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冬の季節、永遠に。

 勇者がその噂の国に入るとき、まず驚いたのは門番にだった。


 氷の門番だ。


 城壁にはたいして驚かない。

 色々な国を旅して氷で城壁を築いている町を見た事もあるからだ。


 しかし、噂で聞いた国の門に行くと、門番が通せんぼをする。

 氷と雪でできた半透明の彫像がだ。

 話に聞いた通り、何かを訴えるような仕草をしながらも門は開けてくれない。

 ここで強行突破しようとすると、この門番は襲ってくるらしい。

 しかも強いらしい。


 ここで勇者はピンときて、自分の胸元からギルドタグを出した。

 SSランクのギルドタグで、基本的にどの国にも入れるタグだ。


 そのギルドタグを門番に渡すと、門番は嬉々として(?)受け取る。

 そして、どの国も門番に渡されているギルドタグ確認板にかざした。

 それはさすがに氷じゃなかった。


 ギルドタグ確認板から、お馴染みの金色のSSランクの光が溢れる。

 勇者は門番からギルドタグを返された。


「お、開いた」


 門番が氷でできた半透明の門を開いて、勇者を中に入れた。


 勇者が門の中に入ると、異様な光景が広がっていた。


 静けさの中で、王都の風景が動いていた。


 半透明の氷の鳥が飛び、半透明の人たちが時には挨拶のような仕草をしながら行き交う。

 向こうからは氷の魔導車が何かを積んだ状態で走ってきていた。


 ふと見ると、道の両端の氷の商店達では氷の品物が売られていた。

 魚屋が、氷の魚を指し示して売り子の仕草をしている。

 他にも通りには、氷のパンが並び、氷の服、氷の道具。色々だった。

 試しに勇者は氷でできたネックレスを買ってみた。

 世界通貨を渡すと、普通にお釣りも返って来る。

 昼の光でキラキラして綺麗だったのだ。


 溶けるといけない。

 状態保存の魔法をかけてから、鑑定で見る。


 ーーー

 氷のネックレス

 状態・氷〔マリア〕

 魔法・状態保存〔勇者〕

 補足・ただの氷のネックレスだが、勇者には綺麗だと評される

 ーーー


 勇者は鑑定結果に首を傾げる。

 まあ、鑑定は相変わらず人の考えを読んでいた。

 しかし、『マリア』とは誰だろう。


 ふと、一台の氷の魔導車が猛スピードで走る音が響いた。

 通りに歩く氷の人達が道を右往左往して避ける。

 驚く勇者の前に、ものすごいブレーキ音と共に止まった。

 細かい氷がキラキラと舞い上がる。


 魔導車から氷の彫像が出てきて、勇者に乗れという仕草をした。

 しきりに手を振って車の中を指し示す。


 車の中の座席にはメモが置いてあった。


 メモは氷ではなかった。


 勇者は驚いてメモに手を伸ばす。

 途端に後ろからドン!と押された。


 メモを握った勇者の後ろで、ドアがバタンと勢いよく閉まる。

 氷の魔導車は、今度は中の人の安全に配慮した速度でどこかへ走り出した。


 それはともかく。

 メモは可愛い薄桃色の紙でできていて、


「王宮へお越し下さい」


 とだけ書かれていた。

 勇者は、その簡潔さに驚く。

 思わず鑑定した。


 ーーー

 メモ

 状態・薄桃色に染色された紙

 内容・王宮へお越し下さい

 差出人・マリア

 受取人・勇者

 補足・マリア秘蔵の紙。勇者があまり貰わない女性からの手紙

 ーーー


 勇者は鑑定にイラッときた。

 メモを握りつぶさないように気をつける。


 意外と勇者は女性とあまり関わりがない。

 だが、今それは関係がないだろう。


 とりあえず、「マリア」から勇者は招待されたようだった。

 氷の魔導車は王宮へ向かうのだろう。

 勇者はメモとネックレスをアイテムボックスへ大事にしまった。


 ………しばらくすると、王宮と思われるところへ着いた。

 氷と雪でできた城だ。

 勇者は氷の彫像に着いて、城の中を進んでいく。


 自分の体に気温管理の魔法をかけていなかったら、とても寒いだろう。

 と、勇者は思った。


 勇者は謁見の間と見られる半透明の氷の扉の前に立つ。

 扉は一人でにゆっくりと開いていった。

 まず、勇者の正面には玉座に氷の彫像が座っていた。


 王様なのだろう。


 勇者はそう思って、入った早々に(ひざまづ)く。

 どこの国を訪問してもやっている。

 SSのギルドタグを持って、どこの国も訪問できる、という事は責任も大きい。

 失礼な真似はしてはならないのだった。


「顔を上げよ!」


 女性の声が響いた。

 勇者は礼儀も何もかも忘れて、そちらを見た。


 そこには氷色のドレスを着た女性が居た。

 女性はゆっくりと歩いて、玉座の傍らに立った。

 黒髪に黒い瞳、透けるような白い肌が美しい。

 清らかな美しさがそこにあった。


「私はマリアだ! この国の宰相をしている。訪問者であるそなたの名を聞こう!」

「勇者です」


 勇者の答えにマリアは首を傾げた。

 勇者も一緒に首を傾げる。


「それは称号だろう。失礼だが、鑑定を発動していいか。そなたも私に鑑定をしてよい」


 マリアの言葉に勇者は素直に頷いた。

 特に見られて困ることはない。

 自分も早速マリアに鑑定を発動した。


 ーーー

 マリア・ド・アイステリア

 年齢・永遠の20歳

 状態・狂気

 所属:滅びし氷の国アイステリア

 職業・宰相

 称号・アイステリア王女、氷の魔導士、氷の人形師、殺戮者

 補足・50年前に滅びたアイステリアの唯一の生きている国民。マリアは狂っている為、自分の鑑定をしても名前と職業欄しか見えていない。狂ってはいるが勇者の好み。

 ーーー


 勇者はマリアの鑑定結果を見て、どうにかして鑑定スキルをぶっ潰す手段はないかなと思った。

 人の好みを確認するのはやめて欲しい。


 それにしても、噂通りだった。

 勇者はうんうんと頷く。


 50年前に滅びているはずの国が、たった一人の氷の魔導士で動いている。

 それは、当時敵対していたフレアリー帝国が仕留めそこなった一番末の王女だ。

 敵襲の時にマリア王女は留学していた。

 帰った時には、アイステリア王国は燃やし尽くされていた。

 マリア王女は、大事にされていたが故に使っていなかった氷の魔法を解放した。

 そして、広大なアイステリア王国だった土地とフレアリー帝国の土地が合体して一つの国になる。

『滅びし氷の国アイステリア』として。


 様々な冒険者ギルドや調査団が氷の壁に無理やり入ったり、様々な個所を鑑定したりしてまとめた情報だ。

 なんとかして広大な土地や鉱山を手にいれられないかと、強欲な人間たちが調べた。


 勇者は最後に打つ手のない人間たちから依頼されてきたのだ。

 あわよくば氷の国を動かしている王女を殺せ、と。


 しかし、依頼していた人間も王女が魔導の力で寿命が延びている事は推測できたようだが。

 まさか、王女が自分を宰相と思い込んでいるとは思うまい。


「なんだこれは。全然情報がないではないか!」


 マリアが叫んで、勇者の前に氷で字を作って見せる。

 どうやら勇者の鑑定結果を見て怒っているらしい。


 ーーー

 勇者

 年齢・不明

 状態・不明

 所属:不明

 職業・勇者

 称号・勇者

 補足・この世界に突然現れた勇者。マリアが好み。

 ーーー


 氷の字が、微妙に「マリアが好み。」の所が乱れていた。


「鑑定をぶっ潰したいですね」


 勇者はマリアの怒りようにほほ笑む。

 真っ赤になって実に可愛かった。


「そなた、私のような者が好みなのか」


 マリアの問いに勇者は頷く。


「鑑定に先に言われましたが、好みです」


 勇者の言葉にマリアは更に赤くなる。

 勇者はとりあえず、鑑定は後でぶっ潰す方法を考えることにした。

 この際、あまり縁のない「好みの女性との会話」を楽しむことにしたのだ。


「物好きだな。この白い肌は爬虫類みたいで気持ちが悪いと言われたし、黒髪黒目は虫のようだと言われたものだ。だが、だからこそこんな女でも生かせる仕事をと思って、宰相をやっておる。王はそんな私でも重用してくださるのだ」


 早口でマリアが告げる。

 ふっ、と口の端だけで笑った。


 勇者がふと見ると、マリアの最後の言葉にだけ、王の氷の彫像が頷いていた。


「何故かあなたの夜のような優しい瞳を見るとホッとします。何もかも不明な自分が何か拠り所にできるような、そんな気がします」


 勇者の呟く言葉が氷の間に響いた。

 そう、黒髪黒目のマリアは安心する。

 当たり前だが自分も含めてこの世界の目と髪はカラフル過ぎるのだ。


「よかろう! では好意をもっている者同士ペンダントの交換だ。私『マリア』と………ええと、そなた名は!」


 アイステリアの風習なのか、マリアは唐突にポケットからペンダントを出してきた。

 マリアははにかみながら怒る、という器用な事をしている。


「名は見ての通り「勇者」でしかないので、マリア様の好きなように呼んでください」

「ふむ……」


 マリアは顎をさすった。


「それでは、元々の名前(?)から「ユウ」としよう。「ユウ・シャ」だ。これからは皆が、そなたの名前を呼ぶように。では、私『マリア』と『ユウ』のペンダントの交換だ。ペンダントを持っているだろうな?常識だぞ」




 それから勇者であるユウ・シャはアイステリアから旅立った。

 胸元にはアイステリアの紋章が入ったペンダントがかかっている。


 ユウからはマリアに、その日買って状態保存していた氷のネックレスを渡した。

 テレパシーの魔法をかけた水色の魔石をつけて。

 マリアはとても喜んでくれ、その様子はユウを和ませた。


 ユウはマリアと「滅びし氷の国アイステリア」住むつもりだった。

 魔法さえあれば、衣食住全てに困らない。

 なんとなく、勇者として世界を回っていた自分が、好みの女性の元に落ち着くのは自然だと思えた。


 しかし、マリアはユウに不明の自分を解き明かす旅に出るようにと言った。


「せめてユウのご両親に交際のご挨拶をしたい。だが、時々は寂しいから私の元に帰ってくるように! 私は大丈夫だ。大勢の支えるべき国民がいる」


 マリアはとても安定した目をしながら、ユウにそう矛盾した事を告げたのだった。

 心の奥底では、もしかしたら周りが氷の彫像だと分かっているのかもしれない。


 勇者であるユウには、永遠の冬の季節の国に可愛い恋人がいる。


 ーーー

 ユウ・シャ

 年齢・不明

 状態・不明

 所属:滅びし氷の国アイステリア

 職業・勇者

 称号・勇者

 配偶者・マリア・ド・アイステリア

 補足・この世界に突然現れた勇者。滅びし氷の国アイステリアの二人目の生きている国民。

 ーーー

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