蔓草の病4
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毒の花畑を過ぎた後はすぐだった。
途中、リスタ茸を一株拾うと、気が付けば吸血蔦に囲まれていた。
普通ならイツキが事前に察知して教えてくれるのだが、あまり動かない植物の魔物ではいつものレーダーも精度が落ちるようだった。
とりあえず囲まれたままでは分が悪いうえに、距離が近すぎて大松明に火をともす余裕もないので、まずは腰から引き抜いた剣鉈を振りかざして1体に突撃した。
吸血蔦に半分埋まるような形になった俺に、吸血蔦がトゲのついた蔦を伸ばしてくる。
トゲで皮膚を傷つけ、出血させて血を吸おうという魂胆らしいが生憎こちらは全身ふさふさの虎男だ。
胴体は補強した鎧で固めてるし、腕は肘まである皮手袋、足は膝まであるブーツが完璧に守っている。
若干弱いのが二の腕と太ももだが、二の腕はキルティング状の鎧下で、太ももは丈夫なズボンで覆われているので多少のトゲなら何とかなる。
一番弱いのはむき出しの顔だが、これはまぁ毛皮を信じて頑張って防ぐしかない。
「男の触手プレイなんて……誰得だよっ!!」
手足に絡む蔦を引きちぎり、叩き切り、踏みにじり、食いちぎりして、なんとか1体を倒す。
絡んだ蔦を引きちぎるときに、掴んだ手袋が裂けて手に少し血がにじんだがどうってことはない。
倒した吸血蔦を踏み越えいったん距離を取ると、無限袋から大松明を取り出して火をつけた。
着火棒持っててよかったぜ。こんな状況じゃ火打石でのんびり火なんか起こしていられなかったからな。
あとは簡単、イツキに他の吸血蔦を牽制してもらいながら、大松明で1匹ずつ処理していけばいいだけだ。
槍の穂先を押し付けるような感覚で、燃え上がる大松明を吸血蔦に押し付けていく。
大松明の火を押し付けられた吸血蔦は、激しくうねうねを繰り返し触手を伸ばすが、3トエムほども離れた俺にはさすがに届かないようで、7回8回と炎を押し付けると静かになった。
あとは作業のように繰り返すだけ……だが、途中で火が消えるアクシデントもあったりして、結局5匹全部倒すのに結構時間がかかってしまった。
あとは生き残りがいないかをちょろっと確認し、討伐した証拠として吸血蔦がつけていた黄色い実をいくつか採取して戻ることにした。
村に戻ると、村長の所に報告に行く。
「お帰りなさいませ……っと、どうされました!?」
ボロボロの俺を見て村長が声を上げる。
「ああ、見た目はこんなですけど、大した怪我はしてないから大丈夫です。それよりも吸血蔦、5匹全部退治してきましたよ」
「おお、それはありがとうございます。ですが、本当にその……大丈夫なんですか?」
「傷だらけに見えますけど、ほら、俺全身毛皮ですから皮膚までは届いてないんですよ。鎧の傷も表面だけですしね」
「そうですか、ならいいのですが」
「ああそれとこれ、吸血蔦がつけていた実なんですけど、討伐の証拠に」
「そうですか。確かに確認させていただきました」
村長は俺が差し出した吸血蔦の実を見て頷いた。
「ではお約束の通りリグノスをお譲りしましょう」
村長に誘われて村長宅の居間に入ると、村長は奥の箪笥から何かを取り出した。
「こちらがリグノスになります。確か2日分でしたね?」
「ええ。これが代金の金貨10枚です」
「ありがとうございます。ですが今回は半分の金貨5枚だけ頂きましょう」
「いいんですか?」
「ディーゴさんには魔物退治だけでなく、村の者がいろいろお世話になりましたからね」
「そういう事でしたら有り難く」
そう言って頭を下げ、金貨5枚とリグノスを受け取る。
「では、どうもお世話になりました」
「もう立たれますか」
「ええ。首を長くして待ってる医者がいるものですから」
「そうですか。でしたらお引止めは致しません。帰り道、どうかお気をつけて」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そう言い残して村長宅を辞去する。時刻はまだ昼前なので、早々に出発した。
-2-
帰り道も特にトラブルもなく、2日でディーセンに着いた。
(往路で入れてもらえなかった村は復路もスルーした)
夕刻とはいえまだ夕食の時間には早かったのでそのままミットン診療所に行くと、相変わらずエルトールが受け付けに座っていた。
「今戻ったぞ」
「ああ、お帰りなさい。道中何かトラブルでもありましたか?」
「いや、道中ではないがハイレンの村でちょっとな」
「そうですか。じゃあそのあたりも含めて話を伺いましょうか。診察室2番へどうぞ。あとツグリさんここお願いします」
エルトールはそういうと奥に引っ込んだ。こっちも進められた2番の診察室へと入る。
中にはエルトールがすでに座って待っていた。
「すいませんね、白湯も湯冷ましも今切らしてまして」
「いやまぁ別に構わんけど」
「代わりといっちゃなんですけど、熱冷まし飲みます?」
「いらんわ。というか飲み物で熱冷まし勧めんな」
薬だろ、熱冷ましって。
「そうですか?ウチの熱冷ましは飲みやすいって評判なんですけど」
「水代わりに飲むもんと違うだろ」
「まぁそうですけどね」
もうなんなんだこの医者は。
「じゃあ、話を伺いましょうか。ちなみに、リグノスは?」
「ああ、ちゃんと買ってきたぞ。ちなみに半額の金貨5枚で済んだ」
そう言ってリグノスを差し出す。
「え?半額ですか?なんでまた?」
「いやまぁそれがな……」
そう前置きすると、ハイレンの村での出来事をざっと報告した。
「なるほど、ハイレンの村で魔物退治ですか。それは大変でしたね」
「おかげで鎧下とズボンがボロボロだ」
「まぁ冒険者やってればそういう事もありますよ。では、ササバミとリスタ茸も買い取っちゃいますか」
「生憎そっちはあまり見つからなくてな、1つずつしかねーんだ」
「いやいや、それでも助かります。ハイレンの村の薬草は質がいいんで、なかなか手に入らないんですよ」
「そういうもんなのか?」
「ええ。定期的に買いに行ければウチでも少しは取り扱えるのですが、あまりここを空けるわけにもいきませんからねぇ」
「確かに1週間も休診されると色々問題だな」
「兄がいるから丸々1週間休むことはないですけどね。はい、これがお代の銀貨3枚と半銀貨5枚です。ササバミが銀貨1枚と半銀貨5枚、リスタ茸が銀貨2枚です」
「おう。確かに」
代金を受け取って品物を渡す。
「そういやさ、こういうのも拾ってきたんだが買取ってできないか?」
思い出して吸血蔦の実を見せてみた。
「これですか?はて、どこかで見たことあるような……」
「倒した吸血蔦についてた実なんだが」
「あ!あーあーあーあー、そうそう思い出しました。吸血蔦の……って、ディーゴさんが倒したのって吸血蔦だったんですか?」
「あれ?言わなかったっけ?」
「いえ、魔物を退治した、としか。あーなるほどー。それで半額になった、と」
「どういう意味だ?」
一人で納得しているエルトールに訊ねる。
「えっとですね、言いにくいことなんですが、リグノスの材料って…………吸血蔦なんですよ」
「………………マジか」
「はい。吸血蔦ってのは別名リグとも言いましてね、普段はそれほど凶暴ではないんですが、春先にある種のカビがついて病気になると見境なく人も襲うようになるんですよ。
リグノスってのはその凶暴化したリグの樹液を煮詰めて作るんです。で、まぁその凶暴化したリグってのがなかなか厄介で、それで薬の値段が高くついてるってのが真相なんです。
しかしそれが5体ですか……ハイレンの村の人はもうウハウハでしょうね」
「……するってーとなにか、俺は薬の材料となる魔物を倒しておきながら、薬を買うために大枚はたいた間抜けってことになるのか?」
「平たく言えばそうなります」
「ちなみに……聞きたくはないが末端価格にすると幾らくらいになったと思う?」
「大白金貨数百枚はいったかと」
「………………マジか」
「はい」
がっくりとうなだれる俺。
「ま、気を落とさずに」
「やめてくれその薄っぺらい慰めは」
「まぁ事情はともあれ、半額で買ってきてくれたんですからね、報酬はちょっと上乗せさせてもらいますよ。あと評価で「大いなる感謝をこめて」とも付けてあげますから」
「うん。すまんな」
「あと、そのリグの実は買取でもいいですけど持ってた方がいいですよ。栄養価が高いうえに半年くらい日持ちもしますから、疲れたときの保存食のお供にするってこともできますしね」
「そうか?ならとっとくわ」
「じゃあ、これが報酬の半金貨5枚と薬の代金の金貨5枚です」
「確かに。じゃこれが冒険者手帳な」
「はい。………………っと、はいどうぞ」
「うん。じゃ、俺はこれで帰るわ」
「はい。どうもお疲れさまでした」
「ホントだよ。なんか最後でどっと疲れた気分だ。今度からは事前にある程度情報仕入れてから行くようにするわ」
「それが賢明ですね」
そう言って苦笑いを浮かべるエルトールを背に、診療所を後にした。
-3-
そしてそのまま石巨人亭へと向かう。
「おうお帰り……って、鎧が傷だらけじゃねぇか。どうしたんだ?」
「いや実はさ……」
そう言って診療所でした話を繰り返す。
「はぁ、吸血蔦5体とねぇ……」
「そのうちの1体に突っ込んで格闘したもんだからこうなった」
「おいおい、吸血蔦相手に格闘なんて、一番駄目なやり方じゃねぇか」
「仕方ないだろ、気が付いたら囲まれてたし、いったん距離を空けないと大松明も使えなかったし」
「まぁお前さんだからなんとかなったんだろうが……次からは気をつけろよ?あと鎧の手入れはしっかりしとけ」
「わかった。それとこれ、冒険者手帳」
「おう。…………お、また「大いなる感謝を込めて」と書いてあるな。結構結構」
亭主は頷くと手帳を返してきた。
「お前さんは報酬が安くても手を抜かんからな、助かるよ」
「そりゃ、な。評判がどこで影響してくるかわからんし、迂闊に手は抜けんよ」
「うんうん、それが分かってりゃ上等だ」
「じゃ、俺はこれで引き揚げるわ」
「おう、お疲れさん」
……さて、帰って久しぶりにユニの飯でも食いますかね。




