロイシンの母親で恩師だった、ソフィア・マクギネスを、目の前で死なせてしまった時の事だ。泣き喚く以外、何も出来ないままに。

 もう二度とあんな思いをしないために、エイダンは治癒術士になったはずだった。それなのに、今のこの無力感はどうだろう。


「いや。君は最善を尽くした。元はと言えば、私の責任だ」


 壁際に立ち尽くしていたマディが、ゆっくりと首を振った。


「私が、彼を危険に巻き込んだ……この国の軍人でもなければ、冒険者でもない彼を。善意につけ込んだようなものだ」

「よしてよ、マディもエイダンも。ここで責任の被り合いされても、ホウゲツだって困るわ」


 エイダンに治癒術をかけ終えたシェーナが、きっぱりとした口調で言う。


「彼は言ってたじゃない。世界中のどこでも、罪もない人達への乱暴は許せないって。自分の出身がどこだとか、関係なく怒ってくれた。……あたしも同じよ、心の底から怒ってる。ホウゲツやタマライや、エイダンをこんな目に遭わせた奴にね」


 カツン、と錫杖の先で床板を叩き、シェーナは憤りを滲ませて続けた。


「見つけ出したら……張っ倒して、水ぶっかけて、雑巾絞りにしてやるわ」


 エイダンは、身を起こしてローブを羽織り直し、それからマディと顔を見合わせた。二人の口から、同時に笑いが漏れる。


「ハオマさんみたいな事言うとんさる」

「何よ」


 シェーナは不服そうだ。


「でも……シェーナさん、マディさん。あのカリドゥスちゅう人にもし出遭ったら、ほんま、気をつけた方がええよ」

「相当な使い手らしいな。私はかつて列車の中で、ほんの一瞬邂逅しただけだが」

「それもあるんじゃけど」


 マディに向けて頷いてから、エイダンは、何と言葉を続けたものか迷った。


 カリドゥス・カラカルから感じた恐ろしさは、単に、身体能力や魔術の強さから来るものだけではない。

 あの眼差し。感情ひとつ読み取れない顔。純度の高すぎる悪意と敵意に心を塗り潰され、逆にすっかり凪いで見えるかのような。エイダンが今までに、対峙した事のない種類の人間だった。

 ……そもそも、田舎育ちのエイダンが対面してきた人の数など、たかが知れている、と言われてしまえばその通りだが。


 ――どんな人生を送ってきたら、あんな表情を浮かべるようになるのだろう。


 エイダンは、呼び名以外は何も知らない手配犯の生き様に思いを馳せた。しかし、想像もつかない。


「まあ、自力で探し出してやりたいのは山々でも……今は、正規軍と巡察隊に任せるしかないわね」


 眉をひそめつつも、シェーナはそう認める。


「ホウゲツは入院、ラメシュもしばらくは、タマライの治療にかかりきり――ここであたし達まで、救護班の仕事を放り出すって訳には行かないだろうし」

「闘技祭は、普通に続くんじゃろうか? 『テロリスト』が確実にこの街におるっちゅう事は、お祭りが狙われるかもしれんけど」

「多分ね。キナ臭い状況なのは、最初からだもの。ダズリンヒルに凶悪事件が多いのは、今に始まった事でもないのよ」

「都会の人って、逞しいんじゃな……」


 複雑な表情を浮かべてエイダンが立ち上がると、壁に立て掛けていた長杖を、マディが取って手渡してくれた。


「杖が損傷してしまったのだな。大事にしていたのに」

「うん……村帰ったら、直さんと」


 愛用の杖だ。補修するにせよ作り直すにせよ、出来ればまた、村で採れる木材から作りたい。

 そう考えると、イニシュカ島の風景が――アンテラ山の木々や、林の小路こみち、その奥に建てられた湯治場が、思い出される。

 旅立ってからそう長らく月日が経った訳でもないのに、エイダンは故郷を、酷く懐かしく感じた。


 ――これはきっと、少し気分が参っているのだ。早い所、宿に帰って眠って、元気になろう。


 と、エイダンは決意し、途端に急激な眠気に襲われるのだった。

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