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あなたの死体を買い取らせてください

作者: 村崎羯諦

 君の死体を買い取らせてくれ


 病室にやってきたあなたが、いつになく真剣な表情でそんなふざけたことを言うもんだから、私は思わず吹き出しちゃったよ。結婚しようっていうあなたのプロポーズを私が断って、あなたが今にも泣きそうな表情で帰っていった後ね、私も一人ぼっちの病室でわんわん泣いたの。私のことなんて忘れて他に良い人見つけなよ、っていう言葉に嘘はなかったけど、これであなたとの関係も終わりなんだなって思ったら色んな思い出がわーって込み上げてきてさ、もう止まらなかった。だからさ、プロポーズの次の日にあなたが性懲りも無くまた病室にやってきて、そんな馬鹿げたことを言うなんてずるいなぁって私は思ったんだ。


 確かに私は末期癌患者で、いつ死んでもおかしくない状態だけど、さすがにそんなことを面と向かって言うのは不謹慎じゃない? 私が笑いながらそう指摘したら、あなたはやってしまったっていう表情になったでしょ。それがあんまりにもおかしかったらさ、余計に笑いが止まらなくなっちゃった。


 その後、最近になって死体の所有権みたいなものが法律で認められたってことをあなたが教えてくれたんだけど、それでもやっぱりピンと来ないし、そもそもどうしてそんなことしたいのって私はあなたに聞いた。そしたらあなたは、正直そこまで深くは考えてないけど、それでも死体でもいいから私のそばにいたいんだって言ってくれた。もうじき私は死んじゃうからあなたとは結婚できないって言ったのは確かだけど、死体になった後でもいいから一緒にいて欲しいって普通考える? 嬉しくないって言ったら嘘になっちゃうよ、そりゃ。それでもさ、これからも長い人生を生きていくあなたにとって、それって良くないことだと思うんだ。やっぱりあなたには私のことなんかすっかり忘れて、幸せになって欲しいなって思っちゃうんだよね。


 だから私も冗談で、先払いでいいなら売ってあげるよって言った。そしたらあなたが値段を聞いてくるから、適当に三百万円って答えた。もちろん相場なんて知らなかったし、払えるかってあなたが笑いながら突っ込んでくれると思ってたの。でもさ、あなたは真剣な表情をしてわかったって言ったんだよね。そのままあなたは病室を飛び出して行って、結婚資金として貯めていたお金を全部引き出して戻ってきた。元々は結婚資金だからと言ってもさ、人の死体にそんな大金払う? 私はあなたのそんな振る舞いに半分呆れちゃったけど、あなたの真剣な表情を前にしたら引くに引けなくなっちゃってさ、流されるまま契約書みたいなものにサインをして、私が死んだ後に私の死体をあなたにあげるっていう契約を交わすことになった。


 じゃあ、あとは私が死ぬだけだねって契約書にサインをした後にそう言ったら、あなたは本気で私を叱ってくれたよね。今になって思えば、そっちから先に私の死体を買いたいって言っておいて、なんだその態度はって感じ。でも、そんなあなたにだから、私の死体もあげてもいいかなって思った。あなたが見舞いに来てくれる度に、私が死んだらすぐに新しい人を見つけてねって言ってるのにさ、都合がいいよね。でもね、児童養護施設で一緒に成長して、頼りないもの同士で支え合ってきたあなたが私の死体を買い取ってくれるなら、それは私にとってすごく幸せなことかもしれないって思ったの。あなたが私の死体を買ってくれるなら、きっと私は心置きなく死ねる。心の底からそう思ってた。だからさ、結局私が癌で死ぬよりも先にあなたが事故で死んじゃうなんて、想像もできなかったよね。


 土砂降りの夜にスリップしたトラックと正面衝突して即死。最初にその知らせを聞いた時、頭の中がぼーっとなって、まるで夢の中にいるみたいだった。それから静かに涙が頬を伝って、私は堰を切ったように泣き始めた。心にぽっかり穴が空いたとか、そんな生やさしいものじゃない。心をナイフで抉られるような、そんな鋭い痛み。愛する人がいなくなるってことが、自分だけが世界に残されるってことが、これほど悲しくて辛いものだなんて、私は全然理解できていなかった。


 そして愛する人を失う立場になって初めて、今まで私がどれだけひどい言葉をあなたに言っていたのかということに気がついたの。私なんか忘れて幸せになってねとか、私よりもずっと良い人がいるよとか、そんな言葉があなたをどれだけ傷つけるかなんて考えもしなかった。愛する人の代わりなんていないし、忘れられるはずなんてない。あなたが私の死体を買い取りたいっていうその本当の意味が、今更になってわかった。ごめんなさい。誰に言うでもなく私はそんな言葉を呟いた。それは誰もいない病室でつぶやくべき言葉じゃなくて、あなたが生きているうちに直接言う言葉だったのに。


 だから、あなたが事故で亡くなった次の日、死体の引受人になっていたあなたの遠い親戚に連絡をとったの。不謹慎だと怒鳴られるのを覚悟で、何を考えてるんだって蔑まれるのを覚悟で、私はあなたの死体を買い取らせてくださいって伝えた。すぐには売ってくれないと思ってたけど、親戚の人はあっさりと、というか喜んで私に死体を売ってくれた。それはそれですごく腹が立ったけど、あなたの死体を買い取ることができて私はすごく嬉しかった。そうそう。お金はあなたが私の死体を買い取るために払ってくれたお金を使わせてもらいました。だから、天国で会ったときに返金しろだなんて言うのは無しだからね。あとちなみに、あなたの死体の買取価格はわたしの死体の半分以下だったよ。先に死んだ罰として、天国でそのことでたくさんいじってやるからね。


 そして、余ったお金でね郊外にある墓地を買ったんだ。小高い丘の上にある、自然に囲まれた素敵な場所。私が死んだら、そこに私とあなたを入れてもらうようにしてもらったの。手続きとか下見とかは友達に全部やってもらったから、実質私は何もしてないんだけどね。どう? あなたと同じで何も考えないままあなたの死体を買ったにしては、なかなか上手いことを考えたでしょ?


 多分だけどね、そろそろ私もお迎えが来ると思います。あなたが死んで、慌ただしい日々を送ってる間は不思議と調子が良かったんだけど、それが落ち着いたら体調が悪くなっちゃってさ。自分の身体のことだからよくわかる。今までとは違う、本当に死が近づいてるんだなって感じがしてる。でも、誤解はしないでね。あなたが死んだ後、死体を買い取ったり、墓地を買ったり、色々と忙しくしてたからそうなったってわけじゃないの。本当はもっと早く身体の調子が悪くなってたはずだったんだけど、私の頑張りを見た神様が特別に時間をくれたんだと思う。きっと。


 疲れちゃったしもうそろそろ眠るね。少し前までは死ぬことが怖くてなかなか寝付けなかったんだけど、死んだ後の楽しみができた今は、ずっと安らかな気持ちで眠れるようになった。こんな事言っておいて、なかなか死ななかったらごめんなさい。土産話をたくさん用意しておくから、それで許してくれるよね。


 それじゃあ、本当に寝るね。あなたとまた会えること、それから一緒のお墓に入ることを楽しみにしてます。


 おやすみなさい。

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