仲間との団『結』意の夜
2005年8月17日、花火大会から1週間が過ぎた。あの日から特に違和感と呼べるものなく平穏な日々を送っていた。
ピーンポーン
ガチャガチャ
ピーンポーン
ガチャガチャ
申し訳程度にインターホンを鳴らしてはいるが、即ドアノブに手を掛けるのは近藤の悪い癖だ。いや、もともと鍵を掛ける習慣の無かったオレの責任でもあるのだろう。
「お前、家にいるなら鍵かけんなって。入れねぇじゃねぇかよ。」
近藤は部屋に入るなりオレの肩をポーンと叩いてそう告げた。
「オレが悪いのかよ。で、連絡もなく何しに来たわけ?」
「まぁ待て待て。本題はこのあと話す。」
そういうと近藤はカバンの中からメモのようなものを取り出した。前に来た時より少し小さなものに変わっていたような気がした。
ガチャ
ピーンポーン
「入るぞー。」
そう言いながら竹内がそそくさと入ってきた。
(こいつ、完全にドアノブに手を掛けてからインターホンを鳴らしたよな?)
まぁ得てして溜まり場とはこんなものだ。
ガチャガチャ
「はろー!」
安達さんまでやってきた。いったいここで今から何が行われるのか。まともなメンバーでは無い。故にまともなことが話されるはずが無い。不安だけが心を支配した。
「聞いたよぉー。花火大会のこと。」
「あっ、それ俺も聞いた!」
「なになに?花火大会?」
「あれ、竹内は知らねぇの?こいつ花火大会行って女の子を泣かせたんだって。」
泣かせたとは酷い言われようだ。楽しかったからまた遊ぼうと言われたはずだ。
「わたしの後輩にかなり酷いことしたんだってさぁ。」
「いや、ちょっ、2人ともそれは無いって!」
このまま3人の会話に任せておくと良からぬほうに話が行ってしまいそうだ。
「お前こないだまで紗奈ちゃん一筋だと思ってたのになぁ。ラビリアンだから気持ちは変わっているってことだな!」
ポカッ
「いってぇなぁー!なんで俺だけ!?」
「近かったから。」
「いいや、紗奈ちゃんの名前出した竹内が悪い。」
近藤が悪ノリしてきた。
「おじさんやるじゃん。」
安達さんがくすりと笑って話に乗っかかってきた。
「だから、おじさんじゃないって。」
「安達さんてほんとこいつのことおじさん呼ばわりしますよね。今日もおじさんち行こうってメールしてきたし。」
「近藤ぉー、それは言わない約束でしょ。」
「安達さんてほんと、、、」
「竹内くん、それ以上言うと後期始まったら学内でお兄ちゃんって呼べって脅されたって広めるよぉ?」
「ちょっ、なんで俺だけ罰ゲームなんですかって!」
楽しい時間が過ぎる。安達さんがいるとそれだけで笑いが溢れるのは変わらない。
「てか3人で何しに来たんだよ?」
そう尋ねると、安達さんがくすりと笑った。
「よくぞ聞いてくれた!」
近藤がこれでもかというくらいのドヤ顔をして言った。何かを企んでいるようだ。
「これから高木誘って飲み行くよ。」
「えっ?それだけ?」
「なわけ。」
「私たちでなんか面白いことしたいなぁって、昨日高木と話してたんだよね。で、ラビリアンのおじさん仲間に入れたらもっと面白いんだろうなぁって思ってさ。まぁ集まってから話す。」
また安達さんはくすりと笑った。
「てことで、移動しようぜ。」
そう言って近藤はカバンにメモのようなものをしまった。まただ。あのメモもどきはいったいなんなんだろうか。まさか知らないだけで録音出来るようなハイスペックなものなのか、いや、そんなものを持ち込む必要などないし、わざわざ見せる必要も無い。あれは多分ただのクセなのだろう。
ブー、ブー、ブー
メールだ。
《お久しぶりです。2週間ぶりかな?あれからどうしてるのかなぁって思って連絡してみたよ!良かったらまたご飯でも行こうね!》
返事はまた帰ってからゆっくりしよう。既読機能が無いとはなかなかにありがたい。
18時過ぎ、オレたちは約束の居酒屋に着いた。中に入るとすでに高木は来ており、ビールのジョッキがなくなりかけていた。
「遅せぇよ!もう7分遅刻だぞ!」
こいつ、こんなに時間にうるさいやつだっただろうか。
「近藤は飲むなよ。」
「はぁ?なんで俺だけ!?」
「なんでってお前だけ未成年だからだろ?」
「くっそぉ、浪人組を恨むぜ。」
大学時代の年齢なんて上下関係には無関係なものだ。年上だろうが浪人したりすれば年齢による先輩後輩はだ。安達さんは現役で入った2個上。ちなみに2回目の3回生。竹内は同級生だが浪人してるからオレや近藤と同級生だが1個上。高木は呼び捨てにしてるが安達さんの高校の同級生。就職していたが、安達さんに大学面白いと言われて進学した変わり者だ。学年は1個下の1回生だ。高木が安達さんと同級生だったという事実はサークル内に激震が走り、当初、近藤なんかは呼び捨てで敬語というカオスな状態に陥っていた。
「いや、ていうかこいつも未成年じゃねぇか!」
「おじさんはラビリアンだからいいんだよ。」
もう、仲間うちではおじさんで定着したのだろうか。訂正することは諦めた。
「まぁ座れよ。まだまだ働いていた時の貯金あるし、たまには奢ってやるよ。あっ、大将!近藤に烏龍茶ひとつピッチャーで!」
「だからなんでだよ!ていうかピッチャーなんていらねぇっての。大将、コーラ、ジョッキで。」
案外素直なやつだ。
「私は芋のロックで!竹内くんも飲んじゃダメだよ。」
「いや、俺は未成年じゃないし。」
「へぇー、お兄ちゃん飲むんだ。」
「そのことは忘れてくださいって!」
竹内も自らが招いたこととはいえ災難だ。後期が始まるまでに安達さんが飽きることをそっと祈っておこう。
「で、高木と安達さんの考えた面白いことってなんなの?」
馬鹿な話で盛り上がり、みんな(近藤除く)なかなかに酔いも回ってきた頃、オレはここに来た理由を尋ねてみた。
「なんだと思う?」
安達さんは上目遣いでくすりと笑った。ドキッとする。恋愛感情を抱いたことは無いが安達さんくらいかわいいとなかなかモテるんじゃないだろうか。まぁ彼氏がいたとは聞いたことが無いのだが。
「いやいや、分からないって。」
「ふーん。じゃあやっぱりこれは足並み揃った歴史じゃないわけだ。」
なんだかとても嬉しそうだ。
「僕らの歴史において、未来を知ってるってことはさほど重要じゃないって。」
「まぁ可能性のひとつ程度なんだよねぇ。」
「なぁ、オレみたいなラビリアンってどれくらいいんの?」
「うーん、詳しくは分からないけど700人に1人って言われてるかなぁ。」
「それも全知創成の書?」
「うぅん。テレビで見ただけ。」
楽しそうな安達さんがクスクス笑う。
「お前、テレビ見てねぇの?どっかのチャンネルで毎週土曜日の夜にラビリアン特集してんだよ。なんでもそのテレビ局の人もラビリアンらしくてさ。」
竹内とじゃれあっていた近藤も話に加わる。
「最初はさ、ラビリアンの真実!みたいな感じで偉い学者とかゲストに呼んだりもして討論みたいなことしてたんだけどさ、見てるほうからしたら知ってることだけだし、とうとう宇宙人の陰謀だぁってなってからは視聴率も下がって深夜番組になったんだぜ。」
久しぶりに近藤の真面目な顔をみた。
「そりゃあ誰でもちょっと考えたら分かることだろ?歴史から外れた世界に来てるんだから、ラビリアンが経験してきたことが起こるって決まってないことくらいさ。」
そこに竹内も加わり、話は安達さんたちの考えた面白いことではなくラビリアンのことでどんどん盛り上がっていった。
「まぁでもその番組の中で1個だけ面白いことがあってさ、ラビリアンが何年から来たのかって統計を取ったんだよ。そしたら1番先の人でも2031年なの。2031年って人は何人もいるみたいなんだけどさぁ、それ以降から来た人ってのがいないのよ。まぁ人間以外の統計が取れるわけないからなんともなんだけど。まぁ何が言いたいかって言うとさ、歴史から外れない地球は2031年に人類滅亡を迎える、ってのが一般論になってるの。」
人類滅亡、随分スケールの大きな話だ。
「でも証明のしようがないんだけどね。」
安達さんはそういうとグラスのお酒を少し飲み、またくすりと笑った。
「で、ここからが本題。高木とさもしもこの地球も2031年に人類が滅亡するんだったらあと25年、めいっぱい面白いことしようって盛り上がったわけなのよ。」
「僕らのやりたいことめいっぱいやって、仮に2031年に人類が滅びなかったとしてもそれはそれで楽しい人生って笑えるよなってなったってわけ。」
納得がいった。この2人はきっとどの地球においてもこの結論が出るのではないのだろうか。ただ疑問に思ったこともある。
「それは分かったけど、なんでオレも?」
「えぇ〜、だっておじさんだから。」
安達さん、今度は声を出して笑っている。
「まぁ人生経験長くて仲良い奴なんておじさんくらいしか知らないからさ。」
高木までも。きっとオレはこの2人にこれから先も振り回されるのだろう、未来は決まっていなくてもそれくらいの未来予知は出来る。人生最初で最後の未来予知だ。
「えっ、じゃあ俺と竹内は?」
至極もっともな質問だ。
「おじさんと3人でセットだから。」
ものすごくわかりやすい答えだ。
この日は結局、何かしよう!ということは決まったが具体的に何をするのかまでは決まらなかった。まぁそれもいいだろう。ほんとに滅亡するのか、実はしないのか。証明されるまでまだ25年もあるのだ。急いては事を仕損じるとも言うしゆっくりしよう。