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携帯食をもっと美味しく

本日2度目の更新です。

-1-

 メシが、不味いです。


 いや、ユニの料理は旨いんだけど、冒険者を始めてランク6になり、外を出歩くようになってから保存食にも手を出し始めたんだが、これが美味しくないつーかぶっちゃけ不味い。

 カッチカチの堅パンに塩のきつい干し肉か干し魚。金に余裕があれば干し果物。やたらと喉が渇く。

 干しジャガイモのパセカは調理に水を使うので使いどころが限られるし……。

 肉は最悪現地調達するにしても、もーちょっと何とかならないもんかとしみじみ思う。

 元日本人の、食へのこだわりナメンナヨ?


 というわけで、肉屋に頼んで処分用の骨を樽1つ分もらってきた。

 ついでに八百屋にも寄って、クズ野菜のきれっぱしももらってきた。

 さすがに樽二つダブルホールドで持ち帰るのは面倒くさいので、八百屋で荷車を借りて屋敷に戻る。

 無限袋にはちょっとこれは入れたくないし。

 すると、たまたま様子を見に来ていたらしいエレクィル爺さんとハプテス爺さんに出くわした。

「こんにちは」

「こんにちは、ディーゴさん」

「今日は冒険者の仕事はお休みですかな?」

「ええ、ちょいと思いついたことがありましてね。今日はその試作に充てようかと」

「後ろに積んでるのは材料ですかな?」

「ええ。豚とかの骨とクズ野菜です。お二人は今日は?」

「この近くでギルドの集まりがありましてな、その帰りです」

「なるほど」

「それで、今度は何を作ろうというので?」

「平たく言えば即席スープの素ですね」

 荷車から樽を下ろしながら答える。

「移動中のメシがね、不味いんですよ」

 俺はそう言ってため息をついた。

「料理をするハプテスさんなら想像つくかな?肉や魚で濃厚なスープを作ると、冷めたときにちょっと固まったりするの。俺の故郷じゃ『煮こごり』って言うんですが」

「ああ、確かにそういうときがありますな。温めるとまた溶けたりして」

「そう。要はそれから水分を徹底的にトバして、カチカチにしたのを作ろうって魂胆なんです」

「ほほう、それは面白い考えですな」

 ハプテス爺さんは理解したのか、にやりと笑う。

「ハプテスや、それはいったいどういう?」

 一方、自分で料理をしないエレクィル爺さんはピンと来ないようだった。

「大旦那さま、ディーゴさんが作ろうとしているのは濃厚なスープのゼリーをさらに乾燥させたものでしてな、これができれば、湯を注ぐだけでどこでも濃厚なスープが作れるという品物です」

「なんと、それはまた画期的なものですな」

「ええ。今まで移動中の食事と言えば2度焼きの堅パンに干し肉、干し果物といったものが精々でしたが、これが市場に流れれば温かいスープも旅先でとれることになります」

「旅人が泣いて喜びそうな代物ですな」

「旅人ばかりではございません。一般家庭でも買えるようにすれば、主婦や料理人たちの手間を大幅に軽くしてやることができますし、領主さまに相談すればきっと、必ずや軍隊からも注文が来ます」

「ふぅーっ」

 エレクィル爺さんは大きく息をついた。

「まったくディーゴさんは……この世界に幾度革命を起こせば気がすむおつもりですか」

「そろそろタネ切れな気もしますがね」

 大鍋に骨を砕いて入れながら答える。

「いやいや、騙されませんぞ。そう言いながら、またしれっととんでもないものをお作りになることでしょう」

 ほっほっほっとエレクィル爺さんが笑った。


-2-

 大鍋に適当に砕いた骨と野菜のきれっぱしを放り込んだら、だばだばと水を注ぐ。

 アクを取りつつぐっつぐつのぐっつぐつのぐっつぐつに煮込んで、膠分も溶け込んだ濃厚なスープを作り上げる。

「ディーゴさんや、あまり煮立てるとスープが濁ってしまいますぞ?」

「んー、今回は初めてだからね、見てくれは2の次にさせてもらいます。それに濁ったスープもあれはあれで旨いもんですよ」

 豚骨スープとかね。

 んで、頃合いになったスープを目の細かい網で濾す。ダシガラの骨はポイーで。

 濾したスープに塩コショウをはじめ各種ハーブをぶち込んで味付けする。

 ここはハプテス爺さんの手を借りて、ちょうどいい塩梅のスープにする。うん、ハプテス爺さんも納得の出来になったようだ。

 俺一人じゃハーブの使い方に不安が残るし、料理上手のユニは今日はなんか用事があるとかで魔界に帰っているからね。

 出来上がったスープをさらし布で濾して、さらにごいごい煮込んで水分を飛ばす。

 水分を飛ばしたものを、薄い木枠に流し込んで冷ます。

「さてここが一番の問題でしてね、うまく固まってくれるかどうか……」

「あれだけ煮込んだのですから大丈夫だとは思いますがな」

 底浅の木枠に入れたスープが風にさらされて、急激に温度が下がっていく。

 じりじりする時間が流れて、ようやくスープが固まり始める兆しが見えた。

「まだ固まるには時間がかかりそうですな」

「じゃ、蓋をして涼しいところに一晩おいておきましょうか」

 使わなかった木枠をかぶせて蓋代わりにし、台所の片隅に運び込んだ。

「たぶん明日には固まっていることでしょう」


 そして翌朝、木枠を開けてみてみるとプルプルに固まったスープがそこにあった。

 よし、ここまではうまくいった。

 ただ、まだこの時点では切り分けるには柔らかすぎるので、日陰の風通しのいい場所に移動してさらに乾燥させる。

 夕方にはいい感じの固さになった。

 翌日、冷めて固まったものを小さく切り分ける。具体的にはキャラメルよりもーちょっと大きいサイズ。

 切り分けたものを清潔な亜麻布の上に広げ、さらに数日天日乾燥してカチカチに固くなったら出来上がり。


-3-

「というわけで、こういうものを作ってみました」

 冒険者ギルド支部で稽古を受けた翌日。

 場所は領主の執務室。ちょいとばかし時間を作ってもらって、即席スープの素を持ち込んでみた。

「なにがそういう訳なのかは分らんが、これはいったいどういうものだ?」

「お湯を注ぐだけでスープになる、まぁ即席スープの素とでも言いましょうか、そんなもんです」

「ほう、この塊がスープになるのか」

 興味深そうに領主が即席スープの素を摘み上げると、執事の爺さんが流れるような自然な動作で銀製のカップに湯を注いでみせた。

「これを湯に溶かせばよいのだな?」

「はい」

 カップにスプーンを差し入れ、くるくるとかき回しながら領主が訊ねる。

「これも魔法は必要ないのだな?」

「乾燥にちょっと時間がかかる程度で、それほど難しいもんじゃないですよ」

「ふむ。ならば水飴と同じように貧民街の者に作らせるか……」

 そうそう、水飴を献上してからそこそこ経つが、水飴を作るために結構な数の貧民が雇われているらしい。

 まだ値段は少し高めだが、ぽつぽつと市場に出回り始めている。

 この即席スープの素も貧民を雇って作らせれば、いい雇用対策になるだろう。

「そろそろ良いか」

 そういって領主がスープを口に含む。

「ふむ、なかなか濃厚だな。悪くない」

「骨と野菜を主に使って、徹底的に煮出しました」

「今回は骨から出る膠分を使いましたが、海藻からとれる寒天を使えばスープの味にも色々と工夫ができると思います」

「カンテン?バートル、知っているか?」

 領主が執事に訊ねる。

「浅学ゆえにそのようなものは……。ディーゴ様、そのカンテンというのはどのようなものでしょうか?」

「私もうろ覚えですが、ある種の海草を煮だして作る塊でしてね、熱湯で溶けて冷えると固まる性質を持っているんですよ」

「ほう、なかなか興味深いな」

「基本、食用なので海辺で料理に携わる人なら知ってるかもしれませんね」

「そうか、ならそちらの方で当たってみるとしよう」


「ところで、家の住み心地はどうだ?」

「特に不可もなく……と言いたいところですが、広すぎて手に余るってのが正直なところですね」

 苦笑しながら答える。

「なんでも悪魔が巣食っていたそうじゃないか」

 興味津々と言った顔で領主が身を乗りだした。

「ええ、どうも俺……いや、私の過去を知ってるような相手だったので、今は家政夫として働かせてます」

「ほう、それはいろいろと興味深いが、それ以前に悪魔を家政婦などにして大丈夫なのか?」

「まぁ……召喚の儀式から1か月も遅れてやってくるへっぽこなんで、別に害はないですよ。それに、あの屋敷を一人で維持してた掃除の腕はちょっと得難いものがあるな、と。作る料理も結構いけますし」

「悪魔が作る料理か……いまいち想像できんな」

 領主と執事の爺さんが顔を見合わせる。

「そんな奇天烈なものは出てきませんよ。人肉使う習慣もないようですし、グリルだのシチューだの普通に出てきます。ただ強いて違いを挙げれば……ヨーグルトをソースなんかに使うのが悪魔風、なんですかね」

「ヨーグルトをソースに?想像がつかんが……」

 うん、こっちでもヨーグルトはそのまま食うのが基本系だからね。最近は水飴入れる時もあるらしいが。

「それがなかなか旨いんですよ。今度レシピ聞いてきましょうか?」

「そうだな、悪魔の作る料理のレシピというのも面白そうだ」

 この領主もなかなかお茶目な所があるらしい。

「しかし材料とかはどうしているのだ?」

「あ、本人普通に買い物に出てます。さすがに角と翼は隠して人間ぽくふるまってはいるようですけど」

「人型なのか?その悪魔は」

「見た目は14~6くらいの女の子ですよ。顔立ちは可愛い部類に入るでしょうね。……中身は男ですが」

「……は?」

 さすがに領主も面食らったらしい。

「くりっとした瞳に桃色の唇、ふわっとした髪型とすべすべの肌、華奢な体つきで女の子の服装をしていますが、男ですよ」

「えーと、それは……両性具有とかの意味ではなく?」

「多分。じろじろ見たわけじゃないですけど、風呂場でちらっと見た感じでは胸はぺたんこですし下はちゃんとついてました」

「つまり、女装……ですか?」

 執事の爺さんが呟くように訊ねる。

「そうです」

「ぶっ……はっはっはは!女装の悪魔とはおそれいった!いや、世の中は広いな!」

 領主がたまらず大笑いした。

「天の神の教会が知ったら、ややこしいことになりますな」

「え?天の神って女装も禁じてるんですか?」

「男は男らしく、女は女らしく、の教義だからな」

「まぁ、お前があちこちで吹聴しなければ特に問題あるまい」

「それはそれでいらん誤解を生みそうでヤなんですが」

「そこは素直にあきらめろ」

「まぁ教会の方には俺の方から手を回しておく。精々悪魔との生活を楽しんでくれ」

 眼尻にたまった涙をぬぐいながら領主がのたまう。

 なんだそのただれた誤解を生みそうないい方は。

「あれが本物の女の子だったらなんぼかよかったんですけどねぇ」

「くくく、まあ良いではないか。それよりもディーゴ、件のヨーグルトを使ったレシピ、よろしく頼むぞ」

「わかりました。明日にでも持ってきます」

次回更新は1/3 10:00頃の予定です。

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