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必殺技?

-1-

 5月も半ばになろうという日、俺は稽古場でひとり稽古にいそしんでいた。相変わらず人気ねーのな、ここ。

「よーし、そろそろいいだろう」

 数千回に及ぶ素振りの後、稽古台に向けて打ち込み稽古をしていると教官からストップがかかった。

 なんか拙いとこでもあったか?と思ったが、教官の機嫌は悪くない。

 なんの用かと顔を向けると、教官が続けた。

「ディーゴも今日で5回目だな。もうちょっとまめに来られればいいんだが、まぁ駆け出しの兼業では仕方ないか」

 ああそうか、今日で5回目の稽古になるのか。

「ウチはな、5回稽古に通った生徒には技を一つ教えることにしてんだ。ま、頑張って通ってる努力賞ってところだな」

「へぇ、そんなのがあったんですか」

「稽古といっても、いつも通り一遍の内容じゃ飽きが来るだろ?ま、稽古なんてのはその飽きを克服するのも稽古の一つなんだが……そんなこと言ってると誰も来なくなるからな」

 そう言って教官が苦笑いする。

 まぁ、馬も走り続けるにはニンジンが必要だしね。

「ついては、だ。ディーゴ、対人戦の技と対魔物戦の技、どっちを知りたい?」

「対人戦で」

 迷わず答えた。いやだって、当たり前だけど教官には負けっぱなしあしらわれっぱなしだからさ、魔物戦と比べて対人戦のスキルはかなり低いんじゃないかと、勝手に分析してるわけよ。

「ふむ、対人戦か。冒険者だと魔物と戦う機会の方が多いと思うんだが、盗賊とやりあうことも少なくはないからな。いいだろう。対人戦の技を一つ教えてやる」

「今のお前に使えそうなのは……そういえば、最初に実力を見たときに連続攻撃を使ってきたな。早く、細かく打ち込んできたあれだ。あれをもうちょっと練り上げるぞ」

「はい。お願いします」

「戦槌という重い得物で早く細かい連打ってのは一見無駄に見えるが、着眼点としては悪くない。お前の腕力だからこそできる技だな。連打からの突きも意外性という面ではいい戦法だ」

「まったく通じませんでしたけどね」

「あれくらいで負けてるようじゃ、教官なんて務まらねぇよ。

 それにな、最後の突きだが妙な間があった。それで何か仕掛けてくるなと読めたわけだ」

 間かぁ……最初にも言われたが、そんなに妙な間があるのかな、俺の攻撃って。

「俺の見立てじゃあの技はもっとマシになる。もっと強く、早く、細かくな。そして溜めをなくす。そうすりゃそこそこ通用するようになるぜ」


「まずは打ち込みの速さと正確性だ。お前、最初の時は考え無しに打ち込んでいたろ?」

「ええ、まぁ。手数で押し切ればなんとかなるかと」

「だからな、それだと攻撃が単調になって防ぎやすくなる。まずは、相手の体勢を崩すつもりで四方八方から打ち込んでみろ。……といってもなんだな。そうだ、俺が小剣をかざすからそれに向けて打ち込んで来い」

「はい」

 ってな感じで始まった技の特訓だが、これがまたキツイのなんのって。

「体勢が崩れてるぞ!もっと踏ん張れ!!」

「打ち込みが遅い!溜めを作るな!!」

「よし今だ、突け!」

 てな感じで始まったのだが、打ち込むペースが速くて息継ぎしている暇がないのですぐに息が上がる。

 それでも休憩は許されず、息の上がったままさらに呼吸を止めて打ち込むもんだから、何度もぶっ倒れる羽目になった。

 そんな目に遭ってまで稽古に食らいついていったのは、稽古を通じて自分が強くなっていると実感できるからだろうか。

 ……いや、そんなカッコいいもんじゃねぇな。

 根底にあるのはやはり死への恐怖だろう。

 緑小鬼だの赤大鬼だのが闊歩している世界で冒険者をやってく以上は、肉体的な弱さはそのまま死へとつながる。

 死にたくないからやっている。

 消極的だがこれが一番しっくりくる理由だな。いささか情けないが。


 その後、徹底的に悪い癖を直されながら一人稽古の時のコツなんかも叩き込まれ、疲れた体を引きずって 屋敷に戻った。

 あ、途中で木工ギルドに寄り道して、頼んだ顕微鏡の筐体も忘れず受け取った。

 今日にはできるという約束だったからね。


-2-

 屋敷に戻り、ひとっ風呂浴びたらなんぼか回復したので、顕微鏡を取り出して魔槍の気になっていた部分を観察してみる。

 ……やはりビンゴだ。

 筒の内側に刻まれている線を拡大すると、それが線ではなく何かの文様が刻まれていることが分かった。

 多分これが魔法陣だろう。

 ついでに細い棒の先についている術晶石も調べてみたところ、こちらにも微細な文様が刻まれていることが分かった。

 ……となると、次はこれを何かに書き出す必要があるわけだが……ぶっちゃけ面倒くさい。

 絵心もないから、見たままを写すのって苦手なんだよな。

 こういう場合はアウトソーシングだよな、ということで、誰かに押し付け……頼めないか、知り合いをリストアップしてみた。

 うん、あいつに頼もう。暇かどうかはわからんが手先は器用そうだし。金貨1枚も渡せば嫌とは言わんだろ。


 というわけで、やってきましたミットン診療所。

 医者の仕事じゃないのは重々承知だが、エルトールならこういう細かい仕事も得意そうだろ。

 スラムの入り口にあるミットン診療所の扉をくぐり、受付から中を見ると、受付でエルトールが受付で何か書き物をしていた。

「おーい、エルトール。ちょっといいか?」

 中に向かって声をかけると、気づいたエルトールが頭を上げた。

「おやディーゴさんいらっしゃい。今日はどうされました?依頼は出してなかったと思いますが……」

「ああ、ちょいと頼みごとがあってね。寄らせてもらった」

 と、顕微鏡と分解された魔槍を出して説明する。

「……とまぁ、医者に頼む仕事じゃないのは重々承知の上なんだが、ヒマがあったらやってみる気はないか?」

「……………………」

 エルトールは無言のまま顕微鏡を覗いたり魔槍を光に当ててみたりと、なんか忙しい。

 仕方がないので落ち着くまで待っていてやると、やがて納得したのが顕微鏡と魔槍を机の上に置いた。

「ディーゴさん、なんてものを持ってきてくれたんですか。

 このケンビキョウ?というもの、今までの拡大鏡と比べ物にならない拡大率じゃないですか」

「あーうん、まぁそういう小さいものを見るための道具だしね」

「これってもう売りに出されているんですか?」

「いや、試作品で作ったそれ一個だけだ。もうちっと使いやすくしたのをカワナガラス店で研究してるけど、売りに出されるのは当分先になるだろうな」

「そうですか。わかりました。その書き写しとやら、引き受けますよ。その代わり、このケンビキョウ是非とも譲ってください!」

「いや別にそれは構わんが……それ、銀貨5枚と無料のガラス玉だぞ?」

「なにを仰います。これは我々研究者にとっては値千金の代物ですよ?これがあれば今まで断念していたあんなことやこんなことも……うふ、うふふふふふふ」

 やべぇなんか変なスイッチ入っちゃったよこの人。

「ま、まぁやってくれるというなら頼むわ。あとわかってるとは思うけど、それで太陽だけは覗くなよ?目玉焼けるから」

「ええ、ええ、わかってます。なるべく早く片付けますから、期待して待っててくださいね」

「いや別に急がんでいいから、なるべく正確にな」

「分かりました。なるべく早く、正確に仕上げます」

 なんかもう、「早いとこ仕上げて研究に使いたい」オーラがありありと出てんだが……まぁ大丈夫だろう。

 その後2~3世間話をして診療所を後にした。

 なんでもまた領主の肝いりで、大々的な人員募集がかかったようだ。

 スラムの住人も結構応募しており、こころもち診療所のツケも減った、とエルトールが笑っていた。

 ふむ、即席スープの素がさっそく量産にかかったか?善き哉善き哉。


-3-

 ミットン診療所を後にすると、なんとなく石巨人亭に足が向いた。

 面白そうな依頼があったら、明日のために唾つけとこうという考えだ。

「いらっしゃいませ!」

「邪魔するよ」

 すっかり顔を覚えられた給仕に軽く挨拶をし、カウンターに座る。

「珍しいな、お前さんがこんな時間に来るなんて」

いつもは大体朝食が終わったころに来るからね。ランチも終わったこの時間に来るのは初めてだ。

「まぁ色々と細々した用事を済ませた後なんだ。焼酒を水割りで1杯頼む」

「あいよ」

 焼酒をわざわざ水で割って飲むくらいなら、2級の葡萄酒の方が安く上がるのだが……保存が完璧ではないこの世界、冬を超えた葡萄酒はとたんに不味くなる。

 安い酒ならエールもあるのだが、今日はちょっとエールという気分ではなかった。

「で、今日はどうした?」

「明日から動ける依頼で面白そうなのがないか見に来たんだ」

「そうか。今のところお前さんに受けてもらいたい依頼はないなぁ……。依頼板でも見てみたらどうだ?」

「そうだな、見てみるか」

 水割りの入ったカップを片手に、依頼板の前に移動する。

 この時間に依頼板を見るものは誰もおらず、ゆっくりと依頼を吟味することができた。

 採取や配達といったランク6の依頼を中心に見ていくが、どーもいまいち食指が動かない。

 そんな中、1枚の貼り紙を見つけた。

「街道筋に住み着いた緑小鬼の討伐……か。報酬は緑小鬼1匹につき銀貨2枚……ふむ。

 オヤジさん、この依頼ちょっと話聞かせてくれるか?」

 依頼書を剥がしてカウンターに持っていく。

「ん?おお、その依頼か」

 コップを拭いていた手を止めて、亭主が寄ってくる。

「ああ、これな。南の街道筋に緑小鬼が何匹か住み着いたらしくてな、退治してくれと行商人から依頼があったんだ」

「数はどれくらいだ?」

「行商人が見かけたのは3匹だったそうだが、ま、多くても10匹程度だろう。あの街道は騎士団が時々見回ってるからな、そう大きな群れがやってくるとは思えん」

「その行商人が見かけた場所は?」

「この街から1日もかからない場所だ。行ってくれるか?」

 10匹として銀貨20枚、半金貨2枚の仕事か。

「そうだな、ことさら報酬が安いわけでもなし、この依頼受けるよ」

「そうか。出発はどうする?」

「明日の朝、出るよ。討伐の証拠は耳でいいかい?」

「ああ、それでいい。討伐が終わったらここに持ってきてくれりゃいいからな」

「分かった。じゃ、今日はこれで帰るわ」

「おう。緑小鬼ごときじゃ物足りんかもしれんが、くれぐれも気を付けてな」

「了解」

 亭主に頷くと、カップに残っていた酒をあおって石巨人亭を後にした。

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