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スラムの病2

本日2度目の更新です。

-1-

 医者兼研究者?のエルトールの依頼を受けて、スラムの入り口にやってきた。……んだが、はっきり言おう。臭い。

 汚物の臭いと何かの腐った臭い、何かが焦げる臭いに生活臭が合わさって、なんというかこの時点でもう帰りたい。

 毛皮に臭いが染みつくじゃないか。

 しかしこんなところでも人は住めるんだなと思う反面、こんな環境では病気が流行るのも無理はないと冷静に考えている自分がいる。

 おかしいな、水飴のおかげでスラムの経済状況は多少は良くなってると思ったんだが。

 実際に足を運んでみないと分からんもんだな。三現主義(現場、現物、現実)とはよく言ったものだ。


 なんて軽く現実逃避をしていたが、ここで突っ立ってても依頼はこなせない。

 仕方なくスラムの奥に向けて足を踏み出した時、風向きが変わったのか、なんか香ばしい匂いが漂ってきた。

「?」

 辺りを見渡してみると、ボロボロの家の前で薄汚い格好の男が何かの肉を焼いていた。

「1本銅貨2枚だよ」

 男の前に立つと、ぶっきらぼうに金を要求してきた。

「えらく安いがなんの肉だい?」

「聞かねぇ方が身のためだよ」

「まさか人肉じゃねぇだろうな」

「買うのか買わねぇのかどっちだい」

 男がいら立ったように声を上げる。

「……まぁいいか、一本貰おう」

 財布から銅貨を2枚取り出して渡すと、代わりに串焼きを1本受け取った。

「ありがとよ」

 男の礼を受けてその場を立ち去る。一口食べてみようかと思ったが、さすがに人肉とか猫肉だったりしたら嫌なのでサンプル1号として無限袋に放り込んだ。


 広めの道に沿って少し進むと、剥がれかけだった石畳が完全になくなり、土の地面になった。

 ……一応ここの土も少し採っておくか、と道の端の地面をほじくり返しサンプル用の小瓶に入れた。これでサンプル2号。

 採るもん採ったし先に進むかと思ったが、どうやら斜め前のぼろ屋には人が住んでいるらしいことに気が付いた。

 うん、さっき足音がしたからね。

 ドアをノックして訪いを告げると、ドアが開いて中年の女性か姿を見せた。

「なんだいあんた。見ない顔だね」

 じろじろと無遠慮にこっちを見てくるので、「頼まれてこの地区の調査を行ってる者です」と、冒険者手帳を見せて下手に出てみた。

「ああそうかい。そりゃごくろうなこったね。で、なんか用かい?」

 えーと、

「そこの鍋の中身、少し分けてもらえませんか?」

「鍋の中身を?……まぁ別に構わないけど、無料ってのはねぇ」

 くっ、まぁ仕方ない。財布から銅貨1枚出して、小瓶と一緒に手渡す。

「これに少しでいいのでお願いします」

「あいよ。あんたも物好きだね」

 中年女性は銅貨と小瓶を受け取ると、小瓶に半分ほど中身を入れて返してくれた。

「ありがとうございます」

「さ、用が済んだら帰っとくれ」

「分かりました。失礼します」

 ……ふむ、得体のしれないシチューのようなものが銅貨1枚か。これもサンプルだな。というわけでサンプル3号げっと。


 さらにスラムを奥に向かうと、丸々と太ったネズミの群れと出くわした。

 すかさず虫取り網を振り回して捕獲を試みる。4匹いた群れの3匹には逃げられたが、一番大きな1匹を捕まえることが出来たので良しとしよう。

 小瓶の蓋に空気穴をあけてネズミを押し込む。暴れるので苦労したが、なんとか瓶に収めることができた。

 でもこれ無限袋に入るかな、生き物は入らなかった気がするが……と試してみたら、やっぱり入らなかった。

 仕方ないので無限袋ではない背負い袋の方にサンプル4号として放り込んで、探索を続行する。

 他に何かないものかと周りを見ると、建物の間に人一人がかろうじて通れるような隙間を発見した。

 俺の体躯で通れるかちと不安だったが、鎧を着てなかったせいでなんとか通り抜けることができた。

 ちなみに苦労して通った先は行き止まりだったが、なんと猫並みにでかい大ネズミを見つけたので苦労して捕獲した。

 つーか何食ったらこんなにでかくなるんだ。

 案外これが熱病の原因かも、と思ったので、四肢を縛って猿轡も噛ませて背負い袋に放り込んだ。

 もぞもぞ動くのは仕方ない。

 これがサンプル5号。


 その後は、道端で干からびてた果物を拾ったり(サンプル6号)、廃屋に棲んでたコウモリを捕獲したり(サンプル7号)念のためにと川の水と井戸の水を採取したり(サンプル8号、9号)、食べられそうな草をむしったり(サンプル10号)と集めて回った。

 途中、ぶつかってきたジジィに財布をすられそうになったが、警戒してたので未遂で済んだ。

 捕まえようとして即行逃げられたが……この虎男の俺の財布を掏ろうとはいい度胸してんな。ジジィ。


 いい度胸といえば、採取の途中でチンピラ3人組に絡まれもした。

 3対1で強気になったのかは知らんが、スラムの礼儀を教えてやるぜと来たので、反対にぶん殴って力の違いを教育してやった。

 チンピラごときに腰の鉈を抜くまでもないしな。やりすぎ注意とも言われたし。

 気絶したチンピラをサンプルとして持って帰ろうかと思ったのはここだけの秘密だ。まぁ結局捨ててったけどね。


 気絶したチンピラ3人をその場に残し、側溝の汚水をちょっと採取した(サンプル11号)ところで持参してきた小瓶がなくなった。

 頑張れば10個と言われたところを11個も集めたのだから文句はあるまい。

 スラムの入り口に戻ったところで大分日も傾いて来ていたので、探索を切り上げて研究所に戻ることにした。


 研究所に戻り、一番奥のドアを開ける。

「エルトールさん、今戻った…………ぞ?」

 中の部屋の様子を見て、凍り付いた。

 切り刻まれた四肢、引きずり出された内臓、流れ出たおびただしい血……かつて少年だったであろうその物体を前に、エルトールは白衣を血に染めて立っていた。

 エルトールはメスこそ手にしていたが、それを医療行為と呼ぶにはあまりにも酷すぎた。

「エル……トール…………それは?」

 かろうじて言葉を絞り出す。

「あ……いや、あの、これは……」

 エルトールが狼狽する。が、次の瞬間

「見ぃたぁなああああああーーーー!」

 人の良さそうな糸目を見開き、悪鬼のような表情で襲い掛かってきた。

 頭の中に?が乱舞する中、慌てて腰の剣鉈を抜き応戦態勢をとる。

 が、何かおかしい。

「もはや生きては、帰れぬと思えええええ!!!」

 このまま剣鉈で切りつけるのは何かやばい、そう感じた俺は、とっさに剣鉈を逆手に持ち替えると柄の部分で思い切りエルトールを殴りつけた。

 たまらず吹っ飛び、派手な音を立てて壁に激突するエルトール。

「いったい何がどうなってやがんだ……」

 剣鉈を腰に戻しながら呟く。相変わらず頭の中は?マークで一杯だ。

「いたた……」

 その時、エルトールがもぞりと動いた。

「さーてエルトール、どういうことか聞かせてもらおうか」

「うわぁぁ、すいませんすいません!あれは子供の人形です!!」

 エルトールが土下座しながら謝ってきた。

「人形が血を流すのか?ぁあん?」

「血糊の袋を入れようとして失敗したところなんですよぅ」

「血糊の袋って、そんな嘘が通じると……って、本当に血糊だな」

 ぶちまけられている血を少し指先につけて手触りを確かめる。確かに血の感触とは少し違う。

 そしてさっき感じた違和感の正体が分かった。これだけ血液がぶちまけられているのに、血液特有の鉄生臭い匂いが一切しなかったのだ。

「人形に血糊の袋って、普通そんなに凝るか?」

「手術の練習用ということで忠実に再現するよう頼まれたんですよ。ほら、ここなんか皮膚がめくれるようになってて、これをめくるとほら、静脈動脈の血管がばっちり……」

「見せなくていい!」

 気色悪いもん見せんな。

 延々と続きそうなエルトールの話を強引に終わらせると、息を整えて疑問をぶつけてみた。

「人形を人間と見間違えたのは確かにこちらのミスだ。それは認めよう。だがな、それならなぜ襲ってきた?」

「ああそれですか」

「うん、それだ」

「…………軽い冗談のつもりだったんですけどね」

「………………」

 何とも言いようのない沈黙が部屋を支配する。

「(ドスの効いた声で)エルトール、そういう冗談は命に関わるからやめた方がいいぞ」

「そうですね。以後気を付けます」

(……でも絶対またやらかすんだろうな)

 眉間をもみほぐしながらため息をつく。


「じゃあ、誤解も解けたことですし成果を見せてもらえますか?」

「そうだな。じゃあ出してくぞ」

「これが入り口で売ってた串焼き、これがスラムの土、襲ってきたネズミに……」

 と成果を解説しながら披露し、最後に大ネズミを取り出した。

「これは……大物を捕まえてきましたね。これが病気の原因でしょうか?」

「その可能性が高いと思ったから頑張って捕まえた」

「分かりました、私も気合を入れて調べてみることにしましょう」

「んで、一応これで依頼は終了だな?」

「そうですね。いやしかし本当に助かりました。これだけ集めてもらえれば結果が出せないわけがありませんよ。

 細かいところまでよく気が付きましたね」

「まぁこういう作業は嫌いじゃないしな」

「どうです?うちで助手として働いてみませんか?」

「いや、まだ冒険者になったばかりだしな。いけるとこまで頑張ってみるつもりだ」

「そうですか、残念ですねぇ。あっと、報酬を渡しておきますね」

 エルトールはそういうと、財布から銀貨と半銀貨を取り出した。

「サンプル数が11個で銀貨7半銀貨2ですね」

「ん?計算が合わなくねぇか?ちと多すぎだぞ?」

「大ネズミと私が完全に見落としていた井戸の水について、色付けてあります。あと私からの感謝のしるしとしてもう少し上乗せしときました」

「そりゃすまんね。ありがたく頂いてくよ」

「じゃあ冒険者手帳を貸していただけますか?」

「あいよ」

 エルトールは受け取った冒険者手帳にさらさらと書き込んだ。

「はい、これで依頼は完了になります。どうもお疲れさまでした」

「じゃあエルトール、解析のほう頑張ってくれな」

「ええ。ディーゴさんも、どうかご武運を」

 そして、エルトールの長い見送りを受けて石巨人亭に戻った。


 石巨人亭に戻り、亭主に報告がてら手帳を見せる。

 亭主がぺらぺらとページをめくり、依頼の欄を確認すると、おっと声を上げた。

「なんかあったかい?」

「いや、あの先生、手帳に「大いなる感謝を込めて」と書いてくれてるぞ。依頼人が大満足してくれた証拠だ」

「そうなのか?」

「ああ。依頼人が望む以上の成果を出したって証拠だからな、次のランク6の手帳にも書き足しといてやるよ。今はまだあまり意味はないが、ランク3より上にあがるときには結構考慮されるんだ」

「なるほど。じゃ、エルトールにこそっと感謝しておくか」

 返してもらった手帳を受け取り、無限袋にしまう。

 こうして、ちょっと?変わった医者の依頼は幕を閉じた。


 あれ?そういえばスラムの連中って俺を見ても普通に接してたな……。

今年の更新はこれにて終了です。

今年1年ありがとうございました。来年も引き続きよろしくお願いいたします。


なお来年は1/1 10:00頃に更新予定です。

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