廃墟の村にて
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大荷物を背負ってねぐらを後にし、街道をつかず離れずの距離を保ちつつ南下して4日目。
何かの襲撃を受けて廃村となった村で、俺はひとり死体を片付けていた。
……別に聖人君子でビルマの竪琴気取るつもりはねーんだけど、久しぶりに屋根のあるところで寝たいし、そしたら半白骨化した死体がごろごろしているし。
しかしこれだけ死体が放置されてるってことは、村中全滅かなぁ。
生き残りはいないだろうな。
家畜小屋の牛馬やロバまで全滅してたからなー。
これが終わったら湯を沸かして風呂に入ろう。毛に臭いが染みついてかなわん。
納屋に確かたらいがあったはずだ。
とか思いつつ死体片づけを続けていたら、いきなり頭に衝撃が来た。
たたらを踏んで頭を振り、衝撃の来た方を振り返ると、剣を構えた戦士っぽいのが二人こちらに向かってくるところだった。
その奥には杖を構えて驚いたような顔をしている魔術師っぽいのが一人、白い外套に身を包んだ神官ぽいのが一人、ひらひらした服を着たのが一人いる。
戦士♂、戦士♀、魔術師♂、神官♂……もう一人のひらひら♀が不明だが……いや、まだ盗賊がいるはずだ。
と、相手の構成と昔遊んだゲームを比べて警戒態勢に入る。
もう一足で戦士♂の間合いに入ろうかとした時、左手からの風切音に気づいて後方に身を投げ出した。
やはりもう一人いたか。6対1でこちらは素手。爪と牙はあるにはあるが、正直不利は否めない。
受け身を取りつつ速攻を決意し、足のバネをためて戦士♀へと飛び出す。
戦士2人の足元に穴をあけて動きを止めつつ、荷車に積んでた死体の足をひっつかみ、遠心力でもって戦士♀に叩き付けた。
まさか死体を叩きつけられるとは思わなかったであろう戦士♀は、死体をまともに食らい吹っ飛ぶ。
次いで、戦士♀にぶつかって体制が崩れた戦士♂に駆け寄り思いっきり蹴り上げる。
たまらず戦士♂は吐しゃ物をまき散らしながら倒れた。
きれいに入ったからなー。
そのまま二人を飛び越え、狙うのはひらひら♀。理由は簡単。棒立ちだったから。
途中、魔術師から光の玉が飛んでくるが気合いで耐え抜き、ひらひら♀の背後に回る。
胴体に腕を巻きつけ、首筋に爪をあてがって叫んだ。
「動くな!!」
-2-
言葉は通じなくとも意味は通じたらしい。
魔術師♂と神官♂、盗賊♀が動きを止める。
ちなみに戦士♂♀コンビは倒れたままだ。
魔術師♂がなんか言ってるが、はっきり言うとわからない。
言葉が通じない旨を簡単なジェスチャーで返すと、今度は頭の中にイメージみたいな声が響いてきた。
〈あー、これなら通じるか?〉
《ああ、それなら話が通じる》
頭の中に響いた声に、念じることで答えを返す。たぶんこれで相手に届いてる、筈。だと思う。
〈やれやれ、念話で話が通じて助かった〉
うん、こっちもちゃんと通じているようで助かった。
《で、いきなり襲い掛かってきたのはどういう了見だ》
〈魔物が村人の死体を汚していると聞いたものでな〉
やっぱりそれか。まぁ死体をいじくりまわしてたことには変わりないがな。
《埋葬してやる途中だったんだ》
〈なぜそんな真似を?〉
《俺は旅暮らしでな、久しぶりに屋根のあるところで寝ようと思ったらこの有様だ。
寝ている間にアンデッドにでもなって襲われたら厄介だからな〉
〈その言葉を信じろと?〉
《信じざるを得ないのがそっちの状況じゃねぇのか?》
〈……重ねて聞くが、お前がこれをやったわけではないんだな?〉
《くどい。死体を見れば昨日今日のものではないことぐらいわかるだろ。それに死霊術の心得はねぇよ》
〈食ったりはしないのか?〉
《生肉は好きだが人肉を食おうとは思わねぇよ。ましてやこんな腐った肉など食ったら確実に腹壊すわ》
〈そうか……そうだな〉
魔術師♂は一つ頷くと、他のメンバーに説明した。
戦士♂が何か渋っていたようだが、どうやら話はまとまったらしい。
〈急に襲い掛かってすまなかった。どうか傷の手当てをさせてほしい。あと彼女を離してもらえないか?〉
《離したと同時に第2回戦てのは御免だぜ?》
〈親父の名前と精霊にかけてそんなことはしないと約束する〉
精霊使いらしい男はそう念話で断言すると、ほかの仲間に何事か話した。
戦士♂がやっぱり渋っていたようだが、最終的には同意したようだ。
全員が武器を収め、両手を上にあげた。うむ、無抵抗=万歳は異世界でも共通か。
それを見て俺は少女を解放する。
頭を軽くポンポンと叩いてやり、一団のほうに背を押してやる。
《すまなかったな》
念話でそういうと、精霊使いが通訳してくれたようだ。少女は一つ頷くと、一団のほうに戻っていった。
《さて、和解もなったところだし自己紹介と行こうか。俺はヤナギバ・ダイゴだ。
ヤナギバが姓でダイゴが名前だ。見てくれはこんなだが人間に対して害意は持ってない。むしろどこかで受け入れてもらえないもんかと旅をしている最中だ。
もっとも、今まで巧くいった試しはないがな》
〈丁寧にありがとう。しかしヤワァジバ・ディーゴ?変わった名前だな〉
《ディーゴじゃなくてダイゴなんだが》
〈すまない、その発音は我々にはちょっと難しい〉
《そうか?じゃあディーゴで構わんよ》
他に名乗る相手もいないしな。しかしそんな難しい発音かね。
そして相手の自己紹介。
魔術師♂はレイシーン、さっきから絡んでくる戦士♂がダリル、死体でふっ飛ばした戦士♀がマライザ、何かを投げつけてきたのが盗賊♀のベネット、空気の白外套が神官のドルフ、俺が人質に取ったのが商人の娘のアドレット。
一行はアドレットを父親のところに届けるために旅をしている最中で、たまたまこの村を通りかかったら俺を見かけた、ということらしい。
〈ああそうだ、差支えなければどこに向かっているのか教えてほしい〉
一通り自己紹介がすんだところでレイシーンが訊ねてきた。
《さてなぁ、単に雪を避けて南に向かってるだけだからなぁ。目的地は今のところ未定、だな》
〈雪が降っていたのか?〉
《ここから4~5日北に行ったあたりじゃもう降ってたぜ。積雪としちゃ大したことはなかったが》
〈そうか。答えてくれて感謝する。次はこっちが答える番だな〉
《実は記憶をなくしててな、基本的なことばかり大量に聞くが構わんか?》
もとは人間といっても信じてもらえなさそうなので、とりあえず記憶喪失を装ってみることにした。
〈俺に答えられることなら答えよう〉
ここは『グランドート』と言われる俺にとっての異世界であること
3つの大陸と1つの諸島、2つの大きな島からなっていること
現在いるのは1番大きな大陸のアルム大陸であること
現在地から南に向かえば暖かくなるが、ある程度を過ぎるとまた寒くなること
この世界には神、ドラゴン、神獣、人間、妖精、亜人、精霊、魔物、魔獣、動物がいること
暖かく暮らしやすい地域はだいたい人間が占めていること
獣人は千差万別だが、えてしてケモ度はそれほど高くない(ケモ度1~2程度)こと
すなわち俺のような全身ケモは魔物or魔獣扱いになること
俺を問題なく受け入れてくれそうな場所には心当たりがないこと
文化水準は中世相当であること(話の内容から予想)
魔法は学術魔法、精霊魔法、神聖魔法の3種類があること
俺が使っているのは精霊魔法相当であること
魔法は魔力と精神力を消費して発動すること
念話は精霊魔法が使える人間なら使用できるとのこと
言語は共通語さえ覚えておけば7割方は話が通じるとのこと(残り3割は方言)
貨幣の単位はロズで、金貨、半金貨、銀貨、半銀貨、銅貨があり、それ以外に一部でだけ通用する石貨、陶貨、貝貨、石英貨があるとのこと
相場としては金貨1枚(10万ロズ)あれば、大人一人が1か月はそこそこ余裕を持って暮らせること
俺が持っていた輝石は術晶石と言い、魔法を使う際の魔力・精神力の代わりになること
術晶石は少し珍しいが、それほど貴重なものでもないこと
小人にもらった焦げ茶の丸石は精霊石といい、持っていれば石の性質に応じた比較的低級の精霊魔法が使えるようになること(精霊石は結構貴重品らしい)
そして石をくれた小人は精霊そのものらしく、人前に現れるのはたまに聞く程度に珍しいとのこと
等々……この世界の住人にとってはくだらないともとれる質問に、レイシーンは根気強く付き合ってくれた。
〈だいたい納得できたかな?〉
《ありがとう。おかげで大分すっきりした。何せ右も左も西も東もわからない状態だったからな》
質問が一段落した辺りで、横から湯気の立つカップが2つ差し出された。
「hghrrぶm」
神官♂が何か言ってきたが当然わからない。
〈白湯で悪いが、といってる〉
レイシーンは礼を言って受け取ると軽く口をつけた。
俺もそれに習い、小さく頭を下げてカップを受け取る。
《助かる。ちょいと喉が渇いてたところだ》
そういってカップに口をつける。今更一服盛るとは考えにくいが、用心に越したことはない。
毒物の判定などできないが、中身を口に含んでしばらくしても痺れも痛みもなかったので飲み下す。
《ところで戦士二人のほうは大丈夫か?特に男のほうは手加減なしで蹴飛ばしちまったが》
〈ダリル(戦士♂)のことか?まぁ大丈夫だろう。さっきドルフ(神官♂)が治療したし〉
その後はドルフも交えて取り留めもない話をした。
どうやらドルフはレイシーンの魔法に耐えた俺の毛皮に興味があるらしい。
とは言われても、俺もよく分からんのだけどな。
《さて、残りも片付けちまうとするか》
すっかりぬるくなったカップの中身をグイとあけると、おもむろに立ち上がる。
男衆も手伝ってくれるとかで、4人で手分けして村中の死体を一か所に集めた。
女衆は手分けして食事の準備を始めている。
集めた死体の下に魔法で大きな穴を掘り、土をかぶせる。
《ドルフ(神官♂)、すまんが彼らのために祈ってやってくれ》
俺の念話をレイシーンが通訳すると、ドルフは頷いて何事かを唱えた。
俺もそれに習って手を合わせる。頼むからアンデッドになったりしないでくれよ、と祈りつつ。
〈変わった祈りの作法だな〉
《どうも俺の故郷の作法らしい。なんとなくこうした方がいいと思った》
-3-
死体の埋葬を終えると、村の広場に車座になって食事をとる。
塩味のスープとパンを分けてもらう代わりに、保存食の干し肉を配ったら驚かれたり(鎧猪という大猪の肉で、表皮は松脂と泥で固いが中の肉は柔らかく高級食材らしい)、発酵途中のリンゴ酒をベネットが気に入ったりと、まぁまぁ和やかに食事の時間は過ぎて行った。
若干一名、リーダーらしきダリルは気に入らない様子だったが、まぁこれは仕方あるめぇ。
食事を済ませた後は、それぞれ分かれて民家に入り就寝……となるはずだったが、俺はこっそり井戸から水をくみだすと、湯を沸かしてたらいに張ってひとっぷろ浴びることにした。
……いやだってね?毛皮の間に腐汁とか細かい肉片が付いちゃって臭いのよ。
初対面の相手に「ひとっぷろどうよ?」とはさすがに言い出せんしなー。
念入りに体を洗ったせいで、とりあえず臭いは落ち着いた(ように思う)。
後は雑草ミントの葉っぱでも体にこすり付けてごまかすか。
そして翌朝。
〈ディーゴはこれからどうするんだ?〉
旅支度を整え、村の入り口に立ったレイシーンが尋ねる。
《深くは考えてないが、とりあえず南に向かうつもりだ。まずは食いっぱぐれのない土地を探して拠点を作らんとな》
《人間と接点を作るのはそのあとだ》
〈そうか。できれば街に入るための紹介状の一つも書いてやりたいが、俺らの名声と実力じゃ何の役にも立たんのがな〉
《気にするな。今まで一人で何とかなってきたんだ。これからもなんとかするさ》
〈この大陸は南に行くほど・・・中熱線(赤道)に近いほど亜人に対する風当たりが強くなる。くれぐれも気を付けてくれ。俺たちが同行できればまた違うのだろうが〉
《そいつはダリルが許すめぇ。それに護衛の旅の途中だろ?余計な厄介ごとを抱え込んじゃいけねぇよ》
〈それもそうだな。はぁ、ダリルの奴があそこまで頑なだったとは、同じパーティーながら予想外だった〉
レイシーンがそう言って小さくため息をつく。
当のダリルはそっぽを向いたままで、俺を見ようともしない。
〈俺たちは普段コンフォートという街にいる。ディーゴが無事に人間社会になじめたなら一度遊びに来てくれ〉
《ああ。そのときは朝まで飲もうぜ》
俺たちは笑って拳をぶつけ合うと、それぞれの旅に向かって歩き出した。
一方は北へ、もう一方は南へ。
この出会いがこの先どのように関係してくるかはわからない。
しかし、道を行く足取りは少し軽かった。