ある休日1
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日付が変わって翌朝。
日課となってる素振りを終え、朝食をとった……のだが、気のせいか微妙にユニの機嫌がいい。
鼻歌やスキップまでは出ないが、行動速度が2割増しというか、いつも以上にテキパキ動いている。
久しぶりに二人で出かけるのがそんなに嬉しいのか?
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朝から深く考えるのはよそう。
この手のことは考えたところで答が出てくるはずがない。
今日のところは日頃の労いとして、ユニの買い物に半日付き合う。それでいいや。
思考を中止し、冷気の魔石で冷やしたティサネー(大麦を煎じた麦茶のような飲み物)をごくりと飲み込んだ。
奥の台所からはユニが食器を洗うカタカタという音が聞こえてくる。
洗い物が終われば、一緒に出掛けることになるだろう。
頃合いを見計らってユニに声をかけた。
「ユニ、俺はそろそろ着替えてくるから、準備ができたら言ってくれ」
「あ、はい。わかりました」
自室に戻り、平服に着替える。朝の素振りはそれほど激しいものではないので、肌着と下着はそのままだ。
短衣と長ズボンに着替えてブーツを履く。財布と無限袋、名誉市民の短剣を持てば準備は整った。
……そろそろ夏用の服も買わなきゃならんな。今日のついでに頼みに行くか。
食堂に戻り、のんびりと一服つけていると、準備ができたユニが入ってきた。
クラシカルなメイド服はいつものままだが、手に買い物用の大きな籠を下げている。
「今日は籠はいらんぞ。荷物は俺の無限袋に全部放り込むからな」
「え?でも、いいんですか?」
「一緒に行くんだ、荷物持ちくらいさせろや」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
うむ、素直でよろしい。
「今日はユニが主体だから、行きたいところに行ってくれ。俺はそれについていくから」
「はい」
「ただ一ヶ所だけ寄り道させてくれ」
「どちらですか?」
「服屋だ。そろそろ夏モノの服に変えなきゃならんだろ」
「それもそうですね」
お互いの長袖の服を見て納得したようだ。
-2-
というわけで最初に向かったのは野菜や果物を扱っている店が立ち並ぶ一角。
人ごみに加えて店のおっちゃんやおかみさんが声を張り上げて呼び込みをしているのでやかましいことこの上ないが、品物を見ている分には結構楽しい。
見たことあるものないものが、山のようにとはいかないが積み上げられて売られている。
早生とかハウス栽培は行われていないので、ここで扱っているのは時期の早い遅いは多少あるものの、だいたい旬のものばかりだ。
形も不揃いだし泥付きのものも多いが、つやつやの野菜や果物はそれだけで食欲をそそる。
お、あそこにあるのは葉生姜か。味噌つけて食うと旨いんだよな。味噌ないけど。
あっちにあるのはシソか?赤紫蘇があれば梅干しが……詳しい作り方知らねーんだよなぁ。
あれは、乾燥キノコと生キノコか。炊き込みご飯は無理でも、ピラフの具材に使えんかな。
あるいは味噌を塗って焼いたキノコで一杯……て味噌がないんだって。
じゃあバター醤油で炒めて……って、醤油もないんだよな。
そんな俺の思惑をよそに、ユニが野菜を次々と選んでいく。
時には店主と2~3言葉を交わして笑いあってるところを見ると、ユニも結構この世界になじんでいるようだ。
ただな店主のおっちゃん。
ユニにお釣りを渡すときにさりげなく手を握るのはやめておけ。後ろでおかみさんが睨んでるぞ。
「あ」
そんな感じで買い物を続けていると、ユニが声を発して立ち止まった。
「どした?」
「甘瓜が売っているんで買ってもいいですか?ちょっと重いんですけど」
「おう、別に構わんぞ。好きなのか?甘瓜」
「はい。冷やして食べるとさっぱり甘くて美味しいんですよ」
「そうか。じゃあ2つ3つ買って……でかいな甘瓜」
日本にいたころ、地方の農産物直売所で見かけた真桑瓜に似ているが、なんかサイズが全然違うんですが。
なんか大玉スイカよかでかくね?
「……まぁいいや。ついでだから2個買ってけ。無限袋はまだ十分持てる重さだ」
「じゃあ、これとこれお願いします」
と、ユニが選んだのはヘタの部分が少し割れてる甘瓜。
「(小声で)えーとユニさんや、別の割れてないほうがいいんじゃね?」
「(小声で)甘瓜は完熟するとこうやって割れてくるんです。ヘタの部分がこうやって少し割れてた方が甘いんですよ」
……そうだったのか。全然知らんかった。
次に向かったのは肉市場。というか、肉屋が立ち並ぶ一角。
ここは野菜や果物を売っている場所からちょっと離れている。というか、街の中心部からは結構外れたところにある。
その原因はこの臭い。豚や羊は店の裏手で、ウサギや鶏は店先で〆ているので、獣と血と汚物と生肉のなかなか強烈な臭いが充満しているから。
俺も初めここに来たときは、その臭いだけで気分が悪くなったもんだ。今はもうだいぶ慣れたけどね。
俺も街の外では自分で解体とかしてるから、この手の臭いには慣れてるつもりだったが……数の暴力って恐ろしい。
しかし、そんな臭いにもめげずにここも人でごった返している。
青物売り場よりはやかましくはないが、それでもかなりの賑わいだ。
「ディーゴ様、お肉の希望はありますか?」
「ふむ、久しぶりに羊が食いたい。あと豚だな。鳥とウサギは今回はいいや」
暑くなるこの時期、さっぱりと馬刺しなんかもよさそうなんだが、醤油がないし。
それにこの界隈では牛や馬はあまり食べないようだ。
牛は農耕と乳しぼり用、馬は農耕や乗馬用として働かせ、年を取って働けなくなったら食べるらしい。
そんな限界まで働かせた牛馬なんて食っても旨くなかろうに、と思うのだが……日本が豊かすぎるんだよな。
「分かりました」
ユニは頷くと、近くの店先に立ち寄る。
店主の呼びかけに応対しながらも、肉を見る目は真剣だ。
ユニはしばらく肉を見ていたが、店主が他の客についた隙を狙って何も買わずに戻ってきた。
「今の店では買わんのか?」
「(小声で)あの店はだめです。お肉を水につけて鮮度と目方をごまかしてます」
「そ、そうか」
珍しくちょっと強めの言い方に若干驚きながら、幾つかの店を巡る。
4軒目の店でようやく納得できる肉を見つけたのか、そこで肉類を一気にまとめ買いするようだ。
あれこれと注文するユニをぼーっと眺めていると、不自然にユニの後ろにつく男に気が付いた。
男がそうっと伸ばした手を途中でつかむ。その先にはユニの尻があった。
「そこまでだ」
男の手首を若干強めに握りながら囁く。ごりっ、と音がして男が目を見開いたが、声はあげなかった。やるな?
「失せろ」
そう囁いて手を離すと、男は手首を押さえながらそそくさと逃げていった。
「ディーゴ様、どうかしましたか?」
「ん?いや、その燻製も旨そうだなと思ってな」
「そうですね。じゃあこれもお願いします」
ユニは気づかず買い物を続けていった。……痴漢にも目をつけられてるのかこの男の娘は。
野菜、果物、肉と来たので次は魚かと思ったが、そういえばウチのメニューに魚はめったに出てこない。
ディーセンは内陸部にあるので海の魚は塩漬けかカッチカチの干物でしか回ってこない上に結構値が張る。
川魚はぽつぽつ流通しているのだが、小骨が多いか泥臭いのであまり美味しくない。
ただ、ザリガニはやたらと取れるらしくバケツ1杯が半銀貨1~2枚、下手すりゃ銅貨で売られていたりする。
でも困ったことに俺があまりザリガニが好きじゃない。
いや、子供のころよく田んぼや用水路で獲ったし飼ったし死なせたし。
どーもそれを思い出してしまってね。
そんなわけで魚はスルー。見る分にはいろいろと面白いんだけどね。
-3-
あと何か買うものがあるかと聞いたが、今日はこれで終了らしい。
調味料も雑貨類もまだ屋敷に在庫があるそうだ。
というわけで、ここから先は俺の寄り道。
いつぞや服をあつらえた、ジェンキンスの店に行く。
「こんちわ」
「いらっしゃい。って、いつぞやの虎の旦那か。今日は可愛いの連れてるね」
奥から店主が姿を現す。
「ウチの使用人のユニってんだ」
俺の紹介にユニがぺこりと頭を下げる。
「また服をあつらえたいんだが、大丈夫かね?」
「そういう注文なら大歓迎だ。で、どんな服をお望みだい?」
「夏用の平服を2着頼みたい」
「あいよ。となると、綿より麻生地がいいな。ビューレ産のいい麻生地が入ってるんだがどうだい?」
「生地の産地については良く解らねぇな。モノ見せてもらえるか?」
「ああ。こいつがその生地だ」
そう言ってジェンキンスが持ち出してきたのは、薄い水色をした生地だった。
暑い盛りに薄い水色は見た目にも涼しげで良さそうだ。
「ちょっと触ってみても?」
「隅っこならいいぜ」
そう言われて触ってみると、さらさらした感触が気持ちいい。
「うん、いいな。じゃあこれで1着。あと生成り色でいいのがあるかい?」
「それならこいつかな」
そう言ってまた別の生地を出してくる。
「これはビューレ産にはちと劣るが、丈夫でなかなかいいお勧めの生地だ。値段も手ごろだしな」
「ふむ」
同じように隅っこを触りながら頷く。これもなかなかいい感触だ。
「じゃあ、これでも1着頼もうか」
「はいよ。毎度あり。じゃあ念のために寸法とらしてもらうぜ。多分変わっちゃいねぇと思うが」
そう言って手際よく寸法を測る。そして奥に引っ込むと、紙の束を持って戻ってきた。多分顧客情報だろう。
ジェンキンスは紙をめくり、数値を調べる。
「うん、寸法は変わっちゃいねぇな。じゃあ夏物の平服2着、確かに承ったぜ」
「いつくらいに取りにくればいい?」
「8日ほど待ってくんな。その頃には出来上がってる」
「了解。代金はその時でいいか?手付がいるなら置いてくが」
「じゃあ手付として銀貨5枚も貰っておこうか」
「あいよ。銀貨5枚な。じゃあ、よろしく頼むわ」
「おう。毎度あり」
ジェンキンスの声を受けて店を後にすると、ユニが感心したように呟いた。
「ディーゴ様って買い物早いんですね」
「んー?男の服なんてこんなもんだろ?別に流行の最先端を追いかけてるわけじゃねぇし、この店の腕がいいのは今着ている服で証明済みだしな。素人があれこれ言うよりプロに任せた方が安心ってもんだ」
「んじゃ、今度はお前さんの夏服を買いに行くか」
そういうと、ユニのメイド服をあつらえた別の服屋に向かった。