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護衛依頼1

-1-

 剣闘士の寮を辞した後、石巨人亭とギルド支部に行ってオヤジさんと教官にそれぞれ昨夜の試合の結果を報告した。

 オヤジさんは素直に勝利を喜んでくれたが、教官の方は「最低限の面目は保てたようだな。だがこれからが大変だぞ」と含みのあるお言葉を頂いた。

 ……うん、なんとなくわかってる。

 教官からは、今日も稽古してくかと誘われたが、昼も過ぎたというのにハナとの朝飯がまだ腹の中にたんまり残っているので遠慮させてもらった。

 ただ昨夜の試合内容を話して、カウンターをもちっと強化したいと言ったら却下された。

 今はまだラッシュの練り上げと防御を強化する段階で、あれもこれもと手を出すのはまだ早いという教官の判断だ。

 むぅ、そういう事なら仕方ないな。


 翌日、日課のように石巨人亭に顔を出したところ、行商人の護衛依頼が出ていたので受けることにした。

 そういやこの手の依頼って受けたことなかったんだよね。

 まぁ正確に言えば、以前ウェルシュと帰り道を一緒にしたが、あの時のは依頼にカウントされてないし、道中襲われることもなかったし。

 今回のは個人の行商人なので報酬はあまり高くはないが、まぁいい経験だろう、と。

 出発日や集合時間などを聞こうと、依頼人が泊まっている宿に行ったが、時間が悪く既に街中に仕入れに出た後だった。

 夕方にならないと戻らない、ということで再訪の言伝を頼んで宿を出た。

 さてこれから時間を潰さにゃならんが、ここから近いとこになんかあったかな、と記憶をたどったところ、、ちょっと歩くが本屋があったのを思い出した。

 暇を見てちまちま書き写していた魔法書もそろそろ写し終わるし、また新しい本でも仕入れてみるのも悪くないかもしれない。


 ということでやってきた本屋。

 建付けの悪い扉を開けて中に入ると、中ではちっこい婆様が暇そうに店番をしていた。

「…………いらっしゃい。って、いつぞやの虎の兄さんじゃないか」

「どうも」

「今日は何をお探しだい?」

「さてそれがね、明確な目的をもって寄ったわけじゃないから」

「なんだ冷やかしかい」

 あからさまに婆様ががっかりする。

「面白そうなものがあれば買ってくよ。……そうだな、魔物図鑑とか動物図鑑、植物図鑑といったものはいくらくらいになる?」

「図鑑のたぐいねぇ……なら……」

 婆様はそう言って棚の一つに歩み寄ると、上の方にある本をはたきでトントンと叩いた。

「ここいらへんがそうだね。安いのなら『植物一覧』が金貨1枚」

「それはどの本だ?」

「この本だよ。届かないから自分でとっとくれ」

 頷いて植物一覧の本を取り出す。

「その本はね、腕の良くないもんが写本にしたから安いのさ。装帳も甘いし、中も書き間違いだらけで修正が多いんだ」

 言われて本をぱらぱらとめくってみる。なるほど確かに修正が多い。でもボリュームはそれなりにありそうだ。

「でも書いてあることに間違いはないんだろ?」

「間違いは全部直させたからね」

「じゃあこれを貰おう。他に何かないかな」

「あとは魔物図鑑が金貨3枚からだけどちょっと古いね。動物図鑑は今は置いてないね」

 ふむ、魔物図鑑も欲しいっちゃ欲しいが古いのはな。できれば情報が新しいのが欲しい。

「そういえば虎の兄さんは魔法が使えたんだろう?新しい魔法書なんかはどうだい?」

 気乗りのしなさそうな俺の表情を読んだのか、婆様が別の本を勧めてきた。

「じゃあ、中等の総合魔法書でいいのあるかな」

 前回買ったのが総合の初等魔法書だったのを思い出して訊ねてみる。

「それなら……こっちだね」

 そう言って奥から引っ張り出してきたのは、なかなかの厚みのある本。

「こいつはちょっと値が張って金貨7枚だよ。ただその分の内容はあるね」

 差し出されてちょっと中身を読んでみる。

 ふむ、確かに内容が濃い。魔力の制御の仕方とか魔法への応用とかも結構細かく書いてあるな。

 しかし金貨7枚か……うむ、買わずに後悔より買って後悔だ。

「じゃあこれも貰おう。2冊で金貨8枚だね」

 そう言って婆様に金貨を8枚数えて渡す。

「はいよ、まいどあり。包むか籠に入れるかい?」

 一転して笑顔になった婆様が訊ねてきた。

「いや、そのままでいいや。すぐに読むから」

「そうかい。本は高級品だからね、持ち歩くときは気を付けるんだよ」

「ああ、ありがとう」

 婆様に礼を言って本屋を出る。さて次はこれが読めるところだが……ぶらついて適当な店にでも入るか。


-2-

 その後、食堂と酒場を3軒梯子して時間を潰した。

 この前ユニといった喫茶店みたいな店はまだあまりないようだ。そういう店があれば大っぴらに時間が潰せたんだがね。

 ただ、植物一覧をぱらぱらと読んでみたところ、この世界にも米があると分かったのは収穫だった。

 ハニハという名前で書かれており、『湿地に生える食用穀物』とあるから、水稲だろう。

 挿絵の形からして短粒種(ジャポニカ米)だと思うが……実際見てみないと分からんな。

 うるち米かもち米かは食べてみるまでは分からんか。

 ただ、手に入れるにはもっと南まで行かにゃならんみたいだが。

 いずれランクが上がって遠出するようになったら探してみよう。


 そしていい時間になったので、依頼人が泊まっているという宿に再び顔を出す。

「いらっしゃいませー。お泊りですか?夕食ですか?」

 店の手伝いをしているらしい子供に用件を言づけた。

「ここに泊まってるルハイマーさんを呼んでくれないかな。依頼の件で冒険者が来た、って」

「ルハイマーさんですね、ちょっと待っててください」

 テーブルについて少しすると、まだ若い感じのタヌキ耳の青年が子供に連れられて姿を見せた。

「初めまして、ルハイマーと言います。この度は依頼を受けてくれるそうで」

 商人らしく礼儀正しく挨拶してきたので、こちらも立ち上がって挨拶を返す。

「ご丁寧にどうも。冒険者のディーゴです。詳しい話を伺いに来ました」

「そうですか、わざわざありがとうございます。ところで、他の方は?」

 椅子に座りながらルハイマーが訊ねる。

「基本的に俺一人です。ただ、精霊憑きなんで実質2人と思ってください」

 そう言って冒険者手帳を差し出す。

「そうでしたか。ちょっと拝見します」

 ルハイマーが断って、冒険者手帳を手に取り、目を通す。

「……え?ディーゴ、様は名誉市民なんですか?」

「様は付けんで構いませんよ。年金だけじゃ食っていけんので、こうやって冒険者もやってるんです」

「なるほど、そうでしたか。それで、土と樹の魔法が使える、と」

「範囲魔法も使えますから、集団で来られても何とかなりますよ。あと一緒に紹介しときますが……」

 そう言ってイツキを起こす。

「なに?」

「護衛依頼の前の顔合わせだ。ルハイマーさんという。挨拶しとけ」

 イツキにそういうと、ずるりと姿を見せたイツキがルハイマーににこりと笑いかけた。

「こんにちは。あたしはイツキ。見ての通り樹の精霊よ。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 それからイツキを交えて細かい話を詰める。

1、行先は南西にあるソルテールという街で、行程は片道6日。

2、しかし途中、村々を経由して行商しながら行くので倍くらい時間がかかる。

3、積み荷は主に食料と生活雑貨で、壊れ物も少し。

4、移動はロバによる荷馬車。防水布で荷物は覆うが、人間は雨具が必要。

5、ルハイマーと俺、イツキ以外の同行者はなし。

6、出発は明後日の朝、開門の時間までに集合。

7、保存食等は各自用意。


「とまぁ、こんなところですかね」

 ルハイマーが話を締めくくる。ちなみに報酬はこの条件で半金貨12枚だ。あまり高くはないが、個人の行商人ではこんなものだろう。

「そうだ、ルハイマーさん。依頼の前にロバにちょっと会わせてもらえませんかね」

「構いませんけど……なにか?」

「この風体なんで当日ロバがおびえるとよくない。その前にちょっと機嫌を取っとこうと思いましてね」

「ははは、なるほど。そういう事ですか。いいですよ、案内します」

 ルハイマーが頷いて厩舎に案内されたが……やはりというかロバにおびえられた。

 仕方がないので買っといた干し果物に水飴を少し塗り付けて、無理やり口の中に押し込んだら、てきめんに大人しくなった。

「明後日からしばらく一緒になるから、よろしく頼むぞ」

 そう言って鼻の頭を少し掻いてやると、ロバはもぐもぐと口を動かしながら目を細めた。多分これで大丈夫……かな?

「干し果物の水飴掛け……なんて贅沢な……」

「これくらいせんと機嫌が取れんのですよ」

 驚くルハイマーに苦笑しながら答える。

「じゃあ、ロバの機嫌もとれたことだし、俺はこれで」

「そうですか、じゃあ明後日の朝から、よろしくお願いします」

 その場で握手して、俺は屋敷に戻ることにした。


-3-

 翌日は稽古と植物一覧の読書に費やし、翌々日の朝、約束していた集合場所に行った。

「おはようございますルハイマーさん」

「ディーゴさん、おはようございます」

 互いに挨拶をかわし、開門時間を待つ。

 しばらく待っていると、鐘が鳴り門がゆっくりと開いた。

 開門を待っていた商人や冒険者たちがわーっと駆け出していく中で、こっちはマイペースで進んでいった。

 ロバだからあまり急がせられないし、壊れ物も積んでるしね。


 ディーセンの街から離れるにしたがって、徐々に人がばらけて少なくなってくる。

「今日はエムムの村まででしたっけ」

 ルハイマーとロバを挟んだ反対側を歩きながら、ふと尋ねる。

「そうですね。このペースで行っても夕方前には着くと思います」

「そこでは店は開かないんですね?」

「ええ、この辺りはまだ競合する行商人が多いのであまり儲けにならないんですよ」

「まぁ1~2日離れた程度じゃ、仕入れるものも変わり映えしませんしね」

 ディーセンに入るのであれば生鮮野菜などを仕入れるのもありだろうが、生憎今回は逆方向だ。

 村から村へ農産物を行商したとしても、儲け以前にそれほど売れまい。

 蜂蜜が入手できればまた話は変わってくるが、そういう高級品は代々付き合いがあったり、大手の商会にがっつり押さえられているのが現状だ。

「そういや、ディーセンの景気は行商人から見てどうですか?冒険者の視点では悪くないと思ってるのですが」

「そうですね、かなり景気がいい部類に入りますよ。特に最近出回り始めた水飴が人気で飛ぶように売れてますね。他の村や街からも注文が多くて、今回もなんとか仕入れることができましたよ」

「でも蜂蜜ほど高くないでしょう?儲けとしてはどうなんです?」

「いやいや、ディーセンでは銀貨で買えますけど、他では半金貨数枚はしますよ。それに、品物が全然足りてない状況ですからね、持ち込めば必ず売れる、という商品は行商人にはありがたいものなんです」

「なるほど。そういうものですか」

「他の国や領主様たちも水飴に目をつけられて、なんとか製造方法を知ろうと躍起になってるみたいですが何処にもそれらしい作物がなくて頭抱えてるみたいですよ。ホントどうやって作っているんでしょうね」

 ああ、知らない人間は水飴の原料を安価なサトウキビみたいに考えてるのか。

 ……原料が屑芋と一握りの麦なんて知ったら卒倒するかな。

 ま、口を滑らすなんてことはしないけどね。


 そんな感じで、のんきに旅は進んでいった。

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