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森に棲むもの3

-1-

 イツキに案内されて、この森で一番大きな木という松の巨木の所にやってきた。

 さて、俺の予想が正しければここに答があるはずだ。

「ニコラ!さっきはすまなかった。こちらに害意はない。見ているなら姿を現してくれ!」

 松の木のたもとでそう呼びかけ、武器を足元に落とす。

 しばらく待っていると、先ほど逃げていった魔物が木々の影から姿を現した。

〈……樹の精霊を連れた貴方は、一体何者ですか?〉

 魔物が念話で話しかけてきた。

「ディーセンという街で冒険者をやってるディーゴってもんだ。見てくれが人外なのはひとまず脇に置いといてくれ」

「あたしは見ての通り樹の精霊のイツキよ。あなたがニコラなのね?」

〈正確に言えば、ニコラだった者です〉

「そうか。でもまぁ、便宜上ニコラと呼ばせてもらうが、構わんかな?」

〈はい。その方がいいでしょう〉

「で、俺たちはぶっちゃけお前さんを退治するために村長に雇われてここにきたんだが、お前さんがニコラというと話が変わってくる」

〈お気遣い、感謝します〉

「じゃあ率直に訊くわね。あなた、この松の木の精霊に命を譲ったわね?」

〈はい。モリーを助けるために、私の命を捧げました〉

「家畜の死産が続いたり、モリーが臥せっていたのは森の瘴気が原因だった。違うか?」

〈ええ。その通りです。ただ、その時モリーは病が重く、医者や薬草師に余命が幾ばくも無いと言われていました〉

〈悲しみに暮れた私は森の中をさまよい、この松の木の根元で声を聞いたのです〉

「……なるほどな。だがどうして森に瘴気が満ちるようになったんだ?」

〈それは……〉

 その後、幾つかの質問をして確証を得た俺は、最後のピースを埋めて解決に動くべく村に戻った。


-2-

「村長、モリーさん、いますか?」

 村に戻った俺は、さっそく村長宅の扉を叩いた。

「おおディーゴさん。どうされました?」

 扉が開いて村長が顔を出す。

「大体目鼻が付きました。ただちょっと確認させてもらいたいのですが」

「なんでしょうか?」

「モリーさんですが最近まで臥せっていたと聞きましたが、具体的にいつごろから快方に向かいました?」

「快方に向かった時期ですか?……確か14~5日前くらいですか」

「なるほど。ではもう一つ、村に魔物が現れてから、家畜の死産は起きていますか?」

「……いえ、そういえば聞いてないですな。それが何か?」

「やはりそうですか」

 これでピースは全部はまった。

「結論から言いましょう。村を騒がせていたあの魔物は、行方不明になったニコラさんです」

 そう言い切ったとき、村長の家の中からガタンと音がした。

「……冒険者さん、魔物がニコラって、どういう意味ですか?」

 そこにはモリーが立っていた。

「言ったとおりの意味です。勘違いしないでください。彼はこの村に悪さをしに来たんじゃない。貴女を含めた村の誰か、もしくは皆に気づいてほしかったんです」

「これから彼を交えて説明しようと思いますが……モリーさん、体調の方は大丈夫ですか?」

「はい。ニコラに、ニコラに会えるんですね!?」

「……姿は変わっていますが、中身はニコラさんです」

「そうですか。じゃあ、連れて行ってください」

「では村長も、いいですか?」

「え、ええ。分かりました。ちょっと理解が追いついていないのもありますが、ディーゴさんを信じます」

 村長が頷くのを見て、俺は二人を森に連れ出した。


 モリーの体調を見ながら少し歩き、松の巨木の所にやってきた。

「ここにニコラがいるんですか?」

「そうですが、ちょっと俺の話を聞いてください。今回の事件の説明をします。

 事の発端は今年の冬です。あることが切っ掛けで、この森に瘴気が満ちるようになりました。初めは弱くですが、それは時を追って濃くなっていきました。

 そして春、この森は濃い瘴気に満ちていました。森の木々が芽吹けなくなるほどね。

 やがて森からあふれた瘴気は、村の家畜や病弱だったモリーさんに悪影響を及ぼします。家畜の死産やモリーさんの命が危なかったのはこの森からあふれ出た瘴気の所為です。

 現に、瘴気がなくなった今は家畜の死産はなくなりモリーさんも快復しています。

 ほら、森の木々を見てください。初夏だというのに葉っぱがまだ若く、小さい。森の瘴気が抑えられてようやく芽吹いたんです」

 そう言って俺が上を指さすと、村長もモリーもつられて上を見上げた。

「……なるほど、確かに葉っぱが小さい。言われてみれば今年は春の芽吹きが遅かった気がします」

「では、なぜ森の瘴気がなくなったのですか?」

「ニコラさんが、この森一帯を守る樹の精霊に命を捧げたからです」

「?」

 村長とモリーが首を傾げる。

「……3週間前、ニコラさんは絶望に打ちひしがれながら森の中をさまよい歩いていました。モリーさんが余命いくばくもないと言われたからです。

 そしてこの松の巨木に元にたどり着き、この木に宿る精霊の声を聴いたんです。きっと二コラさんには精霊使いの素質があったのでしょう。

 その時、樹の精霊は瘴気のために弱っていました。高位の精霊は瘴気を払うことができるが、この森に集まる瘴気は高位の精霊の力をもってしても払いきれなかったそうです。

 じゃあなぜ、今までというか冬まで森が無事だったのか……それはこれです」

 俺はそういって、足元に転がっていた石を拾って見せた。他の面に比べ、1つの面の割れ目だけが妙に新しい。

「これは古代文明期の、瘴気を封じる石碑の一部です。これが、冬かその前に何者かによって壊されたため、森に瘴気が満ちるようになったんです。

 だからこれをこうすれば……」

 そう言って石碑を組み合わせ、土の魔法で石碑を接着固定する。

 すると、石碑にぼんやりとした光がともり、そして消えた。

「これで森は今まで通りになったはずです」

「瘴気が完全に消えたわけじゃないけど、精霊の力で払えるくらいには落ち着いたはずよ」

 俺の言葉をイツキが補足する。

「そうですか……しかしいったい誰が石碑を?」

「初日に森の中を探ってみたところ、緑小鬼の反応が3つありました。おそらくそいつらが悪戯で壊したのでしょう。これが終わったら退治しときますよ」

 まぁ再発防止も依頼のうちだしね。

「じゃあなぜ、ニコラさんは執拗に村に姿を見せたのか……まぁこの石碑のこともありますが、それは当人に教えてもらいましょう。ニコラ!出てきてくれ!!」

 俺がそう呼びかけると、霧のようなものが集まり、魔物の姿になった。

「ひっ」

 村長が思わず後ずさる。

「大丈夫。姿は違えど彼はニコラさんだ。害意はありません」

 俺がそう言って村長を落ち着かせる。

「ニコラ……本当に、ニコラなの?」

 モリーの問いかけに、魔物は頷いて答えた。

 ニコラの魔物はゆっくりとモリーに歩み寄ると、右手を差し出す。差し出された右手には、金色に光る指輪が乗っていた。

「それは……二人で選んだ結婚指輪……。そう、これを渡したかったのね」

 モリーが言うと、ニコラの魔物はゆっくりと頷いた。

「……ありがとう、ニコラ」

 モリーが笑顔で指輪を受け取ると、ニコラの魔物は不器用に笑みを受かべて、霧のように消えていった。

「ニコラ!」

「モリー、彼は精霊になったわ。この森と、あなたを守るためにね。姿はもう見えないけれど、きっとあなたを見守っているはずよ」

「はい……」

 モリーは指輪を胸に握りしめて、大きく頷いた。


 事情を理解した村長とモリーを連れて村に戻る。

 もう一仕事残ってるからね。

 ……といっても、俺の得意な森の中で、相手は緑小鬼3匹。負ける方が難しい。

 イツキレーダーを駆使して見つけ出した後は、俺とイツキの二人掛かりでさくっと退治して終わった。


-3-

 そして翌日、村を出立する朝が来た。

「ディーゴさん、イツキさん、この度は本当にありがとうございました」

 村長とモリーが深々と頭を下げる。

「じゃあ村長、あの松の木の石碑の取り扱いは頼みましたよ」

「お任せください。村の者にも周知徹底させて、守るようにします」

「お願いします」

 俺が頷いた時、モリーが口を開いた。

「あのイツキさん、一つお聞きしたいのですが、どうしてあなたは精霊なのに私たちにも姿が見えるんですか?」

「ああ、それはディーゴから力を貰ってるからよ。普通の精霊はそうそう目に見えないわ。

 あたしは精霊憑きと言って、ディーゴを木の代わりの依り代にしてるからそういう事が可能なの。でも精霊憑きになるには命の危険が伴うから気軽に試しちゃ駄目よ?」

 ……気軽に試して俺を巨樹の肥やしにしかけたのはどこのどいつだ、と思ったが黙っておく。ここで漫才繰り広げるわけにもいかんし。

「そうなんですか……」

「でもね、精霊使いになれば普通の精霊も見ることができるようになるし、声も聞くことができるわ。きっとニコラもね」

 イツキの言葉に、モリーがはっとした表情を見せる。

「精霊使いになるのはなかなか大変だけど、頑張ってね」

「はい!」

「じゃ、村長、モリーさん。俺たちはこれで」

 二人と固い握手を交わし、村を後にする。


 途中、一度だけ後ろを振り返ると、村長とモリーの家を守るように、巨大な樹が立っているような錯覚を見た気がした。


-3-

「…………とまぁ、そんな具合だったのさ」

 5日かけてディーセンに戻り、石巨人亭に顔を出して事の顛末を亭主に報告する。

「はぁー、人間が精霊にねぇ……そんなことがあるんだな」

 亭主が俺の隣で蜂蜜酒を飲んでるイツキを見て何とも言えない声を漏らす。

「言っておくけど、よほどの事情がないとしないわよ?それに人間側の同意だって必要だしね」

 そう言ってイツキがくいっとカップを呷る。……ちょいとペース早くありませんかイツキさんや。

「まぁそりゃそうだがな……なんにしても良くやってくれた」

 俺に焼酒の水割りを、イツキに蜂蜜酒のお代わりを注ぎながら亭主が労う。でも奢りじゃないんだよな。

「見たこともない魔物の正体を暴いて、原因を突き止め、その後のフォローもして大団円か。数か月前までは駆け出しだったのにすっかり中堅冒険者らしくなってきたじゃないか」

「まぁそう言われると悪い気はせんな」

「これからも頑張れよ。ということで「大いなる感謝を込めて」と報酬の金貨2枚だ」

「あいよ、確かに」

 頷いて報酬と冒険者手帳を受け取る。

「で、今日はどうする。依頼板でも見てくか?」

「いや、これ飲み終わったらとっとと帰る」

「なんだ、つれないな」

「水浴びしたり身体拭いたりで胡麻化してきたが、もう半月風呂に入ってねぇんだ。今日の所はゆっくり浸からせてくれ」

「はっはっは、そうかそうかそうだったな。じゃあ早く帰ってゆっくり風呂に入るんだな」


 こうして、正体不明の魔物騒ぎは幕を閉じた。

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