森に棲むもの2
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初日はイツキレーダーを駆使しても魔物の影すら見つけられなかった。
まぁ待っていればまた村のどこかに現れるんだろうが、その場に俺が都合よく居合わせることなんてないだろうしな。
村人が発見してから俺が駆けつけるまでに逃げられる公算も高いし。
というわけで、村長に事情を話し情報収集からやり直すことにした。
聞けばこのゴラン村は100人40戸程度の村なので、片っ端から聞き込みをしても大して時間はかからないだろう。
村長に簡単な村の見取り図を描いてもらい、魔物を見かけた場所に×印と日付と大まかな時間を書いていく方法で行こうと思う。
まずは村長に話を聞いて、村長宅の近くに×印を3つ。日付と時刻も書き込んだ。
ついで、村はずれから順次村人に話を聞いていく。
「おや冒険者さん、今日は森へは入らないで調べごとかい?」
村人にそう聞かれる場面も結構あったが
「闇雲に探しても埒があかないと昨日分かったんでね、一から調べなおしてんですよ」
と答えると皆納得してくれた。
そうして順次話を聞きながら印をつけていくと、なんとなく共通点というか法則性が見えてきた。
ただ、決めつけるにはまだ早いので村人への聞き込みを続けていく。
途中、飼っている豚の子が流れたとかいう話も何ヶ所かで聞いたので、それも併せて書き込んでいく。
そんな感じで話を聞き終わったのは夕刻になってからだった。
村長の家に戻り、夕食を頂いた後で村長を交えて情報をまとめる。
1、一番早い異常は豚の死産で、魔物が現れる2週間前に起こっている
2、豚の死産はその後も続き、都合4回起こっている
3、魔物の発見報告は計12回で、一番早いのは今から3週間前。村長宅の近く
4、魔物は村と森との境界に現れることが多い(10回)
5、村の中で魔物が発見されたことはない
6、魔物が発見された場所は村長宅の近くが一番多い(5回)
7、村人ニコラが行方不明になったのは3週間前
「……と、こんなとこですかね」
「あの、ディーゴさん。ニコラのことはどこで聞きました?」
「行方不明が一人いるとは依頼を受ける時に聞きましたが、名前を聞いたのは娘さんのコリーさんからですね。昨日、村長の家を出たところで呼びとめられました」
「……また。あれほど外に出るのはまだ早いと言っていたのに……!」
村長がそう言ってため息をつく。
「あの、踏み込んだことを聞くようですけど、娘さん、どうかなさったんですか?」
「ああ失礼。娘のモリーですが、長いこと病気で臥せっておりまして。先日快復したばかりなんですよ。まだ体力が戻ってないので寝ているように申し付けているのですが……」
「まぁ気持ちは分からないでもありません。伺った話によると、ニコラさんは彼女の婚約者だったそうじゃありませんか」
「ええ。働き者の実直な若者で、私としても二人が夫婦になるのを楽しみにしていたのですが……」
村長はそう言って重いため息をついた。
ふーむ。なんか話が重くなっちまったなぁ。ちと話題を変えるか。
「ところでこの地図を見ると分かるのですが、村長のお宅の側で随分見かけられてますね」
「ええ。何故か分からないのですがウチが狙われているようです。一番初めに魔物を発見したのもモリーで、その時に悲鳴を上げたら魔物は逃げていったそうです」
「なるほど。そのようですね」
地図を見ると、確かに村長宅の側で発見された日時が一番早い。
「ところで村長、魔物に狙われる覚えはないと仰いましたが……村や森の中で見慣れないものを拾ったり、何かを壊したり傷つけたりなんてことはありませんでしたか?」
「はて……私は基本森の中には入りませんし、村の中でも特にそう言ったことはなかったですね」
「そうですか」
特に村長が嘘をついているような気配はない。本当に心当たりはないようだ。
「うーん、今日の所はこんなもんですかね。明日は村長のお宅の周りを重点的に調べようと思いますが、構いませんか?」
「ええ、よろしくお願いします」
「あと、明日でも構わないので、モリーさんに家の周りで何は拾ったり壊したりしなかったか聞いておいていただけますか?」
「分かりました。聞いておきます」
村長が頷いて、この日はお開きになった。
-2-
翌日は朝から村長宅の周りを念入りに調べて回った。
その甲斐あって、魔物の物らしい足跡を見つけることができた。
土に残った足跡は崩れかけているが、3本指で爪のあるものだった。
足跡の深さから考えて、そう極端に重くも軽くもないことも見当が付いた。
足跡を慎重にたどっていくと村長宅の裏手で、しばらくその場をうろうろしている様子が見て取れた。
「ここから見えるのは……誰かの部屋だな。ちょっと窓を叩いてみよう」
そう呟いて、村長宅の窓を軽く叩く。少しして鎧戸が開かれ、顔を見せたのはモリーだった。
「冒険者さん、どうしたんですか?」
窓を開けたモリーが訊ねる。
「いや、この近くで魔物の足跡を見つけてね。たどってみるとなんかこの窓を気にしてそうだったから誰の部屋かと」
「そうでしたか。ここは私の部屋なんです。調査の方は順調ですか?」
「情けない話だけど、まだなんとも。これから足跡を追ってみるつもりだ。……あ、そうだ。魔物が現れる前に家の近くで何か拾ったり壊したりしたことはないか?」
「いえ、その頃はまだ体調が悪くて臥せっていましたので……」
「そうか。わかった。じゃ、邪魔したね」
「はい」
モリーが頷いて窓を閉めた。
「んじゃ、足跡の追跡を始めますか」
……と意気込んではみたものの、足跡は森に入った時点で大量の落ち葉に隠され見えなくなってしまっていた。
「ぬぅ、振出しに戻ったか」
そうボヤいてその場にしゃがみ込む。その時、イツキが話しかけてきた。
〈ねぇディーゴ。この森だけど、ちょっと変〉
《なにが?》
〈木々の葉っぱがね、みんな若くて小さいの。まるでつい最近芽吹いたみたい〉
《はい?だって今は初夏だぞ?葉っぱだって相応に育って緑に……なってねぇな》
イツキに言われて周りの樹々を見回すと、確かに葉っぱが若くて小さい。とても初夏の葉っぱとは思えない。
《言われてみると確かに変だな。この村に来る途中の樹々はもっと青々としていたはずだが……》
〈ちょっと話を聞いてみるわね〉
そう言ってイツキがするりと姿を現すと、手近な木に手を当てて目を閉じた。
しばらくして目をあけたイツキが語りだした。
「冬の頃からこの森に瘴気が漂い始めたそうよ。春になっても瘴気は濃くなるばかりで、芽吹くことができなかった、って言ってるわ。でも最近になって瘴気が消えたおかげで芽吹くことができた、って」
「瘴気が?」
瘴気というのは一般的に生命体によくない影響を及ぼす空気のことで、この世界では実際にそういう物が存在するそうだ。
瘴気が発生する原因は解明されていないが、瘴気が濃いところでは生命活動に支障が出たり、強い魔物が現れたりする場合が多い。
また、地理的に瘴気が溜まりやすい場所もあるそうで、そういう場所は所謂「魔境」として忌避されている。
「ふむ……」
村の見取り図を描いた紙を取り出して、時事系列の面から見直してみる。
1、冬の頃に森に瘴気が漂い始める
2、5週間前に豚の死産
3、31日前に2回目の豚の死産
4、26日前に3回目の豚の死産
5、22日前に4回目の豚の死産
6、20日前にニコラ行方不明
7、19日前に魔物の初めての目撃証言(村長宅:モリー)
8、18日から現在まで魔物出没
9、最近になって瘴気が消え、森が芽吹き始める
……あれ?豚の死産って22日前を最後に最近は起こってねぇな。具体的には、ニコラが行方不明になってから。
そういえば一昨日この村に来たときに、ヒヨコがいたな。となると、家畜の死産は治まった?
もしそうだとすると、家畜の死産は瘴気の可能性があるな……。
それと、魔物が出始めたのもニコラが行方不明になってからだ。
…………参ったな、嫌な可能性に気が付いちゃったぞ。
だがまだピースが足りん。ちょっとモリーと村長に話を聞きに戻るか。
「ディーゴ!あれ!!」
そんな時、イツキが鋭い声を発した。
イツキが指さす向こうには、緑色の鱗肌の、角の生えた見たこともない魔物がいた。
「あれが村に出る魔物か!」
反射的に武器を手に取る。すると魔物は踵を返して逃げ出した。
「逃がすかっ!」
「蔦よ蔦よ、束縛の縄となって!」
俺が駆け出すと同時に、イツキが束縛の蔦の魔法を発動させる。
しかし、地表から現れた無数の蔦は魔物の体を素通りした。
「うそ!?あたしの魔法が効かない?」
「ならば力づくで捕まえるまで!虎を舐めんな!!」
ぐんと速度を上げて魔物に肉薄する。もう少しで手が届く……そう思った瞬間、魔物はふっと姿を消した。
たまらずすっ転ぶ俺。
「ディーゴ!」
「……大丈夫だ。転んだだけだ」
毛についた落ち葉を払いながら、その場に座りなおす。
うーむ、実物を間近で見て分かったが、あれは鱗じゃなくて樹皮だな。松の木みたいな樹皮だ。
しかも、つい反射的に武器をとっちまったが、あの魔物からは敵意を感じなかった。
「イツキ。魔物が消えたあたりの魔力と精霊力をちょっと見てみてくれ」
「いいわよ……って、なにこれ?」
「何かわかったか?」
「人間の生命力と樹の精霊力が混じった力が残ってるわ」
「……やはり、か。…………なぁイツキ、高位の精霊ってのは人間の生命力を取り込むことができるのか?」
「やってやれないことはないわ。でも普通はやらないわよ?意味がないし」
「瘴気で弱った精霊ならどうだ?」
「それなら考えられるわね。……って、まさか」
イツキも魔物の正体に気が付いたようだ。
「その可能性が高くなった。イツキ、この辺りで一番でかい木の所に案内してくれ。お前さんみたいな樹の精霊が棲んでいそうな巨樹だ」
「わかったわ」
そうして案内されたのは、幹回り20トエムはあろうかという松の巨木だった。




