魔槍と書いて〇〇〇と読む1
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ハイレンの村から戻ってきて、中1日を挟んだ日。
久しぶりに剣鉈を買った武器屋に顔を出していた。
吸血蔦との格闘で、柄の部分が緩んだような気がしたからだ。
「しかし、前回の吸血蔦といい前々回の水精大亀といい、予備武器のはずの剣鉈ばかり使ってるな……」
メイン武器の戦槌を思いっきりぶん回すのがほとんど稽古だけってのはどうよと思うのだが、選んだ武器なのだから仕方ない。
店主が剣鉈の柄を確認している間、なんとなしにがらくた処分品が突っ込んである樽を覗いてみると、妙な物が目に入った。
……なんだこりゃ?
そう思って引っ張り出す……長いな。
取り出したそれは、1トエムほどの木の棒の先に20セメトほどの金属の筒がはめ込まれたものだった。
金属の筒の根元近くには小さな穴が開いており、そこから金属の棒が飛び出して、木の棒に繋がっている。
長槌鉾にしては金属の筒の意味が分からないし、筒から出ている棒も邪魔だ。
金属の筒には装飾が施されていてそこそこ良さそうなものに見えるのだが……なんか使い道の見当がつかない。
「お客さん、それに目が行ったね?」
柄の確認が終わったのか、店主がカウンターの奥から声をかけてきた。
「ああ、こりゃなんだい?」
試しに振り回してみるが……バランス悪いな。
「さてそれが俺にもわからねぇ。古代王国期の砦跡から見つかったんで武器らしいのは分かっているんですがね」
「まぁこの形で鎧はねぇわな」
「そりゃそうだ、って話の腰を折らんでくださいよ」
「すまんすまん」
「でだ、古文書によると魔槍っていうらしいが、どうやって使うのか誰も分からないんでさ」
「ふむ。槍にしちゃバランスが悪いが……この金属の筒の先の穴から刃でも出るのか?」
「それが皆目。この間まで王都の研究者たちも弄繰り回してたんだがついに匙を投げたとかで、最近になって研究用に保管されてたのが売りに出されるようになったんでさ」
「はー、なるほどね」
「使い道は分からんが結構いい鉄を使ってるんで、材料目的に鍛冶屋が買ってったりするんだ」
ふーむ、なるほど。
しかしこの形、見覚えがあるようなないような……?
冒険の合間の暇つぶしにこねくり回してみるのもいいかもな。
「物は試しだ、2本ほど貰うぜ」
「だったら銀貨2枚でいいや。お客さんも物好きだねぇ」
「たまには頭も使わねぇとな。ちょっとした謎解きと思えば安いもんだ」
「はは、確かに。なんかわかったら教えてくれよ」
「了解」
その後、剣鉈を預けて刃物の店を後にした
武器屋を後にすると、今度はそのまま魔術師ギルドに向かう。
さっそく謎解きを開始するのだが、その前にもう少し詳しいことを知りたかったからだ。
魔術師ギルドの扉を開け、受付の兄ちゃんの前に立つ。
「いらっしゃいませ。今日は何がご入用ですか?」
「入用じゃねぇんだが、こいつについてちょっと教えてもらいたくてね」
そういって魔槍を見せる。
「ああそれですか。ということは、お客様もそれの研究を?」
「研究ってほどじゃねぇが、謎解きの一種だな。冒険の合間の暇つぶしってとこだ」
「ははは、魔術師ギルドがさじを投げた研究が暇つぶしですか」
「魔術師ギルドの知識を見くびるわけじゃねぇが、こういうもんは角度を変えてみると新しい発見があったりするからな」
「なるほど、真理ですね」
「で、情報料はいくら払えばいい?」
「いえ、これに関しては情報料は不要です。その代わり、何かわかったら魔術師ギルドに教えてください」
「それでいいのか?太っ腹だな」
「魔術師ギルドにも面子があるんですよ」
そういって受付の兄ちゃんが苦笑いする。なるほど、智の殿堂と言われる魔術師ギルドが分かりませんじゃカッコ付かないからな。
「では、これが分析表とこれまで分かったことのレポートです」
受付の兄ちゃんがそういって紙の束を渡してきた。10枚足らずの薄いレポートだ。
「おう、ありがとな」
「何か重要なことが分かれば、ギルドから報奨金が出ると思いますので頑張ってください」
「分かった。何とか頑張ってみよう」
そう言い残して魔術師ギルドを後にした。
「お帰りなさいませ」
屋敷に帰ると、ユニが出迎えてくれた。
「おう、今戻った」
「ディーゴ様、ご用事のほうはいかがでしたか?」
「鉈の柄を交換するだけだからな、明日には終わるそうだ」」
「そうですか。それでしたら今日と明日はお休みですね」
「そうなるな」
「お昼の用意ができています。食堂で待っていていただけますか?」
「おう」
「今日の昼ごはんは干しピーマンのドルマと鶏肉の胡桃和え、胡麻パンとヨーグルトのスープです」
とんとんとんと食卓にユニが大皿を並べていく。ウチは基本的に大皿の料理を各人が勝手にとって食べるスタイルだ。
干しピーマンのドルマは、種をくりぬいたピーマンの中に小麦のピラウ(ピラフ)やキョフテ(肉団子)を詰めたもので、ぷっくりと色よく煮られている。
鶏肉の胡桃和えは塩ゆでした鶏肉を手でほぐしたものに、ペースト状にした胡桃、ニンニク、玉ねぎにチキンブイヨンを吸わせたパンを混ぜた和え物で、ニンニクと胡桃のかおりが食欲をそそる。
ヨーグルトのスープは、毎朝売りに来る新鮮なヨーグルトと卵を使い、少しトウガラシを効かせた塩味のスープだ。
「お、今日も旨そうだな」
「では、いただきます」
「いただきます」
2人揃って挨拶をすれば食事の開始だ。昼から豪華な気がしないでもないが、こればかりは料理担当のユニが楽しみつつ頑張ってくれちゃっているので特に文句はない。食費も渡している金額内で収めてくれているようだし。
「そういえばディーゴ様」
「ん、どした?」
「帰ってこられたときに槍のようなものをお持ちでしたが、武装の変更でもされるのですか?」
ああ、魔槍のことか。
「いや?武器屋に行ったときな、使い道の分からない武器らしきものがあるってんで、興味本位で買ってきた」
「午後はちょいとそれを調べるから」
そうユニに答えて、ピーマンのドルマを口に入れる。うむ、中に入ってるのは肉団子か。美味い。
「そうですか。でしたら午後の休みに甘いものでも用意しましょうか?」
「そうだな、あまり手の込んだものはいらんから、軽めのものを一つ二つ頼む」
「わかりました」
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食事を終えると一服をつけ、書斎にこもる。
まぁ書斎というほど本はないので、今はもっぱら作業室になっているが。
魔術師ギルドでもらってきたレポートに目を通すと、とりあえず幾つかのことが分かった。
1、先端の筒の部分はそれなりの強度のある鉄でできている。
2、この品物は、魔力感知の魔法にはかろうじて反応する程度の魔力しか込められていない。
3、感知された魔力の量とパターンから推測するに、見えない魔法陣が使われている可能性が高い。
4、不可視の魔法陣を解析しようと試みたが、魔法陣の位置が分からず不可能であった。
5、上記のことから、特定の魔法を封入しキーワードで発動させる、一般的な「封入型」魔道具とは一線を画すものである。
6、筒の内側に髪の毛ほどの線が刻まれている。
7、筒の部分から伸びている棒を動かすと、微弱な魔力が発生する。
8、筒の外側には彫刻が彫られているが、装飾的なもので魔術的な意味はない。
9、筒から伸びている木の棒は、腐食処理をされた一般的な木材である。
10、棒の強度はそれほど強くなく、振り回して使うには不向きである。
11、出土の状況から鑑みるに、古代の軍隊・衛兵等が集団で使っていた可能性が高い。
……ふむ。レポートから読み取れるのはざっとこんなところか。
材料についてはまぁ脇に置いといて、だ。封入型の魔道具でもないということは、敵に向けて「ファイアーボール!」とかやるのとは違うってこったな。
軍隊や衛兵が集団で使うものらしい?確か古代の戦争は、小集団による散兵戦じゃなくて、方陣とか横陣がぶつかり合う集団戦だったよな。
密集陣形で使うこの長さの武器、となると槍しか思いつかんな。あと何かあったっけか。
しかし、振り回して使うほどの強度はこの棒にはない、ということだ。でも、突き刺すタイプの槍だと棒の強度はそれほど考えなくてもいいのか?
いや、それはねーなと考えを打ち消す。手練れが使うものでもない限り、突き刺す武器でも相応の強度は必要だ。
となると、他にどんな武器がある?
武器の基本は、かなり大まかに分類すると斬、打、突、射の4種類だ。
斬、打、突が消えるとなると残りは射しかない。
この形状で射撃武器?そんな馬鹿なと思いつつ、魔槍を構えてみる。
弓のように弦を張った形跡はないから、小脇に抱えたり肩に担いだりしてみる。
……ちょっと待て。
小脇に抱えたこの構え、うすぼんやりだが記憶にあるぞ。
先端から何かが発射される。つまり金属筒を銃口と見るとしっくりくる。
これ、火槍とかハンドゴンとか呼ばれた超初期型の銃というか鉄砲じゃねぇの?
元寇の時に蒙古軍が使ったといわれる、火薬の武器。
これを初期型の鉄砲と見れば、筒から伸びてる細い棒も納得がいく。これが多分点火装置だ。
ただ問題は、何を弾丸として飛ばしたか、だな。
火薬を詰めて鉛の弾丸を飛ばしたとも考えられるが、強度的にどうよ?という疑問は残るな。
それに、魔法全盛の古代においてわざわざ火薬に頼るもんを大量配備するかね、という疑問もある。
あとは、見つからない魔法陣。
魔力感知の魔法に反応するってことは、魔法陣がないわけじゃないんだよな。見えないだけで。
別の魔法で魔法陣を隠してある、というわけじゃなさそうだな。それならそれで魔力感知の時点でわかるし。
……やっぱりこの筒が怪しいよな。
筒の内側に線が刻まれているってのが特に怪しい。
うむ、やはり鍛冶ギルド辺りに頼んでぶった切ってもらうしかないか。