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引越し冒険者

-1-

 そういって差し出した1枚の依頼書。内容は引越しの手伝いだった。

「おぅ、その依頼にしたか。……ってこれは普通4~6人で取り掛かるものだぞ?……と言っても無限袋持ちのお前さんにゃうってつけか」

「そういうこった」

「人数が足りねぇとがっかりされるかもしれんが、その分壊れ物の心配はいらないと売りこんどけ」

「了解」

「じゃあ住所はここだ。青葉通りの12番地な。ここから南西に4ブロックってところだ。ブロンクス・カセオって人が依頼人だ」

「分かった。じゃあ行ってくる」

「おう。しっかり働いてこい」

 亭主にそういわれて、冒険者の酒場を後にした。


「ねぇ父さん」

 ディーゴの後姿を見送りながら、給仕が亭主に近寄って小声ではなしかける。

「あの虎の人もランク7から始めるの?卑竜や赤大鬼を倒したっていう噂でしょ?もっと上からでもいいような気がするけど」

「そこは俺も迷ったんだがな、引っ越して間もないらしいし、街の中を知ってもらう意味でもランク7にしたんだ。それに明らかに格下の仕事をどうやってこなすかにも興味がある。話した感じでは顔に似合わず真面目そうだったがな……」


 そんな思惑など露知らず、言われた住所にやってきた。

 さすがに高級住宅街の木の葉通りとは違い、狭い土地を有効活用した2階建て3階建ての小さな家がひしめきあっている。

 メモを頼りに12番地を探し当てると、ちょっと薄汚れた感じの扉をノックした。

コンコン

「ごめんくださーい」

……

「はいよ、どちらさ……ひぃ!」

バタン

 目の前で開きかけた扉が閉まった。この反応も久しぶりだな。

「冒険者の酒場の石巨人亭から来ました、引っ越し対応の冒険者です。冒険者手帳ありますよ?」

 扉の前でそういうと、少しだけ扉が開いて手が差し出された。

「冒険者手帳を見せてくれ」

「持ってかないでくださいよ?」

 そういって貰ったばかりの冒険者手帳を渡す。

「……なんだ、ランク7のなり立てか。お前さん一人か?」

「まぁ、そうです。ただ無限袋持ちなんで壊れ物には強いかと」

「……そうか。うん、いいだろう。入ってくれ」

 そういって扉が開くと、中には神経質そうな男が立っていた。

「じゃ、冒険者手帳は返す。さっきはすまなかったな」

「いえ、この姿じゃよくあることなんで気になさらずに。冒険者のディーゴと言います。なり立てですがよしなに」

「ああ。俺がブロンクスだ。よろしく」

「じゃあ、さっそく荷づくりを始めても?」

「荷造りはほぼ済んでいるんだ。あんたには運搬を頼みたい」

「了解です。届け先は?」

「楓小路の8番地だ。最初は俺も一緒に行こう」

「そうしてもらえると助かります」

「じゃあ手始めに、ここの部屋の荷物から運んでくれ」

「はい」

 頷いて手近な荷物からポイポイと無限袋に放り込んでいく。

「それが無限袋か。便利そうだな」

「まぁそこそこ便利ですね。ただ、荷物のかさは減りますけど重さはそのままなんですよ」

「そうなのか。壊れ物とかは大丈夫か?結構多いんだが」

「袋の中にあるうちは大丈夫ですね。落としても割れたりしませんから」

「なるほど」

 そうして1/3ほど荷物を放り込んだ時点でそろそろ重量的に厳しくなってきた。

「ブロンクスさん、そろそろ出発しませんか」

「ああ、そうだな。結構詰めたようだが、重さ的には大丈夫か?」

「馬鹿力が取り柄なんで」

 無限袋を入れた背負い袋をよっこらせと背負う。うむ、さすがに重い。


 ブロンクスに連れられて行った先は、小さいながら庭のある一戸建ての家だった。

「へぇ、庭付き一戸建てですか」

「ああ、給料が上がってね、ちょっと頑張って買ったのさ」

「新築ですか?」

「いやいや、中古だよ。でも外装に手を入れたんで新築に見えるかもな」

 んっふっふ、とブロンクスが笑う。

 念願のマイホームか。日本じゃ賃貸VS持ち家の論争なんてのがあったが、転勤族の俺は低みの見物だったな。

 というか、「家を買ったら転勤が決まった」なんて話が身近にありすぎて賃貸しか選択肢がなかったよ。

 子供もいなかったし。

 あちこちに拠点がある、でかい会社というのはこういうのがあるからなー。

「じゃあ、中に入ろうか」

「はい」

 家の中に入り、ブロンクスの指示に仕上がって荷物を取り出す。

 そういやさっきの家でもここの家でも、大きな家具は家に作り付けなんだな。まぁ箪笥とか運ばずに済むのはありがたいが。

「……っと、今回持ってきたのは以上ですね」

「そうか。なら私はここで荷解きをしているから、元の家から順次荷物を持ってきてくれ」

「わかりました」

 さくっと青葉通りに取って返し、ブロンクス宅で無限袋に荷物を詰め込みながら、かつての自分の引越しを思い出す。

 ……独身寮から出る時は一人で済ませたが、それでも休日の度に何往復もしたよなー。

 コミックが多くて随分叩き売ったが、それでも結構な量が残って苦労したっけ。本は箱に詰めると重くてな。

 幸いここにはあまり本はないから助かってるが……独り者にしちゃちょいと荷物が多すぎだな。

 断捨離信奉者じゃないが、引っ越しの時に荷物を減らすのは基本だぜ。

 そんな感じで持てるだけ荷物を詰め込むと、またブロンクス新宅に戻る。

 歩いて30分ほどだが、肩に食い込むほどの重しを背負って歩くのは結構しんどい。


 4往復もすると、ブロンクスの荷物はすべて運び終わった。

「お疲れさん、思ったより早く済んで助かったよ」

 まぁ移動の時はちょっと急いだからね。

「じゃあ、冒険者手帳を出してくれるかい」

「はい」

 差し出した地手帳にブロンクスがさらさらと何かを書き込み、返してきた。

「これで依頼は終わりだ。報酬は石巨人亭でもらってくれ」

「わかりました。どうもありがとうございます」

 それで一応今回の依頼は終わったんだが……ちょっと気になることがあって旧ブロンクス宅を訪ねた。

 いやね、荷物を運んだのはいいけどそのあと掃除してないんよ。

 家具の裏とか埃たまってるし。

 ついでだから掃き掃除くらいしちまおうと思ってね。報酬には乗らんがこのくらいはサービスだ。

 箒を借りてさかさかと埃を集め、天井の蜘蛛の巣を払い、目立つ汚れは軽く拭き掃除をして石巨人亭に帰った。

 うむ、これで次借りる人も気持ちよく借りられるだろう。


-2-

「帰りましたよーん」

 と、石巨人亭に戻って熊の亭主と給仕に挨拶をする。

「お帰りなさいませ。お疲れ様です」

「おおご苦労さん。どうだった?初めての依頼は」

「なかなか疲れたね。ほい冒険者手帳」

 そういって差し出した手帳を熊の亭主が確認する。

「ふむ、「感謝を込めて」と書いてあるな。おめでとさん、依頼は成功だ」

「そっか、ああよかった。一発目の依頼が失敗じゃこの先どうかと思うからな」

「それは俺だって同じことだ。ほれ、報酬の銀貨8枚だ」

 じゃらりとカウンターに出された銀貨を、ひーふーみーと数えて受け取る。

 うむ、1日働いて銀貨8枚ってことは……大体8千円てところか。

 ヤロウ一匹借宿暮らしなら何とかなるが、扶養家族と屋敷があると結構きついな。

 屋敷の修繕費や追加の家具代とかも計算したら全然足りんし。

 ランクを上げれば割のいい依頼も来るんだろうか。いやきっと来るはずだ。

「少ないと思ってるだろう?」

 そんな俺の表情を見透かしたか、亭主が声をかけてきた。

「最低のランク7ならそんなもんだ。ランクが上がれば報酬も増えていく。とにかく頑張ってランクを上げることだ」

「そうしよう」

 頷いて石巨人亭を後にした。


 さてこらからどうするか……食品を扱ってるエリアで何か面白い出物がないか冷かして帰るか。

 ということで、ちょいと回り道して市場の方へ向かうことにする。

 もう早い店は店じまいを始めているが、それでも今日の売り残しを少しでも減らそうと店主たちが威勢のいい声を上げている。

 ただ、まぁやはり品ぞろえは少ない。目当てのものがあるなら午前中に買うべきだよな。

 空白が目立つ店先を眺めつつあてもなく歩みを進める。

 すれ違う人や店先の店員が、時折ぎょっとした表情を浮かべるが、自分に絡んでくるわけではないと分かるといつもの動作に戻っていく。

 そんな矢先、ある店先でなじみのある品物を見つけたので買って帰ることにした。


「今帰ったぞ」

「お帰りなさいませディーゴ様」

 屋敷に戻るとユニが出迎えてくれた。

「どうでしたか?初めてのお仕事は」

「まぁまぁうまくいった。ただ、頑張らんと赤字だな」

「ディーゴ様なら大丈夫ですよ」

 何を根拠に言っているのかはわからんが、こうやって無条件に信頼されると頑張ろうって気にはなるな。

「そうだ、これ、土産な。初仕事の記念に買ってきた」

 そういってユニに買ってきた小壺を手渡す。

「なんですか、これ」

「水飴だ。使えるなら料理に使ってくれ」

「水飴っていうと……最近市場に出回り始めた新しい甘味ですか?」

「ああ、ちょっと値が張るので売れ残ってたが、まぁ今後はもっと安くなるだろう」

「いいんですか?そんな貴重なもの」

「作ろう思えば俺でもユニでも作れる。というか、領主にこれを献上したのは俺だ」

「そうだったんですか。じゃあ、今晩は腕を振るいますね」

「ああ、楽しみにしているよ」

 ユニの飯はうまいからな。

「ところで、明日のご予定はどうされますか?」

「んー、冒険者になったことと初仕事の報告にな、カワナガラスの二人の所に顔出してくるわ」

「時間が余ったらまた石巨人亭に行って仕事受けてくる」

「お昼はどうされますか?」

「出先で食うよ」

「かしこまりました」


 夕食ができるまでの時間は、ちょろっと魔法の勉強をする。

 以前買った魔法書は既に読破していたが、今は復習を兼ねて読み返しつつ自分用に筆写している。

 丸ごと移し終えたら、元本のほうは売り飛ばす予定。買ったとき金貨数枚したしね。

 現代日本ならあまり褒められた行為じゃないのかもしれないが、本が貴重なこの世界ではむしろ推奨される行為なんだとか。

 ま、確かに貴重な本は死蔵するよか世に出して多くの目に触れさせた方が世のためだしね。

 3ページほど写したところでユニが呼びに来たので、夕食にする。

 さて、今日の晩飯はなんだろな。

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