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ステンドグラス完成

-1-

 7月も半ばを過ぎたころ、ついに天の教会のステンドグラスが完成したと、カワナガラス店から知らせがあった。

 ついては落成式を開催するので、是非参加してほしいとのことだったが……こればかりは丁重に辞退させていただいた。

 いやだって俺、悪魔だし?

 俺が悪魔であることは大っぴらにしているわけではないが、教会の関係者はこの見てくれゆえになんとなく察している部分があるし、秘密というのは当人の知らないところで結構広まってるものだ。

 落成式には他の教会の重鎮や貴族、有力商人たちもかなり集まると聞いて尻込みした、ってのもあるが天の教会の総本山からも人が来る、ってんで遠慮した部分が大きい。

 天の教会ってのは悪魔に対して結構過激だからね。

 ここの教会は領主が抑えてくれているのと、街に対して有益無害な存在であることを教会が知っているのでユニともどもお目こぼしをされているに過ぎない。

 でも他所からくる過激派から見ればそんなの関係ないわけで、落成式というめでたい席で悪即斬をやられると色々と都合が悪いことを滾々と説明したら、ようやく納得してもらえた。

 ただ、出席はしなくとも発案者協力者として名前が出るのは避けられないそうだ。

 ……まぁそのくらいなら大した影響はない、と思いたい。


 そして落成式の当日。

 式典なんかはさらっと流して、午後から始まる一般開放に市民に交じって行ってきた。変装用のフード付きローブを着て。

 なんかすごい人ごみで、2時間くらい待ってようやく教会の中に入れたのだが……いや、カワナガラスの職人さんたちすげぇわ。

 聖堂の奥の壁がごそっとぶち抜かれて、そこにステンドグラスが飾られていたのだが、創世記の一幕である創世神による世界分割の様子(天界、現界、冥界)の様子が見事に表現されてたわ。

 参列者の中には感極まって涙を流して拝んでいる爺様婆様もいて、なんかちょっと嬉しくなった。

 しかしあんな簡単な概念の説明から、ここまでの物を作り上げるもんなんだなー、と感心してたら、人の流れに押されて10分も居られずに外に出されたのは仕方のないことか。

 あとで人ごみが落ち着いたころにまた来よう。


 そして翌日、カワナガラス店に顔を出す……と、なんか店先がすごいことになってる。

 高級そうな作りの馬車が4台も5台も並んでますよ?

 ……あ、また1台増えた。

 どーしよっか、なんか忙しそうだから出直すかと考えていたら、顔見知りの店員が目ざとく俺を見つけてしまった。

 馬車から降りてきた、お高そうな服の男性との話を切りあげると、小走りにこっちに駆けてきた。

「(小声で)今日はディーゴ様」

「(小声で)よう。昨日の件で寄らせてもらったんだが……忙しいなら出直すか?」

「(小声で)いえ、大旦那様より、ディーゴ様が見えられたらすぐに奥にお通しするようにと。正面からではなんですから裏から回っていただけますか?」

「(小声で)分かった。ありがとな」

 店員に礼を言って裏口に回る。気位の高そうな連中が順番待ちしてる中、特別待遇で一人だけ奥に行ったら後々面倒だからな。ここは店員の勧め通り、気配を消して裏から回るに限る。

「こんちわ」

 裏の扉を開けて中に声をかけると、裏方の女中を束ねているモイラが声に気付いた。

「おやディーゴ様でねぇか。大旦那様がお待ちだで、早くお入りな」

 独特の訛りのある喋り方でモイラが促す。

「じゃあ、邪魔するよ」

 そう言って中にするりと身を滑り込ませる。

「なんとなく話の予想はつくけど、随分忙しそうだな」

「そうだよぅ。昨日の落成式から旦那様が帰って以来、お客様がひっきりなしだよぅ」

「そんなになってんのか」

「ささ、大旦那様が待ってるから早く早く」

 モイラに押されるようにして奥の部屋に行く。

「こんにちは、ディーゴです」

「おおディーゴさん、どうぞお入りください」

 エレクィル爺さんの声に促されて中に入ると、ちょっと疲れた感じのエレクィル爺さんとハプテス爺さんがいた。

「……忙しいとこお邪魔してどうもすいません」

「いえいえ、今日あたり来られるだろうと思ってました」

 エレクィル爺さんとハプテス爺さんが笑みを浮かべて俺に答える。

「なんかお疲れのようですけど、大丈夫ですか?」

「昨日からずっとお客様の応対をしていましたので、それが顔に出たのかもしれません」

「しかし凄い評判ですな、あのステンドグラスというものは。誰も彼もがウチにも取り付けてくれとの注文ですよ」

「表に高そうな作りの馬車が並んでましたが、もしかしてそれもそうかな?」

「何台並んでいましたか?」

「5台……いや、目の前で1台増えたので6台ですね」

「ははは……また増えましたな」

 ハプテス爺さんが心なしか乾いた笑いを上げる。大丈夫か?

 心配そうな目で見ていると、それを察したエレクィル爺さんが話題を変えてきた。

「ところでディーゴさんはもう見てこられましたか?」

「ええ。一般公開の時に人ごみに紛れて見てきました。いや、正直圧倒されましたよ。あそこまでの出来の物は私が元居た世界でもめったにお目にかかれないでしょう」

「ほっほ、ディーゴさんにそう言っていただけると職人たちも喜びます」

 そう言ってエレクィル爺さんが鷹揚に笑う。

「そうそう、職人と言えば家具屋のオブサードさんが礼を申してましたよ。また何か提案なさったのですか?」

「ああ、寄木細工っていう、異なる色の木を使った装飾方法をね」

 そう言って内容をざっくりと説明する。

「ほほう、ディーゴさんの故郷にはそんな細工物があるのですか」

「私の故郷は海に囲まれた山がちの島国でしてね、木を使った工芸品は結構多いんですよ。私としては秘密箱なんてのも教えてあげたかったのですが、ちょいと工程が複雑なうえに私も細かい内容を覚えてなくてですね、教えることができなかったんです」

「その秘密箱というのは?」

「まぁ小物入れの一種なんですが、天面や側面、底面の板を何回か動かすことで開けることができる小箱なんです。パズルみたいなもんですね。少ないもので2回、多いものだと100回以上板を動かしてようやく開けることができる、なんて難解なものもあります。自分だけの大事なものを入れておくのにいいかもしれません」

「そんなものがあるんですか。惜しいですな、詳細が分かるならオブサードさんが泣いて喜びそうなものなのに」

「まぁ今は寄木細工だけで我慢してもらいましょう。あれもちょっと研究が必要なものですから」

「なるほど」

 エレクィル爺さんがそう言って頷いた。

「そうそう、話は変わりますがディーゴさんをお待ちしていたのには訳があるんですよ。ハプテスや、ディーゴさんにあれを」

「はい」

 そう言ってハプテス爺さんが奥の棚から持ってきたのは、1枚の羊皮紙と革袋だった。

「ずいぶん遅くなってしまいましたが、今回のステンドグラスで司教様が書かれた感謝状と、私どもからのお礼です。お礼の方は大白金貨10枚用意させていただきました。どうぞ、お納めください」

 ……え?大白金貨10枚っつーと……いっせんまん?

「いやいやいや、それはちょっと多すぎと言いますか貰いすぎです」

「なにを仰います、ディーゴ様も見られたでしょう?表の馬車の列を。それ以外にも、領主様や現の教会、冥の教会からも大きな注文が入っております。ウチとしては昨日の今日で2年先まで予定が詰まってしまっているのですよ。

このくらいはお支払いしないと、とてもとても釣り合いが取れません」

「いや、しかし私としちゃ概念を教えただけで実質半日にも満たない内容ですよ?」

「それでも、です。それにディーゴさんはこれからますますお金が必要になるでしょう。持っていて邪魔になるもので無し、どうぞ、受け取ってくだされ」

「お金が必要って、今のところそういう予定はないのですが」

「いやいや、そうではありませんぞ?例えばディーゴさん、屋敷の維持管理は今はユニさんに任せているようですが、いつまでもユニさん一人に任せておくわけにも参りますまい」

「む……」

 言われてみればそうかもしれない。今までユニの有能ぶりにおんぶにだっこしてきたが、裏を返せばその分休みなしに働かせていたわけで。

 それに金持ちは積極的に人を雇えというこの世界の文化もある。

 俺が金持ちに分類されるかは微妙だが、あの屋敷に使用人が一人だけというのは確かにちょっと不自然だ。

「どうでしょうディーゴさん、奴隷を買うにしても使用人を雇うにしても先立つものが必要です。親切を受けるのもまた親切、という言葉もあります通り、ここは私どもの顔に免じて受け取っては頂けないでしょうか」

「……分かりました。そういう事でしたら有り難く頂戴いたします。考えてみればユニにも苦労かけっぱなしですからね。ここらで使用人を一人二人増やすのもありでしょう」

「ええ、是非そうしてくだされ」

 エレクィル爺さんが頷くのを見て、俺はありがたく感謝状と革袋を受け取った。

 うむ、さすが大白金貨。10枚とは言えずしりと重いぜ。

 その後しばらく世間話をしていたが、待ちきれなくなった表の客がゴネ始めたようなので、退散することにした。

 もぅ、そっちの都合で急に押しかけてきたのに、待ち時間が長いと騒ぎ始めるなんてやーね。

 これだから気位の高い奴は。


 カワナガラス店を後にして屋敷に戻る。

 いつも通りユニが出迎えてくれたので、そのまま二人で応接室に入り、事情を説明する。

「……というわけで、大白金貨10枚という大金が手に入った。これを機会に使用人を増やそうと思うがどうかな?」

「あのディーゴ様、もしかして私、何か至らないところでもありましたか?」

「いやいやそうじゃない。ユニはよくやってくれてる。ただな、エレクィル爺さんらに、ユニ一人に働かせすぎだと指摘されてね。お前さんの負担を減らす意味もあって使用人を雇おうというつもりなんだ」

「お前さんには、新しい使用人の指導を頼みたい。それで余裕があるなら、今まで通り家事一般をしてくれて構わない」

「そうですか。そういうことでしたらお引き受けいたします」

「うん。実際に雇うのはもうちょっと先になると思うが、その心構えでよろしく頼むよ」

「はい、かしこまりました」


 さて問題はどこから雇うか、だが……まぁこれはおいおい考えるか。

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