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臭う水2

本日1回目の更新です。

-1-

 湖畔に姿を現したのは、全長20トエム高さ5トエムはあろうかという巨大な亀だった。

 それと同時に生臭さが一層強くなる。

「……どうやらこの亀が原因らしいな」

「でもこれ、亀って言うの?結構強い精霊力が感じられるんだけど」

「となると、話通じるかな?」

 そう思って念話で話しかけてみる。

《おーい、聞こえるか―?》

〈…………〉

《おーい、もしもーし》

〈……ニク、モット……〉

 返事がそれかよ。

「あーはいはい熊肉ね」

 こういう手合いは我を通すより相手をいったん満足させてやった方がいいので、残った熊肉を全部出して大亀の口元に置いてやる。

 生臭いのを我慢して、大亀がはむはむもぐもぐと熊肉を平らげるのを見守ってやる。

 しかしなんだな、この大亀。どれだけ生きてるのかわからんが、甲羅がすごいことになってる。

 苔だの水草だのフジツボみたいのだのが、みっちりへばりついてる。こりゃ重そうだ。

〈ウマカッタ……〉

 そう言って湖に引き返そうとしたので、慌てて戦槌でごすごす甲羅を殴って止める。

《まてまてまて。ちょっとお前さんに聞きたいことがある》

〈ナニカ、ヨウカ……〉

《お前さん、どこか具合が悪かったりしないか?》

 臭いんだが、と言いかけて止めた。

〈グアイ……コウラ、オモイ〉

 うん。それは見ればわかる。

〈クビノウシロ、カユイ……〉

 む、それは有力な情報だな。

《ちょっと見てやるから、大人しくしてろ》

〈ワカッタ……〉

 大亀が了承したので、土魔法で足場を作って大亀の首の後ろをのぞき込む。

「ひっ」

 ちょっと変な声が出て鳥肌が立った。

 いやね、大亀の首の後ろに傷があるんだが、その周りがぐじゅぐじゅのぶよぶよになってて、すんごく生臭いのと、そのぐじゅぐじゅぶよぶよの部分に手のひらほどもあるダニみたいな虫がみっっっちりくっついてたのよ。

 しかもそのダニ?の一匹一匹がぱんぱんに膨れ上がってて、その、凄くキモいです。モザイク必要なくらい。

「これだな、原因は」

「そうみたいね」

 イツキも若干顔を青ざめさせながらうなずいた。

「どうディーゴ、治せる?」

「初級の傷ポーション持ってるから治せはすると思うが、その前にこのぐじゅぐじゅとダニをなんとかせんと」

「あたし、触るの嫌よ?」

「いいよ俺がやるよ」

《亀、首の後ろだけどな、傷があって虫がたかってる》

〈キズ……ムシ……〉

《今から虫を取って、傷を塞ぐから、動かないでくれ》

〈ワカッタ……〉

 ……でも、ダニって無理やり取ると頭が残ってよろしくないと聞いたな。日本の場合は煙草の火や線香で取ってたと思うが……あ、あれ使えるかな。

 思い出すと、無限袋の中から蟲払いの杖を取り出した。

 これをダニに近づけると……おお、逃げる逃げる。逃げ出したところを掴むと簡単に取れたので、潰さないようにぽいっと足場の上に放り投げる。ちなみに足場の中央は凹ませて、放り込んだダニが逃げないようにしてある。

 杖を近づけて、ダニを掴んでぽいっ、また別のダニに杖を近づけて、掴んでぽいっ、といった感じで繰り返し、数百匹ほど取り除いたところでダニが全部いなくなった。

 あとは、このぐじゅぐじゅとぶよぶよだが……これも当然取り除いたほうがいいよな。

 端から剣鉈でぐじゅぐじゅとぶよぶよをこそげ取るようにして、処置していく。

これは……膿とふやけた皮膚だな。

 30分ほどかけて、ぐじゅぐじゅとぶよぶよをこそげ取り、傷口に初級傷ポーションをぶっかける。

 1本ではまるで足りないので、手持ちの3本を全部使った。

 するとじわじわと傷が塞がっていき、すっかり元通りになった。

《どうだ?もう痒くないか?》

〈……モウ……カユク、ナイ〉

 しかし傷は塞いだが、なんでこんなところに傷ができるんだと見て気づいた。

《亀、頭をぐーっと持ち上げて、限界までそらしてくれ》

〈コウ……カ?〉

 頭がぐぐぐっと持ち上がり、甲羅に付くほど反らされる。

《はいやめ!》

 ぴたりと亀が動きを止める。

「……ああ、やっぱりだ。甲羅の端が首に当たってやがる。それでこすれて傷がついたんだ」

 亀には見えないが、イツキに指さしながら説明する。

「なるほどね。でもこれじゃまた再発するわよ?」

「甲羅を少し削るしかあるまい」

《亀、もう元に戻していいぞ》

《それとちょっと砂浜に行ってくれるか、説明するから》

 そう言って砂浜に大亀を誘導し、砂に絵を描いてさっきイツキに説明したことを繰り返す。

《……というわけで、このままだとまた痒いのが再発する》

〈ソレハ……コマル〉

《だから、甲羅のこの部分を少し削りたい。大丈夫か?》

〈ソノクライ……ナラ……ヘイキ〉

《よし、じゃあ今から始めるから、日向ぼっこでもしてろ》

〈ワカッタ……〉

 そうして甲羅削りに取り掛かったわけだが、生憎のこぎりは持ってきてねーんだよな。

 鉈でやるしかないか。

 しかしこの亀の甲羅、とにかく固い。体勢を変えつつ鉈を何度も振り下ろし削っていくのだが、結構腕と腰に来る。

 それでも3時間ほどかけて何とか削り終えた。無論、削ったところはバリ取りをして滑らかに仕上げてある。

 ちなみに結構大きな欠片が取れたので、こそっと無限袋にしまっておいた。

 いやだって、武具とか魔法具の材料とかに使えそうじゃん?そのままは無理だとしても、砕くなり粉にするなりでさ。

 その代わり、鉈の刃がボロボロになった。こりゃ研ぎに出さんとだめだな。

《よし、頭を反らしてみてくれ》

 亀がもう一度頭を反らす。今度は首と甲羅の間に隙間ができている。これで傷になることはあるまい。

《よーし、これで痒いものの処置は完了だ》

〈オワッタ、カ?〉

《痒いのは、な。あとは甲羅の掃除だ》

〈ヤッテ、クレルカ〉

《ついでだからな》

 戦槌でフジツボもどきを壊しーの、蟲払いの杖で寄生虫を追い出し&退治しーの、鉈で苔と水草を剥がしーのと丸2日かけて大亀の甲羅をきれいに掃除してやった。

 ……しかし、亀の甲羅って結構寄生虫いるもんだな。しかもサイズがでけぇ。

 こんなのがモソモソ出てくるってのは結構鳥肌もんだぞ。

 本音を言えば、ここからさらにデッキブラシかなにかでガシガシこすってやりたいところだが、ブラシがないので仕方ない。

 途中、大亀が飽きるので森に入って熊肉を調達したり、イツキが歌を歌って気を紛らわせたりと余計な苦労はあったが、まぁ納得のいく仕事ができたと思う。


《よし、これで全部完了だ》

 寝ぼけ眼の大亀の首をばしばし叩いて、終わったことを教えてやる。

〈オワッタ、カ?〉

《おう。すっきりしたろ?》

〈……コウラ、カルイ〉

《ならよかった。これからは時々日向ぼっこを忘れるな》

〈ワカッタ〉

〈……アト、スコシ、マツ〉

 ?

 大亀はそう言い残すと、湖の中に潜っていった。しばらく待っていると、口に何か咥えて戻ってきた。

〈コレ、オレイ〉

 そう言って差し出してきたのは、ずしりと重い何かの石だった。

〈ソレ、セイレイ、ノ、イシ。オレイ、アゲル〉

《そうか?じゃあ有り難く貰っとく》

 一抱えほどもある石を受け取ると、大亀はまた湖へと戻っていった。

「なにかしらね、その石。強い水の精霊力を感じるけど」

「なんだろな。まぁ持ち帰って調べてもらうさ」


-2-

「……という具合でな、ちょっと遅くなった」

「そうか、あの湖には水精大亀がいたのか……」

 石巨人亭で依頼の報告をすると、熊の亭主は納得したように呟いた。

「水精大亀?」

「水の精霊力の強いちょっと特殊な亀だ。お前さんが見た大亀がそうだよ」

「その大亀がいるところは水が枯れないって伝説があってな、言われてみりゃ納得だ」

「なるほど。じゃあ依頼の方は?」

「原因究明だけでなく、取り除くことまでやってくれたからな。「大いなる感謝を込めて」とつけてやるよ」

「そいつはありがたい」

 こういう地味なことが後々効いてくるらしいからな。

「ああそれと、こういうもんを持ち帰ってきた。鑑定頼めるか?」

「どれ……何を持ち帰ってきやがった?」

 水棲大亀の甲羅の欠片と、もらった一抱えもある石を取り出して見せると亭主が目を丸くした。

「(小声で)おい、その石はすぐしまえ」

「?」

 言われるままにすぐ無限袋に片づける。

「(小声で)その石はな、精霊鋼のもとになる精霊鉱だ。多分水の精霊鉱だろう。魔法の武器の材料にもなる大白金貨数十枚の値打ち物だぞ」

 大白金貨数十枚というと……すうせんまん?

「(小声で)それとこっちの甲羅の欠片だがな、これもこの大きさなら大白金貨数枚の値打ちがある。水系の魔法具の材料にもなるし、砕いて鋼に混ぜれば炎に強い鋼が作れる。魔法の防具に引っ張りだこだ」

 こっちの欠片も数百万?

「(小声で)まじか」

「(小声で)こんなのが世に知れてみろ、水精大亀は退治されて材料に、湖は掘り返されてこの街の水源が一つなくなるぞ」

「(小声で)それは俺の望むところじゃねぇなぁ」

「(小声で)悪いことは言わん、換金するにしても武具に使うにしても、それらを出すのはもう少し待っとけ。ランク6の駆け出しが持っていていいもんじゃない」

「そうかー、じゃあ仕方ねぇな。鉈がさっそくボロボロになっちまったんで変えようかと思ったんだが」

「そっちは素直に研ぎなおしとけ」

「(小声で)はぁー、しかしお前さんもとんでもないやつだな。ヘタな冒険者が生涯かけて稼ぐ額を、駆け出しのランク6のうちに稼ぎ出しやがった」

「それでも屋敷の維持費を考えるとうかうかしてらんねーんだが」

「年金はまだ少ないのか?」

「年に金貨10枚だってさ。年金だけじゃ食ってくこともできねぇや。まぁ、この間ちょろっと作ったものがあるから、少し増えるとは思うが、まだまだ足りないだろうな」

「じゃあ、当分は冒険者生活だな」

「まぁそうなるな」

「俺が見たところ、お前さんは、妙なツキがあるんだと思う。鉱山に潜ればミスリル鉱脈とか見つけちまうんじゃねぇか?そうなったら貴族様でも一生遊んで暮らせるぞ」

「さすがにそれは無茶振りだろぅ。俺は生体ダウジング装置なんかじゃねぇぞ?」

「そのくらいのツキがある、ってこった」

「ところで明日はどうする?」

「この依頼のおかげでずいぶん間が空いちまったが、また稽古に行くさ。ここに来るのはそれ以降だな」

「わかった、そう覚えとくよ。今日はこれで仕舞かい?」

「ああ、とっとと帰って休む」

「わかった。じゃあ、お疲れさん」

「ああ、お疲れさん」

「おっと、言い忘れてたがディーゴ。帰ったら早めに風呂入れ。臭うぞ」

「……へい」

 こうして、街の井戸の異臭騒ぎはひっそりと幕を閉じた。

次回は20:00頃に更新予定です。

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