『存在』
後期が始まってからはとても忙しい毎日だ。通常の講義だけでなくこれまでの復習にラビリアン用の講義。覚えることが多くて困る。
さらにはサークルも(主に安達さんのわがままなのだが)忙しい。面白いことを考えるというていで毎週飲みに連れて行かれる。
たまには羽を伸ばそう。そう思って今日は久しぶりに河川敷にある公園に来ていた。
「大学から近いとこにこんな気持ちいいとこあったんだねぇ。」
1人では少しさびしいのでいつもとは違う友を連れてきた。
「でもまぁまさか君にナンパされるとは思ってなかったなぁ。」
「ナンパじゃないって。たまたまだから。」
「へぇー、たまたま講義中に、たまたま先生をねぇ〜。」
「歳が近かったから仕方ないでしょ。」
「仕方なく誘われるなんて悲しいよ?」
どういう経緯でこうなったのか。自分でもびっくりしている。この1ヶ月あまりの単位復習の担当官が彼女で、講義の間に挟む雑談をしている中で仲良くなってしまった。まぁきっかけは2000年にしていたとあるBLアニメなのだが。
「先生も気分転換したいって言ってたじゃん。」
オレがそういうと彼女はあどけなく笑った。普段の凛とした顔つきとは違って幼く見える。
「あ、誘ってくれたのは嬉しいけどこれと単位は別だからね!」
「分かってるって。」
「そういや、こないだの見てくれた?」
「見た見た。めちゃくちゃ面白かった!」
お互いオタクだと分かってから、彼女は自分が録り溜めたアニメビデオをよく貸してくれた。携帯で見られない分すごくありがたかった。
「それにしても12話で終わりってなんだかさびしいよねぇ。」
彼女はことある事にアニメが1クール12話が基本になることを憂いていた。まぁ確かに原作ではこれから面白くなるのにってところで終わるアニメが多すぎるのは納得がいかないところだ。
「まっ、オタク仲間も出来たことだしそれでもいっか。」
「今度はアニメイトでも行く?」
「ちゃっかりまた誘われた。」
無邪気に笑う彼女はとても楽しそうにしていた。まぁこの人となら気軽に遊びに行くのもいいだろう。
ブー、ブー、ブー
穏やかな時間を携帯のバイブが邪魔をする。
ブー、ブー、ブー
「鳴ってるよ、出なくていいの?」
「あー、うん、まぁいいかなぁって。」
ブー、ブー、ブー
「学生の時の人間関係は大事だよ?」
何気ない彼女の一言が胸にチクッと刺さる。
「じゃあちょっとだけ。」
ピッ
「はい、もしもし、」
「もしもし、突然電話してごめんね、今何してる?」
紗奈ちゃんからだ。
「えっ、最近勉強ばっかりで気分転換に来てるよ。」
「あー、邪魔してごめんね。もし暇だったらお昼でもどうかなぁと思っただけなの。」
「邪魔なんてことは無いけど...」
チラッ彼女の方を見る。川を見ていた。まだちょっとなら大丈夫そうだ。
「今ちょっと人と一緒だから終わってからなら。」
「じゃあまた終わったら連絡してね!」
「うん、また。」
ピッ
電話が終わり、再び彼女の方を見た。ついさっきと同じ姿、目線で川を見ていた。オレはその綺麗な横顔についつい見とれてしまっていた。
「あっ、電話終わったの?」
視線に気付いたのか、無邪気な笑顔がさらにオレの心を掴んだ。ただ純粋にかわいくて、それがどことなく恥ずかしくて。きっと中身が若ければ恋だと思っていただろう。いや、その時はきっと彼女のかわいさを知ることも無かった。
「これからどうする?」
「お昼でも食べに行く?」
「うん、あっ、電話大丈夫だった?用事?」
「いや、大丈夫だよ。」
「そっか、じゃあお言葉に甘えてお昼ご馳走になろうかなぁ。」
「えっ、奢るなんて言ってないし!」
また彼女が無邪気に笑う。
「とりあえず駅前のカフェでも行こっか。」
彼女に促されオレたちは駅前に移動した。
休日ということもあり、駅前はいつもより人が多かった。まぁいつかの花火大会の日のことを思えば少ないのだろうが。今日は足を止めることもなく、彼女のおすすめのカフェに向かった。
着いてみるとびっくり。休日だというのにも関わらずあまり混んでいないではないか。穴場といえば穴場なのだろう。しかし立地を考えるとどうなのだろう。味が悪いのか接客が悪いのか、もしかしたらそのどちらも悪いのか。
中に入る。店内はとても綺麗だ。
席に座る。接客もいい。
「ここ、駅前の通りから1本外れてるでしょ?オープンしてすぐだし、人目につかないみたいで穴場なの。」
そう言って彼女はメニューに手を伸ばした。
「でも料理は美味しいんだよ。」
考えてみるとそれはそうか。ネット環境が整っているとはいえないのだ。クチコミで広がるのにも時間がかかる。多分この店が人で溢れるとしたらもっと先になるのだろう。せっかく教えてもらった穴場だ。せめて卒業までは人気にならないでほしい。
「どう?何頼むか決まった?」
「えっと、じゃあカルボナーラで。」
「じゃあ頼もっか、すいません!」
ホールにいた店員さん呼び止めようとするがあいにく手に料理を持っていた。店員さんは優しそうな笑顔ですいませんと言い他の店員さんを呼んでくれた。奥から店員さんが出てきた。店員さんが、店員さん、、、
「安達さん!?」
「えっ、なんだぁ!即バレとかもう~。」
即バレ?ここで働いていることを秘密にしていたのだろうか。別にどこで誰が働いていてもいいものだと思うが。
「まぁ、そっちもデートみたいだしおあいこだね。」
安達さんはそういうと小悪魔のようにくすりと笑いポケットから注文用紙を取り出した。
「デートじゃないって。」
「あれぇ、私はデートだと思ったんだけどなぁ。」
「先生までもう。」
「えっ、なになに、先生口説いてたの!?」
「そっ、彼に口説かれちゃいました。」
先生が悪ノリを始めた。こうなっては何を言っても逆効果だ。オレは大人しくしていることにして、少し2人の会話を聞いていた。
「じゃあカルボナーラとオムライスで。」
ようやく注文をしたのは安達さんが出てきてから5分ほど過ぎてからだった。
「ちゃんと溶け込めてるんだね。」
「そりゃそうだよ。」
「ラビリアンの中にはね、どうしても社会に馴染めずに引きこもってしまう人もいるんだよね。」
先生は遠くを見ながらそう言った。その表情はとても柔らかく、それでもどこか儚げだった。
「まぁオレは多分大丈夫。」
「見てたら分かるよ。でも色々と大変だろうから無理はしないでね。」
「ありがとう。また気分転換付き合ってね。」
「私で良ければ。」
さっさとは違い、無邪気に笑う彼女。
こうやってみんながいてくれる。だからこの先も本当に多分大丈夫なのだろう。そのあとすぐに運ばれてきた料理を堪能したあと店を出た。