引っ越し後のあれこれ1
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翌朝。夢見のせいで寝起きの気分は最悪だが、今日はいろいろ店をめぐる日。
面倒くさいので明日、というわけにはいかない。
ユニを連れて近場の食堂で朝食を済ませ、今日の予定を確認する。
ちなみに俺がいない間のこれまでの食事はどうしていたのかと聞くと、都度魔界に戻って実家で済ましていたらしい。
……女装は実家公認なのか。
「それでディーゴ様、今日はどうされますか?」
行儀よく食事を終えたユニが訊ねてきた。
「まずは昨日行った家具屋だな。そこで今後納めてもらう家具の順番やデザインについて話を詰めなきゃならん」
「はい」
「たぶんこれは昼過ぎまでかかるだろうから、その後昼飯を挟んで食器と調理器具を買いに行くぞ」
「はい」
「その後は食料品を買い込んで今日は終わりだ」
「あの、今日一日ディーゴ様について回るとなると、お屋敷のお掃除ができなくなるのですが」
「1日くらい掃除しなくても平気だよ。それに食器や台所用品、食料なんかは料理をしてもらうユニがメインで選んでくれた方がいいからな」
「いいんですか?」
「いいんだよ。俺は料理魔法のことは良く解らんし、俺基準で選ぶとサイズがでかくなるからな」
でも、野外調理用に俺も一揃え持ってた方がいいかもしれんな。
食事を終えると、そのまま家具屋に向かう。
「おやディーゴ様とユニ様、お早うございます」
家具屋に着くと、店の前の道の掃除を指示していたらしい店主が出迎えてくれた。
「おはようございます。昨日の今日で押しかけに来たんだが、時間は大丈夫ですか?」
「ええ、主だった職人はもう集まっておりますよ」
「んじゃ、さっそく話を詰めますか」
「ではどうぞ、店の中へ」
店主に誘われ、応接室へと通される。
応接室には職人頭らしいのが一人既に待っていた。
ひげもじゃの小柄な体躯、突き出た腹からドワーフっぽいと当たりをつけた。
「ウチの職人を紹介します。職人頭のベンドです」
「ベンドじゃ。よろしくな」
そういってドワーフが手を差し出す。
「ディーゴです。こちらこそよろしく。こっちは……」
「使用人のユニです。初めまして」
「うむ」
そういってそれぞれ手を握り返す。
「しかし、名誉市民が来るというとったからどんなのが来るかと思ったら、おんしのようなもんが来るとはのう」
どかりと椅子に腰を下ろしながら、値踏みするようにベンドが呟いた。
「まぁ毛色が違うのは勘弁してくれ」
その言い草に、こちらも肩の力を抜いて答える。
「すまんすまん。そういう意味で言ったのではないんじゃ。なにせ人間以外のもんが名誉市民になるなんてのは初耳じゃからのう。おんし、いったい何をやったんじゃ?」
「まぁ、農機具に関する発明をいくつかと、新しい甘味について、かな」
「ほう、新しい甘味、とな?」
さすが酒と食にこだわるドワーフ、甘味について早速食いついてきた。
「詳細はぼかさせてもらうが、今頃は領主が生産体制を考えてる最中じゃないかな。もうしばらくしたら銀貨で買える値段で出回ると思う」
「銀貨で甘味が買えますか」
店主が横から話に加わってきた。
蜂蜜や黒砂糖しか知らない人間にとっては、銀貨で買える甘味というのは破格だ。
「材料が安いですからね。また、安値で売ってくれるよう頼んできたし」
「そいつはありがたいのう」
あと、村にはリンゴ酒も教えておいたんだが、こっちはまだ黙っておくか。
出来たとしても来年以降の話だからね。
そして本番の家具のデザインに関する打ち合わせに入ったのだが、これが思った以上に難航した。
シンプルなのがいいという俺と、きちんと装飾を入れたほうがいいというベンドの間で結構な激論が交わされ、話し合いが一段落ついたのは昼も廻ってのことだった。
つーか天蓋付きで装飾ごてごてのベッドなんていらんよ、マジで。落ち着いて眠れんわ。
その後、順次納入してほしい家具の一覧と大まかなデザイン、予算などを詰めて家具屋を後にした。
次いで向かうのは金物屋だ。
鍋釜薬缶に包丁、食事用のナイフやフライパンなどをユニと相談しながら買い込む。……そういや昨晩ユニはどうやって湯を沸かしたんだ?
ついでにキャンプ用の什器セットも買っておく。じきに必要になるからな。
ただフライパンが鉄なんだよな。使う前に育てないとダメか。
続いて向かったのが荒物屋。
ここで籠だの笊だの浴室用品だの木製の食器だのを買っておく。見栄えとしちゃ金属製の食器のほうがいいんだが、生憎そこまで予算はない。
錫とか銀の食器って意外と値が張るんだよ。銀はもちろんだが錫も。
最後に向かったのが小間物屋。
燭台、蝋燭、ちり紙や石鹸などを買い足していく。
ただここで悩んだのが蝋燭と石鹸だ。獣脂や廃油で作った蝋燭や石鹸が安くて一般的らしいのだが、獣脂で作った蝋燭は煤が出る上に刺激臭がする。廃油で作った石鹸は出来が悪いのか泡立ちが悪いうえによく濯がないとぬめりが残る。
ユニと相談した結果、多少高くても質のいい、木蝋の蝋燭とオリーブ油の石鹸を買うことにした。
半金貨数枚の値段だったのでユニが恐縮してたが、俺も使うし必要経費と割り切ることにしよう。
それに全身毛皮の俺にとっては、石鹸の質は結構死活問題だ。ごわごわぼさぼさの毛並みなんて御免こうむる。
しかし蝋と油か……余裕ができたらこの辺の改善に取り組んでみるのも手かもしれんな。
蝋は確か蜜蝋以外に漆の実とかからも作れたような記憶がある。昔読んだ時代小説によれば、だが。
油……菜の花は見かけるんだよな、雑草扱いだが。暇見て領主に進言してみるか。
「あのディーゴ様?その蝋燭がどうかしましたか?」
蝋燭を持ったままそんなことを考えていたら、ユニが心配して声をかけてきた。
「ああいやなんでもない。油と蝋が何とかならんかな、とちょっと考えてただけだ」
「確かにちょっと高いですよね」
「(小声で)魔界じゃどんな照明や石鹸だったんだ?」
「(小声で)魔界では照明の魔法が一般的だったんですよ。あ、でも鮫や鯨の脂から儀式用の蝋燭を作るって聞いたことがあります」
「(小声で)鮫や鯨かー。港町でも行かなきゃ無理だな」
「(小声で)すみません、お役に立てなくて」
「(小声で)いや、いいんだ。気にするな」
そして内政官となったからにはいろいろと書き物も必要だべぇ、ということで木紙の束と羽ペン、インクに下書き用の蝋板と硬筆を買っておく。
紙については羊皮紙から木紙(和紙のようなもの)への過渡期のようで、両方置いてあった。ただ、まだ羊皮紙のほうが安いようだ。
正式文書にはまだ羊皮紙&封蝋が使われているらしいが……これはまだ後でもいいだろう。
蝋板というのは黒く塗った板に蝋を塗り付けたもので、これに先のとがったもの(硬筆とか釘とか)を走らせれば白く文字が書ける。消すときは硬筆の反対側にある丸い部分でこすれば文字が消せるという、ちょっと嵩張るがメモに使うにはなかなか使い勝手がいいものだ。
その後、適当に小物を買い足し帰宅する。
買ってきた小物類を手分けして家の中に配置すると、どうやら人が暮らす生活空間らしくなってきた。
さてこれから食料品でも仕入れに行くかと思ったが、時間は既に夕刻。
店に行っても多分ろくなものは残ってないだろう。現代日本じゃあるまいし、こっちの個人商店で在庫が潤沢にあるとは思えんのよね。
というわけで予定を変更してユニを呼ぶ。
「お呼びですか、ディーゴ様」
「ああ、前にちょっと話した水の魔石と冷気の魔石なんだがな、幾つか仕入れられないか?」
「えっと、数にもよります。個人で使う程度でしたら大丈夫かと」
「水の魔石を3個、冷気の魔石を2個欲しい。屋敷で使う分だ」
「それくらいなら大丈夫ですね」
「んで、値段なんだが金貨10枚で足りるか?」
予算はずばり100万程。これ以上高いとなると数を減らすしかないが……
「半金貨5枚でおつりが来ますよ?」
まじか。魔石5つで5万もしないのか。
「じゃあ悪いがそれだけ頼むわ。おつりは好きに使って構わんから」
そういって半金貨5枚を渡す。
「わかりました。今からですか?」
「ああ、今からだ」
「じゃあ、行ってきます」
……と、出かけて行こうとしたその時、ユニが振り返った。
「あの、ディーゴ様は魔界へは帰らないんですか?」
「帰り方が分からんし、そもそもディーゴという生き物は魔界と繋がりはねえよ。タイザとして帰ったらややこしいことになりそうだし」
「そうですね。どうもすみません」
「まぁ、気にすんな」
「じゃあ、行ってきます」
ユニがぺこりと頭を下げて出て行った。
ユニを送り出してからぽつりと時間が空いたので、ベッドに少し横になる。
昨夜の夢見が悪かったからね、ちょいと寝不足気味なんよ。
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って、寝過ごしたーっ!?
がばっと身を起こしてみれば辺りはもう真っ暗。
ユニは?と思って辺りを見回したら、ベッドのわきに小さな台が置いてあり、そこに夜食らしい料理と魔石っぽい石、それと手紙が挟まっていた。
『戻ってまいりましたがお疲れのようでしたので、水と冷気の魔石にお夜食を置いておきます ユニ』
…………このさりげない気遣いが心憎い。
あーもう、いい女だな。男だけど。
とりあえずユニが作ってくれた夜食をありがたく頂く。
肉と卵と野菜の、シンプルなサンドイッチだがなかなか旨かった。こりゃ外に食いに行かなくてもいいかもしれん。
夜食を済ませた後、ざっと食器を洗っておく。
身の回りのことを任すとは言っても、まぁこのくらいは、な。
その後、何かやろうかとも思ったがコンビニもなければ夜明けまでやってそうな酒場もちと遠い。
仕方ないので二度寝した。
翌朝、目を覚まして身支度を整えながら、さてどこに朝飯を食いに行くべぇかと思案していると、ユニが朝食の用意ができたと呼びに来た。
はて、食材なんかあったかなと尋ねてみたら、昨日の魔石の残りでいくらか食料を買い足しておいたらしい。
つくづく気遣いのできる娘だよ。男だけど。
ただ、食材を買ったおかげでおつりがなくなったことを詫びてきたので、気にすんなと返しておいた。
家具も揃ってない、がらんとした食堂に行くと仕方なく床に腰を下ろす。
床に敷くカーペットかなんかも買わなきゃならんな。畳はねぇし、村にいたときみたいに井草だのハーブだの敷き詰めるわけにもいかんからな。
するってーと、今日は服屋と布地屋巡りか。時間は余るだろうから、ついでに装備の方も何とかしておこう。
そんなことを考えていると、ユニが台所から朝食を持ってきた。
メニューは蕪のサラダとスクランブルエッグ、トーストにチーズが少々か。
「昨日の今日で良くこれだけ用意できたな」
感心したように呟くと、
「魔界もあまり豊かじゃありませんが、こちらの世界よりは恵まれてますから」
「ふむ、そういうもんか」
そいじゃ、いただきますと、まずは蕪のサラダに手を付けてみたが、かかっているのはヨーグルトをベースにしたドレッシングらしい。ちょっと面食らっていると
「あの、お口に合いませんでしたか?」
「いや、美味いよ?ただヨーグルト味のドレッシングというのが初めてでな、ちょっと面食らっただけだ」
「そうなんですか。魔界では割と一般的なんですけど」
ふむ、そうなのか。
「それでディーゴ様、今日の予定はどうされますか?」
「ユニは午前中は食料品店を巡って、適当に買い物を頼むわ。俺は服とか布地を買いに行く」
「服ですか?」
「俺は今着ているコレ(冬用の野良着)と、夏用の野良着しか持ってないんだよ。
街中で着る服がなくてだな。それと、床に敷く絨毯とかカーテンも必要だろ?」
一部の部屋にはカーテンがかかっていたが、捨てられたか盗まれたかでカーテンのない部屋も結構ある。
床に至ってはむき出しの石材や木材だ。
「そうですね」
「追加の家具とか午後に届くように手配しとくから、午後はそれの配置とかを頼むわ。昼飯は俺は外で済ます」
「分かりました」
ユニにも家事用の服とか買ってやりたいが、今はちょっと後回しだ。