悪魔っ娘ユニ
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「んじゃ、お互い自己紹介からはじめっか」
俺はそういって一同を見渡した。
「まずは俺からだが、俺の名はディーゴ。本来はヤナギバ・ダイゴだが、ダイゴというのは発音しにくいそうなのでディーゴと名乗っている。こんなナリだがもとは人間だ。3年くらい前、ここよりももっと北の平原で目が覚めて、2年くらいは一人で狩猟生活をしていたが昨年、この二人と縁があって拾われた。その後は、農奴として1年を過ごし、その最中に行ったいくつかの発明の功績を認められて、名誉市民の称号を頂きこの屋敷をもらって、今日引っ越してきた」
そこまで一気に言って紅茶を少し口に含む。
「さて、何か質問は?」
「あの、ディーゴ様、タイザ、という名前に心当たりはございませんか?」
ユニがおずおずと尋ねる。
「残念ながら、全くない」
「そうですか……」
残念そうに肩を落とすユニ。気の毒とは思うが知らんものは仕方がない。
「じゃあ次はあたしね」
にゅるりと俺の肩から姿を現したイツキ。
「アタシは樹の精霊とか樹精とか言われてるイツキ。ディーゴには1年半くらい前に出会ったのかしらね。見たこともない種族だったし、面白そうだからディーゴに寄り主になってもらってるわ。イツキという名前もディーゴに付けてもらったのよ」
そういってイツキが俺の頭をなでて、肘をのせる。位置的にちょうどいいらしいが、俺の頭は肘掛と違うぞ。
「ユニ、っていったっけ?ディーゴの過去を知りたいみたいだけど、あたしじゃちょっと手伝いできそうにないわ。ごめんなさいね」
「あ、いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「次は私共ですな」
エレクィル爺さんとハプテス爺さんが頷いた。
「私はエレクィル・カワナと申しましてな、このディーセンの街でガラス細工の店を営んでおります。ディーゴさんとは昨年のことでしたかな、旅先で命を助けられましてな。言葉の分からぬディーゴさんの教師役兼後見として、ご一緒させて頂いております」
「わしはハプテス・ミーロゥ。大旦那様のエレクィル様とは乳兄弟でな。わしも大旦那様と一緒に助けてもらったんじゃ」
「残念ながら、わたし共もタイザという名前に心当たりはございませんな」
「そうですか……ご丁寧にありがとうございます」
ユニはそういうと頭を下げた。
「最後は私ですね。私はユニ。本名は契約した相手にしか教えられないので許してください。こちらの世界では淫魔と言われる種族です。半年ほど前にここで召喚の儀式があったようで呼ばれたみたいなのですが……来てみると誰もいなくて、仕方なくこのお屋敷をお掃除しながら誰か来られるのを待ってました」
「そこに俺たちがやってきた、ってわけか」
「はい」
「ふむ、なるほどな」
まぁわからんことはまだ多いが、とりあえず現状は理解した。
「んじゃ、こっから質問タイムだ」
「じゃああの、私からなんですが、このお屋敷に住んでた方々はどうされたのでしょうか?」
「それについては俺も分からん。空き家だったと聞いてるし」
「でしたら予想がつかないこともありません。ディーゴさんにはまだ説明しておりませんでしたがな、この街と言いますか世界では、悪魔召喚は重罪なのですよ。おそらく前の住人が悪魔召喚を行ったものの、どこかからそれがばれて官憲に踏み込まれた、というのが妥当な所でしょうな」
「この屋敷の近所で聞き込めば詳細が分かるかもしれませんな」
エレクィル爺さんの推理にハプテス爺さんが補足する。まぁ確かに近所で聞き込みすればわかるだろう。
「では今度は私から質問ですが、ユニさんや、召喚の儀式によって呼ばれた時は、場所や呼ばれた時刻ははっきりと分からぬものですかな?召喚があった『ようで』や、呼ばれた『みたい』と言われましたからの」
「それに召喚されてから時間差があった様子。普通は召喚されれば即座に出てくるものではないのですか?」
エレクィル爺さんがユニに訊ねる。
言われてみればそんな言いかたしてたな。
「いえ、普通でしたら召喚された時と場所に即座に出ることが決まりになっているんですけど……その、私、方向音痴で……」
「まさか来る途中の道に迷ったのか?」
「……はい」
ユニが小さくなって頷いた。
「じゃあ、召喚のその場には間に合わなかった、というわけか。どのくらい迷ってたんだ?」
「…………です」
「もっかい頼む」
「……1ヶ月、です。多分」
縮こまったユニが申し訳なさそうに言葉を絞り出した。
「…………」
「…………」
沈黙が一堂を支配する。なにこのへっぽこ悪魔。普通1ヶ月も道に迷うか?
みるとエレクィル爺さんもハプテス爺さんも困ったような顔をしていた。
「……まぁ、迷っちまったもんは仕方ねぇやな」
慰めになるのかならないのかわからないフォローをして、小さくため息をつく。
「んじゃ、俺からの質問だ。タイザってのはナニモンだ?」
「あ、はい。ディーゴ様と同じ獣牙族の人で、魔法がそれほど得意でもない獣牙族の中ではかなりの魔法の使い手として将来を嘱望されてました。実際、魔王軍に入って頭角を現したらしいんですけど、今以上に上にあがるには実績が必要になるといわれて、こっちの世界に旅立った後、消息が途絶えてました」
「ちなみに、その実績ってのは?」
そこはかとなく嫌な予感を感じつつ、さらに訊ねる。
「人間の魂です」
やっぱりか。
……となると、俺が目覚めたあの戦場は、そのタイザってやつが引き起こした可能性が高いな……。
不味いな、ユニの話が事実だとすると俺も悪魔の一族?になるっぽいし。当事者がいないところで他人と言い張ったところで信じてもらえる可能性は低いわな……。
こりゃ北の方へは近づかないのが賢明っぽいな。
などと考えていると
「あの……」
ユニが上目遣いで尋ねてきた。
「私、これからどうなるんでしょうか?」
「どうなるって言われてもなぁ……呼んでおいて悪いが帰ってくれとしか言いようがないわな」
「そんなぁ……」
「大体お前さん、何が目的で来た?言っとくが魂ならやらんぞ」
「ユニさんや、貴女の方にも事情はあると思いますが、こちらの世界では悪魔=悪なのですよ」
「本来であれば司祭様たちのもと、力づくで元の世界に送り返されるのが通例なんじゃ」
エレクィル爺さんとハプテス爺さんが、言葉を続ける。
「でも、ディーゴ様はこちらでは名誉市民って」
「それはディーゴさんの場合が特別なだけです。そもそも領主さまはディーゴさんを悪魔と知りませんからな」
「珍しいイキモノ、感覚だな、ありゃ」
「というわけでな、ユニさん、悪いことは言いませんから、ここは大人しく帰りなされ」
「……そんな」
ユニが絶望したような顔を見せる。
そんな顔されても無理なもんは無理よ、と口を開きかけたところで
「お願いします!やっと回ってきた順番なんです!何でも、何でもしますからお側に置いてください!!」
ユニが俺の足に縋り付いてきた。
「側に置くったって、置物じゃねーんだから食い扶持だって必要だろうが。そもそも何ができるんだよ」
「お洗濯とお料理ができます!あと性魔法も少し……」
「性魔法?一発ヤったらファイアーボールが1発打てるとかそういうのか?」
「いえ、怪我の治りを早めたり活力を回復させたりできます」
「よし分かった。帰れ」
性魔法にちょっと興味はあるが、魂を引き換えにするほどじゃない。
それに今の俺に必要なのは、冒険者稼業を始めるにあたっての、ともに戦ってくれる相棒だ。
「………………どうしても帰れと仰るなら、私にも考えがあります」
「ほう?」
雰囲気の変わったユニを見下ろして、可愛いナリでもやはり悪魔か、と内心で臨戦態勢をとる。
愛用の槌鉾は外の荷車の中だが、自前の爪も馬鹿にできない鋭さを誇る。
目の前のひ弱そうな悪魔娘など、魔法を使われる前に一瞬で捻り潰せる。
「……帰ったら、ディーゴ様のことをタイザ様として報告します」
「それがどうした」
「タイザ様は勝手に人間界に行ったとして今の魔界では指名手配です。私が帰って報告すれば、タイザ様と瓜二つのディーゴ様の所に次々に追手がかかります。追手のすべてを説得や撃退できる自信がありますか?」
「てめぇ……!」
そう来やがったか。
そうなると確かに厄介だ。四六時中追っ手に付け狙われるようであれば、せっかく手に入れたこの生活を捨てなければならない。
狩猟と採集で野人のような生活をしていたころとは違い、この一年で色々なしがらみができていた。
こいつは困った。一気に形勢を逆転された。
「…………何が望みだ。言っておくが、魂はやらんぞ」
「お側に置いていただけるなら、身の回りのことは何でもさせていただきます」
そういってユニは深々と頭を下げた。
「俺が認めた以外で人間から魂を集めるのを禁止する。それでも構わんか?」
「はい」
「家事一般もやってもらうぞ?」
「それでしたら、喜んで」
「法に触れるようなことをしたら、問答無用で送り返すからな」
「はい」
「……仕方ねぇ、送り返すのは勘弁してやる。食い扶持も何とかしてやるから、ここにいるといい」
「ありがとうございます!!」
「ちょ、ちょっとディーゴさん」
ハプテス爺さんが慌てて声を上げた。
「まぁまぁハプテスや。これは案外お互いの為かもしれませんぞ?」
エレクィル爺さんがそれを止めに入る。
「お互いの為、といいますと?」
「この広い屋敷、ディーゴさん一人で切り盛りするのは難しいでしょう?」
「まぁ、そうですね」
四角い部屋を丸く掃く俺でも、掃除だけで1日が終わりそうだし。
「ユニさんや、私もつらつらと考えてみたのですがな、今までユニさんは一人でこの屋敷を保ってきたわけでしょう?」
「はい」
「私が見たのは玄関とこの応接間だけですがな、塵一つなくきちんと掃除がなされております。戻ってこない召喚主のことを考えてされていたのでしょうが、こうもきれいな状態を維持するのはなかなかできることではありません。私どももちょくちょくは来ることができませんし、当面は家政婦としての働きになるでしょうが、私からもディーゴさんを支えてくださるよう、お願いいたしますよ」
「はい!」
ユニが大きくうなずいた。
「大旦那さま、本当によろしいので?」
「不安がないと言えば嘘になりますがな、ディーゴさんも約束したことですし、そうそう酷いことは起こらないでしょう」
「そう願いたいですな」
ハプテス爺さんはまだどこか不安そうだが、とりあえず屋敷に同居人が増えた。