豚と虎と
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ランク5に昇格してから3日ほど稽古に費やし、元の感覚を取り戻した。
教官にみっちりしごかれ、悪い癖も徹底的に直されたおかげで、寝込む前より幾分技量は上がった……気がしないでもない。
まぁ2~3日稽古したからって、急激に強くなるものでもないしね。
ただ、対人技のラッシュは少し磨きがかかった気がする。
今までその場で受け続けていた教官が、3日目に仕掛けたラッシュでは勢いに押されて2歩後ろに下がったからね。
些細なことだが成長が実感できるのは嬉しいもんだ。
んで今日はというと、街道筋にねぐらを構えたらしい豚鬼の討伐に来ている。
石巨人亭で聞いた話では、7~10匹くらいの集団で、行商人が幾人か犠牲になっているらしい。
そりゃ放っておけねぇ、と、近くの村が金を出し合って冒険者を雇うことになったそうだ。
報酬は豚鬼一匹につき半金貨1枚。一匹当たり一万円というなかなかの値段だ。
その分緑小鬼とは段違いに手強くなっているが……前に戦った感じではまぁ大丈夫だろうと、割合気楽に考えてる。
中古の槌鉾1振り+布の服でやりあった昔より、装備は格段に良くなってるしね。
片道4日の道程を3日で走破し、イツキレーダーを駆使して豚鬼の居場所を探ること3時間、森の中の開けた場所に粗末な掘っ立て小屋が3棟建っているのを見つけた。
イツキレーダーで探ってもらったところ、見張りの1匹の他に4匹の豚鬼が掘っ立て小屋1と2に2匹ずついるらしいことが分かった。
先日購入した弩で見張りに先制攻撃を仕掛けることも考えたが、ヘッドショットする技量もなければ矢の1本くらいで倒れてくれるほど弱くもないので、荷物を置いて真正面から正攻法で行くことにした。
がさり、と音を立てて豚鬼の見張りの前に姿を見せると、見張りは槍を構えて叫び声をあげた。
「プギー!ブ、ブキキーー!!」
それが戦いの合図となった。
身を低くして駆け寄ると、豚鬼が腰だめに構えた槍を繰り出してきた。
が、遅い。
身をひねって槍の穂先をかわしつつ、振りかぶった戦槌の烏口を豚鬼の突き出た腹に叩き込む。
ドブチャ!
水袋をぶん殴ったような手ごたえがあり、豚鬼の腹肉がごそっと削り取られる。
「プギ!?」
槍を投げ捨てて自分の腹を押さえる豚鬼。がら空きになったその頭に、槌頭を叩きつけてまずは1匹。
見張りを倒すと、ようやく掘っ立て小屋の扉を開けて残り4匹の豚鬼が姿を現した。
ふむ、武装は槍、斧、棍棒×2か。
でもその前に……
「森の樹々よ、敵を穿つ杭となって降りそそいで!」
「土よ岩よ、敵を貫く杭となれ!」
イツキの樹魔法と俺の土魔法を同時に炸裂させる。上達してるのは肉弾戦だけじゃないんだぜ、と。
上下からの杭攻撃で、槍豚鬼と棍棒豚鬼1匹がハリネズミになって倒れる。これで3匹。
そして稽古の中で、教官の思い付きで覚えた技を使ってみる。
大きく息を吸い込み、あらん限りの大音声で吼える「雄叫び」。
「食うぞ、テメェ」という意味を込めて吼えると、相手の身を一瞬すくませる威圧の効果があるらしい。
「ガァァァアアアアーーーーーッ!!」
その雄叫びにびくりと身を震わせる豚鬼2匹。
その隙を見逃すほどお人よしじゃない。
ダッシュで距離を詰め、斧豚鬼の顔面に一撃。これで4。
最後に残った棍棒豚鬼の胸に戦槌の穂先を根元まで突き刺して5匹。
ひとまずここにいる豚鬼はすべて倒した。
討伐証でもある豚鬼の鼻をそぎ落とし、魔法で穴を掘って5匹の死骸を放り込んで埋め戻す。
そうした後に豚鬼たちの掘っ立て小屋を調べてみた。
2つの掘っ立て小屋は寝床だけだったが、残り一つの掘っ立て小屋は、寝床が一つと行商人からの戦利品らしい品が散らばっていた。
どうやらここが群れのリーダーの寝床らしい。
食料はどれもこれも食い散らかされているが、行商人が持っていたらしい武器(長剣1、小剣1、ナイフ2)と小さな術晶石3つ、金銀銅貨合わせて日本円にして18万円相当は回収しておいた。
これらはまぁ……返す相手もいないので俺の小遣いになる予定。
ギルド規則でも認められてるしね。
討伐依頼はこういう余禄があるから人気なんだよな。
戦利品を漁り終えて外に出る。
豚鬼は7~10匹程度の群れと聞いているから、最低でもあと2匹はどこかにいるはず。
探しに出てみようかとも思ったが、ここで待っていれば帰ってくるはずなので、再び森の中に身を潜めた。
夕方になって、イツキレーダーに反応があった。
どうやら4匹の豚鬼が、掘っ立て小屋に向かっているらしい。
素直に帰着まで待っていてやる義理もないので、森の中で仕掛けることにする。
戦利品になっている人間はいないようなので、2人で容赦なく魔法を発動させる。
結果、串刺しにされたの3匹の頭を叩き潰されたの1匹で、あっという間に決着がついた。
証拠となる鼻を削ぎ、森の中に埋めて掘っ立て小屋に戻る。
このまま掘っ立て小屋を放っておくと、また何かが棲みつくかもしれないので燃やしてしまおうという判断だ。
豚鬼が寝床にしていた枯れ草を着火剤に、小屋に火をつけるとあっという間に燃え上がった。
本来なら豚鬼を倒したことを近くの村に報告に行くのだが、掘っ立て小屋が燃え尽きるのを待っていると夜中になってしまうので、仕方なくここで一夜を明かすことにした。
え?ここで夜を明かすなら掘っ立て小屋は燃やさないほうが良かったんじゃないかって?
ヤだよ。掘っ立て小屋の中クセーんだもん。毛皮に臭いが移りそうで。
-2-
とっぷりと日も暮れたなか、しぶとく燃え続けている掘っ立て小屋を延焼に注意しつつ漫然と眺めているとなんとなく周囲を警戒していたイツキレーダーに引っかかるものがあった。
「ディーゴ、黒いのが来るわよ」
「なんだその黒いのってのぁ」
「んー、黒くて良く解らないんだけど、大きな獣?が一頭、ゆっくりとこっちに向かってくるわね」
「なんだ、血に誘われたか?」
豚鬼の死骸は片づけたが、地面に残る血はそのままなので、もしかしたらその臭いを嗅ぎ付けたのかもしれない。
「大きさはどんなもんだ?」
「ディーゴと同じか、ちょっと大きいくらいね」
「ふむ、なんだろな。まぁ襲ってきたら返り討ちにするだけだが」
戦槌を右手に下げ、獣がやってくるという方向を凝視する。
どのくらい待ったか、イツキの「くるわよ」という声とともに姿を現したのは、漆黒の毛並みをした虎だった。
ふむ、こういうのとやりあうのは初めてだな、と武器を構えて様子を見ていると、何かおかしい。
ゆっくりゆっくりとやってきた虎は、俺と一定の距離までくるとぺたりと座り、その場に伏せた。
「……?」
やってきた虎の意図が読めないので、じっと様子をうかがう。
しばらく様子を見ていたが、どうにも虎は動く様子がない。
見ると随分痩せているようだった。
「……もしかしてお前、腹減ってる?」
同じ虎ということでなんとなく親近感を覚えた俺は、虎に話しかけてみた。
といっても虎が言葉を返すわけもなく、代わりにグルグルと低く喉を鳴らした。
「とりあえず水、飲むか?」
無限袋から深皿をだし、水袋から水を注いでゆっくりと虎の前に持っていく。
すると虎はぴちゃぴちゃと音を立てて水を飲み、満足そうに目を細めた。
「干し肉だが、これも食うか?」
今度は平皿に干し肉を乗せて差し出す。
虎はふんふんと匂いを嗅ぐと、がつがつと食べ始めた。
「そっか、腹減ってたのか。干し肉だったらまだあるからたっぷり食え」
そう言いながら、干し肉を追加してやる。
3回干し肉を追加したところで腹いっぱいになったのか、虎は大きなあくびをして目を閉じた。
「なんか随分おとなしいわね」
「なんかする元気もないんだろ。みろ、アバラ浮いてるぜ」
この頃になると、虎に害意がないのが分かり頭をそっと撫でられるくらいになっていた。
「お前随分痩せてんな。この辺りにゃ獣は豊富なはずだが……狩りができない事情でもあんのか?」
虎はその声には答えず、頭を撫でられながらぐるぐると唸っている。
ただ、時々思い出したように左前脚を振るのが気になった。
「?ちょっとお前、前脚見せてみろ」
そう言って、虎の左前脚を持ち上げてのぞき込む。
「……あー、これか」
「どうかしたの?」
「肉球の間にぶっといトゲ刺さってやがる。よく化膿しなかったな」
「トゲ?」
「ああ。ちょっと待ってろ、今抜いてやるから」
そう言ってトゲをつまみ、一気に引き抜く。痛んだのか、「がうっ!」と虎が吼えたが気にしない。
「見ろよ、こんな長いのが刺さってた。これじゃ痛むわけだ」
そう言ってイツキに、引き抜いた2セメトほどのトゲを見せる。
「うわ、これは痛そう。でももう大丈夫よね」
「まぁ一応ポーションもかけとくか」
そう言って無限袋から初級ポーションを取り出して、トゲの刺さっていた場所に振りかける。
「これでもう大丈夫だ」
「良かったわね」
イツキがポンポンと軽く頭を叩くと、虎は満足そうに目を閉じた。
「んじゃ、こっちも夕飯済ませちまうか」
まだ燃えている掘っ立て小屋の火を明かりに、干し肉と固パンの夕食をすます。
掘っ立て小屋の火が消えたのは、夜もかなり遅くなってからだった。
あくびをこらえつつ魔法を使い、草木でできたシェルターを作る。
中に入ろうとすると、虎も起きだして当然のように一緒に中に入ってきて、その夜はなぜか一緒に寝ることになった。
翌朝、虎と同時に起きだして一緒に朝食をとった。
虎は干し肉のお代わりを二回した後、満足そうに口元を舐めている。
俺は掘っ立て小屋の火が完全に消えているかをもう一度確認した後、外していた装備一式を身に着け出立の準備を整えた。
「さて、残るはお前さんの処遇だが……ついてくるか?」
そう言って虎のうなじを軽く撫でる。うーん、いい手触りだ。
「これでも甲斐性はあるから、ご飯は保証するわよ?」
俺とイツキの問いかけに、虎はぐるるっと軽く唸ると、すりっ、と俺の足に体を一度こすりつけて、振り返らずに森の中に消えていった。
「……どうやら振られたらしいな」
「最後のアレはお礼のつもりだったのかしらね。心にくいことするじゃない」
「……だな。じゃ、俺たちも帰るか」
「そうね。久しぶりに蜂蜜酒が飲みたいわ」
「こないだ3本あけたばかりじゃねーか」
「それはそれ、これはこれ。じゃ、ディーゴ、よろしくね」
そう言い残して、イツキはするりと俺の中に消えた。
……ま、1本位ならいいか。