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警備員ディーゴ

-1-

 そしてカジノが開場となり、俺の仕事が始まった。

 ……といっても、鹿爪らしい顔して立ってるだけなんだけどね。

 基本的に有事以外はどっしり構えて、動かすのは目だけもしくは頭を少しだけ、とブルさんから聞いていたんだが結構苦痛ですこの体勢。

 ラクな体勢でいいとは言われていたが、ロクに身動きもできずにずっと立ちっぱなしというのは案外キツイ。

 日本にいた頃は、繁忙期の応援とかでライン作業に立つこともあった。あれもあれで慣れないとしんどいもんだが、まだ少しは動き回れるだけマシだった。

 警備員でこれなのだから、同じポーズで身じろぎもせず何時間も過ごすという絵画のモデルさんは素直に凄いと思う。

 俺には多分務まりそうもない。

 それでも初めは、ぽつぽつとやってくる客を観察して時間を潰していたんだが、ぶっちゃけ早々に飽きた。

 仕方がないので、脳内で歌を歌ったり物語を執筆したり、現在の資産と使用人を雇ったときの金銭出納をシミュレートしたりして一生懸命時間を潰した。

 ……いや、だって来て早々に暴れる奴なんかいないだろうし。


 客の入りが一段落したのち、体感的にかなり長い時間が過ぎてようやく休憩の時間になった。

 交代で夜食をとって、1時間ほど休んでいいそうだ。

 ただ、休憩時間だからとカジノの大ホールに顔を出したり、煙草を吸ったりするのはやめてくれとブルさんに釘を刺された。

 ……煙草もダメって厳しくね?いや、客商売だからわからんこともないけどさ。

 仕方ないので、従業員用の食堂で夜食の弁当をのんびりと頂く。

 食後に薄い葡萄酒の水割りをちびちび飲みながら、同じように夜食をとりに来る従業員を観察してみた。

 ふむ、やはりカジノというだけあって、ムサい男より華やかなおねーちゃんが多いみたいだな。

 バニーガールに相当するのかもしれない、ちょっと露出多めのおねーちゃんたちはいずれも美形ぞろいで、結構な目の保養になる。

 かと思えば、男の俺でもおっ、と思うようなイケメンや、ナイスミドルも居たりするのは女性客も意識してのことか。

 ただ美形の代名詞でもあるエルフの姿が見えないのはなんでだろ?

 種族割合を見ると、人間8の獣人2くらいなんだよな。

 扉を通って行った客の中にはエルフもいたから、博打にアレルギーがあるわけでもなさそうなんだけどな。

 特にエルフなんて寿命が長いんだから、ディーラーとしてしっかり仕込めば長くカジノに貢献してくれそうな気もするんだが。

 そんな感じで考えているといい時間になったので、入り口の仕事場に戻りブルさんと交代する。

 さて、暇な時間の始まりだ。


 結局その日は大した揉め事もなくカジノの営業時間が過ぎた。

 まぁ負けが込んだ客一人が自棄酒をあおり過ぎて潰れたのを運び出したのが、揉め事といえば揉め事かもしれん。

 同じ姿勢で凝り固まった全身をほぐしたのち、ちょっと固い仮眠室のベッドに潜り込んでこの日は終わった。


-2-

 翌朝というか昼、のそりと起きだすとそう言えばここはカジノだったなと思い出す。

 寝巻から平服に着替えて食事を済ませると、暇つぶしがてらに施設内をぷらぷらと散策する。

 やはり足が向くのはカジノの大ホールだ。

 昨日はざっと見学するだけだったが、今日はちょっとじっくり見てみようと思う。

 ……と大ホールに向かったら、途中でブルさんと出会った。

「ようディーゴ。施設内の探検か?」

「まぁそんなところ。どんな種類があるのか知りたくてね、大ホールでも覗いてみようかな、と」

「そうか。じゃあ説明がてら案内してやるよ」

「そりゃ助かる。こっちの賭博は全然わからなくてね」


 そんな感じでブルさんに先導されて初めに案内されたのがカードの卓。

「ここは「軍団(レギウス)」っていうカードの卓だ」

「レギウス?」

「ああ。ディーラーと客でカードを引き合い、15に近い方が勝ちというゲームだな」

 ああ、ブラックジャックみたいなもんか。あっちは21だがこっちは15なんだ。

「ゲームに使うカードがこれだ」

 ブルさんがそう言って薄い木製のカードを見せてくれたが、トランプと結構違うのな。

 まず模様が戦士、天使、死神の3種類しかない上に数字も1~10までしかない。

「このカードは?」

「それは創造神だ。最強のカードでどんな数字にもなるんだが、レギウスでは使わないのが一般的だな」

 ふむ、ジョーカーみたいなもんか。

「ちなみに、同じ模様で4、5、6を揃えると「旅団(バルダン)」という役になって掛け金の3倍がもらえる。また、同じ模様で1~5を揃えると「軍団(レギウス)」という役になって、こっちは掛け金の10倍だ」

「そりゃでかいな。ちなみに15を越えたら負け、と考えていいのか?」

「そうだ。ついでに言っておくと、遊んでいる客やディーラーの後ろに立つのはマナー違反だからやらないように」

「ああ、イカサマ対策ね」

「理解が早いな。ゲームを見学するときは横から見るようにな」

「了解」


 次に案内されたのがサイコロの卓。

「この卓じゃ「大小(メニ・レテル)」というゲームをやってる。

 6面体のサイコロを3個ふって、数の大小を賭けるんだ。10以下が小の目、11以上が大の目だ」

「その割にしちゃ卓に色々マス目があるけど?」

 大小に賭けるという割には、卓の表面にはサイコロの絵だの数字だのが結構いろいろ書かれている。

「ああ、数の大小を賭ける以外にも、サイコロの出目に賭けたり、合計値に賭けたりできるからな。一番配当がでかいのは決まったゾロ目に賭けた場合だ。例えば、1-1-1に賭けて、それが当たった場合は180倍の配当がもらえる」

「そりゃすげぇ」

「だからこの卓は一番人気があるんだ。レギウスと違って駆け引きのない、純粋な運勝負でもあるしな」


 次いで案内されたのはルーレットの卓。

「ここはルーレットの卓だ」

「赤黒とか、数字に賭けるんだろ?ここは何となくわかる」

「そうか。じゃあここは軽く流すか。ルーレットはサイコロの大小と同じように幾つも賭け方がある。一番配当が高いのは数字の1点賭けで36倍だ。まぁ初めのうちは赤黒とか、大小とか、偶数奇数でコツと流れを掴んだほうがいいな」

「なるほど」


「次は穴兎レースだ。まぁこれは説明しなくてもなんとなく想像はつくだろう」

 そう言って案内されたのは、25トエム程の透明な箱だった。

「1着2着を当てるとか、だろ?」

「そうだ。5匹同時に出走させて、1着や1~2着を賭ける。オッズはその都度変わるから、一概にいくらとは言えんな」

「俺の故郷じゃ馬とか犬とかでレースさせてたな」

「地下じゃそこまで大規模なレース場は作れねぇよ」

「そりゃごもっとも。でもなんで穴兎なんだ?」

「穴兎は驚いたりすると暗い穴に一直線に逃げ込む習性があるからな」

 ブルさんがそう指し示す先を見ると、確かにゴールが暗闇になっていた。なるほど、なかなか考えて作られてんのね。


「最後は剣闘試合だ」

 そう言ってリングに案内された。四方にロープが張ってある、まんま広いプロレスのリングみたいだ。

「一応賭けにも応じているが、ここはショー的な意味合いが強いな」

「というと?」

「剣闘士は皆、女なんだよ。それに真剣を使ったガチの殺し合いじゃない。刃引きした武器を使った試合なんだ」

「へぇ」

「とはいえ、剣闘士の衣装がきわどいから、これでなかなか人気があるんだぜ」

 あ、そう言う意味。なんか脂ギッシュなオヤジ共がかぶりつきで観戦している姿が思い浮かんだわ。

 でもちょっと見てみたい気が……しないでもないのは男ゆえの悲しいサガか。


「あとはステージくらいなもんだが、ここは説明せんでもいいだろう」

「そうだな。いろいろ勉強になったよ。ありがとう」

「なに、いいってことよ。ところで開場まではまだ時間があるから、少し遊んでくか?ディーラーの肩慣らしにもなるし」

「んー、いや、止めとく。こっち方面での博打の才能がねぇのは分かってるから」

 日本にいた頃は気晴らしにちょこちょこやってたが、お世辞にも勝率がいいとは言えなかったしな。

 試しに半年ほど勝敗表を作ってみたら、あまりのマイナスっぷりにすっぱり辞めることができたわ。

 ギャンブルが止められなくて困ってる人、勝敗表をつけてトータルの勝ち負けを知るの結構オススメ。

「そうか。じゃあ俺は用事があるからここでな」

「ああ。また開場時間になったらよろしく」

 そう言ってブルさんと別れ、こっちも続いてプラプラしたりカジノの外に出たりして時間を潰す。

 ついでに仕事中吸えなかった煙草もまとめて吸い貯めしておいた。

 吸い終わった後の歯磨きとハッカ水でのうがいは必須だけどね。


-2-

 そして2日目の勤務がやってきた。

 昨日と同じように身支度を整え、扉の横にブルさんと並んで立つ。

 さて今夜もお仕事頑張りますか。金貨3枚のために!

 でもやっぱり暇なものは暇なのよね。

 退屈な立ちんぼの中、あくびを一生懸命かみ殺していると、派手に着飾った中年の太っちょマダムと、若いイケメンの2人連れが姿を見せた。

 ……ふむ、どこかの有閑マダムとお付きの人か。と観察していると、マダムがこっちに気付いた。

 太っちょマダムは俺を見て目を輝かせると

「あら!あらあらあら、なんて素敵な毛皮!!」

 と、がぶり寄ってきた。

 いやちょっと待てちょっと待てちょっと待て!

 これはこのままハグされる流れか?

 と、心持ち仰け反りながらその場から動けずにマダムを見ていたら、寸でのところでブルさんからストップが入った。

「お客様、従業員には触れないようお願いします」

 ……ブルさんありがとう!

「あらそうなの?」

 マダムが不機嫌そうにブルさんを睨む。

「申し訳ありませんが規則ですので」

 ブルさんが重ねて言うと、マダムも思いとどまったようだ。

「でもアナタ、本当にいい毛並みねぇ。どぉ?アタシのとこに来ない?ここで門番やってるよりお給料は弾むわよ?」

 マダムが俺の上から下まで舐めるように見ながら、さらっととんでもないことを言ってくる。

「……申し訳ありませんが、そういう話は辞退するよう教育されていますので」

 とっさに嘘をついて話の責任を上に押し付ける。これくらいは許してくれ、雇い主なんだから。

 そして連れの男に早くつれてけと目配せする。

 男の方も察したのか

「奥様、急がないと卓の方が埋まってしまいますよ」

 と、マダムの袖を引いた。

「あらそぉ?仕方ないわねぇ……じゃあ虎のお兄さん、ま・た・ね?」

 マダムはそう言い残して奥へと消えていった。

 ……うへぇ、変なのに目を付けられちまったな。

 でも直前で止めに入ってくれたブルさんに感謝だぜ。

 あとで礼を言っとかないとな。


 結局この日も他にトラブルらしいトラブルもなく仕事を終えた。

 客寄せパンダとして雇われた身だが、一つ二つくらいは軽いトラブルが起きてもいいんだけどなー。

 立ちっぱなしというのはホント退屈で困る。

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