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暴走する病5

-1-

 村を襲った鱗イタチの集団暴走は、夕刻まである程度の時間を残して終息した。

 ラズリー男爵に指揮権が移ってからは、特に大きな混乱もなく鱗イタチへの対処ができた。

 ラズリー男爵たちが暴走に対処している間、村民たちは村中に散らばっている鱗イタチの死骸を回収して回っていた。

 村はずれに協力して大きな穴を掘り、そこに鱗イタチの死骸を投げ込んでいく。

「これだけの死骸だ、畑の肥やしにできればよかったんだがなぁ」

 死骸を投げ込みながら、村民たちがたくましいことを言って笑う。

「お医者様が止めた方がいいって言うんだから、仕方ないだろう」

 夕刻過ぎに届いた生石灰を、死骸と交互に投げ入れながら別の村民が言う。

「まぁ確かに、病気持ちの死骸なんか肥やしに使ったら、作物が腐りそうだからなぁ」

 村民たちが、がははと笑いあう。

 鱗イタチが襲ってきたのは災難だったが、大した被害なく村を守れた事実が、村人たちの表情を明るくしていた。

「しかし冒険者様、これだけの死骸、何の利用もできないんで?」

「肉は不味くて病気持ち、毛皮は互いに傷つけあってボロボロだし、鱗の部分はまぁ使えないこともないが……縫い合わせて靴を作るくらいがいいとこだろうな。それにしたって加工の手間が面倒だし、履き心地も見栄えもいいとは言えんよ」

 幾つめかの穴を掘りながら、俺が村人に返す。

「はぁ、そんなもんなんで」

 そう。鱗イタチは緑小鬼と同じくらい使い道がない。いや、緑小鬼は倒した証拠の耳を冒険者ギルドや役所に持って行けばいくらかの金になるが、鱗イタチはそれすらない。

 全くの襲われ損だ。

 今回、大した被害がなかったとはいえ、なんとかして元を取り返そうと考えるのは自然なことだろう。

 ……鱗イタチが相手では無理な話なのだが。


 その後、救援隊は村に3日滞在してディーセンに戻っていった。

 3日滞在したのは赤斑病の経過観察のためで、3日たっても発症しなかった救援隊の面々は全員が帰還できることになった。

 一方、村民は十数名が発症したが、いずれも事前に飲んだ薬湯のせいで症状は軽く、命に別状はないとのことだった。

 俺?しっかり発症しましたよ。

 最前線で動き回って結構あちこち噛まれたからね。自慢の毛皮も万全じゃなかったわけだ。

 自覚はないが、治療に当たったウェルシュの談によると結構症状は重かったらしい。

 まぁそれでも3日程寝てれば快復したのだが、その間、村の女衆が至れり尽くせりで看病してくれたので悪い身分ではなかったかな。

 3日目には熱も下がって発疹も消えたのだが、さらに2日を経過観察に費やして5日目にしてようやく完治宣言が出された。

 村民たちもそのころには全員が治っていたので、確かに俺が一番重症だったようだ。

 そして翌日

「ウェルシュ様、ディーゴ様、この度は本当にありがとうございました」

 旅姿に身を固めた俺たちの手をがっちり握って、村長が礼を述べる。

「こちらこそ、長々と滞在してしまってお手数おかけしました」

「いえいえ、それは仕方のないこと。むしろお二人に少しでもご恩返しができたのではないかと」

「そういっていただけると幸いです」

「ですがお二方、本当にお代はよろしいので?」

「そういう約束でしたからね。なに、医者の私にとってはたまにあることです。それに褒賞でしたらあとで領主様が出してくれるそうですので」

「俺もそんな理由です。むしろ看病で手間かけさせた、と皆さんにお礼を言っといてください」

「そうですか。本当にありがとうございます。何もない村ですが、よろしければまた遊びに来てください。お二人ならばいつでも歓迎いたしますので」

「ありがとうございます。では、私どもはこの辺で」

「そうですな。長々と引き留めるわけにもいきませんか。道中、お気をつけて」

「先生、どうもありがとう!」

「ディーゴ様もお元気で!」

 口々に礼を述べる村人たちを後にして、俺たちはやっとディーセンに向けて歩き出した。


「しかし今回はディーゴにはずれを引かせてしまったな」

 細い裏街道を歩きながら、ウェルシュが口を開く。

「まぁそう言うなや。いい経験させてもらったと思ってるよ。ウェルシュの方こそ持ちだし……でもないのか。薬の材料からすると」

 全部雑草だし、水飴は救援隊が持ってきたものだし。

「あ、でもエルトールが持ってきてくれた術晶石があるか」

「そのくらいなら領主様からの報奨金で賄えるだろう」

「それもそうだな」

「むしろ今回の件で領主様とはいかないまでもラズリー男爵と面識ができた。ウチとしてはいい方に転んだよ」

「やはりコネは大事か」

「ないよりはあった方がいい。特にウチは代替わりしたせいで結構な繋がりが途絶えてしまったからな」

「?」

 首を傾げる。

「身内の自慢をするわけではないが、先代の……私の祖父に当たるシャーガスは腕の立つ結構有名な医者でね。裏町の医聖とか言われていたんだが……8年前に寿命で亡くなってしまったんだ」

「その後を私が継いだのだが、当時は二十五そこそこの若造でね、技術も人望も祖父にはとても及ばなかったのさ」

「なるほどな」

「無論、代替わりした今でも祖父同様に付き合ってくれている人はいるが、数は大分減ったな」

「……あれ?立ち入ったことを聞くようだが、ご両親はどうしたんだ?」

「二人とも私が子供の頃に身まかった。北部辺境に乞われて疫病の対策に行って、そこで命を落としたんだ」

「そうか。そりゃ悪いことを聞いた」

「なに、今でも両親は北部辺境では救世主扱いと噂で聞いたからな、まんざら悪い気はしないよ」

「そう聞くとウェルシュの一族は3代続いて医者の家系なんだな」

 3代も続くなんて医者のサラブレッドじゃん。

「あんなところで診療所を開いているのは、やはり爺様の影響か?」

「まぁね。以前は王都にいたらしいが……そのあたりはあまり話してくれなかったんだ」

 ふむ、何かトラブルでもあったのかね。

「それよりもディーゴの方はどうなんだ?私としては君みたいな種族がディーセンにいることの方がよほど興味を掻き立てられるのだが?」

「俺?俺の方といってもなぁ……」

 そんな感じで、旅は進んでいった。


-2-

 ディーセンの門をくぐったところでウェルシュと別れ、石巨人亭に顔を出す。

「ようディーゴお帰り。配達にしちゃ随分と時間がかかったな。何かトラブルでもあったのか?」

 カウンターに冒険者手帳を出した俺に、亭主が訊ねてきた。

「ん?まぁな。依頼自体は簡単に済んだんだが……」

 と、前置きして、ウェルシュと会って帰りの護衛を引き受けたことと、鱗イタチの集団暴走を話して聞かせた。

「はぁー、なるほど。前にラズリー男爵が兵士を連れて戻ってきたと聞いたが、その件だったか」

「まぁ村に大した被害が出なかったのは御の字だな」

 そう言って、亭主のおごりのエールを口に含む。

「感傷に浸ってるところ悪いが、護衛の件と鱗イタチの件は依頼件数にカウントはできんなぁ」

「やっぱ無理か」

「ああ。ウチとかギルドを通してないからな。杓子定規な気もするが、それを認めると際限がなくなっちまうからなぁ」

「まぁ、それについては分からんこともない。別に気にしてないから気にせんでくれ」

「悪いな。護衛はともかく、鱗イタチは依頼にカウントしても構わんと思えるほどの働きなんだが」

「そっちは領主の方から報奨金が出るそうだから」

「そっか、そりゃよかったな」

「さすがにあれでタダ働きは勘弁だ。まぁいい経験にはなったけどな」

 そう言ってエールの残りを一気にあおった。

「んじゃ、今日はこれで帰るわ。そうだ、蜂蜜酒を2……いや、3本と焼酒を1本貰えるか?」

「構わんが、宴会でもするのか?」

「イツキと約束してんだ。帰ったら蜂蜜酒をおごるってな」

「なるほど。まいどあり」

 亭主が出してきた酒を受け取ると、代金を払って石巨人亭を後にした。


「ディーゴ様、お帰りなさいませ!」

 屋敷に戻ると、待ちかねていたようなユニが出迎えてくれた。

「おう、遅くなってすまんな」

「伺ったのは1週間の予定でしたけど、何かあったんですか?それに毛皮の艶も少し……」

「あー、ちっと病気で寝込んだからな」

「!大丈夫なんですか?」

「もう完治してるから大丈夫だ。それよりもひとっ風呂浴びたいから、用意頼むわ」

「はい。かしこまりました」

「それと夕飯だけどな、お前の飯食うのも久しぶりだから、ちょっと腕ふるってくれ」

「わかりました。病み上がりですから精のつくものお出ししますね」

「その辺は任せる」

 自室に入り、鎧を脱いで一服がてら一息ついていると、ユニが風呂の用意ができたといってきた。

 帰り道は飯は美味かったが、風呂に入れなかったのがちょっとな。

 湯船に身を沈め、浮いてきた諸々のごみや汚れを押し流すと、久しぶりの風呂を存分に堪能した。

 風呂から上がり、ほてりを冷ましがてらまったりしていると、ユニが夕食の用意ができたと呼びに来たので食堂に行く。

 食堂のテーブルには、ユニが腕をふるった幾つもの料理が並んでいた。

「うん、いつもながら旨そうだ。いただきます」

「いただきます」

 玉ねぎのグラタンスープに野菜の揚げ物、豚肉のマリネなどを片っ端から平らげていく。

 うむうむ、村の飯も旨かったがユニの飯はその上を行くな。

「ああそうだ、メシ食ってる最中に悪いが、夜食用に軽いつまみも用意しといてくれ」

「わかりました。何かなさるんですか?」

「いや、イツキのやつと約束しててな。帰ったら蜂蜜酒奢るって。ちょっと今回は働かせたからなー」

「そういう理由でしたか。あの、私も加わっても構いませんか?」

「ん?別に構わんが……お前、飲めたっけ?」

 こっちの飲酒制限は15歳からなので大丈夫だとは思うが、今までユニが酒を飲むところを見たことがない。

「少しでしたらお付き合いできます。それに、ディーゴ様が日頃どんなお仕事をされているのか、興味がありますから」

「そうか、なら構わんよ。じゃ、適当な時間に俺の自室に寝間着で着てくれ」


 イツキとユニを交えた3人の飲み会は、夜遅くまで続いた。

 うむ、美女(だけど精霊)と美少女(だけど男)を相手に酒を飲むのもいいもんだ。


 ……シタゴコロは持てないけどな。

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