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引っ越し

-1-

 引っ越しが決まったのち、農作業と狩りに精を出しつつ小銭をためる日々を送っていたが……意外と農家って金貯まらんのな。

 狩りでまめに肉を狩ってくるので黒字にはなってはいるが、期待していた春野菜が思ったより金にならなかったのが残念。

「初めてにしてはいい出来だ」

 とのお言葉は頂いていたが、しょせんは素人の家庭菜園の延長でしかなかったわけか。

 ともあれ、換金できるものは換金して身軽になり、引っ越し当日の朝をむかえると、ぽつぽつ人が集まってきた。

 この1年で世話になったり、世話をした人たちだ。

「虎の旦那、冬の間に用水路とか直してくれてありがとな」

「街に行ってもまた何か面白いもの作って、農作業を楽にしてくれよ」

「旦那が街に行っちまうと、気軽に肉が食えなくなるなぁ」

「たまには顔を見せに戻ってきておくれよ」

 等々、口々に述べる村の住人達に別れを告げると、村人達の見送りを受けてセルリ村を後にした。

 なお、時々図面の売上金を持ってきてくれるケルヒャーには会えずじまいで引っ越しのことが伝えられなかったので、村長に言伝を頼んでおいた。


 がらがらと荷車を引いて、ディーセンの街へと向かう街道を歩く。

「ディーゴさん、重くありませんかな?」

「いや、軽いもんですよ」

「そうですか、辛くなったらいつでも言ってくだされ。時間に余裕はありますでな」

「ですね」

「しかし、時間が経つのは早いものですなぁ。私どもがディーゴさんと知り合って、もう1年ですか」

「そうですねぇ」

 しみじみと昨年のことを振り返る。

「右も左も分からずに、言葉も通じずに苦労しました。お二人には感謝しかありませんよ」

「なんのなんの。私どもこそディーゴさんに助けてもらった身ですからな」

「ところで、街に戻ったらどうします?俺は屋敷がありますけど……」

「私どもも店に戻りますよ。もうディーゴさんに後見は必要ないでしょう」

「そういわれるとちょっと寂しい気もしますね」

「なぁに、同じ街にいるのですから幾らでも会う機会はございますよ」

「しかし、ディーゴさんのおかげで隠居の真似事をさせてもらいましたが……大きな声では言えませんが、なかなか退屈なものでしたな」

 村での農作業を振り返って、ハプテス爺さんが苦笑した。

「商いの第一線にいた人が、いきなり土いじりの毎日ではね」

「やはり私どもは街で商いをしている方が性に合っているようです」

「体はいささか丈夫になったような気はしますがな」

 ハプテス爺さんの言葉に、一同がはははと笑いあう。

 その後も道行は何の問題もなく進み、門を越えてディーセンの街の中に入った。


-2-

「ここがディーゴさんの新しい家ですか」

 ででん、と建つ洋館を見上げてエレクィル爺さんが呟いた。

「独り者には広すぎるんですけどね」

 そりゃ2階建ての石造りで、正面から見ても窓がいくつも並んでるような屋敷、広すぎる以外の何物でもない。

「まぁ、名誉市民には見栄が必要なこともありますからな」

 あー、うん。なんとなくわからないでもない。そこそこの地位にいる人間が、6畳一間の借宿暮らしっつーのもアレだし。

 でも、ここまでの見栄は必要ないんじゃね?

「ディーゴさん、自覚がないようですので言っておきますが、一応名誉市民は上流階級に属するのですよ?」

 まじか。

「……なんか名誉市民を返上したくなってきた」

「それは領主様が許さないでしょう」

「大旦那さま、ディーゴさん、ここで話していてもなんですし、そろそろ荷物を運び入れませんか?」

「そうですな。……おや、誰か既に屋敷の中にいるようですよ?」

 そういってエレクィル爺さんが指さした先には、窓が開いてカーテンが風に揺れているさまが見て取れた。

「本当だ」

「ディーゴさんが前に仰った、『屋敷に風を入れてくれる人』でしょうか」

「かもしれませんな」

「じゃあ、ちょっくら行って挨拶代わりに礼を言ってきますわ」

「では、私どもは荷物を庭に入れましょうかな」


 玄関に近づき、ドアノッカーを叩く。

コツコツ

「ごめんくださーい」

コツコツコツ

「ごめんくださーい」

 少し待ってみると中で人が動く音が聞こえた。

「はーい。ただいま参ります」

 中から若い女性の声がした。

 それから少し待ってみると、中から玄関が開けられ、少女が一人姿を見せた。

 ふわっとした髪型の、白に近いピンクの髪をした結構かわいい女の子だ。

 ただ服装はメイド服ではなく、肌の露出の多い、水着に布が増えたような衣装だが。

 露出が多いわりに体形はすとーんなのがいささか残念だ。

 なんか頭には角生えてるし、背中にはコウモリみたいな小さい翼がついてて尻尾まであるけど。

 なんかゲームとかに出てくる悪魔っ娘なんかが近いよね、みたいなことを刹那の間に考えていると、相手も俺の姿を見て固まっていた。

 ……うん、そりゃ呼ばれて出てきて相手が虎男コレじゃ、固まりもするわな。

 こりゃ次は悲鳴上げられるか失神されるかのどっちかなーとちょっと身構えつつ

「あー、別に怪しいもんじゃない。この屋敷を受け取りに来t「タイザさま!?」」

 ……はい?

 次の瞬間、強烈なタックルを食らった。人間だったら息の一つも詰まろうものだが、狩りで鍛えた虎男の体はびくともしない。

「タイザさま!覚えてらっしゃらないかもしれませんがユニです!ぐすっタイザさまぁ!!」

 えーと、どういう状況だこれ。

「オーケーオーケー、少し落ち着こう」

 俺にしがみついてぐすぐす言ってるユニという悪魔娘を引きはがす。

「ユニ、といったな?生憎だが俺はタイザじゃない。ディーゴってもんだ。わかるか?」

「……え?」

 ユニという悪魔娘は、涙で潤んだ目をぱちくりさせて俺を見る。

「そんなことないです!その顔の模様、やっぱりタイザさまです!!」

 そして再びタックル。もーどーするよこの娘。

 虎の顔の模様なんて判別できるのか。できるんだろうな。よく知らんけど。でも俺はディーゴであってタイザじゃない。

「とりあえず落ち着け、そして少し離れろ」

 もう一度引きはがして、今度は目を見てゆっくりと言い聞かせる。

「あ、あっ、すみません!いきなり抱き着いたりして……」

「まぁそれについては構わないんだが、そのタイザってのはどっから出てきた?」

「え、え?あの、えっと」

「ディーゴさん、どうされました?」

 狼狽える悪魔娘とやり取りをしていると、荷物を入れ終えたエレクィル爺さんとハプテス爺さんがやってきた。

「いや、どうされたと言いますか、こっちも良く解らん状況でして」

「え、人間?タイザさまが?」

 今度はユニが固まった。

「どうやら腰を据えて話さにゃならんようだな。立ち話で済むとは思えんし」

 その様子を見た俺が提案すると

「でしたら中の応接室へどうぞ。家具はありませんが掃除はしてありますので」

 ユニがそれに応じて俺たちを屋敷の中に迎え入れた。


 そして入った応接室らしき部屋だが、ものの見事に何もない。

 椅子すらないので、床に車座になって座る。

「じゃ、とりあえず茶ぁーでも……と言いたいがないんだよな、こっちにゃ」

 そう。こっちの世界にはお茶がない。清涼飲料水は絞った果汁かそこらの野草を煮だしたクリャーという野草茶、後は炒った大麦を煮だしたティサネーしかない。

 まぁクリャーはハーブティー、ティサネーは麦茶と言えないこともないが、あいにく今は手持ちがない。

 そしてクリャーやティサネーはなぜか客に出すという風習がない。

 しかし薄めたとはいえ葡萄酒飲みながら話す内容でもなさそうだしなぁ……。

「しゃーない、白湯でも飲みながら……」

「あの、お茶でしたら私が持ってきたものが少しありますけど」

「そうか?じゃあすまんがそれ頼むわ」

「はい」

 何が嬉しいのか知らんが、機嫌よくぱたぱたと奥に行くユニを見て、エレクィル爺さんが訊ねてきた。

「ディーゴさん、彼女はいったい?」

「それがよく解らんのですよ。どうも俺をタイザとかいう人物と勘違いしているようで」

「ふーむ……ディーゴさん、心当たりは?」

「いやまったく」

「しかしディーゴさん、あの娘、角と翼から察するに悪魔と言われる種族ですぞ?」

 声を潜めてハプテス爺さんが呟く。

 ああ、角と翼ってのはこっちでも悪魔って感覚なのか。

「みたいですね。ただ、今のところ害意はなさそうなんでちょいと様子見しましょう」

「しかし……あの娘がディーゴさんを知ってるとなると、ディーゴさんも悪魔になるのですかな?」

「かもしれません。多分その可能性が高いでしょう」

「となるとこれは我々の胸に納めておかねばなりませんな。教会に知られると厄介です」

「ご迷惑をおかけします」

 エレクィル爺さんとハプテス爺さんに頭を下げる。もーこの二人には頭が上がらんな。

 そうこうしているうちに、ユニが盆に茶道具一式を載せて戻ってきた。

「本当ならお茶菓子もお出ししたいところですが、すみません」

「構わんよ。それよりも私物を出させちまってすまんな」

「……やっぱり、タイザさまではないのですか?」

 軽く頭を下げた俺を見てユニが呟く。

「とりあえずその話は脇に置いとけ。これから4人で状況のすり合わせをするから」

「あ、はい。すみません」

 ユニが頭を下げて、それぞれの前に茶を淹れていく。色が赤いので紅茶だ。

 ふむ、てっきり煎茶とばかり考えていたが、なんか悪魔の世界の流通にも興味が出てきたぞ。

「ユニさん……でしたかな?この赤い飲み物は?」

「あ、はい。お紅茶ですけど」

「茶、という木の葉っぱを加工して、煎じた飲み物です。香りがよくて頭もすっきりする、なかなかいい飲み物ですよ」

「ちょいと渋みがあるので、そのまま飲む以外にも砂糖を少し足したり、牛の乳やレモンの輪切りを浮かべて飲んだりするんです。地方によっては香辛料を加えたりしますね」

 ユニの言葉にそう付け加えると、そのまま一口飲んで見せた。

「うん、いい香りだ。美味いよ」

 紅茶の味なんざ正直詳しくは分からんが、まぁまぁ美味かったのでそういっておく。

「ありがとうございます」

 ユニが頭を下げたのを見て、エレクィル爺さんとハプテス爺さんも紅茶に口をつける。

「……ほう、これはなかなか」

「クリャーともティサネーとも違う、よい香りですな」

 老人二人にも好評のようだ。

「んじゃ、お互い自己紹介からはじめっか」

 一同を見渡して、俺が口火を切った。

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