第18話 チーム・サウスティモン ④
「テロリストというのはな、ごく最近、政治的混乱の続くイドラス共和国で使われ始めた言葉で――」
「えー、『恐怖と暴力で国政を動かそうとする』人らの事でしたっけ」
「……よく知ってるな。国際政治学に明るいのか?」
エドワーズが驚いた顔をするので、つい先回りして答えてしまったエイダンは、慌てて手を振った。
「まさか、しゃきらもなぁ。その言葉、この前知ったばっかで……イドラスで手配されとるテロリストが、この街におるいうて」
「君も、潜伏するテロリストの情報を得ていたのか」
モーガンが勢い込んで質す。
「なに、運営スタッフは当然、皆がこの情報を共有しているだろうさ」
さもありなん、と納得顔で頷くエドワーズである。
「救護班員が逮捕されるという、一大スキャンダルもあったのだしな。……ああ、それで君が、代わりの救護班に抜擢されたってところか?」
「そうみたぁなです。他に、エドワーズさんの知っとんさる人じゃと、マディさんやホウゲツさんもそこに」
エイダンが救護室の扉を指し示すと、エドワーズは軽く帽子を傾けて、そちらを見遣った。
「ほほう、彼らが? じゃ、モーガンの付き添いついでに挨拶しておこう。……そこの部屋には、チーム・サウスティモンの選手達もいるのかい?」
「おりますよ。今治療中です。あ、俺もアビゲイルさんを待たせとるんじゃった」
早く仕事場に戻らなければ。アビゲイルの着替えも、もう終わっている頃だ。
「ふむ……」
救護室に戻ろうとるすエイダンの傍らで、エドワーズは、俄かに眉をひそめ、顎を撫でつつ、言葉を発した。
「モーガン。……エイダンくんも。チーム・サウスティモンに対しては、警戒を怠らない方が良いかもしれないぞ」
「……え?」
「確かに」
戸惑うエイダンに対して、モーガンはあっさりと同意してから、続ける。
「もしかするとさっきの試合、サウスティモンは本気じゃなかったかもしれない。余力を残しながら、あえて負けてみせたような……チームメイト達も、そんな感想を漏らしてるんだ」
ホワイトフェザー騎士団は、実戦経験も豊富だ。相対した敵の実力や士気を、そうそう見誤りはしない。
そのチームメイト達が、どうも違和感を覚えると、口を揃えるのである。モーガンもまた、グレンと一対一でやり合って、奇妙な感覚が残った。
彼は、本気を出していなかったのではないかと。
「そうだとしたら、何のために?」
問われて、エイダンは考え込む。
先刻出会った、グレンの態度。試合の勝敗にも、自分の怪我にも頓着していないかのような。そして、この廊下で突如、彼は姿を消した。
エイダンは頭に浮かんだ推論を、恐る恐る口にする。
「選手として、控えの間とか、この辺りを自由に歩き回れる身分になるんが、目的じゃった……?」
得たり、とエドワースは首を縦に振った。
「あり得る話だろう。それなら、さっさと敗退しておいた方が自由に行動出来る。選手達は閉会式にも呼ばれてるし、観戦したいなら席も用意される。敗者が会場に残っていても、誰も怪しんだりはしないからな」
「そがぁですか。でも、うーん……」
エイダンは頭を捻って、一人唸る。
エドワーズ達の考えは分かった。だがチーム・サウスティモンの面々が、テロリストの仲間だとか、危険な魔道具を首都に運び込もうとしているという仮定は、それはそれで違和感がある。
どこがどう、と言われると困るのだが――例えば、アビゲイルの起こした試合前の騒動。それに、突然エイダンの前から消えたグレン。
何か企んでいる人物ならば、もう少し、印象に残らないよう行動するのではないだろうか。それともあれは、目立ってなんぼの陽動作戦だったりしたのか? ……やはり、どこか不可解だ。
「まあ、これは我々が勝手に首を突っ込んでる問題だ。君はあまり、思い悩まないでくれ。ただ、くれぐれも安全には気をつけて欲しい。僕はまた、イニシュカ島にバカンスに行きたいんだからな」
――その時エイダンが無事でいなければ、村民に合わせる顔がない。
冗談めかした調子でそう言い聞かせ、肩を叩いてくるエドワーズに、エイダンは少し安堵して、顔を上げた。
「そらぁ、うちの村はいつでも歓迎します」
◇
救護室に戻ったエイダンは、サンドラ・キッシンジャーとばったり鉢合わせた。
「あれ、こんちは。お疲れさんです」
「どちらに出ていたの? エイダン・フォーリー」
冷ややかな視線を向けられ、エイダンはちょっと首を竦める。
「ええと、廊下に……一人患者さんが増えまして……」
「エイダン、気にしないで。この人監視に来てるだけだから。患者さんは?」
「視察よ、シェーナ。言葉は正確に」
互いに不機嫌そうなシェーナとサンドラが、ぴりりとした遣り取りを交わす中、エイダンはエドワーズとモーガンを招き入れた。
「あっ、貴殿は浄気機関車の……!」
「エドワーズじゃないか!」
ホウゲツとマディはじめ、エドワーズと既知の面々が目を丸くする。
しかし、有名人の登場に不意を打たれたのは、イニシュカ島関係者の一行だけではなかった。
「わお! 西部一の名物セレブに、騎士団の一番人気!?」
ミカエラが、思わず興奮した声を上げる。すぐに、傍らのハリエットが「およしなさいな」と窘めた。
「モーガン・ケンジット選手ですね? 手当ての必要な怪我をなさったの?」
妹を窘めはしたものの、ハリエットの方もいくらかウキウキとした態度で、モーガンの前で問診票を取り出す。
エドワーズだけでなく、ホワイトフェザー騎士団もまた、余程の人気者らしい。
モーガンは、先程エイダンにも漏らしたとおり、魔力の枯渇と腕の痺れについて説明した。薬草師のミカエラが、それを聞いて張り切る。
魔力を回復させるとなると、既存の治癒術では難しい。
魔物の使う呪術には、人間の魔力や精神力を吸い上げる類いの術も存在する。であれば、その逆の効力を持つ治癒術も、理論上は構築出来そうなものだが。そう単純には行かないのが、魔道の世界である。
一方、薬草師の使う医薬品の中には、魔力の直接的な付与は出来なくとも、その自己回復力を大きく高めるものがいくつかあった。ミカエラは、それを処方するつもりのようだ。
モーガンをミカエラに任せて、エイダンは湯着姿で椅子の上に半ば寝そべる、アビゲイルの方へと歩み寄った。
「アビゲイルさん、待たせてしもうてすんませんでした」
「うんにゃ、気にせんで……フワーオ。ねぶりかぶっとったばい」
アビゲイルは、大欠伸で返事をする。先程訴えていた左足首の痛みは、それほど深刻なものではなさそうだが、退屈していた様子である。
急ぎ、エイダンは湯船を温めるため、魔術に取りかかった。
「賢猿の末裔よ……山より出づる、天より降る、叡智と義憤の理を布く御霊よ……」
「おっ、西洋の火の治癒術か。初めて見るな」
ラメシュが興味深そうに呟き、同じくエイダンの呪文詠唱を初めて耳にする、サンドラやハリエット、患者のはずのアビゲイルまでもが、目を皿のようにしてこちらを観察している。
「そがぁに見られると、ちょい、やりづらいんじゃが……まあええわ。『火精の吐息』!」
くすぐったいものを感じながらも、エイダンは滞りなく、湯の中に治癒術を巡らせ、アビゲイルを浸からせた。
湯に伝導した魔力を介して、患者の容態を確認する。彼女は嘘偽りなく、確かに怪我人だった。
「これ……骨に少し、ヒビ入っとりますね。足首んとこ」
「ええ? そげな重傷とや? うち、ろくに戦わんと落っこちただけなんに、恥ずかしかぁ!」
「落下事故はねぇ、侮れんちゅうて言いますよ。ちょっと躓いたりしても大怪我になる事があって、怖いんだけん」
患部に狙いを定め、魔術の出力を上げつつ、同時にエイダンは、胸のうちでこっそりと安堵していた。
何かしらの悪巧みをこれから実行しようとしている人間が、わざと自分の足をへし折る、などという真似に出るはずがない。
つまり、アビゲイルには裏などなく、単なる闘技祭の選手なのだ。少しばかり無謀な試合に出場し、敗退してしまっただけの。
どうにも、嘘や隠し事の苦手なエイダンである。疑念を隠して患者に対面し続けるのは、心苦しいところだった。だが、これですっきりと向き合える。
「よし、これで治癒術は効いたかいな。でも、綺麗に治すには、何日か定期的に治癒術をかけ続けないけんのです。安静にもしといた方がええけん……」
「しばらく、そこのベッドで療養だな。――私が包帯を巻こうか?」
「あんがとう、マディさん」
患部を包帯で固定するなどの物理的な処置に関して言えば、経歴の浅いエイダンより、軍に所属していたマディの方が手際が良い。
「寝るのか? じゃ、こいつを飲んどけ。痛み止めのカリーだ、寝つきが良くなる」
会話を聞きつけたラメシュが、椀にスープをよそって差し出した。
……ほぼ真紅に近い、煮えたぎるスープ。椀の中央には、丸ごとの唐辛子が浮いている。
エイダンは椀の中を覗き込み、アビゲイルと顔を見合わせた。
「あの」
「何だよ」
「飲んだら、足の痛みは確かに忘れそうじゃけど、一晩中目の冴えそうなスープに見えて……。これ大丈夫なん?」
「失礼な奴だな」
ラメシュはむっとして、エイダンの額を掌底で叩いた。
「チーム・サウスティモン」編はこれにて一段落です。
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