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スラムの病1

-1-

 領主にステンドグラスの報告をしてから5日が過ぎた。

 今日も今日とて日雇い仕事、と石巨人亭に顔を出し、貼りだされた依頼書を漫然と眺めているとちょっと変わった依頼が目についた。

「ふむ、最近スラムで流行り始めた熱病の調査のためのサンプル収集ねぇ……こういう事やってるところもあるんだな」

 今まで引越しの手伝いやドブ掃除、庭木の剪定の手伝いなどをこなしてきたが、こういう依頼は初めてだ。

「オヤジさん、この依頼って昨日あったっけ?」

 依頼書を剥がしてカウンターに持っていく。

「ああそれか。昨日お前さんが帰った後に依頼人が来たんだ。仕事の内容が内容だから報酬はあまり多くは出せないと言ってた上に場所がスラムだからなぁ……長引くかと思ってたんだが、お前さんそれに興味があるのかい?」

「まぁね。なんか毛色の変わった依頼だなーって」

「そうだな。で、どうする、受けるか?」

「なんか面白そうだし、まず話を聞いてみるわ」

「了解。依頼人はエルトール・ミットンていう医者でな、まぁなんで医者が研究者みたいなことするのかわからんが、特に危険はないそうだ。場所はここから2ブロックほど西に行ったところに勤めてる診療所があるから依頼を受けるならそこに来てくれって言ってたぞ」

「まぁ依頼の場所がスラムらしいから、本来なら複数人で行くことを勧めるんだが……お前さんなら喧嘩売られても一人で対処できるだろう」

「それ以前に、俺のこのナリに喧嘩売ってくる奴がいるとは思えんのだけど?よほどの勇者か考え無しだぞ?」

「その考え無しがいるからスラムなんだ。まぁウチのスラムも他所の例にもれず法の手が及ばないところだが、だからと言って好き勝手な無道非法が許されるわけじゃない。喧嘩を売られてもくれぐれも、ほどほどに、な」

「分かった。んじゃ行ってくるわ」

「気をつけてな」

 宿の亭主と給仕の見送りを受けて、目指す診療所へと向かった。


 亭主に言われたとおり2ブロックほど歩くと、目の前に古びた診療所が見えてきた。この辺りは初めて足を踏み入れるな。

「『ミットン診療所』……ここが依頼人の所か」

ギィィ

 きしむドアを開けるとそこは待合室らしく、順番を待つ患者らしい人たちがなにをするでもなくただ座って順番を待っていた。

 何人かはこちらを見てわずかに身じろぎしたが、すぐに視線を戻すとだるそうに俯いた。

(結構多いな……腕がいいのか安いのか……多分後者かね)

 待合室の人間の身なりを見てそう思う。あまり身なりのいいのはいないし、ぼろ布同然の服を着た老人の姿も見える。

 入り口に立っていても邪魔なので、受付の糸目の青年に声をかけた。

「こんちは。石巨人亭の張り紙を見てきたんだけど」

 その声に青年は顔を上げてこちらを見た……んだが、ホント目が細いな。

「ああ、冒険者の方ですか。はじめてお目にかかります。私が依頼人のエルトール・ミットンです」

「ははは、受付が依頼人なので驚きましたか?でも私もここの医者なんですよ。なにせ職員が二人きりの小さな診療所でしてね、こうして交代で受付と診察を受け持っているんです」

 エルトールは人の良さそうな笑みを浮かべると、そう説明した。

「まぁともかくここじゃ落ち着いて話もできませんから、別の場所に行きましょう。ツグリさん、ちょっとここお願いしますね」

 待合室の老婆にエルトールはそう声をかけると、さっさと受付から出て靴を履き始めた。

「いきますよ、ついてきてください」

「あ、ちょっと」

 止める間もなく、エルトールは外に行ってしまった。慌てて後を追う。


「今のツグリって人、患者じゃないのか?というか受付は?」

「ああ、あの人はウチの常連なんです。受付に関しては一番詳しいのでご心配なく」

「いやご心配なく、って」

 随分のんきな診療所もあったもんだ。というかあのツグリって婆さんは暇つぶしに診療所に来ているクチか?

 なんか色々聞きたいのをぐっと飲みこんでエルトールの後を追う。

「これからどこに?」

「町立の研究所です。私のバイト先の一つですね」

 いやそのなんだ町立の研究所って。

「まぁ研究所と言っても同じ町内の物好き同士たちが集まって、好き勝手に研究してるところですよ」

「あ、でも勘違いしないでください。道楽じゃなくてちゃんと結果を出す研究をしてますから。町内会からも予算が出てるんですよ」

 町内会から予算って……なんかみみっちいな。

「あっと、つきました、ここです」

 そういってエルトールが指さしたのは、どう見ても普通の民家だった。

「本当にここが?」

「ほら、ちゃんと表札にも書いてありますし」

 指さされたので見てみると、確かに「枯葉通り町立研究所」と書いてある。

「せめて看板とかにならないか?」

「そんな予算があったら研究に使います」

 ……うん、わかった。もうツッコむのは諦めよう。

「さ、私の部屋は一番奥ですから」


 そうして通された部屋の中は、カオスだった。

 理科の実験で使うような機材が所狭しと並んでいる中、エルトールは慣れた手つきで機材を脇に押しやり二人分の席を作った。

「では、さっそく仕事の話をしましょうか」

「その前に自己紹介位させてくれ。俺はさっきもいったが冒険者のディーゴってもんだ。一応これ、冒険者手帳」

「どれ拝見……」

 エルトールは俺が差し出した冒険者手帳を受け取ると中を開いてざっと目を通した。

「あ、まだランク7なんですね」

「10日くらい前に冒険者になったばかりだ」

「あれ?でも備考の欄に名誉市民って書いてありますが……」

「年金だけじゃ食っていけないんでな」

「土と樹の魔法が使える、と。将来有望じゃないですか」

「できればそう願いたい」

「なるほど、良く解りました。私の依頼にはもったいないくらいの人ですけど、折角ですからお願いしましょう」

 冒険者手帳を返しながらそう前置きすると、エルトールはおもむろに話し出した。

「依頼の張り紙にも書いてあったと思いますが、最近スラムで熱病が流行しています。ディーゴさんが来られた時に待合室にいた人、おそらく全員がその熱病です。

 あ、ツグリさんだけは違います。あの人はただの暇つぶしですから。あの人は体調が悪いと来ないんで」

 やはりな。というか診療所の使い方が逆だろツグリ婆さんよ。体調悪いならむしろ来て診てもらえよ。

 あまり褒められた事ではないのかも知れんが、独居老人の生存確認という面では診療所の待合室以上の場所はないわけだ。

 というか老人の暇の潰し方って異世界も変わらんのか。

「っと、話を元に戻しまして、ディーゴさんにやってもらいたいのは、スラムに行ってサンプルを採ってきてもらいたいことなんです」

「サンプル?」

「ええ。病気というのは世間一般では体内の精霊のバランスが崩れたために起きるものと言われています。しかし通常の日常生活でそれが起こる事はあまりなく、精霊のバランスが崩れるには何らかの要因が作用した、或いはしていると考えるのが妥当でしょう。つまり、スラムにおいて熱病が発生するに当たり、何らかの外的要因が作用したことは明らかであり、私としてはその要因を調査、特定することが熱病の発生を押さえる事への前提条件であると感じているわけです。これは何も今回だけに限ったことではなく……」

 いきなり饒舌に語り始めるエルトール。やっべ、もしかして地雷踏んだ?つか何処に地雷があった?

 その後エルトールの一方的な話はたっぷり30分続いた……。

「……というわけなんですけど、あの、聞いてます?」

「……申し訳ない、ちょっと意識飛んでた」

「ちょっと難しかったですかね?」

「いや、内容はそうでもないが30分近くも一方的に話されるとちょっとな……」

 朝礼とかスピーチで長い話を身動きせずに聞いていると眠くなるのと一緒だ。

 まぁ彼の医療観についてはちと訂正したい部分もあるのだが、それをやると依頼以前に1日語られっぱなしになりそうなので黙っておく。

「つまり、スラムに行っていろんなものを少しずつ採ってきてほしい、という理解なんだがこれで合ってるか?」

「ええ合ってます。あ、スラムと言っても別に奥深くまで行かずとも結構です。比較的広い道をぐるっと回ってくるだけで十分ですから迷う必要もないと思います」

「了解、分かった。で、報酬は?」

「うーん、申し上げにくいのですがあまり多くは差し上げられないのですよ。予算の関係で。

 持ってきたサンプル一つに付き半銀貨5枚で買い取りましょう。頑張れば10個くらい見つけられると思います」

「……それでも半銀貨50枚……つまり銀貨5枚(五千円)相当か。ちなみに追加報酬は?」

「持ってきたサンプルの内容次第ですね。でもあまり多くは出せませんよ?

 で、どうでしょう。引き受けていただけますか?」

 すがるような眼でエルトールが見てくる。

「わかった。人助けと思って引き受けよう」

「ありがとうございます。では、集めていただくものですが、動物、植物、食べ物、水、土あたりが一般的でしょうか。とにかく目についたもの、スラムの住人が触れそうなものを片っ端から集めてください。あとそれから……」

 そういってエルトールはどこからか虫取り網を引っ張り出した。

「小動物の捕獲なんかにはこれを使ってください」

「お、おう」

「あ、使い終わったら返してもらいますからね。それ私もいろいろ使うんで」

「わかった」

「じゃあ、さっそくお願いできますか?私はここで待ってますので」

「了解。じゃあ行ってくる」


 エルトールにそう言い残し、研究所を出た時点でハタと気づいた。

 ……そういやいつもの依頼のノリで、普段着に鉈一本じゃん。これでスラムに行って大丈夫なんかな。

 でもいちいち戻ってピカピカの装備で行くと余計に目ぇ付けられそうだしな……。

 まぁいいか、スラムとはいえ街の中。そう変なものは出ないだろう。

 スラムの治安?を信じて、とりあえず行ってみるか……。


今回のタイトルや内容に何か心当たりがあったり、何かを思い出された方。

名前は違えど作者本人ですので、著作権云々はスルーしてください。


なお、本日20:00頃に2回目を更新します。

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