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森に棲むもの1

-1-

 7月も目前に迫ったある日のこと、俺はいつものように石巨人亭で依頼板を眺めていた。

「村に出た魔物の退治、報酬は金貨2枚で滞在中の宿と食事は向こう持ち、か……」

 ふむ、なかなか悪くない依頼だな。

 そう思った俺は、依頼書を剥がしてカウンターに持って行った。

「お、ディーゴ。この依頼を受けるのか?」

 カウンターにいた亭主が、差し出された依頼書を見て訊ねてきた。

「悪くはなさそうな依頼だが、ちょっと情報が少なすぎる気がしてな。詳しい話を聞かせてほしい」

「これな……確かに条件は悪くないが、俺個人としてはあまりお勧めできない依頼なんだよな」

「というと?」

「魔物の正体が全く分からんのだ。目撃情報はそこそこあってな、緑色の人間ほどの大きさで、1匹だけという話なんだがどうも要領を得なくてなぁ」

「緑色の人間大って言ったら、緑小鬼の上位種や変異種とか?」

 一般的な緑小鬼は人間でいう12~3歳程度の大きさしかないのだが、上位種や変異種の隊長や将軍、王になると体格もグっと大きくなる。

 人間大なら隊長か小さめの将軍クラスになるが、このクラスは群れの上位に君臨しているので単独で行動することはない。

「いや、それだと単独でいる意味が解らん。それに、魔物の出現と前後して家畜の死産も続いているそうだ。そんなことを起こせる魔物は高位の不死属性や悪魔属性なんだが、そんなのが出ていたら救援を出すまでもなく村の一つや二つとっくの昔に滅んでいるはずなんだ」

 そう言って亭主はため息をつく。

 あの、忘れてるかもしれませんがここに悪魔が一匹いるんですけど。俺、そんな技使えたっけか?

 もしかして雄叫び?俺が吼えると家畜が死産しちゃう?これは一度試す……わけにはいかんよな、やっぱ。

「家畜の死産って……魔物が出たストレス的なもんじゃねぇの?」

「いや、家畜そのものが襲われたことはないらしい」

「ふむ……ん?家畜が、ってことは人間で誰か襲われたのか」

「うむ。村の若い男性が一人行方不明になっているそうだ。ただそれ以降は被害は出ていない」

 ありゃ、被害が出ているのか。そらマズいな。

「被害が出ていないのは村人が警戒しているから?」

「ああ。武器を持った村人が追いかけると逃げるらしい。突然消えた、という話もある」

 うむ。まったくわからん。緑小鬼系統に突然消えるなんて高等技術は無理だしな。

「ま、そんな具合でお勧めはできかねるが、どうする?」

「魔物はどこからやってくるんだ?」

「村の裏手の森で見かけることが多いらしい」

「なら何とかなるかな。森は俺の得意分野だ」

「ああそうか、樹の精霊の姐さんがいるんだったな」

「そゆこと。じゃあちょっくら出かけてくるけど、場所はどこだい?」

「ここから南に5日ほど。小麦の大街道から亜麻の街道に入って4本目の脇街道を行った先にあるゴランという村だ。ざっくり地図を描いてやる」

「そいつは助かる」

「いいか、相手の正体がわからない以上、無理に解決しようと思うな。手に負えないと思ったら潔く引くんだぞ」

「あいよ」

「じゃあ、気をつけて行ってこい」

 亭主にそう言われて、石巨人亭を後にした。


 屋敷に戻り、装備を整えてユニにちょっと長丁場になることを伝える。

 今回は往復だけで10日かかるうえに、向こうでの調査期間も読めないからな。

 それと、念のために教会によって聖水も2個ほど買っておいた。相手が不死や悪魔だった場合、武器に振りかけて使えば多少は役に立つだろう。

 まぁ俺も悪魔なので聖水の取り扱いは厳重注意なのは脇に置いとく。試しにちょびっと指先に付けてみたら軽く火傷したし。

 それと相手が分からないので、これも念のために解毒ポーションも2個ほど仕入れておいた。

 ちなみにこの解毒ポーション、飲んだり傷口に振りかけたりするだけで大抵の毒を消したり緩和させたりすることができるらしい。

 値段も半金貨1枚と相応だが、中位以上の冒険者なら1~2本は常備するのが常識だそうだ。

 日本の場合は毒蛇に噛まれたら血清を、というようにこちらの世界でも血清はあるのだが、安価な代わりに対応する毒にしか効かなかったり、効き目が若干弱かったり、使用期限が短かったりという欠点があるそうだ。

 そういう点は現代日本と同じなのね。

 ……でも解毒とか傷とかのポーションを現代日本に持ち込んだら大儲けできそうだな。

 なにせどっちも即効性の万能薬だもんな。

 うぅむ、ファンタジー世界恐るべし。


-2-

 そんな感じで5日が過ぎ、目指すゴラン村にたどり着いた。

 森が近く、巨木に囲まれたそこそこ小さな村だ。

 入り口でいつもの通りひと悶着あったが、初めて行く村での恒例行事なので冒険者手帳と名誉市民の短剣を見せて黙らせた。

 そして村人らに案内されて村長の家に向かったが……なんかのどかだなこの村。

 見た感じ動物が多いからだろうか。

 休耕地では牛がのんびり草を食んでいるし、ある民家の軒先では鶏の親子が地面の餌をつついている。

 そんな様子を眺めながら森を背負った村長の家に着くと、村人が扉をノックした。

「村長!そんちょーう!冒険者さんが来てくれたぞ!!」

「はいはい、お待たせしました……ひっ」

 開きかけた扉がまた閉まった。

「村長!大丈夫だって!冒険者さんだよ!!」

 村人がそういって再びドアを叩く。

 今度はゆっくりと扉が開いた。

「初めまして、依頼を受けてきた冒険者のディーゴです」

 そう言って笑顔で冒険者手帳と短剣を差し出すと、おずおずと受け取った村長はその場で冒険者手帳を確認した。

 そして納得したのか、頭を下げながら手帳と短剣を返してきた。

「いやこれは大変失礼をいたしました。私が村長のウィリオと申します」

「まぁこの風体なので警戒されるのはごもっともです。どうぞお気になさらずに」

「ありがとうございます。じゃあディーゴさんはどうぞ家の中へ。皆は仕事に戻ってください」

「はいよ」

「じゃあ、お邪魔します」

 村長宅の居間に通され、白湯を供されながら詳しい話を聞くことにした。

「では早速、村に出るようになった魔物について伺いたいのですが」

「はい。お話いたします」

 頷いて村長が話し出したことによると


1、魔物が姿を見せ始めたのは大体3週間くらい前

2、2足歩行の緑色をした人間大の大きさで、頭にねじれた角が2本生えている

3、口は大きく耳の近くまで裂けている

4、毛はなく、肌は全身鱗のような肌で尻尾は生えていない

5、服は着ておらず、武器も持っていないが、手と足の爪は鋭そうだった

6、見かける時は大抵1匹だけ(2匹以上を同時に見た者はいない)

7、逃げる魔物を追いかけると目の前で消えた

8、村人が複数いる時は姿を見せない


 という事だった。

 ……うぅむ、ますます分からなくなった。鱗肌で尻尾なし?しかも頭に角?蜥蜴人(リザードマン)の変種か?

 いやでも蜥蜴人は角はないし尻尾あるし、普通は何らかの武装してるし、そもそも蜥蜴人は急に消えたりしない。

というか目の前で消えるってなによ。吸血鬼みたいに霧化するとか?

「どうでしょう?何か見当は付きますか?」

 村長が心配そうに尋ねてくる。

「いや、申し訳ないが全く見当がつきませんね」

 俺はふぅと息をつくと、視線をあげた。

「まぁ時間的にもまだ昼を回った直後ですし、これから探しに行ってみますよ」

「そうしていただけますか?」

「じゃ、魔物がよく見かけられる場所と時間を教えてください」

「基本的に村のあちこちで目撃されておりますが……大体は森の近くですね。我が家の近くでも3度ほど見かけたことがあります。時間は……特に決まっていないようですね。夜は分かりませんが、朝にも昼にも夕方にもそれぞれ見かけたというものがいますから」

「なるほど。分かりました。じゃあ早速村の周囲の森から探してみます」

「お願いいたします」

 深々と頭を下げる村長を残して外に出た。


 さて森に向かおうかとしたところで、俺を呼び止める者がいた。

「あの、すみません。冒険者の方……ですよね?」

 俺をそうやって呼びとめたのは、見た感じ二十歳前の娘さんだった。

「ああ、そうだけど貴方は?」

「私、村長の娘でモリーと言います。あの、不躾なお願いなんですけどいいでしょうか?」

「内容にもよるけど、まぁ話を聞こうか」

「ありがとうございます。私には二コラという婚約者がいるんですが、彼がずっと行方不明なんです」

「ああ、行方不明が一人いると聞いてたが、あんたの婚約者だったのか」

「はい。それでお願いというのは、出来れば彼の救出もお願いできないかと」

「どのくらい前から行方不明なんだ?」

「魔物が現れる少し前です。3週間くらいでしょうか」

「……むぅ、酷なことを言うようかもしれんが、それだけ経ってたら救出の確約はできんぞ」

 一般人が魔物にさらわれて3週間も生き延びているとはちと考えにくい。

「ええ、それは構いません。救出が無理でしたら、せめて彼の遺品の一つでも持って帰っていただきたいんです」

「……分かった。そういう事なら引き受けよう。無論、ニコラが生きていた場合には彼の救出を最優先に行動する。それでいいか?」

「はい。よろしくお願いします」

 モリーはそう言って俺に深々と頭を下げた。

 ……気の重くなることが一つ増えちまったな。


-3-

 モリーに呼びとめられるという一コマはあったが、大して時間はかからなかったので森の中の探索を開始する。

 しかしなんつーかこの森は大樹が多いな。樹の精霊力も強そうだ。

 というわけでイツキの先生!おねげぇします!!

「……なによその呼び方」

「いやなんとなく?」

「でもここ、樹の精霊力が強くていいところね。ここならあたしも存分に力が揮えそうだわ」

「じゃあ早速頼む」

「なにをするの?」

「正体不明の魔物の捜索」

「なにそれ」

「いや、見たことも聞いたこともない魔物が出たそうでな、それを退治してくれって依頼なんだ。細かい特徴は省くが緑色の鱗肌の人間大の魔物らしい。そして単独行動だそうだ」

「ふーん、緑小鬼とは違うのね?」

「うん。どうも違うっぽい」

「じゃあ探してみるわ。ちょっと待ってて」

「あ、言い忘れた。生きてる人間がいたらそれも併せて教えてくれ。行方不明が1人出てるんだ」

「おっけー」


 30分後……


「駄目。かなり範囲を広げてみたけど魔物も人間も見つからないわ。いるのは緑小鬼や魔狼程度ね」

「どこかに隠れるような場所もないか?」

「それもないわね」

「ちなみに緑小鬼はどのあたりにいる?」

「ここから東にかなり離れたところで、しかも3匹組よ?」

「じゃあほっとくか」

「そうね」

「とにかく足跡でもいいから何かの痕跡があればなぁ……」

「まぁとにかく探してみましょ」


 その日は夕方まで村周辺の森を探してみたが、魔物はおろかそれらしい足跡すら見つけることができなかった。


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