第15話 チーム・サウスティモン ①
盛大な開会式が、締め括られた。
楽団や選手団が退場し、競技場の上が、手早く掃き清められる。
「すぐ第一試合だな。全員、料理食っとけ。抗菌抗呪結界だ」
ラメシュが皿代わりの葉を並べ、そこに料理をよそい始めた。
「仕事で米料理が食べられるとは、有り難い任務でござるな、デュッフフフ」
と、ホウゲツは無意味に怪しい顔つきでにんまりしている。
「ハオマさんが、まだ戻らんなあ」
スープに浸した米を食べながら、エイダンが扉の方を見遣った、丁度その時。見つめていた扉が開かれ、ハオマが入ってきた。
「……お待たせ致しておりましたか」
「おお! 噂をすればじゃ。ハオマさん、琴の修理終わったん?」
「はい」
ハオマはいつもどおり、素っ気なく頷いてみせてから、続けて何事か口を開きかける。
が、彼は何を言うでもなく、すぐその口を噤んでしまった。どう話を切り出したものか、迷っている様子だ。
「どがぁしたかいな?」
不思議に思ったエイダンが問いかけると、顔を逸らしたハオマは、浅く溜息をつき、改めて言葉を発した。
「その……エイダン。貴方に、治癒術士として依頼をしたいのです」
「依頼?」
「本日の業務が終わった後で、一緒に来ては貰えませんか」
「うん。夕方には終わるけん、ええよ」
あっさりとエイダンは頷く。
「そがぁに硬うならんでも。ハオマさんに頼って貰うたら、そらぁどこへでも行くいーね」
「そういう所が駄目なのです、貴方は」
「へっ? ダメ?」
唐突に駄目出しをされて、エイダンは困惑に後ろ髪を掻いた。
「……いえ、とにかく感謝致します。詳細はのちほど」
むすっとしたまま、ハオマは礼を述べ、蛇頭琴の包みを抱えて部屋の隅に陣取ってしまう。
「ハオマはどうしたんだ? 腹でも壊したんだろうか。僕の新たな必殺技、摩式仙術で診療を……」
「必殺って、必ず殺してどうすんの。治癒術でしょ。――あれはきっと、他人を頼り慣れてない人が、『お人好しレベル五十』みたいなタイプと友達になっちゃったケースで見られる、ショック症状よ。放っといて平気」
「なるほど? よく分からないがシェーナの観察眼は流石だな!」
囁き合うフェリックスとシェーナの会話を、鋭敏なハオマの聴覚は勿論捉えている。彼は目を閉ざし、皺の刻まれた眉間を二人に向けた。
「お二方とも、耳障りでございますよ」
◇
「これより第一試合、『ホワイトフェザー騎士団』対『サウスティモン』を開始する!」
警備の兵が数名、客席を練り歩きながら宣言するのが聞こえてくる。
「あ、さっきのアビゲイルさん、出てきんさった」
エイダンは窓の外に、再び注目した。
フィールドの東西に、対決する両チームのメンバーが勢揃いしている。
蒼薊闘技祭のトーナメント試合は、全て団体戦となる。
魔力を行使出来る事が参戦の資格であり、選手のポジションは、治癒術士から魔道剣士まで様々だ。ただし剣などの刃物を使う場合は、安全のため、刃先に布製の鞘を被せなくてはならないので、やや不利かもしれない。
パーティーの人員構成は自由だが、人数の上限は、控え選手含めて一チームにつき八名。一度にフィールドに上がれるのは四名までである。
審判に戦闘不能と判断されるか、自らギブアップするか、身につけた記章を奪われると敗北。相手チームの選手全員を敗退させれば勝利。至って分かりやすいルールだ。
ところで、チーム・ホワイトフェザー騎士団の方は、八人の選手が並んでいるが、チーム・サウスティモンは四人しかいない。アビゲイルが、地元には魔術士が少ないと言っていたから、つまり控え選手までは集められなかったという事だろうか。
闘技祭には予選もあったはずだが、選手交代なしで、よく本選まで勝ち上がれたものだ。
装備から判断すると、チーム・サウスティモンのリーダーは、徒手による接近戦を得意とする、魔道闘士。アビゲイルがグレンと呼んでいたのが、彼だろう。
アビゲイルは、木目の目立つ流木のような、独特の形状の長杖を構えている。あとのチームメイト二人は、短いロッドを携えた男女で、それぞれ、呪術士か治癒術士と思われた。
「チーム・サウスティモンには、盾役の務まるメンバーがいないように見受けられるが、大丈夫なんだろうか?」
軍務経験のあるマディが、尤もな見解を述べた。
「確かに。相手のフワットフェザー騎士団は、全員最前衛に立てそうなくらい、ものものしさがあるが……」
「フェリックス殿。相手は『ホワイトフェザー騎士団』ではござらんか?」
「そうだった」
「ホワイトフェザー騎士団といえば……シェルリッド伯爵家に仕える、私兵の騎士達ね。現代では珍しい、風の精霊王イーナンへの信仰を掲げる家」
「ほぉ。シルヴァミストには、イーナン信仰の貴族なんているのかよ」
シェーナの言葉に、ラメシュが軽く目を瞠る。テンドゥ人にとっては、驚くべき事らしい。
風の精霊を崇拝するイーナン教には、自由と現世利益を重んじる気風があったと言われる。
しかしその教義ゆえに、ユザ教のような大規模な組織化には至らず、またカル教のように、村落の伝統社会に組み込まれ馴染む事もなかった。他の精霊王信仰が各地に根付く中で、イーナン教は徐々に風化し、民謡や諺といった形での僅かな伝承だけを残して、歴史に埋もれていったのだった。
ただ、イーナンは旅人の守護者でもあるため、世界を股にかける貿易商や傭兵の多いシェルリッド州には、細々とだが信仰が受け継がれている。何しろシェルリッド州は、世界有数の商業都市・フェザレインを擁するのだ。
「チーム・ホワイトフェザー騎士団は闘技祭の常連だが、今回はスポンサーに、フェザレイン鉄道株式会社もついてる。多分、無茶苦茶強い装備だぞ」
観戦に燃えてきた様子のミカエラがそう語り、エイダンは思わず「えっ」と声を上げた。
「鉄道っちゅうと、あのエドワーズ社長の?」
「……? 個人的なご友人か何か? フェザレイン鉄道の社長と」
ハリエットに問われて、エイダンは回答に迷う。
「いんや、友人って程でもないんじゃけど」
フェザレイン鉄道株式会社社長、ノーマン・エドワーズは、イニシュカ島に数日ほど滞在した事があるのだ。
彼は海の幸や地酒を堪能し、イニシュカ温泉に浸かり、アンテラ山麓を散策し、楽しむだけ楽しんで帰って行った。
こんな何もない島でのんびりするだけで、何か楽しかったのだろうか。大富豪とは不思議な人種だ――と、村人達は首を傾げ合ったが、イニシュカ温泉の財政が潤ったので、管理人であるエイダンは助かった。風変わりだが、悪い印象はない。
「エドワーズか。彼は確かに、こういう祭が好きそうだな。観戦には来ているのだろうか?」
懐かしそうに、マディが微笑する。
「多分、来賓席にいらっしゃいますね」
ハリエットは彼女に応じた上で、頬に手の平を添えて小首を傾げた。
「皆さん、あの名物セレブの社長とお知り合い? ちょっと羨ましいですねえ……」
「ハリエット、羨ましがってる場合じゃないぞ。もう試合が始まる」
双子の姉に向けて、ミカエラが弾んだ声を上げる。彼女は相当に試合を楽しみにしているらしい。なかなか好戦的な薬草師である。
エイダンも、イニシュカ島で励んでいた棒術の試合を思い出して、少しばかり心が沸き立った。
ただ、不安もある。村での棒術の試合は、師匠のディランが監督していたし、どう敗けても打ち身と擦り傷くらいで済んだが、こちらは魔術による戦いなのだ。鞘を被せてあるとはいえ、真剣も持ち込まれている。選手達は、本当に無事で済むのだろうか。
……無事で済まなかった場合は、この救護室が大混雑するという訳だ。




