暴走する病4
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「すいません、遅くなりました!」
その声とともに、1頭の馬が駆けこんできたのは、魔法を打ち尽くしたイツキが俺の中に引っ込んでしばらくしてのことだった。
「エルトール!」
馬上の人を見て声を上げる。というかお前、馬に乗れたんだ。
「あなたは?」
エルトールを知らない村長が訊ねると、エルトールは馬から降りて村長に挨拶した。
「初めまして、ウェルシュの弟のエルトールといいます。知らせを聞いて駆けつけました」
「おお、ありがとうございます!」
「お礼は後で。ディーゴさん、まずはこれを」
エルトールはそういって術晶石を渡してきた。
「ディーゴさん一人ではとても魔力が足りないだろうから、とかき集めてきました」
「ありがてぇ。これで壁が補強できる」
この状況で小さいながらも術晶石5個は泣きたくなるほどありがたい。
「村長、彼に状況を説明してやってください。エルトールはディーセンでの状況をわかる範囲で村長に。俺はすぐに壁の補強に行く」
「「わかりました」」
二人をその場に残し、鱗イタチの群れをまともに受けている中央の壁に駆け付ける。
村人の手をすり抜けた数匹の鱗イタチが足元を駆け抜けていったが、この際無視だ。仕方ない。
左手で術晶石を握り、右手を壁に添えて魔法を発動させる。
「土よ土よ、さらに厚く高い壁となれ」
呪文に応じてズズズズと土が動き、壁が厚く、高くなる。それによって、ひとまず中央での鱗イタチの侵入は止まった。
西の方はもう無視して大丈夫なので東の方に向かう。
東の端に駆け付けると、大勢の村人たちが鱗イタチを相手に格闘していた。
「冒険者様、どうしました!?」
「術晶石が手に入った。追加で壁を伸ばすぞ!」
そう言って、高さ2トエムの壁を200トエム程東に伸ばした。これでこのあたり一帯は壁の内側になり、守られることになる。
「手近な鱗イタチを片付けたら一息ついてくれ。ただまだ気は抜くなよ。暴走はまだづついてるからな。あと見張りを忘れるな」
「は、はい!」
それでも村人たちはほっとしたような表情を見せると、足元を走り回る鱗イタチを追いかけ始めた。
その様子を見とどけると、置いてある樽の中を覗いてみる。
水も残り少ない。
「村長に言って水を追加で届けさせる。それまで何とか頑張ってくれ」
「分かりました」
村人が頷いたのを見ると、そのまま村長とエルトールの所に向かう。
「とりあえず壁を補強して伸ばしてきた。これで一息つけるはずだ」
俺の報告に、村長が表情を和らげる。
「エルトール、2度手間になって悪いが、ディーセンの街の状況は?」
「領主様への面会がかなって、兵士を出してくれるそうです。まずは夜勤の者を20、次いで30名動員をかけたそうです」
「50の増援か。魔法使いはいたか?」
「すいません、そこまでは掴んでません」
「そっか、まぁそれはいいや。で、時間的にはどのくらいで到着しそうだ?」
「昼前には着くと思います」
「昼前か……よし、なんとかそこまで守りきるぞ」
「「はい!」」
力強くうなずく村長とエルトール。これで少し光明が見えてきた。
西と中央に手がかからなくなったため、見張りを残し村民を東に移動させた。
これで東の陣容が一気に厚くなり、交代で休憩をとれる余裕が生まれた。
といっても地面は血だらけ死骸だらけのため、丸太や板きれ、空き樽などが持ち込まれ、皆思い思いにそれらに腰を下ろしている。
水の入った空き樽に集まり、かわるがわる飲んでいる村人たちもいた。
「冒険者様、これでなんとかなるでしょうか?」
近くにいた村人が声をかけてきた。
「まぁ油断はできんが、先は見えた感じだな。昼にはディーセンの街から救援が来るらしいし」
「ホントですか!?」
「ああ。まずは20、次いで30名来てくれるらしい」
「よかった……じゃあ、もう村は大丈夫なんですね?」
「安請け合いはできねぇが、壊滅ってことは避けられそうだな」
「じゃあ、俺、みんなに知らせてきます!」
そう言い残して、村人は駆け出していった。
救援が来る、という情報はあっという間に広がり、あちこちで歓声が上がった。
それに応じて、村人たちの動きも目に見えて戻ってきた。
やはり先に希望があると違うな。
そして交代による休憩を2度ほど挟んだあたりで、ついに待ちに待ったディーセンからの援軍が到着した。
ディーセンの街で騎士団長を務めるラズリー男爵が、配下の騎士5名と夜勤の警備兵15名を引き連れてきてくれた。
魔法使いはいないが、まぁこれだけいればなんとかなるだろう。
さっそく、ラズリー男爵と村長、ウェルシュ、エルトール、俺の5人で作戦会議が開かれる。
天幕なんて気取ったものはないので、鱗イタチの死骸が散らばる中、空き樽を中心に野天での作戦会議だ。
「あの壁はディーゴが作ったのか?」
ラズリー男爵が壁を指さしながら尋ねた。
「そうですが、何かまずかったですか?」
「いや、これだけの長さの壁を一人で作れるとは思ってなかったのでな」
「手持ちの術晶石も全部使い切りましたから。あと、エルトールが持ってきてくれた術晶石も使ってます」
「なるほど。それなら納得だ」
ラズリー男爵が頷く。
「状況を見た感じでは、北から来た群れをあの壁で東に流しているのだな?」
「はい。西には畑が広がっていますから」
「ディーゴ、魔力に残りはあるか?」
「残念ながら、絞っても出ません」
「フッ、そうか。では我々は東の壁の端で、村に侵入しようとする鱗イタチを退治すればよいのだな?」
「はい。そのようにお願いします」
村長と俺が頭を下げる。
「今の体制はどうなっている?村人総出で退治に回っているのか?」
「大人衆を男女まぜて25人くらいの組に分けて、2交代制で退治に当たらせています。年寄り衆8人には備蓄倉庫で食料を守ってもらってます。子供11人には、飲み水の用意と死骸及び地面の血糊への砂かけを任せています。あとはそれ以外に西と中央に見張りを2名ずつ配置してます」
「うむ、上出来だ。現状、西と中央は問題ないのだな?」
「はい。鱗イタチの群れは中央で壁に当たった後、東に向かう流れができています。また、中央は壁をさらに厚く、高くしたのでこれも特に問題はないかと」
「なるほど。では我々20名は第3班として加わり、3交代制にしよう。残り30名が加わったら、村の者たちは退治から外れていい。村の中の死骸を片付けてもらおう」
「「「「分かりました」」」
「では話は変わるが、報告にあった赤斑病について教えてくれるか?」
「はい。では私から説明させていただきます」
ウェルシュがそういって、赤斑病について説明した。
「ふむ、暴走した鱗イタチによって感染する致死性の伝染病か。厄介だな。それについての対策はできているのであろうな?」
「噛まれた後、早い段階で薬を投与すれば発症しないか、発症したとしても軽度で済みます。要は一定以上熱を上げないことです」
「取り急ぎ、30人分の薬を用意してきました」
ウェルシュの言葉をエルトールが引き継ぐ。
「30人分か、まるで足りぬな」
「手持ちの材料で取り急ぎ作っただけですので。ですがありふれた材料を使った簡単な解熱剤なので、材料さえあればここでも作ることができます」
「材料はなんだ?」
「ツブオナモミの実とツユクサの葉、コミチカンゾウの葉の3種類です。できれば蜂蜜か、最近出回り始めたという水飴もあるといいんですが」
ラズリー男爵の問いに、エルトールがすらすらと答える。
「蜂蜜や水飴以外は、いわゆる雑草扱いですからこの辺りを探し回ればなんとかなるか、と」
「コミチカンゾウは聞いたことございませんが、ツユクサならその辺にいくらでも自生してますな」
村長が思い出しながら言う。
「ツブオナモミの実は、子供がよく服にくっつけて遊ぶ植物です。『ひっつき玉』といえば分かりますかね?家畜の毛にもよくついてたりしますが」
「おお、それなら牧場の側や藪の中によく生えております」
「コミチカンゾウは道端の日当たりのいい場所に生えてる草で、来る途中にも結構見かけたので、それをむしってきます」
「そうか、それなら暴走が終わった後兵士たちにも探させよう。ただ、蜂蜜とか水飴は本当に必要なのか?」
「作った薬湯が物凄く苦えぐいんですよ。飲みやすくするために加えてるだけなので、最悪なくても大丈夫です」
「はっはっはっ、そういう理由か。まぁいい。蜂蜜は無理だが水飴は備蓄がある。街に行って届けさせよう。壺一つもあればいいな?」
「はい。それだけあれば十分です」
「ああ、街に戻るのでしたら併せて生石灰も用意できないでしょうか?」
ウェルシュがラズリー男爵に訊ねる。
「生石灰?何に使うのだ?」
「死骸と血糊が大分散らばってますので、それらの毒消しに」
「なるほど。それなら納得だ。樽で10もあれば足りるか?」
「はい。そのくらいあれば大丈夫です」
「ではそれも追記しておこう。ほかに言うことはないな?ではこれで解散だ。各々職務に戻れ」
「「「はい」」」
そんな感じで、作戦会議は暴走のさなかというのにどことなく緩い雰囲気で終わった。
村長や俺たちとしては峠は越えたという雰囲気だし、ラズリー男爵もそれを感じ取ったのだろう。
緑小鬼の軍団や豚鬼の集団みたく、命の危険があるわけでもない。
無論まだ油断はできないが、俺としては半分くらい手が離れたような感覚だった。
その後、昼過ぎになって追加の救援隊30名が到着した。
これにより鱗イタチの暴走への対応は、ほぼラズリー男爵の手に移った。
嬉しい誤算だったのは、追加の救援隊に魔法使いが3名いたことと、救援隊が炊き出し用の食糧を持ってきてくれたことだった。
大きな固いパンと塩味のスープ、干し肉といった軍隊食だが、スープには先日俺が提案した即席スープの素が使われていて、まずまずの味に仕上がっていた。
昨夜から水しか口にしていなかった村人たちに交じり、俺も固いパンをスープに浸して咀嚼する。
普段ならいまいちと思える味だが、さんざん体を動かした空腹状態で食べたため、結構旨く感じられた。
スープの方も獣骨を煮だしたらしい下味に、野菜がたっぷり入った具沢山の代物だ。
スープを吸った芋や玉菜が、優しく胃に収まっていく感じがした。
村人たちも半日ぶりの固形物を口にして生き返ったような表情をしていた。
量のある食事を終えると、見回りを兼ねて壁に歩み寄った。
高さ厚さだけでなく、鱗イタチの群れが当たるところは固さも上げておいたので、今のところ心配はない。
俺はポケットからパイプを取り出すと、刻み煙草を詰め、くすぶっている焚き火から燃えさしを拾い上げた。
燃えさしに息を吹きかけ火をともすと、パイプの葉に火をつける。
煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、体の中に残っていた緊張が、煙とともに吐き出される気がした。
……一仕事終えた後のタバコはやっぱ美味ぇわ。