引っ越し後のあれこれ2
-1-
朝食を済ませてユニに予算を渡し外に出ると、そのまままっすぐ家具屋に向かった。
「おはようさん。精が出るな」
「これはディーゴ様、おはようございます」
「店長か職人頭はいるかい?」
店先で掃除をしていた店員に声をかけると、奥に引っ込んで店長を連れてきた。
「これはこれはディーゴ様、おはようございます。今日はどういったご用件で?」
「いや、大したこっちゃねぇんだが、今日から家具の搬入が始まるだろ?それを午後にしてもらいたくてね」
「はい。それでしたら構いませんが?」
「まだ引っ越しのバタバタが続いててね、午前中は誰もいないんだ。午後になればユニが戻ってくるから、運び込む家具はユニの指示に従ってくれ」
「かしこまりました。ところでディーゴ様はこれからどちらへ?」
「ん……服をあつらえにな。名誉市民が野良着のままうろうろしてたんじゃ締まらないだろ?それに街の外での仕事が多くなると思うから、それ用の服をね」
「なるほど」
家具屋の店主が俺の姿を見て頷いた。布地自体は丈夫なのを選んだ上に、肘や膝などに継ぎ当てをしてあるので服の形自体はまだ大丈夫なのだが、この服のまま野良仕事から狩りや獲物の解体までこなしていたので、洗っても落ちない染みが結構あちこちについている。
農夫のままなら構わなかったが、名誉市民となるとそうはいかない。
一応TPOは弁えているつもりだ。
「あと、カーテンや絨毯も見繕いたいんだが、どこかいい店あるかね?」
「それでしたらウチと懇意にしております布地屋をご紹介しましょう」
「そいつはありがたい」
「なに、ディーゴ様はウチの上得意様ですからな。久しぶりの名誉市民、それも屋敷丸ごとの家具一式をご注文とのことで職人たちも気合が入っておりますよ」
「まぁ急ぎの品を入れてもらった後は、のんびりやって倒れないようにしてくれと伝えといてください」
「ええ、ええ。それはもう」
その後、店主から布地屋の位置を聞き、そちらに向かった。
……この程度のやり取りなんざ、前世じゃ電話1本で済むんだが、こちらの世界にゃ電話はないからな。
-2-
「こんちは」
「い、いらっしゃいませ」
店先を掃除している子供に声をかけると、若干引き気味に挨拶が返ってきた。
「絨毯とカーテンを見繕ってほしいんだが、店の人の手は空いてるかい?」
「は、はい。少々お待ちください」
そういって奥に引っ込むと、中年の細身の男を連れて戻ってきた。
「いらっしゃいませ。主のシーモアと申します。なんでも絨毯とカーテンをお探しとか」
「ああ、家具屋のオブサードさんから紹介されてね」
「なるほど、彼からの紹介ですか。……すると、お客様はもしかして、今度名誉市民になられたディーゴ様ですか?」
「耳が早いな」
「そうでなければ商人はやっていられませんからな。ささ、奥へどうぞ」
シーモアは笑みを浮かべると、店の奥を指し示した。
「んじゃ、お邪魔するよ」
店主に先導されて、店の奥へとはいる。
椅子を勧められ腰を下ろすと、ややせっかちだがさっそく用件を切り出した。
「お互い忙しい身だと思うのでさっそく商談に入らせてもらうが……今度拝領した屋敷にモノが何もなくてね、床に敷く絨毯と窓にかけるカーテンを一揃え頼みたい」
「それはそれは……ありがとうございます」
シーモアが頭を下げる。
「でだ、細かい寸法や枚数は後で屋敷に来て測ってもらうにしても、とりあえず急ぎで絨毯が3枚欲しいんだ。
そんな上等なものじゃなくて構わんから、在庫の中から適当なのを見せてもらえるかな」
「なるほど、急ぎで絨毯を3枚ですね。大きさと使う部屋を伺っても構いませんか?」
「ああ。使う部屋の大きさはこのメモの通りで、応接室の来客用と俺の書斎用、あと玄関の泥落とし用だな。
応接室のものはそこそこ豪華なものになると思う。書斎用はまぁ極ありきたりの毛足の短いもので構わない。玄関は目が粗くて丈夫なものを頼む」
「なるほどなるほど。使い道の違うものが3種類、と。でしたらこれから倉庫の方に行って直接見ていただいた方が早いですね」
「うん、そうしてもらえると助かる」
「では、さっそく参りましょうか」
店主に促されていった先の倉庫で、あーでもないこーでもないと吟味を重ねた結果、派手ではないが趣味の良さそうな絨毯を見繕うことができた。
「ではこちらのお届け先は……」
「木の葉通りの5番地だ。昼イチ以降に届けてもらえばユニという使用人がいるから、置き場はその指示に従ってくれ。ついでにカーテンの寸法も測っちまってくれると手間がかからなくていいだろう」
「かしこまりました。これからも末永いお付き合いをよろしくお願いしますよ」
「こちらこそよろしく頼む」
そういってお互い握手して、布地屋を後にした。
続いて今度は服屋に向かう。
ここもさっきの布地屋のシーモアに紹介された服屋だ。
本音を言うともっといろいろ店を見て回りたかったのだが、今はちと暇がない。
まぁ見知らぬ店にふらりと入ってぼったくられるよりは、紹介された店で素直に買うのがよかんべ、という判断だ。
布地屋からほど近いその服屋は、家族でやってるようなこじんまりとした店だった。
「こんちは。邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、カウンターの奥で縫物をしていたらしい男性がこっちを見た。
「いらっしゃい。何か御用で?」
「布地屋のシーモアさんからの紹介で来たんだが、服をあつらえたい」
「ああ、シーモアんとこのか」
男はそういうと、伸びをしながらカウンターから出てきた。客商売にしてはちと口調が雑だが、まぁ職人なんてのはそんなものかと気にしないでおく。
「この辺りじゃ見ない顔だな。おっと、俺はジェンキンスってもんでここの店主だ」
「俺はディーゴってもんだ。つい先日この街に引っ越してきた」
名乗りあって軽く握手を交わす。
「で、どんな服がお望みだい?」
「街中で着るような普段着と、鎧の下に着るような服を2着ずつ頼みたい」
「ふんふん、普段着と鎧下を2着ずつね。鎧はどんなのを着るつもりだい?」
「当面は革の鎧だな。金が溜まったら鎖帷子あたりに買い替えるかもしれんが、そん時はまた頼みに来る」
「つーと、お前さん冒険者か?」
「予定だがね。まだ登録はしてねーんだ」
「なるほど。となると丈夫で動きやすい方がいいな。流行とかは気にするほうか?」
「いやまったく」
「了解了解。じゃあ寸法をとらせてもらうぜ」
そんな感じで話は進み、10日後に普段着と鎧下を2着ずつ受け取ることになった。
-3-
服屋を出て伸びをすると、腹の虫がグゥと鳴いた。
朝から3軒も店を梯子すれば、そりゃ腹も減るというもの。服屋の中で昼の鐘の音を聞いたので、どこかで昼飯を……と考えたところで、ここが冒険者の酒場の石巨人亭がそう遠くないことを思い出した。
途中、通行人に道を尋ねながら歩くことしばし、目当ての看板が見えてきた。
キィッ
両開きの扉を開けると、がらんとした店内のカウンターの向こうで亭主が黙々と皿を磨いていた。
亭主が俺に気付いて声をかけてくる。
「おお、いつぞやの虎の兄さんじゃねぇか。ついに冒険者になりに来たか?」
「いや、今日も飯食いに来ただけだ。近くまで来たんでね」
「そりゃありがてぇが、いつになったら登録してくれんだい?もう引っ越してきてるんだろ?」
「もうちっと待ってくれ。まだ引っ越し後のバタバタが片付いてねぇし、装備もなしに冒険に行けと?」
「なんだ、そういうレベルか」
「鎧は野良着で武器は槌鉾一本でやってきたんだぜ?冒険者やるなら革の鎧くらいは着させてくれよ」
「いわれてみりゃ、その服も結構くたびれてんな」
「普段着と鎧下を注文してきたところだ。つーわけでランチ2人前。あとエールな」
「あいよ。そういや今日は精霊はいないのか?」
樽からエールを注ぎ、つまみのピクルスとともに出しながら亭主が訊ねた。
「いるけど寝てるな。なんか用事でも?」
「いや、この間ウチに一人置いてったろ?その時に吟遊詩人に言われて精霊の姉さんが歌った曲が珍しくてな」
「そりゃ多分俺が教えた歌だ」
なにをやってんだイツキは。
「へぇ、虎の兄さんは歌もたしなむか」
「流行ってた歌をちょっと教えてやっただけだ。ところで、お勧めの武器と防具の店があったら教えてほしいんだが」
故郷の話になりそうなので強引に路線変更する。今はまだ転生がどうのとか言いたくねぇしな。
「お勧めねぇ。武器と防具は別の店になるがいいかい?」
焼き網の上に置いた肉の調子を確認しながら、亭主が背中越しに訊ねる。
「構わんよ」
「武器は槌鉾で鎧は革鎧だったな、なら武器はドワンゴのところで防具はゼワンゴの所だ」
「兄弟か?それ」
「ああ。ドワーフの兄弟だ。ここから北へ3ブロックさきのところだ。店は隣り合ってるからすぐわかるよ」
「了解。じゃあ飯食ったら行ってみよう」
「武器も買うつもりかい?」
「槌鉾も拾ったもんだからな、体に合ったもうちっと重いものを使いたい」
「剣を使うつもりはないか?」
「剣かぁ……憧れはあるがなにせ素人の馬鹿力だからなぁ、武器も丈夫なものを使いたい。それに剣を使うとなると相応に修業が必要だろ?」
「そこまで考えてんのかい。ウチに冒険者になりに来るガキ連中は、剣をぶら下げてても修行のしの字も言ってこねぇけどな」
「まぁ修行云々はともかく、2~3年使ってたお陰で槌鉾がすっかり馴染んじまった。モノ考えずにぶん回すだけでサマになる」
「違いない」
「まぁ予備として刃物の一振りくらいは持ってた方がいいとは思うが、これは値段と相談だな」
昔探索した森の迷宮を思い出しながら答える。たいして苦戦はしなかったが、植物相手にはやはり刃物がいい。
「ちなみに予算はいくらくらいだ?」
「金貨10を考えてる」
「それだけありゃ極上だ。初めてウチに来る奴なんざ中古の武器鎧に銀貨数枚ってのもいるからな。ドワンゴとゼワンゴには上客と紹介してやるよ」
「そいつはありがたい」
「なに、先行投資だ。ほらよ今日のランチだ。いい豚肉が入ったんで炙り焼きだ」
「いただこう」
その後、新米冒険者の失敗談などを聞きながらランチを堪能した。
あ、炙り焼きの豚肉はハーブが効いてて美味だった。