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妖猫の病2

-1-

 曲がり角に見せかけた壁は幻影だった。

 双尾猫は幻影の魔法を得意としている。

 つーことは、この先に双尾猫がいる可能性が高い。

 俺は無限袋から干し魚を取り出すと、物陰を覗き込みながらゆっくりと奥に進んでいった。


〈ディーゴ、あれ〉

 イツキが指示した先、道のどん詰まりに双尾猫はいた。

 地面の上に横たわり、しきりに傷口と思しき右前足を舐めている。

 俺はその場に腰を下ろすと、ゆっくりと双尾猫に話しかけた。

「あまり傷口を舐めないほうがいいぜ」

 その言葉に双尾猫が舐めるのをやめ、こっちを見る。

「お前も我を捕らえに来たのか」

 緑の目でこっちを見据えながら、双尾猫が時代がかった口調で声を発する。

「ありていに言えばそんなところだが、ちょっと事情がある。それより腹減ってないか?」

 そういってひらひらと干し魚を振って見せる。

「餌で釣られるほど安くはないぞ」

「これはサービスだ。毒なんぞ入ってないから気にせず食え」

 干し魚を小さくむしって、自分の口に入れて見せる。

 合わせて無限袋から深皿と平皿を出し、深皿の方に水を注ぐ。

「こっちは水だ。スラムの水はあまりきれいじゃないからな、安心して飲め」

 俺の言葉に、警戒しながら双尾猫が近寄ってくる。

 その間に、干し魚を小さくちぎって平皿の上に置いてやる。そのままだと食いにくいだろうからな。結構固いし。

 双尾猫はまず深皿の水の匂いをかぎ、2~3度試すように舐めてから水を飲み始めた。

 ひとしきり水を飲んだ後は、平皿の干し魚に興味を示した。

「そっちは干し魚だ。お前さんにはちと塩気がきついかもしれんが、まぁ許せ」

 双尾猫は干し魚も調べるように1~2辺食べると、大丈夫と分かったのかカツカツと音を立てて干し魚を食べ始めた。

 その間、俺はじっと双尾猫を見ていた。メシ食ってる最中にあれこれ言われたり触られたりするのは嫌がるだろうからな。

 ……しかし、こうやって見てると尻尾が2本ある以外はホント猫だな。人語を話すけど。

「……む。なくなってしもうた」

 見ると、干し魚がきれいに食べつくされている。

「おかわり、いるか?」

 追加で干し魚を出して見せる。

「うむ。もらおう」

 双尾猫が言ったので、また干し魚をほぐして平皿に入れてやる。なかなかいい食いっぷりだな。

 そうして2匹目の干し魚を平らげた双尾猫は、その場に座りなおして俺を見上げた。

「馳走になった。我はアルゥと申す。魚の礼に、事情とやらを聴いてやろう」

「そうしてくれると助かる。俺はディーゴ。獣牙族という言ってしまえば悪魔の一種だが、故あって人間に交じって暮らしている」

「ほぅ。悪魔とは興味深いな。その故というものを聞いてもよいか?」

「今は関係ないからちょっと勘弁な。あとで暇な時に話そう。で、俺がお前さんを探していた事情についてこれから話す」

「ふむ。聴こう」

「まず、アルゥ、お前さん、白い服を着た人間の男二人に心当たりがあるだろう?昨夜のことなんだが」

「うむ。覚えておるぞ。我を拾い上げたかと思ったら、我から力を奪い、抑えつけてこの身を傷つけた憎き仇じゃ」

「それがちょっと違っててな。道端でぐったり倒れてたお前さんを助けてやろうとしたそうなんだよ」

「そのようなことが信じられるか。現に我は右前足を切られたのだぞ」

「それが誤解でな。お前さん、拾われる前から右前足に異常がなかったか?具体的には怪我とか」

「…………うむ。別の人間に捕らえられそうになった時に、人間が振り回す刃物にちとひっかけたことがある。普段ならすぐに治るのだが、今回は治りが遅くいつまでも痛んでおった。そんな状態では狩りも満足にできず、めまいもし始めてやむを得ず道端で休んでおったのじゃ」

「あーそれな。多分というか、傷口が膿んだんだ。普通なら膿は傷の表面に出てくるはずなんだが、今回はなぜか傷の奥……皮の下で膿んじまった。それが原因で熱が出てめまいを起こしたんだろう。獲物が取れなくなった栄養不足と合わせてな」

「ふむ……」

 双尾猫は俺の話を神妙に聞いている。

「でだ、今はもう傷口はあまり腫れていないだろう?」

「……そうじゃな。痛みはあるが腫れは以前より良くなっておる。それにめまいもなくなっておる」

「白服の人間は、傷口をいったん切り開いて、中の膿を絞り出したんだ。ただ、そのまま切ると痛いから、麻酔という薬を使って力を奪った。こうすれば一時的に痛みを感じなくなるからな」

「……人間は、そのようなことができるのか。にわかには信じられんが、ディーゴの話は筋が通っておる」

「人間にはな、傷を治す魔法以外にも医学と言って魔法を使わず怪我や病気を治す技術があるんだ。あの二人はそれの専門家なんだよ。今回俺がアルゥを探しに来たのは、その二人に頼まれたからだ。まだ傷の手当てが終わってない、ってな」

「これより良くなるのか?我の足は元に戻るのか?」

 双尾猫が食い付いてきた。

「ああ。まぁ完全に治るまで10日くらいかかるかもしれんが、必ず元に戻る。それにまぁそのなんだ、勝手に手当てしたことはあいつらに詫び入れさせるから、今回は一緒に戻っちゃくれないかな?」

「一つ聞くが、その二人は我を首輪と紐で繋いだりはせんのだろうな?」

「それは大丈夫だろう。言葉が通じるんだから、嫌なものは嫌だといえば無理強いするような奴らじゃないよ」

「そうか………………」

 アルゥはしばらく悩んでいたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。

「わかった。此度はディーゴの顔に免じて一緒に戻ってやろう。じゃが、その二人がディーゴの言うたことと違ったことをするようであれば我もただでは済まさぬぞ」

 そういってアルゥがこっちを睨みつける。

「わかった。その時は大人しく受け入れよう」

「では、交渉成立じゃな。さぁ、我をその二人の所に連れていくがよい」

「あいよ。抱っこしていいか?足、怪我してるし」

「うむ」

 アルゥが頷いたのを見て、彼を抱き上げると俺は診療所に戻ることにした。


-2-

「今戻ったぞ」

 診療所のドアを開けると、受付から猫耳エルトールが声をかけてきた。珍しく待合室に人がいないな。

「お帰りなさいディーゴさん。ああ、もう探してきてくれたんですね。ありがとうございます」

 エルトールが、俺が抱いているアルゥを見て頭を下げる。

「事情を話してついてきてもらった。ただな、急ぎとはいえ理由も言わずに勝手に治療したことはちといただけない」

「そこんところはウェルシュと一緒に詫び入れてくれ。それと、きっちり治すこと。それが条件だ」

「分かりました。兄さん、ディーゴさんが帰ってきましたよ」

「お、そうか。助かった」

 そういって姿を現したウェルシュの頭上には、もふもふのうさ耳が生えていた。

「ぐふっ」

 笑いそうになるのを何とかこらえて、アルゥを床におろす。

 床からじっと二人を見上げるアルゥに、ウェルシュが話しかけた。

「話は聞かせてもらった。緊急だったとはいえ、言葉の通じる相手に何の説明もせず、勝手に治療を施したことを詫びさせていただく。どうも、申し訳なかった」

「どうもすみませんでした」

 二人が揃ってアルゥに頭を下げる。それを見てアルゥは満足そうに目を細めて頷いた。

「うむ。二人の謝罪、受け入れよう。我も知らなかったこととはいえ、大人げないことをした。魔法はこの場で解くので、許してほしい」

 アルゥはそういうとさっと右手を振った。すると、ウェルシュのうさ耳とエルトールの猫耳が一瞬で消え失せた。

「んじゃウェルシュ、エルトール、傷口の処置はしっかり頼むぜ」

「ああ、それについては任せてくれ」

「っと、その前に自己紹介だな」

「うむ。我はアルゥ。見ての通り、人間からは双尾猫と言われておる」

「私はウェルシュ・ミットン。よろしく」

「私はエルトール・ミットンです。よろしく、アルゥ」

「うむ、よろしく頼む。ところで帰り道にディーゴから聞いたが、治療とやらには金が必要らしいな」

「あー、まぁそうですけどアルゥはお金持ってないでしょ?いいですよ無料で」

「構わんのか?」

「ああ。人間に比べれば薬も大して使わないからな。それに先ほどの詫びの一環と思ってほしい」

「そうか。では遠慮なく世話になる」

 ウェルシュの言葉にアルゥが頷いたのを見て、俺は冒険者手帳を差し出した。

「んじゃ、依頼達成という事でサイン頼むわ」

「あ、報酬ですけどどうします?」

「たった半日スラムをうろついただけだし、内容が内容だ。今日の所はツケといてやるよ。その代わり、次は割のいい依頼を出してくれよな」

まぁ、面白いものも見れたしな。猫耳エルトールとうさ耳ウェルシュというレアなものを。

「分かりました。どうもありがとうございます。じゃあせめて手帳には「大いなる感謝を込めて」と書いときますね」

「よろしく頼むよ」

 そうして、俺の双尾猫探しの依頼は終わった。


-3-

 アルゥを診療所に預けて10日が過ぎた。

 そろそろアルゥの傷も完治してる頃だろうとミットン診療所を訪ねてみた。

 診療所のドアを開けると、受付にエルトールがいて、そのそばにアルゥが丸くなって寝ていた。

「よう」

「やぁディーゴさん。アルゥの様子を見に来たんですか?」

「ああ。そうだが……もうすっかり良くなったようだな」

 その声にアルゥがむくりと体を起こす。

「おお、ディーゴか。今日はなんじゃ?」

「お前さんの様子を見に来たんだが、もうすっかりいいようだな」

「うむ。傷口の腫れも引きつりも、熱によるふらつきも全くなくなった。もう元通りじゃよ」

「そりゃ良かった」

「しかし人間の医学というものは興味深いものじゃな。この年まで生きてきたが、知らぬことばかりじゃ」

「ほう、医学に興味を持ったか」

「うむ。ウェルシュもエルトールも話しておってなかなか面白い。じゃからここに本格的に世話になるしたんじゃ」

「……とまぁそういうわけなんです」

 エルトールがアルゥの言葉を引き継ぐ。

「なるほど。傷が治ったらまたどこかに行くのかと思ったらここに就職か」

「まぁ、今は主に兄さんの護衛をしてもらってますけどね」

「?」

「兄さん、私と違って荒事がからっきしなんですよ。ですから今まではスラムの奥とか街の外には基本私しか往診に出られなくて」

「我がついていればその点は心配いらぬからな。日々の食事の分の働きはするつもりだ」

 ……まぁ小さいとはいえ幻獣だからな。スラムのチンピラ程度じゃ大丈夫か。

「じゃあ、アルゥも俺のお得意さんになる可能性があるわけか。何かトラブルがあったら、エルトールに言って石巨人亭という酒場に使いを出せば駆けつけるからな」

「うむ。その時はよろしく頼もう」


 こうして、ミットン診療所に変わった職員が増えたのであった。

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