魔槍と書いて〇〇〇と読む2
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翌朝、鍛冶ギルドに寄って昨日手に入れた魔槍の分解も頼むことにした。
「こんちわ」
「いらっしゃい。なんか用かい?」
受付にいたドワーフが気さくに声をかけてくる。
「なに、大した用じゃねぇんだが……これ、見たことあるかい?」
そう言って魔槍をドワーフに見せる。
「こりゃ古代の遺跡から出てくる魔槍じゃねぇかい。旦那、何かに使うのか?」
「使うっつーか、これの使い方をちょっと調べたくってな。分解を頼みに来た」
「ははぁなるほど。なんか目算でもあるのかい?」
「なんとなく見当はついた感じだが、まだわからんことが多くてな。だから分解してもちっと調べてみようって話だ」
「ふぅん。まぁこいつはウチでも鉄の材料にするのに何度か扱ったことがあるからやってみるけどよ、分解したものを元に戻せと言われてもそいつはできねぇぜ?」
「ああ、それは構わねぇ。2本買ってあるからな、この1本は分解用だ」
「そういうことなら了解だ。どこら辺までバラす?」
「木の棒を外してな、鉄の筒の所をこういう感じで十文字に4つに切ってもらいたい。筒の中身が見たいんだ」
「わかった。その程度なら大した手間じゃねぇ。今すぐやっちまうかい?」
受け取った魔槍をくるくる回しながらドワーフが訊ねる。
「できるんなら頼もうか」
「あいよ、ちょっと待っててくんな」
2時間ほどで分解された魔槍が戻ってきた。
「待たせたね、十文字に切っといたぜ」
「ありがとう。手間賃はいくらだ?」
「銀貨で5枚ももらえりゃ十分だ」
「じゃあこれな」
財布から銀貨を取り出して渡す。
「確かに。なんかわかったら俺にも教えてくれよ?そいつにゃ前から興味があったんだ」
「わかった」
武器屋に魔術師ギルドに鍛冶ギルドか。みんな結構興味持ってんだな。
屋敷に戻って、分解された魔槍を調べてみる。
やはりというか、筒の内部に線が刻まれており、これが怪しいと結論付けた。
拡大鏡で刻まれている線の部分を見てみたのだが、どうもただの線ではなく、何かの記号っぽい。
初めはライフリングの亜種か?とも思ったのだが、線が刻まれているのは根元の方だけで、幅も2セメト程度しかない。
それに針で線をなぞってみると……所々で引っかかるんだよな。しかも規則性をもって。
これが見つからない魔法陣かのう。
ついでにあちこちを拡大鏡で調べてみたところ、棒の先っぽについてる術晶石にも何かが刻まれており、棒が出入りする穴の内側にも線が刻まれていることが分かった。
さてこういう場合は……拡大鏡ではなくて顕微鏡の出番だな。
確かレーウェンフック顕微鏡とか言うのが、比較的構造が簡単だったはずだ。
俺が習ったのはガラスビーズと紙で作るタイプだったが、今回は出来ればもうちっと堅牢に作りたい。
つー訳で、木とガラス玉で作ってみることにした。
ガラス玉は……まぁカワナガラス店しかないだろうな。ということで、戻ってすぐだったがまた外出してカワナガラス店に赴く。
「こんちわ」
店先に出ていたカニャードを見つけて声をかける。
「おやディーゴ様、いらっしゃいませ。先日はどうもありがとうございました。お礼の方はもうちょっと待っていただけますか?」
……ああ、ステンドグラスの件か。すっかり忘れてたわ。
「いやそれは別に構わないんだが……ちょっと頼みがあってね」
「なんでございましょう?ディーゴ様の依頼でしたら最優先で取り掛からせていただきますが」
「いやそんな大したこっちゃないんだ。ガラス球をね、2~3個貰えないかと思ってさ」
「ガラス玉ですか?」
「うん。透明で気泡が入ってないやつをね、大きさを変えて2~3個ほど作ってもらいたいんだ」
「どのくらいの大きさでしょうか?」
「1~3セメトくらいで構わないよ。重要なのは、きれいな丸であることと透明であることだから」
「それでしたら大した手間ではありませんな。どうでしょう、作ってる間、奥でお待ちになってみては。父たちも喜びます」
「そうかな、じゃあお言葉に甘えて」
カニャードに促されるまま、店の奥へと通る。
通された居間では、エレクィル爺さんが魔法書みたいな本を読んでいた。
「おやディーゴさん、お久しゅうございます。今日はどういったご用件で?」
「ガラス球をいくつか分けてほしいとのことで見えられたんですよ」
エレクィル爺さんにカニャードが答える。
「では、私はちょっと職人に指示してきますので」
そう言い残してカニャードが奥へと消えていった。
「すいません、よろしくお願いします」
「ところでエレクィルさん、ステンドグラスの方は順調ですか?」
「ええ。職人たちも頑張っておりましてですな、色々話し合った結果、創世記の一幕を作ろうということになりました」
「ほほう、それは興味深いですね。仕上がりが楽しみです」
そんな感じで近況を報告しあっていると、カニャードが戻ってきた。
「ディーゴ様、職人に聞いたところ1時間程度で作れるとのことですので、ちょっとお待ちいただけますか?」
「構いませんよ。特に急ぎでもないのにすいませんね」
「……ディーゴさん、また何か思いつかれましたか」
目をきらりと光らせたエレクィル爺さんが訊ねてきた。
「ええ、実は顕微鏡というものがちょっと必要になりまして」
「ケンビキョウ……といいますと?」
「拡大鏡の、もっと倍率を大きくしたものです。髪の毛ほどの細かいものを見るのにね、ちょっと入用になったんですよ」
「差し支えなければ詳細を伺っても?」
「構いませんよ。実は……」
と、武器屋で見つけた魔槍という武器を調べていることを説明した。
「単なる暇つぶしなんで優先度は低いんですが、その筒の内部に刻まれている線を拡大してみたくなりましてね」
「なるほど」
「で、比較的簡単に作れるのが今回お願いした、ガラス球を使って作るやつでして」
「そうでしたか。ちなみにディーゴさん、これを売りに出される予定は……?」
「今のところないですね。売りに出すならもうちょっと試行錯誤して、使いやすいものにしたいです」
「といいますと?」
「まぁ私も「やってみないと分からない」って点はありますが、出来れば倍率をもう少し上げたり、持ちやすくしたりしたいですね」
「どうでしょうディーゴさん、そのあたりの基本的な構造を教えていただくわけにはいきませんか?これは所謂「研究者」と呼ばれる方々に飛ぶように売れそうな気がするのですが」
「ああ、確かに研究者には売れそうですね。構いませんよ。ただ私が知ってるのは極々基本的なことなんで、商品化するにはちょっと手がかかりますよ?」
「それで構いません。是非」
「そうですか、では……」
と、ざっくりではあるが単眼式の顕微鏡の構造を教えてやった。
ただし、学校の授業で使うような据え置き式の光学顕微鏡ではなく、単眼鏡をさらに小さくして気軽に持ち運べるようにした簡易式のマイクロスコープだが。
つーか本格的な顕微鏡の構造なんて覚えてないし、プリズムを使った屈折なんかはまだ敷居が高かろう。
そんな話をしているうちに、ガラス玉が出来上がったので受け取る。
その場で確認させてもらったが、うん、透明で見事な真球だったわ。
代金を払おうとしたが、ステンドグラスのお礼もまだだし顕微鏡のこともある、ってんで受け取ってもらえなかった。
さて次は木工ギルドだ。
木工ギルドの職員にガラス球を渡し、紙にざっくりとした構造を描いて制作を依頼する。
本当は筐体は金属の方がいいんだが、それだと高くつくしな。
ここでも用途について説明を求められたが、それについては適当に言葉を濁した。
いや、多分顕微鏡がらみでここに依頼することはもうないだろうし、ヘタに期待されると申し訳ない。
依頼したものは2日あれば作れると聞いたので、それ以降に取りに来ることを約束して木工ギルドを出た。
木工ギルドを出たらもう夕方だ。
これから買い物をするにしても生鮮食品は店に商品はあまり残ってないし。
仕方ないのでこのまま屋敷に戻るか……と思って道を歩いていると、なんか前方が騒がしい。
「ひったくりだー!」
と、声が聞こえたので目を凝らしてみると、確かに男が一人こっちにかけてくる。
手にはひったくったらしい財布とナイフが。
「どけ、どけぇぇええ!」
脇によけたすぐ横を走り去ろうとしたので、ラリアットをかましたら半回転して大人しくなった。
……やべ、今、後頭部から行ったよな?
死んでないよな、と気にしつつ、屈みこんだところで被害者らしいおばちゃんが駆けつけてきた。
「はぁっ、はぁっ、あ、ありがとうございます」
「盗られたのはこいつか?」
そう言って、男からむしり取った財布を差し出す。
「は、はい」
「一応中、確認してな」
「はい。…………大丈夫です、全部あります」
おばちゃんが安堵の息を漏らしたところで、誰かが呼んだらしい衛視が駆けつけてきた。
「ご協力感謝します」
衛視は礼を言うと、慣れた手つきでひったくり男を縛り上げた。
縛られてもなお、男は気絶したままだったが……
「とりあえず一撃入れたらこんなんなっちまったんだけど、大丈夫かな?」
場合によってはうるさいからね。傷害とか過剰防衛とか。
「死んでなければ大丈夫ですよ。ほら立つんだ」
そう言って衛視が活を入れると、ひったくり男は息を吹き返した。
「では、私は詰め所に戻ります。おそらくないとは思いますが、何かありましたらお宅に伺いますので、その時はご協力願います」
「名前をまだ名乗ってないんだが?」
「名誉市民のディーゴ様、ですよね?お噂はかねがね伺っております」
……はて?衛視の噂になるようなことってなにかしたっけ。
「こいつは逃げ足が速くてなかなか捕まえられなかったんですよ。調べれば余罪もたんまり出てきます」
俺の疑問を気にする風もなく、衛視が続ける。
「これでこの界隈も少しは静かになるでしょう。本当にありがとうございました」
そう言って衛視はひったくり男を連れて去っていった。
さて、それじゃ屋敷に戻ろうかね。