指名依頼
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「ディーゴ、お前さんに指名依頼が来てるぞ」
ステンドグラスの完成で思わぬ大金が手に入った翌日、石巨人亭に顔を出すとさっそく亭主に呼ばれた。
「なんだ?いつもの診療所からか?」
真っ先に思い浮かんだ相手を挙げてみる。
「いや、セオドリク商会っていうこの街でも3本の指に入る大商会だ。お前さん、あそこと繋がりがあったか?」
「んー?記憶にねぇなぁ。で、依頼内容は?」
「商会の手伝いってことらしい。詳しい話は直接会って話すそうだ。で、報酬は3日拘束で金貨3枚払うといってる」
「そりゃいいな……と言いたいが、ちと払いすぎじゃねぇか?法に触れる仕事じゃねぇだろうな」
「まぁあの商会は堅い商売で知られてるからそんなことはないと思うが……どうする?」
「まぁ話を聞くだけ聞いてみるさ。3日で金貨3枚なんて仕事はなかなかないし」
「そうか。くれぐれも気を付けてな」
「あいよ」
亭主と簡単なやり取りをして、石巨人亭を後にする。
ふーむ、商会の手伝い3日で金貨3枚か……帳簿付けや荷物運びの人足でそんな払うわけはねぇわなぁ。
……まぁ行けば分かるか。
そう結論付けて、セオドリク商会へと足を向ける。
途中2度ほど道を尋ねて、やっとセオドリク商会についた。
って、ここ、中央通りに面した一等地やん。カワナガラス店もそこそこでかいと思ってたが、ここはさらに上の上を行くな。
正面から入るのは気が引けるから、裏口探してそっから行くか。
10分ほどあたりをうろうろして、それらしい裏口の扉を叩いてみた。
「はい、どちら様で……しょうか」
扉を開けた男性は俺を見て一瞬固まったが、すぐに取り繕うと言葉をつづけた。
「ここからの依頼で話を聞きに来た、冒険者のディーゴってもんだが……話の分かる人はいるかな?」
「当商会からの依頼で話を聞きに来た、冒険者のディーゴ様ですね?少々お待ちください」
そう言い残して男性が引っ込んだので、ぼーっとその場で待つことしばし。
再び扉が開いて、今度は丸い男性とごつい男性の二人が姿を見せた。
「おお、お待たせしました。当商会の代表のセオドリクと申します。ささ、こんなところではなんですから中へどうぞ」
丸い方がそう言って扉を大きく開けると、俺を中に招き入れた。
男二人に挟まれて応接室に通され、促されてふかふかのソファに腰を下ろす。
秘書らしい妙齢の美女が薄めた葡萄酒をそれぞれに供した後、おもむろに話が始まった。
「さてディーゴ様、いきなりお呼びたてして申し訳ありません」
「いや、こちらも冒険者なんで依頼があればどこでも行きますので、その点はお気遣いなく」
「そう言っていただけるとこちらも気が楽になります」
「して、依頼の件ですが……私は何をすればよいのでしょうか?」
「はい、名誉市民でもあられるディーゴ様にこのようなことをお願いするのはどうかと思いますが……警備員をお願いしたいのです」
「警備員?」
「そっから先は俺が引き継ごう」
ごつい方が口を開いた。
「俺はトバイってものだ。この商会の事業の一つである会員制カジノの支配人をやってる。無論、領主様の許可を取った合法的なものだ」
「ふむ」
やはりそういうのがあるのか。
「で、近々ちょっと重要なお客様がカジノを訪れることになってな、その間の警備員というか門番を頼みたい」
「なるほど。ちなみに門番は俺一人かな?」
「いや、ベテランのブルがいるから、そいつと一緒に立っていてくれればいい。あと滅多にないことだが、大負けした客が酔って暴れることもある、その時はスマートに連れ出してくれ。そのあたりのやり方はブルがよく知ってる」
「なるほど、了解した。でもいいのか?俺はこんな御面相だぜ?」
「その御面相だから指名依頼を出したんだ」
「……つーと、客寄せも兼ねてるわけか」
「気に障ったかい?」
「いや、3日で金貨3枚の仕事だ。そのくらいの事情は呑み込むさ。それに多分、会員制カジノのことは口外禁止だろ?」
「話が早くて助かる。その通りだ」
「では、引き受けていただけますか?」
「ああ。3日間、お世話になります」
そう言ってセオドリク氏、トバイ氏と握手を交わした。
その後、細かい勤務条件を話し合う。
勤務日は2日後から3日間。カジノで寝泊まりすることになる。
勤務時間はカジノが開く夕刻からカジノが閉まる明け方まで。ただ初日は準備があるので、昼過ぎには入ってほしい。
休憩時間は適宜交代でとる。
勤務時間外なら外出は自由。
先任のブルとは初日に引き合わせる。
警備用の服はカジノ側で用意。鎧は不要だが武器は持参。
……とまぁこんな感じになった。別に不都合はないのですべて諾とする。
細かいところを詰めたので、話し合いはこれでお開きになった。
2日後はよろしく頼む、ともう一度握手して商会を後にする。
さて、そういうことなら明日は軽い稽古に充てましょうかね。
-2-
んで2日後、俺は指定されたセオドリク商会の倉庫にいた。
ここが会員制カジノの入り口なんだって。
倉庫の前に立ってた警備員のおっちゃんにトバイ氏から預かってた符丁を見せると、脇の通用口を開けて中に入れてくれた。
倉庫の中には下り階段が一つ。カジノは地下ってわけか。凝ってるねぇ。
階段を下って地下に降りると大きな両開きの扉があって、そこにムキムキの半牛鬼人が立っていた。
半牛鬼人は俺を見ると、右手を挙げて挨拶してきた。
「ぶもぅも(あんたが支配人の言ってたディーゴか?)」
声は牛のものだが、言葉が日本語に翻訳されて聞こえる。翻訳の魔道具でも使ってるのか?
「ああ。もしかして先任のブルさんか?」
「ぶも。もぅぶも(そうだ。3日間よろしく頼むぞ)」
「こちらこそよろしく。こういう仕事は初めてだから、色々教えてくれると助かる」
「ぶふぅ。も、もぉぉう(任せろ。まずは支配人の所だな)」
ブルさんに案内されて、支配人の所に顔を出す。
「ぶも、も、もぉぉ(支配人、ディーゴさんが来ましたぜ)」
「おお来たか。じゃあ3日間、よろしく頼む」
「わかりました。よろしくお願いします」
「ブル、ディーゴを案内してやってくれ。ロッカー室はお前と共用だ」
「もぅ。ももも(了解。じゃあ案内するぞ)」
そしてロッカー室に案内され、そこで着替えるように言われたんだが……これってフンドシ?パンツ?のようなゆったりした腰布を渡された。
ああ、ブルさんがトーガのような布を体に巻いてただけだからなんとなく予想してたが、もっと露出の多いフンドシタイプの腰布とは考えてなかった。
「ぶふぅ、もぅ、ももぉ(ディーゴは毛皮があるからな、きっとそれを前面に押し出したんだろう)」
「なるほどね」
そう言ってフンドシパンツに着替える。腰の部分は紐で止めるので、ずり落ちることはない。尻尾穴の代わりに後ろに切れ込みが浅く入っているのでそこからシッポを出せば着替えは終わる。
次はシャワー室に案内されたのだが、ここでは一人の男がハサミを持って待っていた。
「おやおや、これは見事な虎のお人だ。お初にお目にかかります。散髪屋のフェビルと申します。支配人よりディーゴ様の散髪を仰せつかってまいりました」
「散髪までやるのか」
「はい。本日から見えられるお客様方は……おっと、とにかく大事なお客様ですので、ディーゴ様も磨き上げるようにと言われております」
「そうか……じゃあ、よろしく頼む」
そう言って椅子に座ると
「はいはい。お任せくださいませ」
とフェビルが毛皮にハサミを入れ始めた。
「しかしディーゴ様は良い毛艶をなさってらっしゃる。何かコツでもあるんでしょうか?」
「まぁ美味いもん食ってまめに風呂に入ることかなぁ。石鹸もそこそこいいのを使ってるつもりだし」
「なるほどなるほど。確かに安い石鹸ではこの毛艶は出せませんな」
そんな感じで話をしながら、小一時間ほどかけて全身を散髪された。
「では、シャワーを浴びて乾かしたらもう一度お声がけください。今度は香油を擦り込みますので」
「そこまでするのか」
「香りも身だしなみの一つですぞ?」
そう言われちゃ仕方がない。シャワーで毛を洗い流し、手ぬぐいを何枚も変えて全身を乾かした後、じっくりと香油を擦り込まれた。
……なんかエステサロンに行ってる気分だよ。
最後に全身をくまなくブラッシングされて、さっぱりしたところで身だしなみは整った。
なんか全身手入れされていい気分だね。それにいい匂いもするし。
……うむ、風呂に入れないときは代わりに香油をちょっと擦り込むのもいいかもしれんな。
そして身だしなみが整ったところで、引き続きブルさんに案内されて施設内を歩く。
壁がほのかに明るいのを見ると、地下遺跡の一角をそのままカジノに流用しているのかもしれん。だとすると相当金かかってるな。
トイレや仮眠室、両替所、控室、従業員用の食堂などを見て回り、最後にカジノを見せてもらうことになったが……カジノのある部屋は圧巻だった。
天上が高いうえに魔法による照明があちこちに灯され、地下特有の閉塞感を感じない。
ギャンブルの種類も、サイコロありカードありルーレットありと基本どころは抑えているうえ、穴兎という小動物を使ったレースや人間同士が戦うプロレスのリングみたいな闘技場まである。
かとおもえば部屋の一角には楽団が控えていて、ムードのある曲を奏でたり歌姫が歌ったりするらしい。
その反対側にはバーも設置されており、軽いつまみに葡萄酒蜂蜜酒焼酒などが飲めるようになっている。
まさにセレブ御用達の会員制カジノといったところか。
一通り案内が終わるといい時間になったので、地下入り口の大扉の前に移動する。
これから3日間、ここが俺の仕事場になるわけだ。
ちなみに持ってきた愛用の戦槌は、見た目が悪すぎるってんで両手遣いの大きな槌鉾に変更させられた。
なお、ブルさんは両刃の巨大な斧を得物として持っている。実際使うことはないそうだけど。
つーかそうだよね。巨大な槌鉾や両手斧で一般人殴ったら死んじゃうよね。
でも巨漢ともいえる魔物(と悪魔)が、両開きの扉の左右で武器を携え立っている姿って威圧感が相当だと思うのだが……ここのカジノはそういうコンセプトなのか?
なんか寺の山門にある仁王像を思い出したよ。