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第16話 チーム・サウスティモン ②

 「第一試合、開始!」


 審判が宣言し、フィールドに立った両チームの選手らは、一斉に戦闘態勢を取る。


 ホワイトフェザー騎士団の陣形は、最前衛に盾を携えた剣士が立ち、槍使いと、長柄ながえ棍棒メイスの使い手が両脇を固めるというものだった。後衛は弓使いの女性だ。

 随分と、物理的な攻撃力の高そうな布陣と言える。

 魔術士風の装備には見えないが、全員魔道剣士(ソーサリーファイター)だろうか、とエイダンが疑問に思った時、棍使いの戦士と前衛の剣士が、同時に詠唱を始めた。

 剣士が唱えるのは水属性防御結界の術、棍使いの魔術はその強化バフだ。どうやらこの二名は、治癒術を使う騎士であるらしい。聖騎士パラディンと呼ばれる魔道職の一種だ。


「すごい、教科書に載りそうな治癒術連携。私設部隊とはいえ、練度は正規軍並みね」


 騎士団の前衛を守る、結界と支援魔術が完成し、その出来栄えにシェーナが腕を組んで唸った。


「アビゲイルさんらは、大丈夫じゃろうか」


 エイダンは同じ辺境出身者として、多少サウスティモン贔屓びいきになっている。エドワーズには申し訳ないが。


大衆小説誌ストーリーペーパーの冒険小説なんかだと、こういう時、定番の展開があるわよ」

「っちゅうと?」

「ほら、優勝候補だと思われてたお金持ちのチームを、無名の謎の冒険者達が一蹴して、『彼らは何者だ?』……みたいな」

「ああー」


 エイダンもその手の物語は好きなので、すぐに理解した。


 ちなみに、イニシュカ島の若者達にとって、娯楽雑誌はかなりの贅沢品で、大体、皆で小遣いを出し合って行商人から古本を買い、回し読みをするのが定番だ。大衆小説は時に、内容が過激だったり暴力的だったりもするものだから、祖母はあまり良い顔をせず、エイダンは勉強の合間に、こっそり読んでいた。


「ほんじゃ、シェーナさんの目利きじゃと、サウスティモンもひょっとして?」

「アビゲイルだっけ。彼女、不思議な人だったし……只者じゃないかもよ」


 エイダンが注目する中、アビゲイルは、支援魔術と思われる呪文を詠唱し始める。


 しかし彼女の魔術が完成するよりも一瞬早く、騎士団の弓使いが、詠唱と共に上空に向けて矢を放った。


「『緋炎流星散スカーレット・メテオシャワー』!」


 火属性火炎特化の呪術だ。中空で弧をえがやじりの先から、真紅の炎の弾丸が、花弁のように舞い散り、サウスティモンの選手達の上に降り注ぐ。


「ひゃっ!」


 アビゲイルのすぐ鼻先を炎が掠め、彼女は杖を放り出してひっくり返った。


「あいたぁ……いけんっ、眼鏡! 眼鏡は!?」


 倒れた拍子に眼鏡を落としてしまったらしく、アビゲイルは四つん這いでフィールド上を探る。裸眼だと、相当に視力が悪いらしい。


「アビゲイルさん! 眼鏡は足元! 膝の前!」

「ここからじゃ聞こえないって」


 思わず叫ぶエイダンに、シェーナが突っ込む。


「グレン! アビゲイルが!」


 サウスティモンの、魔術士と思われる青年が、チームの前衛に声をかけた。

 しかし、最前線に立つ魔道闘士ソーサリーウォリアーのグレンは、既に敵陣を目指して駆け出している。


「仕方ねえッ、このまま支援魔術なしで突っ込む! エメリア、ブラッドレイ、援護カバー頼むぞ!」

「アイアイサぁー!」


 エメリアと呼ばれた魔術士が威勢よく返答し、詠唱を終えていた魔術を解き放つ。


「『飛鷹の疾風(ホークスブラスト)』!」


 グレンの行く手に先駆けて、一陣の突風が騎士団の前衛を襲った。剣士が盾を掲げ、防御結界でその風を凌ぎきった直後、グレンが彼の間合いに飛び込む。


「らぁっ!」


 グレンの片脚が、高々と跳ねた。相手の首を薙ぎ払う程の位置で放たれた、鋭い回し蹴り。雪煙ゆきけむりを伴っている所からして、水属性冷却特化の使い手だろう。

 剣士はこれを盾で受け、自身の片手剣を、グレン目掛けて突き出す。それは魔力を伴わない突きだったが、純粋に、高い剣技の持ち主であると一目で見て取れた。


 肩口に剣の一突きを受けたグレンは、思わずたたらを踏んで後退する。


「い、今の大丈夫なんかな?」


 エイダンはハラハラしてきて、シェーナに訊ねた。


「会場全体の保護結界と記章に付いてる結界で、フィールド上の選手達は守られてるから。一応、大怪我まではしないはずだけど……」

「おお。あの選手用の記章って、魔道具マジックアイテムだったんじゃね」

「でも、あの一撃は相当効いたっぽい。確かに強いわ、騎士団の彼ら」


 救護班達は、引き続き固唾を呑んで、勝負の行方を見守る。

 サウスティモンの二人の魔術士――エメリアとブラッドレイが、次なる魔術の詠唱に入ろうとしていた。今までの攻防から見て、エメリアは広範囲攻撃を得意とする呪術士、ブラッドレイは回復専門の治癒術士だろうか。


 一方、騎士団もじっとしてはいなかった。剣士とグレンの競り合いの横を擦り抜け、槍使いが前方に走る。

 その背に、棍使いの聖騎士パラディンが、更なる支援魔術を放った。


「『草薙ぐ駆馬よエクウス・イン・ザ・メドウ』!」


 地属性の、移動を補佐する結界だ。ハオマが以前、何度か使ってみせた遁走用とんそうよう治癒楽曲、『脱兎小路ランライクラビッツ』に近いが、こちらは逃げるための術ではない。

 強化を受けた槍使いが、フィールドを強く蹴る。

 呪文の示したとおり、疾駆する馬の如く、彼は跳躍した。至近距離まで詰められ、慌てて身構えるブラッドレイを抜き去りざま、槍使いは布を被せた槍の銅金どうがね部分で、相手の身体を盤上へと叩き伏せる。


「ブラッドレイ!」


 仲間を倒され動揺したものの、エメリアはすぐ冷静さを取り戻し、呪文詠唱を続けた。

 だが、槍使いもまた、走り出した時から既に、詠唱に入っている。


「『飛鷹の(ホークス)』……」

「『呪文飛散ディスペル・スペルズ』!」


 僅かに、槍使いの魔術の完成の方が早かった。キン――と、瞬間的に耳を貫く高音がフィールドに響いたかと思うと、エメリアが呪文を中断させる。

 いや、中断させたのではなく、させられたのだ。彼女は口を動かしているが、呪文の続きが紡ぎ出せないでいる。


「呪文封じの、風の魔道剣……!」


 シェーナが目を瞠って呟く。


「それって確か、使いこなすんが難しいけん、あまり使う人はおらんっちゅうて聞いた事あるけど」

「見てのとおりよ。タイミングを合わせるのも、命中させるのも難易度が高い。同属性同士で押し切ってみせるのも、相当だわ。地力と技術、どちらも一流でないと無理ね」

「はああ」


 エイダンが感心している間にも、槍使いはその得物をエメリアの喉元に突きつけ、彼女の記章を勝ち取った。続けて、盤上で倒れて唸っているブラッドレイからも、記章を奪い去る。


「二人、獲ったァ!」


 誇らしげに、槍使いが記章を握った片手を掲げた。場内に声援が湧き上がる。


「エメリア、ブラッドレイ! このッ――」


 グレンの表情に、焦りがにじんだ。

 そして同時に、攻撃手アタッカーである魔道闘士ソーサリーウォリアーを引きつけ、防戦に回っていた剣士が、俄然、攻めの姿勢に転じる。

 決してリーチは長くない片手剣だが、その分手数が多く、振り抜く速度が凄まじい。堪らず、グレンは再度後退を余儀なくされる。


「くっ!」

「グレン!」


 最後衛のアビゲイルが、ようやく眼鏡をかけ直して身を起こし、グレンに向けて杖を構えた。


「させないよ――『炸裂火咲ブロウィンアップ』!」


 間髪入れず、弓使いが矢を放つ。

 アビゲイルの足元に突き立った矢が、派手な音と光を伴って破裂した。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げて、アビゲイルが再び転倒する。フィールドの端にいたものだから、そのまま盤上から転がり落ちてしまった。


「あっ……やり過ぎた?」


 弓使いが、気まずそうに顔をしかめる。

 どうあれ、チーム・サウスティモンの選手は三人目が脱落。最早決着は間近だった。


「うおおおおッ!」


 四肢へと氷雪をまとわせたグレンが、剣士へと突進を仕掛ける。半ば破れかぶれの特攻だ。


「……終わらせるか」


 剣士は冷静な呟きを一つ漏らすと、盾をかざし、手早く呪文を詠唱する。


 グレンの足技が剣士へと届くかと見えた、その瞬間、さあっと絹を撫でたような音と共に、二人の間に水の幕が引かれた。

 澄み切った水面は、まるで鏡のように周囲の景色を反射している。

 そこに、今更退()きようもないグレンが、全力の蹴りを叩き込んだ。


「――がぁっ!?」


 鏡面に弾かれ、グレンの身体が後方へと飛ぶ。彼が身に纏っていた氷雪までもが、吹雪となって跳ね返り、着地した所に追いうちをかけた。

 咄嗟に片腕を掲げて吹雪を防ごうとしたグレンの、視界が塞がれたその機を、剣士が逃すはずもない。


 一瞬のうちに彼は、敵対チームのリーダーへと肉薄し、その首元に剣先をぴたりと当てた。


「君の記章を」

「……!」


 盤上に、沈黙が落ちる。

 数秒間、グレンは剣士を睨み返していたが、やがて、観念した風に息を吐き出し、胸元に付けていた自分の記章を剥ぎ取った。


「分かったよ。……参った、完敗だ」


 観客席が、どよめきと歓声に包まれる。

 チーム・ホワイトフェザー騎士団の、完勝であった。


「今の魔術、見た事ないもんじゃったけど、治癒術なん? シェーナさん」

「『驟雨鏡幕盾スコール・ミラー』ね。水属性の静水せいすい特化治癒術の中では、最高硬度の盾の術と言われてて、熟練者が構築すれば、相手の攻撃を跳ね返す事も出来る奴よ。……あたしも呪文は知ってるけど、迂闊に使うと倒れるくらい魔力を消耗するから、実戦では使った事ない」

「はあ、最後の手段っちゅう事じゃな。あの剣士さん、ごうげなねえ」

「ホワイトフェザー騎士団、前評判以上だったわね……。現実に冒険小説みたいな番狂わせは、なかなかないもんか」


 そりゃそうね、とシェーナは肩を竦める。


 チーム・サウスティモンの面々の消沈ぶりを見て、エイダンは率直に、残念に思った。

 しかしそれ以上に心配なのは、選手達の負傷具合だ。特にアビゲイルは、段差のある盤上から外に転げ落ちた時、打ちどころが悪く、目を回してしまっているらしい。


「担架が要りそうじゃ」


 救護室の隅に折り畳まれている担架を担いで、エイダンは急ぎ、部屋を飛び出した。

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