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試合の後で

-1-

 剣闘士のハナとの試合に勝ち、なんとか面目を保った俺は、控室で平服に着替えてまったりしていた。

 試合の後は警備員の仕事はないので、日当を貰って帰るだけなのだが、この日当計算がちと面倒くさい。

 ハナと俺との賭けのオッズや観客の数、試合内容を見て総合的に日当を都度決めるので、試合後すぐに日当が貰えるわけではない。

 具体的に言うと、日当はトバイ氏の胸先三寸で決まり、貰えるのはカジノが閉まった後になる。

 もっとも、正式にカジノの剣闘士になったのだから後日またとりに来るということも可能だったが、どうせなら用事は一度に済ませたかった。

 今から屋敷に戻ったところで寝るしかないし、ここ、地味に屋敷から遠いのよね。


 まったりするのも飽きたので仮眠室に行って朝までひと眠りするか、と考え始めた矢先、控室の扉を叩くものがいた。

「ディーゴ、いるー?」

 この声はハナだな。

「いるし開いてるよ」

 そう答えると、扉が開いてハナが入ってきた。

「あれ?ディーゴもう服着ちゃうの?」

「お前さんだって着てるだろうが。というかあのフンドシパンツは門番と試合用だ」

「ぶー。もうちょっと毛皮触りたかったのに」

「猫やウサギじゃいかんのか?」

「全身でもふもふしたいの!」

「俺は抱き枕と違うぞ。というか用件はそれか?」

「あ、そうだ。ディーゴ、朝ご飯どうする?」

「用がなければ屋敷に戻って食うだけだが?」

「あのね、試合に負けたらご飯奢るって約束でしょ?だから朝ごはん一緒にどうかな、って」

「ハナおすすめの店か?」

「そうだよ。量が多くて美味しいの」

「そりゃ嬉しいね。ゴチになるぜ」

 なにせ普通に二人前食うからな、俺は。大盛りの店は大歓迎だ。

 それに『いい(美味い)店を一軒知ってることは、金持ちの友人3人を持つことに勝る』という俺の信条もある。

「じゃあ、時間になったらここに来る?」

「いや、ひと眠りしたいから仮眠室に頼むわ。俺が寝てるベッドには目印にこの槌鉾下げとくから」

「わかった。じゃぁディーゴ、またあとでね」

「おう」

 ハナが去ったのを見て俺も仮眠室に移動する。

 ……とりあえず飯食ったら石巨人亭に顔を出して、今日の結果だけでも報告しとくか。

 そんなことを考えながらベッドに潜り込むと、睡魔はすぐにやってきた。


-2-

 翌朝、起こしに来たハナに連れられて、トバイ氏から日当を貰いカジノを出る。

 日当は金貨6枚でした。まぁ剣闘士の給料の相場が分からんので何とも言えんが、時給でいえばとんでもなく割がいいのは分かった。

 ……儲かるんだな、カジノって。

「ところでハナさんや、店はここから遠いのか?」

 隣を歩くハナに訊ねる。コンパスがまるで違うから並んで歩くのにもちと気を使う。

「そうでもないよ?ちょっと横道に入るけど、カジノと寮の間にあるから」

「ほう、そうなんだ」

 この辺りは倉庫が多いから、そこの従業員目当ての飯屋かな?

「ここ入るよー」

 ハナがそう言って路地に入っていく。

 そうして少し進むと、小さな食堂が目の前に現れた。

「ここがハナのおすすめの店」

 ふむ、なんか地域密着型の街食堂って感じだね。こういう店は当たり外れがでかいんだが、ハナのお勧めならハズレってことはなかろう。

「おばちゃん、おはよー!」

 ハナが扉を開けて中に声をかける。

「おやハナちゃん、おはよう。昨夜は試合だったのかい?」

 ハナの気楽な挨拶に、中年のおばちゃんが顔を出した。

「うん。あ、紹介するね、この人、昨日から剣闘士になったディーゴ」

 ハナに紹介されて頭を下げる。

「ディーゴです、よろしく」

「まぁまぁ、おっきな人だねぇ。あたしゃボルク。ここの食堂の女将だよ」

 中年の女性がにっこり笑いながら返してきた。

「おばちゃん、いつもの特製朝ごはん2つ!」

「はいはい」

 慣れた注文の仕方に、ちょっと期待度が高まる。

「ハナはここの常連なのか?」

「うん。試合があった日は大抵ここで食べてるよ。寮のご飯も美味しいけど、ここも美味しいんだー」

 テーブルにつきながら、ハナがニコニコして答える。

 水を貰ってちびちび飲みながら、他愛もないことを話していると、待っていた料理がやってきた。

 ……って、ちょっと待て。なんだそのパンの大きさとおかずの量は。

 直径30セメトはあろうかという丸いパンが2つもあるぞ。しかもこれ、フワフワの白パンじゃなくてどっしり目の詰まった黒パンじゃねぇか。

 オムレツもジャガイモのケーキもでかいし、ぶっとい茹で腸詰なんか5本もあるぞ。

 ベイクドトマトは3玉分だしベイクドビーンズもどんぶり一杯分ある。

 おばちゃん一度に運びきれなくて3往復もしたぞ。

 これは何かの冗談か?と思ったが、ハナは平然と食前の祈りを捧げてる。

 仕方がないので俺もイタダキマスと頭を下げて料理に取り掛かった。

 うん。これは確かに美味い。オムレツは中に刻んだニンジンや玉ねぎが入っていて、がっつり食いでがある。

 ジャガイモのケーキは塩味だが、カリカリとホクホクの歯触りが楽しい。

 腸詰を齧ればたっぷりの肉汁。不味いはずがない。

 ベイクドトマトはニンニクとハーブがきかせてあり、ついつい手が伸びる。

 ベイクドビーンズはほのかに甘く、他のしょっぱいおかずの合間に口にするのにちょうどいい。

 ……でも量が多すぎるんじゃー!

 主食の黒パンを食うのは諦めた。これは頼んで持ち帰りにしてもらおう。でもおかずだけは制覇して見せるぜ!

 見るとハナは涼しい顔してパンやおかずをぱくついてる。

 決してペースが速いわけではないが、結構な速度でパンとおかずがハナの口の中に消えていく。

 その体格なら胃袋の大きさもそれなりだろうに、どこまで入るんだと不思議に思う。


30分後。


 遭難寸前ながらも何とかおかずだけは食いきった俺と、全部きれいに平らげた上に俺が手を付けなかったパン2個まできれいに食べつくしたハナの姿がそこにあった。

「あー、おいしかったー」

「ゴチソウ……サマデシタ」

 いかん、少し休まないとナニカガ、ナニカガウマレソウダ……。


-3-

 腹が落ち着くまで一休みさせてもらったが、食後にあまり長居するのもなんだということで、寮でさらにもう一休みさせてもらうことにした。

 女性ばかりの寮にお邪魔するのはちと気後れしたが、とにかくどこかで早急に休まないとという腹具合が気後れを排除した。

「ただいまー!」

 ハナが元気よく寮の玄関を開けると、少し時間があって昨日紹介された中のジュディスとフォンフォンが顔を見せた。

「ハナさんおかえりさない」

「おかえりアル」

「さ、ディーゴ、入って」

「お邪魔シマス」

 ハナに促されて玄関に入る。口調がまだおかしいのは、気を付けないと出ちゃうからだ。

「あら、ディーゴさんでしたよね?いらっしゃいませ」

「いらっしゃいアル」

「朝から申し訳ない。ちょっと休ませてもらいたくて寄らせてもらった」

「どうかしたアルか?」

「彼女と一緒に食べた朝飯がちょっとね」

「あぁ……」

「あー」

 ……それで納得するとは、この二人も犠牲者だったりするわけか。

「どこかで横になりますか?」

「いや、座ってた方がまだ楽なんで」

「じゃあ食堂……じゃなくて談話室の方がいいアルな」

「手間かけます」

 談話室に案内されて、柔らかい椅子に座って一息つく。ジュディスが水をもってきてくれたが、今は水も入らんのよ。

「じゃあハナさん、試合の結果は後で聞きますね」

「まだ洗い物の途中だったアル」

 そう言い残して二人が退席すると、、談話室にはハナと二人だけになった。

 でもさっきからハナがちらちらこっちを見てるんだよな。

「……そんなに毛皮が気になるか」

「うん!」

 ……こうもストレートに言われると、重ねて断るのも気が引けるなぁ。マダムと違って可愛い女の子だし。

「……まぁ今は身動き取れないから、少しだったらいいぞ」

「ホント?ディーゴ大好き!!」

「でも腹はあまり押さんでくれよ」

 ハナにそう言って、着ていたシャツを脱ぐ。

「わーい」

 ハナがいそいそと膝の上に乗ってくる。見た目に比べてそれなりの重さがあるのは……朝飯の所為だな。

 良かった、異次元に消えてたわけじゃないんだ。

「んー、ふかふかー」

 軽く俺にもたれかかりながら、ハナが満足そうに呟く。

「満足か?」

「うん!」

 ご機嫌なハナの頭を見てると、ちょっと悪戯心がわいた。なんてちょうどいい位置に頭があるんだ。

「では、もっと満足させてやろう」

 てなわけで、ハナの頭の上に顎をぽすんと乗せて、ぐりぐりと押し付けてやった。

「ううううう~~~」

 ハナが嬉しそうに唸る。

 そんな感じでハナと遊んでいると、数人の足音が聞こえて寮の住人がぞろぞろと姿を見せた。

「おお、ハナと……ディーゴだったか?」

「邪魔してるよ」

 ムキムキマッチョのボニーが声をかけてきたので、顎をハナの頭にのせたまま返す。

「で、二人は何をしているのかしら?」

「ディーゴに椅子になってもらってるんだー」

「一緒に食った朝飯が消化しきれなくてね、ちょっと休ませてもらってんだ」

 俺の答えに、ハナを除いた全員が納得したような顔を見せた。

 ハナさんや、もしかして全員にあの朝飯を体験させているのか?

「あの量を、食べたのか?」

「おかずだけは何とか。パンまでは無理だった」

「それでもあの量が食えるとはたいしたもんだ」

「俺としちゃパンにまで手が回らなくて敗北感で一杯なんだが」

 出されたものは残さず食べる、を信条としている身にとっては、パンに手が付けられなかったのがひたすら悔やまれる。

「まぁハナの胃袋はアダマンタイト製だからな」

「ついでに無限袋の機能も付いてるだろ、絶対」

「それはあるかもしれないわね」

「ぶぅ、みんなあたしのことなんだと思ってるの?」

「「「食欲魔人」」」

 女性陣の声が奇麗にハモった。

「ディーゴ、みんなが苛めるぅー」

「はいはい」

「ところであたしらはこれから朝練するけど、ハナとディーゴはどうする?」

「用事があるんで腹がこなれたらお暇するよ」

「あたしはもうちょっとしたらそっち行くね」

「わかった。じゃあハナは後でな。ディーゴ、気をつけて帰れよ」

「あいよ。気遣いどうも」

 そう言って去っていく女性陣を見送った後、しばらくハナと遊んで腹が落ち着いたので帰ることにした。


 うむ、これからハナと飯を食うときは小盛にしよう。

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