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カワナガラス店にて

-1-

 冒険者としての初仕事をこなした翌日、久しぶりにカワナガラス店を訪れた。

 お世話になりっぱなしで頭上がらない人たちだからね、ちょっとご無沙汰気味なのもあって近況報告に出向いたんよ。

「おはようさん、精が出るな」

 庭先で掃除をしていた従業員に声をかける。

「おはようございますディーゴ様。大旦那様たちにご用事ですか?」

「ああ、引っ越し騒ぎも落ち着いたんで、現状報告と顔見せも兼ねてね」

「そうですか。大旦那様たちも喜びます。中へどうぞ」

「ありがとう」

 そういって店の中に入る。しかし改めて思うが、このカワナガラス店の中っていわゆる「セレブ空間」なんだよな。

 時間の流れがゆったりしてるというか、なんか空気が違うんだよ。

 置いてあるガラス器も趣味のいいのが多いし、予算があったらガラス器の一つも揃えたいところだぁね。

 などと考えながら店内を見ていると、

「おお、ディーゴさんお久しぶりです」

 奥からエレクィル爺さんとハプテス爺さんがやってきた。

「おはようございます。引っ越しと諸々が一段落ついたので、近況報告を兼ねて顔を見せに来ました」

「そうですかそうですか。ささ、立ち話もなんですから奥へどうぞ」

「お邪魔します」

 二人に先導される形で居間にと通されると、そこにはエレクィル爺さんの息子夫婦でカワナガラス店現当主のカニャードとその妻のリフィナが待っていた。

「おはようございます、ディーゴさん」

「おはようございます、カニャードさん、リフィナさん」

 挨拶をすますと、リフィナに小壺の水飴を渡す。

「リフィナさん、大したもんじゃありませんが街で買った水飴です。よろしければ料理にでも使ってください」

「まぁ、これがディーゴさんが考案なさった水飴ですのね。最近売り出されたようですけど、品薄でなかなか手に入らないって評判でしたのよ」

「そうですか、じゃあ見つけたのは運が良かったんですね」

「さっそく何かに使わせていただきますわ」

 そんな感じで時候の挨拶を済ませ、カニャードとリフィルが退出する。残ったのはエレクィル爺さんとハプテス爺さん、そして俺といった気心の知れた3人だ。

「……ほうほう、ついにディーゴさんも冒険者ですか」

 昨日済ませた初依頼のことを報告し、お互いの近況などを話し合う。

 特にエレクィル爺さんは、土の精霊石で覚えた土魔法で新しいガラス細工を模索している最中とか。

 確かに折角覚えた魔法だもんね、使わなければもったいない。

 一通り近況を話し合ったところで、ちょっと気になったことを聞いてみた。


「……ところで、カニャードさん何かありました?以前お会いした時に比べて元気がないというか、目の下に薄い隈が出来てたようですけど」

「ああ、ディーゴさんにも気づかれてしまいましたか。いえね、今度、天の教会様に寄付をすることになったのですが何を贈ったものかと頭を悩ませておりましてね」

「はぁ」

「儀式のときに使うガラス器などは既に贈ってありますので、また儀式用のガラス器を贈るというわけにもいきませんでな」

「そうですね。不躾ながら、お金というのは拙いんですか?」

「最終手段はそれになるやもしれませんがな、お金というのは傍から見ても分かりやすいものですからな」

「ああ……」

 確かに寄付で「どこそこの家はおいくら万円寄付しました」なんてのが公になったら、ちょっと面倒くさい。

 身分の序列のない日本ならあまり関係ないのだろうが、見栄と面子で生きてるような貴族がいるこの社会では、金額の多寡で序列ができてしまうのは好ましくないんだろう。

 ……教会側としちゃその方がいいのかもしれんけどね。見栄の張り合いで寄付のインフレがあった方が収入も増えるし。

 などと下世話なことを考えていると、エレクィル爺さんから修正が入った。

「それに、天の教会への寄付というのは各々の仕事の成果を見せる場所でもあるわけでしてな、ウチとしてはなるべくガラスに拘った寄付をしたい」

「でもそれでいい案が浮かばずに煮詰まってる、というわけですか」

「まぁそんなところです」

 ふーむ、さんざん世話になった二人のいる店だから、俺としてもなんか手助けしたいよな。

 うむ、まずはちょっと頼んでみるか。

「ところで、その、以前贈ったといわれる儀式用のガラス器に似たものは見せてもらうことはできますか?」

「お、何か思いつかれましたか?」

「いえ、思いつくのはまだですけど、その儀式というのがどういうもんか分らんので……」

「ああなるほど。ではこれから天の教会に行ってみますか?」

「それはありがたいですけど……大丈夫かな?(小声で)俺、悪魔ですぜ?」

「ほっほっほ、でしょうけれどもディーゴさんはこの街の名誉市民でもありますからな、まぁ心配はいりますまい」

(……ま、いざとなったら金貨で黙らせるか)

 そんな俺の心配をよそに、さっそく3人で連れ立って天の教会へと向かった。


-2-

 そうして向かった天の教会は、なかなか大きな建物だった。

 両開きの大きな扉は開け放たれており、老人二人はすれ違う信徒たちに頭を下げるとすたすたと中に入っていった。

 俺もあわてて後を追う。

 幸い、入り口ではじかれたり教会の中に入ってダメージを食うこともなく二人に追い付いた。

 ただ、すれ違う人がぎょっとしたのは分かってる。ダイジョウブダヨー、ボクワルイアクマジャナイヨー。

 さらに二人と話している教会のちょっと偉そうな?人もぎょっとした顔をしている。

「ああエレクィルさんハプテスさんお久しぶりです。ところでそちらの方、は?」

「私どもの恩人でしてな、つい先日、この街の名誉市民になられたディーゴ様です」

「初めまして、ディーゴと申します」

「これはご丁寧に。私は副助祭のモイークと申します。あの、大変失礼なお願いとなりますが……短剣を拝見させていただいても?」

 ああ、領主からもらった名誉市民の証ね。

「まぁこの身なりですからお気になさらずに。これがその短剣です」

 モイークは短剣を受け取って拵えを確認すると、恭しく返してきた。

「どうもありがとうございます。疑ってしまって申し訳ございません」

「構いませんよ。人間以外が名誉市民になるのは初めてとのことですから、無理もないことです」

「そういっていただけると助かります」

 モイークはほっとしたような表情を浮かべた。まぁ名誉市民ともなれば、一応、末席でも、貴族のハシクレだからね。

「それで本日はどのような?」

「今度の寄付のことでちと頭を悩ませておりましてな。こちらのディーゴさんに相談したところ、以前寄付した儀式のガラス器を見たいと仰られて、案内してきた次第なのですよ」

「なるほど、でしたらちょうどいい、今祭壇のほうに出しておりますのでゆっくりとご覧になってください」

「いつもは宝物庫に入れているのですが、本日午後より儀式を行いますので出してきているのですよ」

「なるほど、それは丁度良かった」

 モイークに案内されて祭壇に行くと、なるほど見事なガラス器が並んでいた。

 ……ふむ、花瓶に水差し、水盆、グラスといったところか。

 水に絡むものにガラスが使われてるっぽいな。

 しかしこの色付けとか、聖人?ぽい人型の造形とか職人の技術が光るな。いやこりゃ凄いわ。

 日本にいたときも旅先で時々ガラス工房を見学させてもらったりしたが、ちょっとこの世界の職人舐めてたわ。

 それでいて板ガラスがないのは……工業化の関係か。

「使い道は分かりますか?」

「ええ、なんとなくですが想像つきます。しかし見事な細工ですね。これなら普段宝物庫にしまっておくのも納得ですね」

 モイークの質問に答えると、彼は嬉しそうにうなずいた。

「いや、どうもありがとうございました」

 ひとしきりガラス器の造形を堪能したところで、モイークに頭をさげた。

「もう大丈夫でしょうか?」

「はい」

「では、ディーゴさんが満足したらな私どもも引き上げましょうかな」

「忙しい中どうもお邪魔しました」

「いえいえ、また時間があるときにでも遊びに来てください。教会の門はいつでも開かれておりますので」

 そういうモイークに礼を述べて、一行は教会の外に出た。


「で、ディーゴさん、何か思いつきましたかな?」

 声を潜めてハプテス爺さんが訊ねてきた。まだ周りに人がいるしね。

「いや残念ながら全く」

「ほっほ、さすがのディーゴさんでもそう都合よくはいきませんか」

「いや申し訳ない。ただですね……」

「ただ?」

「なーんとなくなんですけど、あの教会に違和感を感じるんですよね……」

「ほう、違和感ですか。それは人に、ですか?」

「いえ、人ではなく……道具なのか建物なのか施設なのか……んー、何かがね、違うんですよ。俺の知ってる教会と」

「それは、教義的なものではなく?確かディーゴさんの故郷では信じる神様が違うという話でしたが」

「そうじゃないですね。なんだろな……」

「施設と言えばこの教会には施療院が併設されていましたな。そちらの関係では?」

「んーどうでしょう。ウチの方では教会に併設されているのは孤児院とか学校でしたが……」

「一応施療院の方も見学していきますか?」

「いや、そちらはいいでしょう。施療院みたく毎日が修羅場ってるところは、いきなり押し掛けるんじゃなく事前に連絡して許可とってから見学した方がいいと思います」

「毎日が修羅場……確かにそうかもしれませんな」

「じゃ、今日の所はこれで引き揚げですかな」

「そうですね、お役に立てなくてすみません」

「いやいや、無茶なお願いをしているのはこちらですからな」

 そういってエレクィル爺さんは鷹揚に笑ってくれるが、役に立てない自分の脳味噌が苛立たしいぜ。

 しかしなんだろうなこの違和感は。なんとか突き止めて答を出さないと、メシの味が一段落ちそうだ。

 あーでもないこーでもないと考えつつ、老人二人の後をついて敷地の外に出る。

「……あ」

 帰りしなになんとなく教会を振り返って、ようやく違和感の正体に気が付いた。

 教会なのに何か足りない……そうだよアレがなかったんだ。

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