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暴走する病1

-1-

 春もろそろ終盤にかかろうかという頃、俺はディーセンから4日ほど離れたとある村に来ていた。

 ここの村長に届け物を持ってきたのだが、高価な品でも壊れ物でもない、往復1週間程度のまぁまぁ気楽な依頼だった。

 品物を届け終え、村に一軒だけという居酒屋に入り、好奇の目にさらされながら遅くなった昼食をつついていると、後ろから声がかかった。

「その後ろ姿は、もしかしてディーゴか?」

「?」

 もきゅもきゅごくん、と黒パンを飲みこみ振り返ると、背負い袋を背負い黒鞄を下げた七三メガネの男が笑みを浮かべて立っていた。

「ああ、確か……ウェルシュだったか」

「うん。よく覚えていてくれたね。一緒してもいいかな?」

「ああ、構わんよ」

「じゃあ失礼するよ。お姉さん、私にもランチを一つ。それと葡萄酒はあるかな」

「3級と2級がありますけど」

「じゃあ3級をキャラフで」

 おいおい昼から葡萄酒かよ、と思ったがまぁ俺もたまにやるし。しかも朝から焼酒を。

 朝酒とか昼酒って美味いんだよね。ちょっとした背徳感もあって。

 ただまぁ、今飲んでるのはぬるいエールなんだよね、これから歩くし。

 妙な所での再会を祝して軽く乾杯すると、お互いの近況を話し合う流れになった。

 ウェルシュはこの村の自警団の団長と知り合いで、今度子供が生まれそうだから一寸診てくれと言われて祝いともども診に来たらしい。街の外にも手を広げてんのかあの診療所は。

「母子ともに健康、全く問題なしだ。あえて言うならば、夫婦ののろけに独身の私が中毒()てられたくらいかな」

「そりゃ災難?だったな。俺の方は……」

 と、気楽な依頼できたことをざっくりと説明する。

「なるほど、そちらも平和という事か」

「ところで、エルトールはどうしてる?」

「それなんだが、先日ケンビキョウとかいうものをエルが貰ったそうだね」

「なんか拙かったかね?」

「いや、大層なものを貰って感謝しきりだ。礼を言おうと思っていたのだがつい遅くなった。申し訳ない」

「いやいや、こっちも頼みごとがあったし、元値は銀貨数枚だから気にせんでくれ」

「とはいえ、あれは医学界に革命をもたらすものだぞ?」

「それは使い手次第だろ。俺はただ便利な道具を提供しただけで、革命がおこるかはエルトール次第だ」

「それに、改良版をカワナガラス店に頼んでる。礼ならそっちから来るさ」

「まったく……欲がないな」

「過ぎたるものは身を亡ぼすってね。それが怖いのさ」

「過ぎたるものは身を亡ぼす……か。確かにそうだな」

「ま、体壊さん程度にやってくれ、と伝言頼もうか」

「ああ、言っておこう」


「ところで、ディーゴはこれからディーセンに帰りか?」

 運ばれてきたランチを食べながらウェルシュが訊ねてきた。

「一応そのつもりだが?」

「なら私も同道させてもらえないか?来るときは隊商にくっついてきたんだが、帰りの隊商が捕まらなくてね」

「まぁ別に構わんが……それは依頼か?」

「みたいなものだ。希望を聞いてくれれば、帰りの必要経費は只になる」

「……希望というのは?」

「なに、主街道ではなく裏街道を行ってほしいだけだ。そっちの方が何かと都合がいいんでね」

「俺は逆に裏街道だと都合が悪いんだが」

「ほう?どうしてだ?」

「この顔だからな、魔物と疑われて村に入れてもらえんのだ」

「なるほど、そういう理由か。でもまぁ私がいれば大丈夫だろう」

「そんなに裏街道に信用があるのか?」

「ついてくればわかるさ」

 ウェルシュはそういって笑った。


-2-

 そんな感じで出発した二人だが、夕刻に一つ目の村に着いた時点で疑問が氷解した。

 いつものように警戒感丸出しで村の男衆が武器を構えて出迎えてくれたが

「ここは私に任せてくれ」

 と、ウェルシュが先行し、村人に何か話しかけたかと思ったら、いきなり村人が笑顔になって俺たちを迎え入れ、村長の家まで案内してくれた。

「(小声で)一体どうなってんだ?」

「(小声で)私がディーセンの医者だと名乗って、ギルド票を見せたのさ」

「?」

「(小声で)こういう裏街道の村に医者はいないし、普段通ることもないからね。娯楽のない村で旅芸人が歓迎されるのと一緒だよ」

「(小声で)なるほど」

 そんなことを話し合っていると、村長宅に着いた。

「村長!そんちょーう!お客さんだよ!!」

 ドンドンと扉を叩いて村人が村長を呼ぶ。

「なんじゃい、聞こえとるよ全く……」

 と、扉が開き村長らしき年輩の男が顔を出した。

「村長、ディーセンのお医者様が来てくれたぞ」

 医者が来たのがよほどうれしいのか、ウェルシュが自己紹介するより早く、村人がウェルシュを紹介した。

「初めまして。ディーセンで診療所を開いているウェルシュと申します。こちらは同行者のディーゴ。用心棒です」

「ディーゴです、よろしく」

「突然の話で恐縮ですが、今夜の宿をお願いしたいのですが」

「おお、そうでしたか。それでしたらどうぞ中へ」

 そう言って村長が俺たちを中に誘った。


「……というわけで、出先からディーセンに戻るところなんですよ。その際、こちらの村を訪ねたことはなかったなと思い出しまして、立ち寄らせていただいた次第です」

 村長宅の居間で、白湯を出されながら旅の目的とこの村に立ち寄った理由をウェルシュが説明する。

 白湯の置かれた卓の上には、身分証としてウェルシュの医師ギルド票と俺の冒険者手帳が置いてある。

「そうでしたか。それでしたら村への滞在を許可しましょう」

 村長がニコニコ顔でウェルシュに応じる。医者の信用スゲーな。

 俺一人だと村に入れてもらえないか、入れてもらえても立ち話の末、馬小屋泊まりがいいとこなんだが。

「ただ、代わりといっては何ですがウェルシュさんにお願いがありまして……」

「ええ、承知してます。私で良ければ村の人を診させてもらいますよ」

「おお、ありがとうございます。ただ、見ての通りうちは小さな村ですので、お医者様への謝礼が……」

 うん、俺もエルトールと付き合うようになってから、ちょいと医者について聞いて回ったんだが、この世界、診察費って結構お高いのよね。普通の医者だと診察だけで半金貨が飛んでいき、さらに薬代としてもヘタすると金貨が飛んでく世界らしい。

 ミットン診療所はそういうわけではなく、もっと安くてある時払いらしいが。

「その点ならご心配なく。患者を診るのは医者の務め。こうして一夜の宿を提供していただけるなら、謝礼を頂くつもりはありませんよ」

「おお、ありがとうございます。でしたら宿と食事の方は任せてくだされ。女衆にいって腕を振るわせますでな」

 村長が胸を叩くのを見て、今夜の夕食は期待できそうだとひそかに思った。


-3-

 それから、村長の指示で村の中の空き家の一軒が急遽掃除され、イスとテーブルを運び込んで急造の診察所になった。

 ウェルシュばかりに働かせるのもなんだと思い手伝いを申し出たが、それについてはやんわりと遠慮された。

 俺みたいなコワモテが後ろに控えてたのでは、患者も緊張してモノが言えなくなるだろうとのウェルシュの判断だ。

 仕方ないので、セルリ村でやったように家の壊れた個所があるなら魔法で直すと村長に言ったら、数軒を紹介されたので言われるままに直して回った。

 ま、ウェルシュが働いている以上、俺もこのくらいは働かんとな。そこ、貧乏性とか言わない。

 そうこうしているうちに、夕食の用意が整ったと女衆が呼びに来たので村長宅に戻る。

 頑張って用意してくれたのであろう、肉多めの夕食とエールを堪能していると、診察が一段落したのかウェルシュが戻ってきた。

「お疲れさん、村人の健康状態はどうだい?」

「まぁ大したことはないな。季節の変わり目ということで3~4人体調を崩しているものがいたが、いずれも軽症だ」

「見た感じ随分並んでいたようだが?」

「なに、折角無料で診てもらえるのだから、とやってきたやじ馬が大半だよ。普段医者なんていないから、話を聞いて貰って、自分は健康だというお墨付きが欲しいのさ。こういう無医村ではよくあることだ」

「健康診断も兼ねてるようなもんか。医者も大変だな」

「まぁなりたくてなった仕事だからね、別に苦労とは思わんよ。それよりも村人の家の壊れてるところを直してくれたんだって?」

「ウェルシュ一人に働かせているのも気が引けてね」

「村の人が感謝してたよ。これで隙間風に悩まされずに済む、ってね」

「あの程度ならどうってことないさ。ま、朝飯前のタバコのついで、だ」

「朝飯前のタバコのついで、か。ずいぶん気楽だな」

「ディーセンの街に入る前にセルリ村ってとこにいたんだが、そこで土魔法は結構鍛えられたんだよ」

「なるほど。村に土魔法では、随分とこき使われたんだろうな」

「そりゃもうみっちりと」

 そんな話をしながら、ウェルシュが夕食を平らげていく。

 俺も食うのは結構速い方だが、ウェルシュはさらにその上を行く。というか、ほとんど芸だな。この速さは。

「そんなに急いで食わんでも、夕食は逃げんぞ?」

「確かにそうだが、まだ患者を待たせているんでね」

 ……頭が下がるわ。

「あと何人くらいだ?」

「家で臥せっているのが3人とか言っていたから、順当に行けば時間はそれほどかからんだろう。長引くようなら先に寝てても構わないぞ」

「そうだな、悪いがあまり長引くようならそうさせてもらうわ」

 それなりの時間寝ないと、魔法を使った疲れが取れないからね。

 しかし、村長と今年の作物の出来とか珍しい作物の話なんかをしていたら、診察を終えたウェルシュが戻ってきた。

 そこそこ時間は経ってはいるが、ウェルシュの表情からしてそう酷いものでもなさそうだった。

 ウェルシュが村長に、集まった村人たちの体調を報告すると、村長もほっとした様子だった。

 そりゃ村人の中に重篤な伝染病患者がいるなんて知れたら大騒ぎだもんな。


 翌朝、感謝しきりの村長と多くの村人たちの見送りを受けて村を発った。

 昼にでも、と弁当まで貰っちまったよ。

 なるほど、こりゃ確かに必要経費がタダになるわけだ。

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